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荷物が重い。ちなみに私のせいではなく、お兄ちゃんのせいだ。資料を借りてくるだけ借りてきて返さないからまったく…大量に積み上げた本が、ずしりとくる。
「お、兄ちゃんの、ばかぁ…」
呟いて、長く感じる廊下を歩く。足元がふらついた。あ、やばい。思ったときにはすでに体勢を立て直せなくて。

「っ!」
「っと。」
ぐい、と体を引っ張られた。崩れかけた本も、しっかりと支えられる。
「…?」
「大丈夫か?イザベル」
本の山の向こうから現れるのは、よく知る顔。
「ガヴィ。」
「女の子がこんなにたくさん荷物持ったらダメだ。」

ひょい、と荷物を半分以上奪われる。
「別に平気よ!」
「いいから。…俺も用事あるから。図書館。」
すたすたと歩き出してしまう金髪の後ろ姿を追いかける。自分よりずっと大きな身長。年下の従兄弟に抜かれたのは、いつのことだった?
隣を歩けば、す、と落とされるスピード。…こういう気遣いが細かすぎてちょっとむかつく。気もないくせにそういうことするから女性関係のトラブル絶えないのよ、こいつは!
でも、言わなきゃいけないのはわかってたから、小声でありがと、と呟いたら、どういたしまして。と爽やかににっこりされた。……むかつく。


ベアトリクス、と呼びながら図書館へ入る。彼女が勤めるここは、仕事の資料や普通の本など本当に、大量の本が置いてある。本好きの彼女にとっては天職なんだろう。きっと。
呼んでも返事がないのは珍しい。そう思いながら司書室をのぞくが。

「…いないな。」
「ベアトリクスが?昼休みでもないのに?」
仕事熱心で律儀な彼女が、いないなんて珍しい…まさか。
ちらり、と視線を動かす。イザベルとばっちり目があった。
「…まさか、なあ。」
「まさかねえ。」

彼女が幼い頃に、一度あった。…いや、俺が目撃したのが一回、というだけで、実際には何回かあったらしい。…マックスいわく。
とりあえず資料を置いて、イザベルと手分けして広い図書館を駆け回る。図書館では静かに、というルールはわかっているが、別に誰もいないようだし。ベアトリクスの名前を呼びながら、探す。

「ガヴィ、いた!」
こっち、というイザベルの声に、振り向いて走り出す。
通り過ぎる本棚の間に、焦げ茶色のセミロングを見つけ、その奥に大きな本の山を見つけてやっぱりか…!と、それをどけるのに手を貸す。
自分の背丈よりも大きい不安定な山を、上から、崩さないようにとりのぞいていけば。
山の向こう側に、倒れ込む人影。

「ベアトリクス!」
イザベルが抱き起こすと、ううん、と目が開いた。
「…おはようございます。貸し出しですか?」
少し寝ぼけたような口調に、はああ、とため息をついた。
















本に埋もれて出られなくなる、というのを、ベアトリクスは何度かしたことがある。
本を大切にする彼女は、積み上げた本をくずしたりすることができないらしい。優しすぎるんだよなあベアトリクスは…。
確か、子供のころは、泣き声に気付いてすぐ助けにいけたんだっけ。今では、これは仕方ないなあと閉じ込められたまま眠ってしまえるほどになったらしい。
…それはそれで問題なんだけど。
というかそれ以上に問題なのは。

「…ベアトリクス。昨日イザベルの家に泊まると言ったのは、誰だ?」
「……ごめんなさい。」
彼女を家に連れて帰ってきてくれたガヴィに事情を聞いて、思わずひく、と頬が引きつった。

本の整理、終わらせたかったんですって…それならそうと言ってくれればよかったのだ。遅くても迎えに行ったのに。嘘をつくよりはずっとまし、だ。

とりあえず怒るのは、後で父さんと母さんが帰ってきてからにすることにして、彼女が身支度を整えるのを待つ間、ガヴィを書庫に案内する。
彼が借りたかった本は今、図書館にはないが、こっちにはあるらしい。題名だけ聞いたらすぐそれを判断できるベアトリクスは、すごいというかなんというか。


