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ふわりと甘い香りがする。
「お二人さーん、帰らなくていいんですかー?」
「いいんだ!」
「いいんです!」
即答で帰ってきた返事に、セーシェルはやれやれと肩をすくめた。

ここは、セーシェルの家だ。そこに、珍しい来客者が、二人。
日本と、イタリア=ロマーノだ。
日本の方はまだ、イギリスに連れられてくることもあるが、ロマーノの方はかなり珍しくて。

そしてもう一つの特徴は、二人が大激怒している、ということだ。
「ああもうスペインの野郎…!」
「…イギリスさんの馬鹿。」
…なあにやってんですかねーイギリスさんたち。セーシェルはため息をつく。
沸点が比較的低いロマーノはまだしも、日本まで怒らせるとは相当だ。
…まあ、話を聞いている限りでは、くだらない理由みたいだけど。コスプレとか。猫耳とかベッドとか。聞こえてくる単語が…ああもう、深く考えないようにしよう。

「もう土下座するまで帰らないからな!」
「私もです!」
はっきりとそう言い合う二人に、小さく、息をついて。
机の下に持った携帯で、土下座すれば許してくれるそうですよーと、メールを送った。

一時間後、やってきた二人の旦那さんが、来るなり即土下座したのは、言うまでもない。

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「ポーランドさん!」
ドアを開けると勢いこんで入ってくる、年下の女の子の姿。
「うおっ、どしたん?サラ。」
金色の髪が揺れる。…なんか怒ってるっぽい?と思っていたら、眼鏡越しの強気な瞳が、まっすぐこっちを見た。
「草食男子の火の付け方、教えてくださいっ!」


彼氏に火をつけたいのだと、そう言った。
「もう全然手出してこなくて!」
「サラの彼氏って…。」
「ケイです。」
ああ…なるほど。親のそっくりな何考えてるかわからない顔を思い出す。
「もういっつも大人ぶって、こっちが煽ったって何したってはいはい、って…!」
流されてしまうらしい。ふむ。

「…押し倒したりせんの?」
「……できたら苦労しません。」
かあ。と顔が赤くなった。恋する女の子はかわいいし。と眺めて。
「じゃあ、お酒は?」
「ケイめちゃくちゃ強いんですよ…。」
あいつはつぶれる前に私がつぶれます。そう言う彼女に、違うし、と笑う。

「え?」
「ケイつぶすのと違うし。…お酒は、自分用。」
「自分、よう?」
「そ。…酒の勢い借りたら、押し倒せると思わん?」
お、押し倒すんですか!?目を白黒させる彼女に、けたけた笑う。かわいいなあ。普段は強気なくせに。自分のことになると、もうダメになってしまう、らしい。
「いつまでたっても手出してこんヘタレは、直でアタックせんとダメなんやし!」
「…経験談?」
「経験談。」
ちょっと思い出して、真剣にうなずいたら、彼女は、腹をくくったのか、小さく、わかりました。と呟いた。

「結果報告楽しみにしてるし。」
「はい!」
そう答える彼女はもう、強気ないつもの女の子だ。

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「彼氏にぎゃふんと言わせたいんですけど!」
ばん、と机を叩いたエリに、ぎゃふんってなあに?とイタリアは首をかしげた。

「じゃあ、エリはマックスにまいった降参!って言わせたいんだ?」
「はい!」
元気な返事に笑う。
そっかあ。ふうん。にこにこ笑って。

「だってあいつ、いっつも大人ぶってて!ちょっとくらい困ってみせろって!」
「そうだよねえ悔しいよねえ。」
ドイツも大人だ。いっつもとても大人だから。ちょっとくらいは焦れーって。よく俺も襲いかかったりする。…それもさらっと流されちゃうんだけど、さ。いっつも!
「ですよねえもうほんとに!だからどうにかしてぎゃふんって言わせてやりたくて!」
「ううん…ギャフン、かあ…。」
言わせるの難しそうな言葉だねえって言ったら、いや言わせたいわけじゃなくて。って。ああそっか。まいったって言わせたいって意味だっけ。
ううん。マックス、かあ。しばらくううん、と考えて。

「たぶんさ、簡単でさ。」
「?」
「好きって、言ってごらん。それだけで十分、なんだよ。」
自分がどれくらい彼を好きか。それをただ、まっすぐに伝えるだけでいいんだ。
好き、大好き、愛してる。何でもいい。言葉じゃなくたって、いい。ハグでも、キスでも。ただ伝える。変な飾りもオプションもなにも、いらないから。
だって。

