こんこん、というノックに、はあい!と返す。ドアが開く。現れる、オーストリアさんの濃い茶色の髪。 「遅くなってすみませんね、ハンガ、」 そこまで言って、顔を上げた彼は、そのまま。 ぱたり、とドアを閉めた。 「えっ、あの、オーストリアさん!?」 『な、なんて格好をしてるんですかあなたは!』 「……茨姫の、衣装ですけど…。」 素直に言ったら、ゆっくり、とドアが開いた。 ばつの悪そうな顔に、露出度は減ったと思うんですけどね、と苦笑。 「……何故あなたが着るんですか…。」 「その方がわかりやすいでしょう?」 ロマーノちゃんが捕まればよかったんですけど、授業みたいなんで。そう答えると、そうですか、と答えはするものの、視線がこっちにまったく戻ってこない。 「…あの、着替えましょうか。」 「……そうしていただけますか。」 しばしの後、普段の服に着替えた私は、ハンガーにドレスをかけて、オーストリアさんと話をした。 「フリルの幅とか長さはこれが限界かなって思うんですけど。」 「そうですね…胸元のレースは?」 「一応これで完成です。…これと同じレースで、髪飾り作ってます。」 「なるほど…。」 「あとはガーターベルトとかあったらベストなんですけどねー…。」 「……別に見せる衣装じゃないのでそれはいらないのでは…?」 「そうですか?あ、あとそうそう、靴なんですけど。」 傍らに置いた箱を開ける。ヒールのかなりある黒いパンプス。このあいだの衣装合わせのときに、もう少し悪役っぽく、と言われたから。 「こんな感じでどうですか?」 「ええ。いいと思いますよ。…こけなければ。」 「私もそう思います。」 顔を見合わせて、笑う。ロマーノちゃんも結構抜けてるからなあ…はでにこけるときは本当にはでにこけてくれる。 「あと、イタちゃんの方は、これなんですけど。」 ヒールのほとんどないサンダル。…こっちは、走り回るシーンの多いイタちゃんからの要望で、探したものだ。 「これなら安全そうですね。デザイン的にも問題ないです。」 「わかりました。…これで主役2人はほぼそろいましたね…。」 はあ、と息をつく。これでやっと、衣装をそろえるのにも終わりが見えてきた。…よかった。 「お疲れ様です。」 「いえいえ、楽しくやってますから。」 笑って、でもちょっと肩がこったかな、と腕を回す。…刺繍やら細工やら、細かい作業ばかりしていたからなあ…。 「後、残りは?」 「茨姫の髪飾りと、黒騎士のぼろぼろ衣装の細工と…後は、制作用の花飾り、くらいですかね。あっ!そうだ!」 忘れてた。今日オーストリアさんに来てもらった一番の理由! 「これ!どう思います!?」 袋から取り出したのは、一着の騎士服。…劇で使うものと、デザインは同じだけれど、色が違う。あっちは、白メインのひまわり姫サイドと、黒メインの茨姫サイド。これは、濃いワインレッド。胸元につけた花は、白と黒の布で作った、薔薇だ。 「……どう、したんですか」 「ぜひともオーストリアさんに着て欲しくて!」 徹夜で作りました!と言ったら、そんなことよりも睡眠時間をとりなさい…と呆れられた。 「だって〜せっかくなんですもん。」 カーテンコールででも着て出てくださいよう。だめもとでそう言ったら、ちら、ともう一度衣装を見て。 「考えておきましょう。」 「わあい!じゃあまあとりあえず今着てください!」 「はっ!?」 「だってサイズ合ってるか見てみないと〜ほらほら。」 そしてシャッターチャンスを、とカメラを片手に思っていたら、仕方ないですね、と上着を脱いでくれた!ああもうオーストリアさん大好き! そう、そのときは思ったんだけど、今は、もっともっと、強く大きく、そう思う。 「…ほんとに、オーストリアさん、…大好き。」 ドイツの告白も、ロマーノちゃんどっきり大作戦も終わって、今はカーテンコール中。 …お礼の言葉を述べるオーストリアさんは、確かに。 あの時、私が作った衣装を、身にまとって、くれて。 …だめもとだったのに。…本当に着てくれるなんて思ってもみなかったのに。もう。泣きそう。 その、少し跳ねた髪も、まっすぐ前を見つめる瞳も、白い肌にアクセントみたいにあるほくろも、ワインレッドの衣装をまとった胴や腕も、白い手袋に隠れた指も、女性もののブーツが入っちゃうくらい細い足も、全部。…全部。 ああ、大好きだなあと、心の底からそう思った。 メニューへ |