「見つかったかー?」
「いや、まだ…あ、あった。」
借りて行きまーすはいどーぞ。会話を交わして、伸びを一つ。

「そういえばマックス」
「何だよ?」
「まだそんな格好してていいのか?」
そんな格好?と言われても。ふつうに普段着なだけなんだけれど。そういえばガヴィ、なんでスーツなんだ?そう思っていたら告げられる一言。

「会議」
「うげっ今日だったか!?」
こっくりうなずかれて、やばい着替えないと!と走り出した。





「やばい…ほんまにやばい…」
「何が」
「めっちゃ眠い…」
「…知らないわよさっさと歩きなさい!」

べしん、と背中を叩かれた。痛い。あ、でもちょっと眠気ましにまったかも。
「人が仕事終わらせてる間にぐーすかと…!」
そう言いながら先をじかずか歩いていく妹にごめんってーと声をかける。
「あのね、ごめんで全部のことが済むわけ、」

「あら。イザベル?」
いきなりかかった声にん?とそっちを見る。ふわり、と、甘いお菓子の匂い。
「マリア、レジーナ。」
「おはよう、イザベル、ルキーノ」
「おはよう。ビー見なかった?」
「おはよー」
「おはよ。レジーナ、ビーなんて呼んだら、ベアトリクスまた怒るわよ?」
「かわいいのに。」
怒るっていうか、返事がなくなるんやけどな。

マリアが持った皿をのぞきこむ。甘い香りは、ここからだ。
「マリア、これなに?クッキー?」
「も、あるよ。ほかにはサコティスとか、チュロスとか。あと、ザッハトルテも作ってきたんだけど…」
とられちゃった。苦笑する彼女に、誰に?と尋ねる前に、大きなお皿持ってうれしそうな、ケイが歩いてきた。

「おはようございます!」
「おはよう。…なあケイ、それ全部一人で食べる気なん…?」
かなりでかいホールケーキ、なんやけど。
でも超甘党のケイやったらいくかもしれへんけど…
そうしたら、にっこり笑顔が返ってきた。

「五割の独占権を獲得してます。」
「それでも十分多いって!」









会議室に入ってみると、珍しい人影があって思わず、あら。とつぶやいた。
「おはようございます。サラが、会議前からいるなんて珍しいこともあったものですね。」
おはよう、と四人分の返事を聞きながら、奥へ進む。

「うわほんとだ。」
「明日は雨か?」
後ろから、お兄さまとガブリエルの声。
「ほんとにね、珍しいでしょう?」
エリがくすくす笑う。
「…何よ、悪い?」
不機嫌そうなサラは、カメラの手入れをするばかり、だ。
その様子に、日頃の行いが悪いからだよ、と、今日は男の子の格好のリリーが言って。
「…朝見つけたから。つかまえてきたの。」
小さな声を聞いて、見上げる。私の隣の席は、アリシアだ。

身長の高いアリシアは、くしゃくしゃと頭を撫でた。感触が好き。らしい。
「それは、ご苦労様です。…シーランドさんは今日は?」
「来たがってたけど、イギリスさんと、仕事。」
なるほど。呟いて、椅子に座る。
と、にぎやかな声と、甘い香り。
「おはよー!」
入り口から残りの全員が入ってきて、一気に部屋がやかましくなった。

「お菓子作ってきたよ?」
「わあ!マリア最高!」
「姉さん、朝から何してるのかと思ったら…」
「あら、いけない?」
「ザッハトルテ半分は僕のです。」
「半分!?ケイずるいー!」
「ずるいやんなー!」
「私も食べたい。」
「大丈夫よ。ほかにもたくさんあるから。」
「っていうかケイあんた、甘い物食べ過ぎよ?」
「大丈夫です。太らない体質なので」
「くっ、うらやましい…!」


