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「あれ、子供らはー?」
「とっくに走っていきましたよ。」
やっと帰ってきたスペインの姿にそう呆れながら答え、隣に腰掛けるドイツが、なにをしていたんだ、と尋ねる。

「や、知り合いに捕まって。ロマーノもおれへんの?」
「イタリアに引っ張られていきましたよ。ハンガリーと一緒に。」
「ふうん。で、お二人さんはついていかへんかったん?」
「迷うからな。」
「…ああ。」
…何ですかスペイン、その納得、と言わんばかりの視線は。ドイツも。
しかしまあ、今日はさすがに、私も迷わずにいられる、と主張はできない。

ヴェネチアのカーニバル。町に人があふれかえる今のここでは。
たくさんの人、人、人。にぎやかで元気なこの雰囲気は…まあ。あのイタリアの町だと思えば、納得できるもので。
その雰囲気に乗せられたのか、イタリアははしゃいで、ハンガリーやロマーノを引っ張って走っていってしまって。
子供たちも、わーいと屋台やパフォーマンスに突撃しに行っているはずだ。
…アレ、を連れて。

「あ、子供らや。」
スペインの声に、そちらをみると、マリア、イザベルの姿と、ベアトリクスを抱き上げた、あのおバカさんの姿。…思わず眉間にしわが寄る。
「パパー!」
「お父さん。」
「…睨むなよ、オーストリア…。」
「…何をしているのですか、あなたは。」
プロイセン。そう言いながら、その腕の中から娘を抱き上げる。…少し腕が痛むけれど、膝の上に乗せてしまえば問題はない。

「お父様、私が少し足を痛めてしまったんです。」
ですから、プロイセンさんは悪くありませんわ。
そう言う彼女に、足を、ですか?と尋ねる。
「ごめんね、ベアトリクス…。」
「マリア?」
「あのね、パパ、私がベアトリクスのこと、引っ張っちゃったの。」
しゃがみこんだドイツに、うるり、と視界を潤ませ、ドイツに何があったか説明できるか?と聞かれてこくん、とうなずいた。
どうやら、人ごみで他人にぶつかりそうになったベアトリクスを、マリアが引き戻そうとし、そのときに足をくじいてしまったらしい。
「平気です。人にぶつかりそうになったのは私ですし。」
腕の中の、強い娘の声に少しほっとしながら、隣りに立つ銀髪を睨む。

「…あなたがいながらそんなことが…何をしているんですか、プロイセン。」
「そんときいなくなったイザベル探しまわってた俺様にどうしろって言うんだ…。」
「そんなんイザベルから目離したお前が悪いんやろ。」
スペインから当然、とばかりに言われて、がっくり、とうなだれたプロイセンがいた。



「母さん。」
ガヴィの声が聞こえた気がしてきょろ、と見回すと、人垣の向こうに一瞬見える金髪。あら。とそう言って、すたすた歩いていったハンガリーさんが、ガヴィを連れてきてくれた。

「ガヴィ。どうしたの?」
「あれ、どうにかしなくていいのかなあ…。」
示される先を見れば、見覚えのある髪色の三人がわあわあとじゃれていた。

「…あの、バカ…。」
隣りで兄ちゃんの深いため息。
ちょっとした騒ぎになっているのは、ルキーノと、マックスと、プロイセンだ。
どうやら、プロイセンをルキーノとマックスがからかって、怒らせたらしい。
…けど、これくらいの騒ぎ。祭の中では喧噪にまぎれるくらいのもので。
「ほっときゃいいのよ。」
ただ馬鹿騒ぎしたいだけでしょ。あっさり言うのはハンガリーさん。むしろ私も参加してこようかしら、なんて言うから、それはやめて〜とお願いしておいた。
ハンガリーさんが入っちゃうとそれ、絶対プロイセン負けちゃうし。それはそれでやんややんやの大喝采が起こりそうだけど。

「でも…。」
「ま、怪我しなきゃいいだろ。」
元気な証拠だ、と言うのは、兄ちゃんだ。
いいのかなあ。とちょっと納得いかなそうなガヴィに、小さく笑う。

ガヴィは、他の男の子たちと比べるとちょっと年が離れていて、むしろ女の子達の間に混ぜてもらって遊んでることが多いから、あんまり喧嘩するような立場の人がいない。
だからか、こういう時にどうしていいのかわからなくなっちゃうらしい。
「だあいじょうぶ。プロイセンがほんとは強いの、知ってるでしょ?」
笑ってそう言えば、こくんとうなずく小さな姿。
あのドイツが勝ったことないと聞いたときの驚きようと言ったらなかったし。

