人生必勝ツーリングに出発!!

 この二ヶ月あまり、机にしがみついて仕事ばかりしてきたおかげで、肉体はたるんじまったし、気分も一晩置いた引き出物の鯛みたいにクデッと萎えかかっちまった。
 でだ、今月は、先月宣言したように、四の五の言わずに突っ走ることにした。
 といっても、ただ闇雲に突っ走っても、張り合いというものがないからな。この数年気に掛かっているお守りの買い替えに行くことにした。お守りといっても、そんじょそこらのヤワなやつじゃない。真鍮製の小さなものだが、短冊に凛々しい姿の龍が巻きついている『人生必勝のお守り』というアグレッシヴなやつだ。
 俺は、こいつを15,6年前にたまたまツーリング途中に立ち寄った天橋立側の成相寺でみつけた。爾来、こいつにはお世話になった。なんたって、多くのライバルたちを蹴落として、こうやって天下のO誌で人気コーナーを仕切るまでになったわけだからな!?
 その、世話になったお守りをご返納して、新しい『人生必勝のお守り』を手に入れ、21世紀も、この勢いを失わずに突っ走ろうって魂胆なわけだ。
 で、そんなことを吹聴してたら、このコーナーの担当のケンチまで、徹夜明けのドロンとした充血まなこを不気味に見開いて、「それ、ぼくも行きます」と、なんだか悲壮な表情ですがりついてきた。「97年は、ズバズバッとやりたいことをやっつける年にしたいんです」。んーなんだかわからんが、まあいいか。連日連夜の泊まり込みで疲れてるんだよな。
 てなわけで、東京から丹後半島の天橋立を結ぶ、1500km一泊二日の旅がスタートすることになった。目的はただ一つ。『人生必勝のお守り』を手に入れることだけ。途中、脇目も振らずひたすら西を目指す。東京から神戸までコーヒーを飲むためだけに突っ走る酔狂もいるんだから、それに比べたら、俺達の目的のほうがよほど現実的ってものよ!?
 コースは、面倒臭いので、スタート時の気分で決めることにした。途中で日和って、「もう疲れたからここで泊まろう」なんて料簡を起こしちゃいけないので、天橋立近くの宿に予約を入れた。
 そして、雨上がりの清々しい天気の中、出発となった。

 

西高東低、冬型の西日本へ

 朝方、編集部を出てから、中央道に入るころまでは、けっこう冬にしては暖かかった。
 だが、甲府に抜け、さらに西へと進むにつれて、風が強まり、ぐんぐん冷えていった。こうなってくると、ネイキッドはちと辛い。「やっぱり冬のツーリングには、ウインドプロテクションのしっかりしたビッグクルーザーがいいな」などと、自分からネイキッドマシンの手配を頼んどいて、調子のいい文句を吐いている。
 だが、寒いけれど、空気が澄んでいるせいで景色は最高だ。
 中腹以上に雪を戴いた八ヶ岳や南アルプスが眼前に迫って見える。いくら寒いといっても、あの3000mクラスの頂上でブリザードに遭うことを思えば、炬燵に潜り込んでミカンを摘んでいるのとたいして変わりがないわい−−ってほどでもないか、まあいい。
 だけど、こうして自走で遠くへ旅するのなんて、何年ぶりだろう。そういや、昔は雨が降ろうが雪が降ろうが、物好きと嘲笑されようが、女にもてなかろうが、どこまでだってオートバイに跨って旅したもんだ。こうして、寒風に身を晒して歯ぎしりしながら走っていると、あの頃の尖がってた自分が懐かしく思い出される−−なんて、感慨にふけっている場合じゃねえか。気取って言うわけじゃないが、辛さもリスクもみんな自分一人で背負って、こうして風に立ち向かうのが、やっぱりオートバイの醍醐味という気がする。
 途中、駒ヶ根SAで、睡眠不足の解消に30分の仮眠をとった以外、飯を食う時間も惜しんで突っ走った。しかし、天橋立は遠い。走り出してから、高速のSAではじめて距離を計ってみたら、700kmくらいあるんだものなあ。遠いわけだ。
 おまけに、関ヶ原を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなってきた。米原から北陸道に入ると、どんより曇って、今にも雪が降り出しそうだ。
 敦賀には、17時すぎ。日が沈むぎりぎりの時間に着いた。重い雨雲が垂れ込め、鈍色の海からせり上がった荒波が岸壁にドドーンと打ち寄せる。う〜ん、正しい冬の日本海だ。風景は沈んでいるが、ここまでやってきた満足感に、テンションはうなぎ上りだ。
 それから2時間半、みぞれ交じりの氷雨に打たれて、体の芯まで冷え切って、目的地の天橋立に到着した。体は疲れていたが、気分は全壊……じゃない全開だ。これこれ、この自虐的な快感こそが、ロングツーリングの醍醐味なのだ!?