騒がしいその声に、くすくす、笑っていると、ほら!とお兄さまが手をたたいた。
「お菓子はとりあえずおいといて、会議始めるぞ!」
はあい、いい返事が聞こえて。
がたがたと、みんなが席につく。
「じゃ、世界平和のための会議、をはじめます。」
はい、と、声がそろった。

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「アリシアほどかわいい女の子はいないですよ!」
発端は、シーランドのそんな言葉。
日常の会話の中の、何でもない家族自慢。
のはず、だった。

「ちょっと待った」
「何だって?」
「それ聞き捨てならないんだけど」
声を上げたのは、ルキーノ、マックスの2人。
「そりゃあアリシアはかわええけど、一番かわええのはイザベルに決まってるやん!」
「は?ベアトリクスだろ。」
はっきり言う2人に、そんなことないですよ!と反論するシーランド。
わあわあと言い合いを始める3人を眺めながら、2人は参加しないの?とリリーはケイとガブリエルに声をかけた。

「ええ。姉さんは…容姿でいえば、美人、だと思ってますので。」
「確かに、エリはかわいいっていうより綺麗だよね。」
性格も考えるとかわいいけど。笑うガブリエルに、そっちはどうなんですか?と尋ねるケイ。すると、ガブリエルは肩をすくめて。

「女の子はみんなとびきりにかわいいから。」
「あー…そうですか…」
「まあ姉さんが一番美人だとは思ってるけど。」
天使みたいだと思わない?だそうだ。あー…と視線をさまよわせて、あ、リリーはどうなんですか?とケイは話題を変えた。

「え?だってサラは、ほら」
「何?」
「かっこいい、じゃない?」
のんびりとリリーが言うのに、カメラ片手にばりばり働く彼女を思い出して、2人はあー。と声を出した。



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クレープを大きな口で頬張る。…うん、おいしい。

「うまいなあ!」
「うん、おいしいね。」
にこにこ笑うルキーノの言葉にうなずいて、隣に座るイザベルに、一口交換しない?と声をかけた。顔を輝かせてこくこくうなずくイザベル。私の選んだいちごのやつと、最後に選んだチョコ、かなり悩んでたもんね。かわいいなあ…。

ダブルデート、になったのはたまたまだ。
ルキーノとデートの約束は前からで、新しくできたお店をのぞいていたら、ガヴィとイザベルと、鉢合わせしたのだ。
この後の予定はと聞いたら、クレープを食べに行くというから、便乗させてもらって、今に至るわけだけど。

もしかしたらお邪魔だったかなあと、弟と妹のカップルを見る。おいしいって評判聞いてたし、私もルキーノも甘いもの好きだから、つい連れてきてもらっちゃったけど。

あむ、と口を開けてかぶりつくイザベル。その横顔が、とても柔らかく、うれしそうに笑う。…ほんとかわいい。…あ。
眺めていて、ふと、口の端にクリームがついたのに気付いた。イザベル、呼びかける前に、机の向こう側から伸びてくる手。

「ほら、じっとしてベル。」
びっくり、した。とろりと甘い声。…パパがママ甘やかす時みたい。…こんな声、ガヴィも出すんだ。初めて聞いた。
ガヴィは手を伸ばして、イザベルが口の端につけたクリームを指で拭い、そのままその指を自分の口に運んだ。

それを見ていたイザベルは、ぽん、と音がしそうな勢いで赤くなってしまって。
「!ガヴィ!」
「なに?」
きょとんと、何故イザベルが怒ってるかわからない、という表情をした弟に、思わず吹き出した。



「ガヴィ、手」
「いや?」
いやじゃ、ないけど。小さく返してくれたイザベルに、くすりと笑って、握っていた手を、指を絡める形に変える。恋人つなぎ。イザベルは恥ずかしそうだけど、大丈夫だよ。
目の前にもっと強者がいるから。

今日、ダブルデートになってしまったのはたまたまだ。
イザベルとのデートを楽しんでいたら、姉さんたちと会って。
クレープを食べに行くと言ったら、二人そろって行く!って。

