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手が触れ合うと、かちり、と音がした。
それに気付いて、すぐドイツの手に自分の指を絡ませて、触る。
指輪だ。…かち、また、音。指輪同士が触れ合う音。

おまえのところは左だろう。でもドイツは右でしょう?そう言いあって、結局自分のところの流儀に従うことにした。
だから、ドイツは右手に、俺は左手に結婚指輪をはめている。
無理してあわせる必要なんかなくて、お互いにいいとこばっかり見るんじゃなくて、意見が合わなければ納得できるまで喧嘩すればいいし、どちらかが我慢することなんてないだろう。
そう言ったのはドイツだ。だって、結婚するんだ、から。そう言う声がすっごく恥ずかしそうだったの覚えてる。

大事な指輪。するり、と指でなぞる。ドイツからもらった、ペンダントと同じくらい大事なもの。

…こうやって、増えていけばいいと思う。二人の大事なものが、少しずつ。
今度は、俺からドイツになにか送りたいなあ。いつももらってばっかりだから。おそろいで、何か。
何がいいかな。ずっと持ち歩いてくれそうな、もの。いやでも、家に置いておけるものでもいいなあ。…うーん。

「ねえドイツ。」
「なんだ?」
「何が欲しい?」
聞いてみると、いきなりどうした?って苦笑。
「おそろいのもの、何かプレゼントしたいなあって。」
だって俺いっつももらってばっかりだから。
そう言ったら、彼はしばらく考えて。

「そうだな…じゃあ、マグカップはどうだ?」
「あ…。」
ごめんなさい。引っ越しのときに前から持ってたおそろいのを二つとも割ったのは俺です。思い出して落ち込んだら、だから新しいのを買えばいいだろう?と優しい声。
「じゃあ、マグカップ買おう!おそろいで!どんなやつがいい?」
「おまえが好きなのを選べばいい。」
くしゃり。頭を撫でる手。優しいそれにうれしくなりながら、そんなこと言うとピンクとのハートにするぞーと笑うと、それはちょっと…らしい。微妙そうな顔にくすくす笑って。


結局、お花柄の青とオレンジのマグカップが食器棚に並ぶのは、この後のこと。



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「…いらない。」
そう言ったイタリアに思わずぎょっとした。
「い…イタリア?」
「…食べれない。」
つらそうなその様子に、瞬いた。
今日はパスタなのに、イタリアが、あのイタリアが食べられない?
「…食べたいのに〜…。」
においの時点ですでにダメ、らしい。
ぐったりしたイタリアが、とてもつらそうで。

つわりですね、とオーストリアに言われた。マックスを妊娠していたときにハンガリーもありました。味覚がかなり変わってしまうこともあるそうですよ。そう言って。
けれど、食べないというわけにもいかない。ちゃんと栄養をとって健康状態を保たなければ。
…すでにイタリアひとりの体では、ないのだから。
しかし、パスタがだめとなると。うーん、と考えていると、電話が鳴った。


こと、と皿をおく。
ぱちり。とイタリアが瞬いた。
「…トマト。」
「匂いは大丈夫か?」
こくん。うなずく彼にほっとして。
トマトの煮込み、だ。栄養を考えてほかのものも入れてはあるが、イタリアが無理、と一度でも言った食材は避けてある。ハーブ系がほぼダメだったので…味はほぼトマト、だ。
そっと、スプーンを取って、おそるおそる、口に運ぶイタリアを、見守る。

ふわり、と彼女が笑った。
「おいしい。」
思わず、詰めていた息を吐いた。よかった。


電話の主は、ロマーノだった。…つわりだって聞いた。不機嫌そうな声が言って。
トマト、試してみろ。俺は、ほか食べれなかったけど…あれだけは大丈夫だったから。
スペインの、送る。それだけ告げて唐突に切れた電話の通り、夜には、トマトが届いた。…というかトマト持ったスペインがやってきた、のだが。
兄弟やったら、傾向似てるかもしれへんやろ?試す価値はあると思うで。にっこり笑ったスペインに、なんだか少しほっとして。


「スペイン兄ちゃんのトマトなんだ。」
うなずくと、おいしいって、笑う。…本当によかった。
「じゃあ、しばらくトマト三昧だね!」
「途中でまた食べられなくなることもあるらしいがな。」
「ヴェー…。」
しょぼん、としたイタリアに、大丈夫だ、と声をかける。
イタちゃんやって心配やねんから、そんな顔してたあかんで?ドイツ。スペインに言われた言葉だ。
そうだ。一番不安なのは、イタリア、なんだから。