 

成相寺は、お守りのデパートだった

 ケンチは、飯を食ったらドロドロのGパンのままで、布団の上にドサッと横になったと思ったらそのまま眠っちまった。盛長カメラマンは、とんねるずのなんたらかんたらをケラケラ笑いながら見てたと思ったら、ドテラも脱がずに涎たらして眠っちまった。俺はといえば……「しょうがねえな、この人たち」なんて、ぼけっと考えていたとこまで覚えているが、気がついたら朝だった。こんなに泥のように眠ったのも何年ぶりだろう。
 氷雨の降っていた昨日とは打って変わって、暖かなほどの朝。でも、俺は知っている。この季節のこういう陽気は、天気が悪化する前触れなのだ。
 とっとと目的の『人生必勝のお守り』を仕入れて、東京に戻ろう。と、思ったら、ケンチは、小舟を漕ぎ出して投網を打つ漁師を眺めて、「いいなあ、精神が開放されるなあ」なんて、ちょっとあっち側に行きかかっている。そういや、この人はシーカヤックがやりたくて葉山に住み、「そのうち、会社までカヤックで行こうかなぁ」とほとんど本気でのたまう酔狂だった。「流れがけっこう速いな。これならリバーカヌーのほうが安定性があっていいかもな」なんて、急に目を輝かせてぶつくさ呟いているこいつのケツを蹴飛ばして、いざ目的地へ。
 天橋立を一望する山の上に、『人生必勝のお守り』を世に送り出した偉大な『成相寺』がある。入山料400円也を払って、いざ本堂へ。
 だけど、ここまで来て、15年前に立ち寄ったときの印象がほとんどないことに俺は気づいた。今は、山門の造りや森の中に真っ直ぐ伸びる階段のたたずまいやらのいちいちが、心に染みるほど興味深く目に映るのだが、どこもここも、どれもこれも、初めてここに来たような感じなのだ。何号か前でデジャヴのことを書いたが、あれとはまったく逆。昔の俺って、ただ猿のようにオートバイに乗るだけで、な〜んも考えてなかったのだろうか。
 まあ、なにわともあれ長年の念願を果たすときが来た。俺は、今まで世話になったお守りを可愛い巫女さんにご返納しようと、右手にしっかと握りしめて、本堂へと入った。だが、そこには、可愛い巫女さんはおらず、ちょっと強面のおじさんが二人(そういや、巫女さんがいるのは神社だな)。それだけなら、まあよかったのだが、なんとなんと、この15年間、俺の心の拠り所だった『人生必勝のお守り』は、獲れすぎたイワシのように何千個も無造作に山盛りになっているではないか。それだけではない、他に、『なすび守』、『身代わり観音守』、『ゆびわ守』、『心の杖守』、『お姿入りひょうたん守り』などなど、ユニークお守りが、同じように、白木の台の上にテンコ盛りでたたき売りされているではないか……。そうか、成相寺は、お守りのデパートであったか。それにしても、静謐な森に囲まれた上品な寺という勝手に俺が作っていた印象は、いったいなんだったのだろう……。まあ、いいか、人の印象なんて所詮そんなものよ。
 でだ、ケンチが、『人生必勝のお守り』の山を崩して調べていると、なんと、黄金に輝くボディにルビー色の目を輝かせたNEWバージョンがあるではないか。俺は、思わずこれを手に握り、今まで世話になったお守りは、そのまま持つことにした。21世紀は、ダブル体制で迎えることに急遽方針変更したわけだ。
 とにかく、めでたしめでたし。なにしろ、日和ることもなく、目的は無事達したのだからな。
 ちなみに、お守りのデパート成相寺では、お守りの通信販売もやってるとのことだ、ジャンジャン。

 