えーとは思ったんだけどさ。姉さん、ベルがいると、その隣ちゃっかりキープしちゃうから。クレープ屋でもそう。二人でクレープ交換して楽しそうに…かわいかったけど。

でも今は感謝、かな。恥ずかしがりのイザベルとは手をつなぐのも一苦労なんだけど。
目の前に、腰を抱いて歩いてる恋人たちがいれば…まあ、手つなぐくらいどうってことない気分になるよね。

「お、マリア、あのコート似合うんちゃう?かわええで?」
「うーん…似たの持ってるからなあ…違う色がいいかも」
「何色?」
「白とか、クリームかな。」
「ああ、ええな。天使みたいなマリアにぴったりな色や。」
あ。でこちゅーした。

それを普通に受け入れる姉さん。うん…いつもあんななんだろうな…

いいなあとちょっぴり思いながら、手をつなぐのが精一杯なかわいい恋人を横目で見て、次は腕組んでデート、かなと目標を考えた。


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願掛けだとあいつは言った。
長い髪。結構前からだ、伸ばしてるの。私とつきあい始めるよりずっと前。

結局、あいつはその願いを教えてはくれなかったけど。
…ちょっと、あ、ごめん嘘。かなり、気になる。

付き合い出す前だからきっと、私のことじゃない。じゃあベアトリクスのこと?…それか、家族のこと。その可能性は高い。あいつはなんだかんだ言って、家族思いの優しいやつだから。

…でもまあ、口に出すと叶わなくなりそうって言うのもわかるから。
叶えばいいと思う。あいつの願い事が。

流れ星を見つけたときに思い出したのが、それだった。他にも叶えたいことはたくさんあるはずなのに、一番に思ってしまうほど、惚れ込んでいるらしい。

指を組んで、祈る。どうか、あいつの願いが叶いますように。


「何願ってるんだ?そんな真剣に。」
後ろからかけられる声。マックスだ。遅くなったから送っていくという申し出をありがたく受けて、帰り道。

「ひみつ。」
「なんだよ、教えてくれたっていいだろ?」
ケチ。って、最初に言い出したのはあんたでしょうが!
ああもうなんでこいつのことなんか願ったんだろう!
叶わなくていいわよこんなやつの願い事、とかっとなって口を開く。
「どっかのバカが髪がかなり長くなるまで願い続けてることが叶いますようにってね!でもバカが馬鹿すぎるからもう叶わなくても」
いい、と言いかけた言葉は、途中で消えた。

ぐ、と引き寄せられてバランスをくずす体。引き締まった胸に顔を埋めると同時に、力強く抱きしめられて。
「…エリ。頼みがあるんだ。」
掠れた声。何よ、言い返そうとして気付く。…心臓の音、すっごく速い。

「俺の願い事、叶えて。」
叶うかどうかはエリ次第なんだ。だから。
…つまり、願っていたのは、私のこと?
「…何よ…」
思わず声が震えた。その心臓の音が、熱が移ったように体が熱くなってくる。心臓が壊れそうだ。

耳のすぐそばで、深呼吸する音がして。


「俺と、結婚してください。」



がら、と音がしたので、エリが帰ってきましたかね、と日本は玄関を覗いた。
すると、戸を背に座り込んだ、娘の姿。
「どうしたんですか!?」
エリ、と声をかけると、のろのろと上がる顔。目が合うなりぼろぼろと泣き出してしまって。

「ママ…」
伸ばされる手を抱き留める。どうしたんですか、と優しく尋ねる。ひどいことがあったとか、そういう類ではないようだ。
だって、エリ、泣きながら笑ってる。
「あの、あのね、ああ、どこから話したらいいんだろ…」
「はいはい。いくらでも聞きますよ。」
だからとりあえず、中に入りなさい。お茶入れますから。
そう言うと、あのね、これだけ言わせて、と声。

「私…結婚したら、ママみたいに幸せになれるかな…?」
…おやまあこれは。プロポーズでもされましたかね?
小さく笑い、当たり前でしょう。と優しく言った。


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