「恋する乙女の本気に敵うものなんて、なあんにもないんだから!」
やってごらん?恥ずかしいかもしれないけどさ。たった一度で、十分だからさ。
「絶対一回しか言わないからよく聞きなさい!って言えばいいよ。ね?
笑ってみせると、エリは、はずかしそうに。でも小さくうなずいた。
かっわいいなあ。泣かせたら承知しないぞ〜?マックスー。小さくそう、微笑んだ。



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「無自覚で超はずかしい言動する男のあしらい方、について?」
聞きたいの?と尋ねると、イザベルはこっくりうなずいた。

「ちなみにそれ、もしかしてうちの馬鹿?フランスのとこ?日本さんとこかしら。それともイタちゃんのとこ?」
「…4番、です。」
なるほど。ガヴィか。納得してうなずく。
ドイツの髪と目の色と、身長。イタちゃんのフェミニストで優しい性格。
それらを受け継いだガヴィは、誰もが認める色男、だから。
無自覚で女性を口説くあの手管はなんというか、さすが。だと思う。

「…そしてもうひとつ。何でそれを、私に聞くの?」
聞いたら、沈黙が返ってきた。
…つまり、あれ?オーストリアさんがそうだと、思われてる、と。
いやまあ間違いじゃないんだけど。最近は特に!好きですよ、って、そんな顔されたら私どーしたらいいんですか!ってよくなる、けど。
でもあしらい方はむしろ、こっちが聞きたいくらいくらいで。

「…あいつ手の甲にキスとか、普通にしてくるんです…。」
それで、笑顔で愛してるって。…もう聞いてるこっちが死にそうなんですけど。心臓おかしくなりそう。小声の訴えに、わかるわかる。とうなずく。
私も最初はそうだった。心臓が壊れる、と何度思ったか!
でも、最近は心臓は大丈夫。不意打ちされるとダメだけど。そうでなければ。ちゃんと、お礼も自分の気持ちも言えるようになった。
それは、きっと。

「たぶんね、」
「?」
「愛されてるって、自信を持てば大丈夫よ。」
「…自信。」
「どきどきしちゃうのは、自信がないからでしょう?」
だからね、彼を信じてあげて。この人は、どうしようもないくらい私のこと好きなんだって、信じてあげて。
そうしたら、心の準備ができるから。ありがとう、とか、私も、とか。私のほうが好きなんですよーとか。言えるようになる、から。

「あなたの愛した人だもの。信じられるでしょう?」
ね。と頭を撫でると、イザベルは、しばし考えこんだあと、まっすぐ私の方をみてこっくり、うなずいた。


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「天然男子の制御法…を、なんで僕に聞くんですか?」
尋ねてみると、昔スウェーデンさんに振り回されてたって聞いたのでって…誰そんなこと言ったの…

いやまあ。確かに昔は、振り回されてばっかりだった。スーさん怖いし。あの顔のままでとんでもないこと言い出すし!
…本当は優しい人で、いつも僕のこと心配してくれてるって気付くまで、ちょっと時間もかかった。
今はよく、わかってるけど。

「ちなみに、その天然男子って?」
「……ルキーノです」
ああ、なるほど。
父親の影響を色濃くうける彼は確かに、『天然』、だ。ロマーノさんがたまに殺してやりたくなるって言ってたなあ。知ってるか?天然が二人いると、二倍じゃなくて二乗になるんだぞ。ってつかれたため息ついてたっけ。

「人の話聞かないし、勝手に行動するし、そのくせ私が怒るとしょうがないなあって子供扱いして!」
どうして私が悪いみたいになるのかさっっぱりわかりません!
怒る彼女に、くすくす笑う。かっわいいなあ。そうしたら、笑い事じゃありません!って怒られちゃった。

「ごめん。…でもね、ベアトリクス。それ、怒って、喧嘩したままにとか、してない?」
確認すると、う。って。だって。小さな声。したままにしてるんだろう。
小さく笑って、顔をのぞき込む。

「ちゃんと、伝えなくちゃ。」
ちゃんと、自分がどう思ってるか。どうして怒ったのか。どうしてほしいのか。
それを言わないと、いちまで経っても進展しない。言いたいことがあるならちゃんと言えと、言ってくれたスーさんの言葉を思い出す。

「ちゃんとコミュニケーションとらないと。ね?」
「…はい。」
努力します。と彼女はうなずいた。


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「彼女放り出して、趣味に夢中な彼氏ってどう思いますか!?」
怒ったマリアのその様子が、『俺放り出して仕事ばっかりなんだよドイツったら!』と怒っていた彼女の母親とだぶって見えて、思わず笑った。

