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入って、いいの、かな。
でも、入っちゃいけない、んだよね?と悩んで入れないでいると、もう一度オーストリアさんが出て来た。

「何をしているんですか?」
「あ、えと、」
うろ、と視線をさまよわせて、落とす。
だって。…入れるのは、昔から家族、だけだから。あの部屋は。
イタちゃんとか、神聖ローマとか、…私、とか。
きゅ、と箒を握ったら、ため息ひとつ、聞こえて。
それから。

「ハンガリー。」
呼ばれた。顔を上げると、箒を取られて、ついでとばかりに手を。
「お、お、お、オーストリアさん!?」
「いいから来なさい。」
命令口調のわりに、声は優しい。
私の手を引く力も、痛くないように、って…て、て、てゆうか、ていうか、手!手!
力は強くないけどしっかりと掴まれて、頭がぐるぐる大パニックに陥る。
その間に部屋の中に連れてこられて、その大きなグランドピアノ、の姿にはっと、した。

「…歌うなら、ここで、にしてください。」
聞きたいです。なんて言われてかっと一気に体温が上がった。ききき聞かれてた…!
「いやあの、でも、」
「私の伴奏では不服ですか?」
まさか!そんなわけがない。ぶんぶんと首を横に振る。
「ならいいでしょう。」
有無を言わせぬ口調にしぶしぶ、こくん、とうなずいて。

「へ、下手ですよ?」
「では私が教えましょう。」
鍵盤の上に指を置く彼の姿に、逃げ場なし、と悟って息をついた。

その日から、ひとつ、日課が増えた。掃除のまえに、彼と声楽レッスン。ううむ、プロにでもする気かしら…
でも、彼がちょっと、楽しそうだったのはよかった、かな。

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