「じゃ、ガヴィは私たちとお買い物に行こうよ!」
「あ、それいいわねえ。イタちゃん似でいいセンスしてるのよねー。髪飾り選んでもらおうかなあ。」
「あ、俺もー。」
にっこり笑って、ガヴィの手を引くと、きょとん、と瞬いた。その頭を、兄ちゃんがぐちゃぐちゃ、と撫でる。
「…嫌なら断れよ?」
その言葉に、ガヴィは首を横に振って、にっこり笑った。

「ううん。こんなに綺麗な人達を飾る手伝いができるなら、喜んで行くよ。」
「ありがと、ガヴィ!」
しゃがんではぐーと抱きしめたら、うっはー…末恐ろしいイタリア人男子ねー…まったく…というハンガリーさんと兄ちゃんの声が聞こえた。



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「平気よ!」
「じゃあ姉さん一人でいけるんですね?」
「そ、それとこれは話が別、」
「あっれー?エリ?ケイ?」

突然かかった声に、エリとケイは言い合っていたのをやめて横を見る。
「ルキーノ?なんであんたがここに…」
「それこっちのセリフ。おーい、イザベルー」
後ろを振り返る彼の視線の先を見ると、目を丸くしたイザベルが走ってくるところで。

「エリ、ケイ!」
「イザベル!!」
「うあ、はい!」
「怖いの大丈夫?」
「え、ま、まあ…」
「よしじゃあ一緒に行こう!」
「え、ええ、な、何…?」

手を引っ張られていくイザベルをぽかんと見送ったら、隣から仕方ないですねえと声。
「では、僕とでいいですか?ルキーノ」
「ええけど…何が?」
ケイがにっこり指さしたのは、おどろおどろしいお化け屋敷、の看板。


いーやーやー!と叫ぶ声を聞きながら、よ、日本。と声をかける。
「こんにちは、スペインさん。ロマーノくんも。」
「…おう。」
「こんなところで奇遇やなあ。」
そう言えばまったくだな。とイギリスの声。

遊園地に連れて行くという約束をずっとしていたから、やったー!とはしゃぐルキーノとイザベルを連れて遊園地。
嬉々と走り回る二人のしたいようにさせていたら、ルキーノがこの家族を見つけたというわけで。

「ちなみにあれ、何してるん?」
我が家の長男がケイにずるずる引きずられている図を指すと、お化け屋敷ですって。だそうだ。ああ…お化けとか弱いもんなあルキーノもイザベルも…

「…ロマーノも行く?」
「絶対嫌だ」
らしいので、はぐれても困るので、とりあえず子供たちが帰ってくるのを待つことにした。


かたかた震える、自分より大きな体に、大丈夫だよ、と声をかける。
「うー…イザベル、よく平気ね…」
弱気な声に、苦笑。

私もお化けとか暗いとことか苦手だけど、隣にこんなに叫んで震える人がいたら、かえって冷静になってしまう。冷静になれば、『お化け屋敷』なんだから本物なわけもなく。
だから、よしよし、って、エリをなぐさめて歩くことに精一杯になってるわけで。

ツインテールまで元気をなくしてへにょんとしている気がする。
「もうちょっとだからさ、がんばろ?」
「…うん。」
こくんとうなずいたエリがかわいいなあと思った。



「ちょ、ケイ、待ってマジで!」
「ルキーノよく叫びますねえ…姉さん並です。」
しみじみそう言いながら、ケイは容赦なくぐいぐいルキーノを引っ張っていく。
歩いていけば、井戸から現れる幽霊にぎやあ!とルキーノがまた叫ぶ。

「もう勘弁して!」
「とりあえず出口まで行かないとどうしようもないでしょう…」
足が完全に止まる。呆れた声にもやってー…と声を出すしかなく。

「ちなみにルキーノ」
「…何」
「ここ本物出るらしいですよ。」
あんまり長いこと居ると、憑かれますよ?
にっこり笑ったケイの言葉に。さああ、とルキーノが真っ青になって。


直後、全力疾走する羽目になったケイが、言わなきゃよかった、とぼやくのはもう少し後のこと。



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フランスさんって最低なの?
小さな子供のまっすぐな一言って言うのはきくなあと思わずため息。
それから、思ったことはただひとつ。
イギリスめ…後で覚えてろよ。