ああ、恵那山麓の夜は更けて……

 な〜んてな、ジャンジャンのめでたしめでたしで、このツーリングが終わったと思ったら、そうは問屋がおろさんわな。なにしろ、行ったものは帰ってこなきゃならんからな。
 帰路についた我々は、早くも舞鶴で雨に巻き込まれた。先へ進むほど、雨脚は強まり、風も出てきて、嵐のようになってきた。
 だが、俺達には、『人生必勝のお守り』様がついている。こんなことで負けはしないのだ。
 舞鶴自動車道から中国自動車道に入り、阪神高速、名神高速と乗り継いで、ケンチと盛長カメラマンは東名に向かった。俺は、小牧から中央道へと入った。
 高度が上がるにつれ、風雨はどんどん強まる。そのうちまたみぞれになった。
 でも、「へこたれんゾ〜」と、賀曽利さんみたいに、自分に気合を入れてアクセルをひねる。だが、どうしたことか、アクセルを開けているのに、VMAXは喉に餅が引っかかったみたいに、恵那山トンネルへ向かっての登り勾配で、失速していくではないか。
 だましだまし、最寄りのPAまで走ったものの、ここで限界だった。どうやら、エンジンが焼き付く寸前だったようだ。そんなに飛ばしていないのにおかしいが、ただ安穏と人生必勝しては申し訳ないからな。必勝には試練がつきもの。これでいいのだ……ほんとかよ??
 でだ、結局、俺は、恵那山の麓のPAで、編集部に居残っていた不運なオサムとオカムーラの救援を待つことになった。
 幸い、アイドリングなら回ってくれたので、VMAXの心臓で暖をとりながら、すっかり寛いで、ここんとこ忙しくてできなかった読書なんぞにいそしんでいた。すると、もう日付は翌日になろうとする頃、なんと、東名に向かったケンチがバルカンに跨ってやってきたではないか。携帯電話で、俺の惨状を聞きつけて、わざわざ笑いに来た……いやいや、様子を見に来てくれたのだ。まったく、もつべきものは、気のきく編集である。それにしても、救助される奴がのほほんとしていて面目ない。
 といったわけで、久々のブチかましは、ほんとのブチかましということでオチがついて、めでたしめでたしとなったのである。
 だけど、いろいろあったが、ほんとに面白かった。
 これからも、どんどんブチかまして行くから、覚悟しとけよな(誰に言っとんじゃ?)。

 

俺にとって理想のオートバイはただ二つ

 俺にとって、オートバイとは旅の道具だ。ときどきオフロードで遊んだりするけど、そういうアミューズメントツールとしてのオフロードマシンは別として、旅の道具としてのオートバイの理想形は2種類しかない。
 ひとつは、どんな荒れ地でも乗り越え、しかも超長距離走行が可能なエンデューロマシン。とくに600ccクラスの単気筒か750ccくらいのツインがいい。昔、バハ1000という砂漠のエンデューロレースでTT600というマシンで完走したが、散々クラッシュしたのに、最後まで絶好調で乗り切った。その経験から、ふだんは同じカテゴリーのホンダのXR600を愛用している。軽く、タフでどんなところでも走れるので、まさにワークブーツ感覚。このカテゴリーのオートバイには、もうまったく不満はない。欲を言うと、KTMとかハスキー、フサベルといったヨーロッパ製のマシンが気に掛かるけどな。
 そして、もう一つは、高速道路、条件のいい道を使って長旅するためのビッグマシンだ。今回は、VMAXとバルカン、デスペラードといういずれもネイキッドタイプを選んだが、正直言って、この手のタイプは個人的にはあまり好かない。とくに、普段オフロードスタイルのライディングに慣れているせいか、アメリカンのあの踏ん反り返りポジションと緩慢な操作性には馴染めない。1時間も乗っていると、腰が痛くなってくるものな。VMAXのほうは、すごく自然なポジションで、エンジンパワーも申し分ないし、シャフトドライブのへんな癖なんかもなくていい。これに簡単なビキニカウルでもつければかなり理想形に近づく。だが、足元のポジションだけはいただけない。シートの着座面とステップとの位置が近すぎて、足が不自然に曲げられて辛いのだ。これは、長距離を走るとなると、かなり苦痛だ。俺は、特別足が長いわけでもないんだがな……。
 で、結局はなにがいいのかとなると、BMWだ。それも個人的な趣味としてはKシリーズがいい。楽で自然なポジション、ウインドプロテクション、荷物の積載性、機動性、いずれもロングツーリングマシンとして理想的だ。だけど、値段がぜんぜん理想的じゃない。新車で200万円なら躊躇なく車を買うもんな。じつは日本車でもこの手のハイウェイクルーザーを作っているのだけれど、すべて輸出用で、乗りたければ逆輸入マシンしかない。だけど、それを国内で乗るにはあまりにも稀少なだけに、メンテナンスが心配だ。旅先で、部品の取り寄せに1週間も足止め食ったりしたら、それだけで旅が終いになっちまうもんな。
 ヨーロッパでこういったカテゴリーのオートバイにしっかりした需要があるのは、大人が個性的な旅の道具としてオートバイを認知して、それを実際に使っているからだ。日本では、社会的にオートバイの認知度が高まったとはいっても、まだまだガキか物好きの乗り物としか見られていない。そして、どうしても、道具というよりもファッションアイテムとしてとらえられていると思う。道具なら、絶対的に必要なのは、ユーザーインターフェースの完成度だ。使う人にとって負担が極力少ないのがいい道具なのだ。
 ここでメーカーさんに一言いいたい(メーカーさんが、こんなヤクザなページをチェックしてるとも思えんが……)。「違いのわかる欧米に本物の道具を輸出して、国内では半端な遊具で茶を濁すなんてことは、もうやめましょうよ。木偶の坊のお役所が邪魔をするっていうのなら、アメリカの圧力で免許制度が変わったように、ビシバシ外圧かけてもらいましょうや。……何、そうすると、外国メーカーにシェアを食われるって? ああ、料簡の狭いこと……俺、お金貯めてBMW買おうっと」。

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