「すまない、日本、もう一回だけ付き合ってくれないか?」 「はい。いいですよ。」 そう答え、力の入れすぎで痛む手を振って、MDを頭だしして、ミキサーのつまみを一番下まで下げる。 「これが終わったら、昼飯にしよう。」 「了解です。」 答えて、いいですよ、と言って、イギリスさんが読むセリフにあわせて、MDを再生して、つまみをゆっくりと上げていった。 今から一時間休憩とります、とちょうど休憩の終わったらしいスペインさんに声をかけて、外にでる。 「うわ、まぶし…。」 劇場の中はどうしても暗いので、長時間中にいてから外に出ると、いつもこうだ。急激な明るさの変化についていけていない目を瞬いて、なんとか慣らす。鳥が、道でちょんちょん、と跳んでいるのがとても平和だ。 「はー…太陽万歳。」 「あ。おんなじこと思いました。」 隣を歩くイギリスさんにそう言って、笑いながら学食まで歩く。 「けど、うん。やっぱり、俺は日本の選ぶ曲が好きだな。自然に入ってくるっていうか、いつのまにか流れてるっていうか。」 「あ、ありがとうございます…。」 明るい笑顔に、なんだか照れくさくなってしまう。 控えめな、目立ちすぎない曲を選んでしまうのは、やっぱり好みだろう。音響も3回目になるけれど。今回もやっぱり、鳥の声や風の音、みたいな効果音と、穏やかな曲が多い。…殺陣のところはそんな曲流せないから、派手な感じのを選んであるけれど。 「私は、音響の仕事は、劇の世界を作って、お客さんに、劇の世界に入り込みやすくしてあげることだと思うんですよ。」 もちろん、これは私個人の意見であるけれど。音、というものを使って、世界を表現する。流す音、だけでなく、流さない、というのも一つの表現だ。無音、が持つ世界を利用させてもらって、表すもの。役者の声だけで、伝えたいもの。そういうものもあるから。 「わかる。俺も、照明はそういうものだと思ってる。」 イギリスさんに同意してもらえて、少し嬉しかった。 イギリスさんが照明で、私が音響な、このタッグも3回目。彼と仕事をするのは楽しい。 仕込みが終わって、完全に本番用の舞台が完成すると、照明と音響と役者で、タイミングを合わせていく練習が始まる。そうなると、練習中はほぼ一緒にいるようになる。 私は、彼が好きだ。…好き、と。言ったことは、ないんだけれど。 こうやって一緒にいると、どきどき、というより、なんだか安心して、もっと一緒にいたいな。と思う。 真剣に舞台と、操作するミキサーを見る彼の横顔を見るのが、好きだ。 劇のクライマックスで、音と照明と役者のタイミングが完璧に合うと、まるで心が重なったような気がしてしまう。 そのくせ、部活以外のところで彼を誘う勇気なんてないのだけれど。 贅沢は言わない。この距離で十分、幸せだ。 「ところで日本、黒騎士と茨姫のラストシーンなんだけどさ。あそこ何のタイミングで曲入れてる?」 聞かれて、は、と我に返った。…危ない。何をぼーっとしているのだろう。 「え、とラスト?ですか?あそこは………、黒騎士が歩み寄るのにあわせてですかね。……本番ちょっと変わるかもしれませんけど。」 「だよなあ…やっぱ音あわせにしといた方が安全か。」 「ですね。」 まったく。あの3人組が余計なこと考え付くから…ぶつぶつ言うのを聞きながら、くす、と笑う。 「でも、あのオーストリアさんが許可したのは意外でした。」 「あ。それ俺も思った。…なんだかんだ言ってあいつあの姉妹に甘いよな。」 「そうですねえ。」 思い浮かべるのは、親友の姉妹。少し愛想は悪いけれど美人のロマーノと、明るく元気なイタリア。どちらも、根はとてもいい子だ。 「やっぱりああいう子がいいんでしょう?」 男の人は、とちょっと聞いてみると、俺は別に、と返って来た。 へえ、意外。そうなんだ。 「美人なのは認めるが、両方性格がな…。」 「2人ともいい子ですよ?」 「それはわかるけど…俺は、もう少し落ち着きのある、なんていうか、そばにいるとほっとする、みたいな方が好きだな。」 どき、と心臓が高鳴った。そばにいると、ほっとする、人。 ……いやいや。だから期待しては、うぬぼれてはいけません。冷静に冷静に。よし。 「年上のお姉さん、とかですか?」 微笑んで返すと。 「いやおまえみたいな。」 爆弾発言が返ってきて、え。と思わず固まったら、同じタイミングで動きを止めたイギリスさんが、 おそるおそるこっちを見て、その顔がもう耳まで真っ赤で、息ができなくなった。 そんな。まさか。……嘘。 「……あー。いや。…えっと…。」 顔を真っ赤にしたまま、彼は頬をかいて、視線をそらした。 「そういう、感じで、好き、なんだけど…お付き合いしていただけませんか。」 「…は、はっ、はいっ!よ、よろこんで…。」 上擦った声で何とか返したらお互いに何もしゃべれなくなってしまった。 ぴちち、とどこかへ小鳥が飛んでいった。 メニューへ |