イギリスんちの姉弟がはじめて遊びに来た。リリーもサラも喜んで、つい、いいねえ、一生ここに置いときたいねえとか言ったら、カナに咎められて。
それからしばらくした後の、エリの発言がこれ。

「姉さん、ストレートすぎますよ。」
「だって、パパがそう言ってたじゃない。」
…やっぱりイギリスか。
「うーん…さっきのは、冗談だからな?」
「え、私じょーだんじゃない方がいいなー。」
エリとケイがいるのは楽しいもの、とサラの声。ややこしくなるからちょっとだけ、しい、な。と口の前に指を立てると、あんまりパパ困らせちゃダメ、とリリーが彼女を連れ出してくれた。

「それで、」
「冗談なのはわかってますよ。」
「あ、そう…」
わかってるらしい。…ううむ、じゃあ最低だと言われる心当たりがないんだけどなあ…
困り果てていると、パパが言ってたわ、とエリが言う。

「フランスは、大事な人泣かせるなんて最低なことするやつだって。」
「…日本は、泣かない?」
そろって横に振られる、首。泣かない、らしい。
「少なくとも、僕たちの前では泣いたりしません。」
「…まあ、だろうな…」
あまり感情を表に出さない日本だから。

「だから、カナダさん泣かせてるフランスさんは最低でしょう?」
「ちょっと待った!」
今、何かとても気になることを聞いた気がする。

「カナダが、泣いてる?」
こくん。しっかり頷く二人。
「いつ?どこで?」
「今。すぐそこで。」
そろった声に、ちょっと待っててくれるか?と笑って見せて。


ばたばた走っていくフランスを、ケイとエリは見送った。
「こらカナダ!やっぱりおまえ虫歯になってるんだろ!」
「な、なってないです!」
「嘘付かないの、泣くほど痛いくせに!」
ああもう!病院嫌いなんて子供みたいなこと言わない!

と響いてくる声に、ケンカして泣いてたんじゃないんだ、とエリがつぶやく。
「そうよ?だから、うちのパパは最低なんかじゃないの。」
最高のパパなんだから!サラがいばって言って、リリーがうなずいて。

エリとケイは、顔を見合わせたあとで、ごめんなさい、と二人に謝った。



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はああ、と息を吐いたフランスに思わず、大丈夫か?と声をかけた。
「…あいつらはったく…」
天使の顔した小悪魔なんだから。はあ、とため息をついて、イギリス、と呼んだ。
「何だよ」
「目離してるとおまえも痛い目見るぞ。」
はっとして顔を上げると、ちょうどべしゃ、とエリが転ぶところで…!
「!エリ!」
慌てて走り寄った。


母親ってすごいよなあと、思う。なんというか。
とくに、ちび二人を常に見てきた、日本とカナダは。もう賞賛の域に達すると思う。
だって二人がなしで、子供たちの面倒を見ることの大変さと言ったら!
おまけに、この公園みたいな広い場所にきたのは四人とも初めてだし。おかげでサラとリリーは楽しそうに走り出して、フランスが追いかけ回すことになり、エリとケイは大人しかったんだがこうやって転んでしまったわけで。

「ほらエリ。大丈夫か?ああ、泣くな泣くな、ケイも、泣くなって!びっくりしたんだよな。大丈夫だから、な?」
泣き出してしまった二人をなぐさめている俺の前を、サラを抱き上げたフランスが、リリーも無駄に行動力あるんだからまったく、と走っていった。


とりあえず、エリのかすり傷の手当をしたいんだが、二人が泣きやんでくれなくてどうしようもない。
どうするかなあと困っていると、どうしたんですか?と穏やかな声。
「ママ!」
「!日本。」
くすくす。と仕事帰りのスーツ姿で、日本は駆けてきたエリの前にしゃがみ込む。
「あらエリ、砂だらけですねえ…転んだんですか。」
聞かれてうなずくと、じゃあちゃんと洗わないといけませんね、と彼女を抱き上げた。
「イギリスさん、ケイをよろしくお願いします」
「あ、はい。」
思わずそう答え、まだしゃくりをあげていたケイを抱き上げ、背中をたたいた。
見れば、フランスのほうも、リリーはカナダが捕まえたらしい。きゃっきゃと楽しそうな笑顔。


母は偉大だと、しみじみ思って、深いため息をついた。


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