「笑わないでください、日本さん!」
「ごめんなさい。…リリーくん、ですよね?」
こっくり。うなずく彼女。でしょうね。
彼の趣味はアウトドア、だ。特に山登りが大好き。
休みの日はもううきうきと朝から出て行ってしまうらしい。
よく、アメリカさんとも出かけているみたいだし。

「好きなことがあるのはいいと思うんですけど!私に教えてさえくれないときもあるんですよ!?」
ひどい、リリー。と言う彼女は、かなり怒っているらしい。
泣き出しそうな彼女は、甘えたな母親そっくりだ。おいで、と手招きして、隣に座らせて頭を撫でる。

「そうですねえ。ひどいですね。」
「…行っちゃうのは、いいんです。…私だって好きなことくらいあるし、でも。」
教えてさえくれないのは、寂しい。小さな声に、これは思い知らせてあげないといけませんねえ。とうなずく。

「…でしたら、うちに遊びにいらしてください。」
「ふえ?」
「そんな彼氏放っておいて。エリにおまんじゅうの作り方教えようと思っていたので、一緒に。」
「…でも。」
リリーが遊びにくるかも。そう言う彼女に、だめですよ、甘やかしちゃ。と微笑む。

「ほったらかしにされる気持ちを、味あわせてやればいいんですよ。」
わかってくれない相手には、経験させてやればいいんです。

そう言ったら、彼女はしばし目を丸くして。
「…どんな顔するかな?」
「情けない顔するでしょうね。」
おもしろがって乗ってくるあたりやっぱり、イタリアくんの血だなあとくすくす笑った。


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「恋って、どんなの?」
「…なんで俺に聞くんだ…。」

思わずつぶやいた。けれど、アリシアの大きな瞳はまっすぐ向けられたまま。
恋、恋ねえ。
「どうして、知りたいんだ?」
「…わかんないから。」

周りのみんなは、恋してるみたいだから。きらきらしてるから。どんなのかなあって。
少しずつ、ゆっくりしゃべる彼女の言葉を聞きながら、なるほどなあと思う。
きらきらしてる、か。確かに。最近恋をしているらしいうちの娘なんかもとてもかわいい。きらきら輝いている。
「…うらやましい?」
「…でも悩んでる。イザベルとか。」
だからね、どんなのかなって。
そう彼女は首を傾げた。

アリシアは本当に美人だ。だが、どうやら自分に寄せられる好意なんかにまったく気づいていないらしい。シーランド大変そうやもんとつぶやいたのは、ルキーノだ。
でもきっと、いつか。

「いつかわかる。…恋っていうのは、辛くって苦しくって、ちょっとしたことがうれしくて、泣いて笑って怒って。大騒ぎ、して。…それでも諦めたくないってそう、思うものだからさ。」
「…難しい。」
「確かに。難しいな。」
笑う。よくこんなの、俺が耐えられたもんだと思う。怖いことやめんどくさいことからは逃げてしまうのに。
これだけは、諦めなかった。

「いつか、私にもわかる?」
「絶対な。」
うなずいて、彼女の頭を撫でた。



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「ねえ、恋って楽しい?」
レジーナの一言に、ぱちん。と一度瞬いて。

「どうして?」
「…まわりがみんな浮かれてるからやし。」
みんな二人で出て行くし、リトとポーまで、二人でいちゃいちゃしとるし。らしい。
あ。寂しいのかな?

「寂しい?」
「寂しくない!」
…だそうだ。そのわりには、ふくれた表情。
ううん。まだレジーナには早いのかなあ。
同い年のベアトリクスは、昔から大人びていたけれど、レジーナはまだ、どちらかというと子供だし。
…僕の初恋は、彼女の年にはもうすでに、胸の中にあったけど。

「…楽しいけど、辛いこともあるよ。」
そう言うと、うえーって。辛いのは嫌!らしい。確かに。
「なんでそんな辛いことすすんでやるん?」
「ううん…。」
考え込む。…すすんでやる、理由、かあ…。

「…譲れないから、かな?」
「?」
「絶対渡したくないものがあるから、そのためにがんばるのかな。」
例えば僕にとってはフランスさんだし、ポーランドさんにとってはリトアニアさんなんだろう。
それは、運命なんてありきたりな言葉使うとあれなんだけど、きっと。
お互いに惹かれ合う、運命の人。

「…わからん。」
「いつかきっと、レジーナにも現れるよ。」
かっこいい王子様が。そう言ったら、かっこいいだけじゃダメやし!と条件をつらつらかたり始めた彼女に、瞬く。
「…理想高いね。」
「当たり前やし!リト越えるやつじゃなきゃつきあう気ないし。」
「…そりゃあまた。」
彼女が恋をするには時間がかかりそうだと笑った。


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