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「ハンガリー。」 呼ぶ声が、する。けど、返事なんて、できない。 だって、どうしたら返事なんて、できるの? 好き、なんて言ってしまって。どうしたらいいの? ただそばにいたい。それだけだった、はずなのに。 ああもう、自分からそれを壊してどうするの…!! やり直せるものならやり直したい。けど。…やり直せるはずも、なくて。 忘れてくださいって、言えば、いい?でも、好きなのは本当。うそなんて、ついてない。真実、だから。 それを隠すことなんてできそうになくて。 部屋の中にこもって、こうやって、彼の言葉を聞くしかなくなって。 「…ハンガリー。聞いてください。」 このままでかまいませんから。 真剣な声がそう告げる。こんなときでなければ、大好きな声。柔らかくて、ほどよい高さで、耳触りのいい声。 …こんなときで、なければ。 今は、何を告げられるのか、が、ただ、怖い。 「あの言葉は、本心ですか?」 私が好きと言った、あの言葉は。 ざ、と血が落ちるような感覚。 …ああ、やり直したい。本当に!言うつもりなんてなかったのに!まだ、言うつもりじゃ、なかったのに。まだ。 彼と一緒にいられるだけで、それだけで本当に、よかったのに。 「…はい。」 でも、嘘じゃないから。本心だから。小さな声で、肯定する。 「…なら、こんなことする必要ありませんでしたね。」 縁談なんて用意して。…そんな必要は、なかったんですね。 そう言われた。その言葉に、彼の心が読めなくて、瞬いて、ドアを見つめる。 「あなたを縛り付けておくわけにはいかないだろうと思ったんです。…私一人が独占していてはいけないと。」 このままでは、離せなくなりそうでしたから。あなたを。 だから、離すきっかけがほしかったんです。 優しい声がそう告げる。 その言葉の意味がわからない。どういう、意味? 離せなくなる?どうして? 「どうしてだと、思いますか?」 「…わかりません。」 本当にわからないから。そう告げる。 ゆっくり、立ち上がって、そっと、音を立てないようにドアに、近づく。 ドアに手を当てても、彼を感じられるわけじゃないんだけど。 そっと、手を当てて。 「どうして、ですか?」 おそるおそる尋ねると、彼は、小さく息をはいた。 「あなたが、好きだからですよ。」 「…!!」 「好きだから、そばにいてほしい。ずっと一緒にいたい。…それだけ、だったんです。」 でも、それがかえってあなたを悲しませることになってしまいましたね。すみません。 謝る声より、さっきの言葉、が、頭の中をリフレインする。 …好き?好きって言った?誰が?誰に?オーストリアさんが? 私に? 「ハンガリー。」 愛しい貴女の顔が見たいんです。出てきてはいただけませんか? 彼はそう言って。 そっと、ドアノブに手を、かける。 まさか。そんな。そう否定する想いがまだ、胸の中にはあるけど。 彼の言葉を信じたいと、そう願う気持ちの方が強かった。 深呼吸。そして、思い切りドアを、引いて。 優しく微笑んだ彼の姿を見たその瞬間。 きん、と小さな金属がぶつかるような音と。 扉が開く、音がした、気がした。 |