「俺がついてる。」
かがみこむと、彼女は、うん、と幸せそうにうなずいた。



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わふん、と呼ばれた気がして、マリアが振り返ると、ぶんぶんと尻尾を振る、アスターの姿!
「アスター!」
おいで、と手を広げそうになって、隣にいたはずのガブリエルが一歩引くのに気づいて、彼から少し離れてから、手を広げる。

ぎゅむーと抱きしめる、走り込んできた大きな体。
その走ってきた元を見れば、もう二匹の手綱を握った両親の姿。父さん、母さん。ガブリエルが呼べば、お帰り、早かったね。とイタリアが笑う。
「うん。…ブラッキーもベルリッツも、久しぶり。」
ドイツに手綱を取られた二匹は、うれしそうに尻尾は振るが、抱きついたりはしない。ドイツの厳格な教育のおかげだ。
だから、近くにいても、ガブリエルの犬アレルギーは起きにくい。

「散歩?」
「ああ。兄さんがかなり仕事を溜めていてな。」
怒鳴ってきたところらしい。まったく、とため息をつくドイツに、あははーとイタリアが笑う。
「おまえが笑える立場か」
「はーいいつもいつもごめんなさーい」
イタリアがけろりと謝って、アスターと戯れていたマリアもそうよママーと寄ってきた。

「じゃあ、ちょっとだけお散歩して、それから帰ろうか。」
「ガブリエル、大丈夫か?」
「うん。」
行きたい、と笑うガブリエルに、じゃあ行こう!とイタリアがその手を取って歩き出した。



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「プロイセンさん、どこまで行くの?」
「そうだな、今日は…ってこらマリア、ブラッキー連れて走るな!」
「だいじょーぶー!」

遠ざかっていく声を聞きながら、大丈夫かあれ、と少し不安になる。
犬たちの散歩ついでに、とうちにひょっこり顔を出した兄に、子供達がお散歩手伝うー!とはしゃいで行ったわけで。
ガブリエルはアレルギーであまり触ったりできないが、一緒にいるのは好きらしく、マリアの方ははぐーととびつくくらいに大好きで。
こうやって三人で散歩に出かけていくことは、珍しいことではないのだが。

「…まあ、大丈夫か。」
あれでいて、意外と面倒見はいい兄だ。
そう思いながら庭で棚の修理をしていると、足音。
どうやら、イタリアが起きたらしい。

「ドイツー…?」
探す声に、ここだ、と声をかける。おはよ。とろんと表情が緩んで。
「さっきプロイセンの叫び声が聞こえた気がしたんだけど。」
「子供達と、散歩だ。」
そう言えば、ああ。とうなずいた。散歩の時は大概聞こえるからな。

「じゃあ、しばらく帰ってこないね。」
「?ああ、今行ったところだからな。」
そうだよね、とうなずく彼に、イタリア?と首を傾げる。
どうした、と声をかけると、ちょいちょい、とシャツの袖口からちょこっと出た指先で呼ばれた。というかおまえ、いい加減、シエスタ起きに俺のシャツ羽織るのやめろ。そして下を履け。理性が飛ぶ。
「何だ?」
持っていた木材を置いて、家の中に入ると、するり、とその腕が首に回されて。

「イタリア?」
「…二人きり、だ。」
久しぶり、じゃない?甘く、小さく耳元で囁かれる言葉は、麻薬のようで。
「…そう、だな。二人きり、だ。」
思わず呟く声も、吐息まじりになる。するり、無意識のうちに、俺の首に手を回すために伸び上がる腰に回る、腕。そろり、と背中を撫でて。
「んっ…ね、ドイツ…。」
見上げてくる瞳。その奥に潜む欲にすぐ気付くけれど、すっとぼけてみせる。
「何だ?」
何か言いたいことでも、あるのか。
低く声を潜めれば、アンバーの奥に炎が、揺れる。

「…いじわる、わかってるくせに。」
「おまえの口から聞きたいんだ。」
「どえす。」
「好きなヤツが恥じらう姿がたまらないと思うのは、普通だと思うが…?」
ひそひそと囁きあって、くすくす笑う。その間にも、お互いの体は、これ以上ないくらいに絡み合おうとしていて。
おねがい、と頬を赤くしてイタリアが言った言葉に、おまえが望むままに、とそっとキスを交わした。



一時間ほど経って、プロイセンは弟の家へと帰途についていた。
「もう終わり?まだ遊びたいなー。」
「僕も。」
「おまえら…。」
子供達はまだまだ元気だが、俺が疲れたんだが。と思う。
普段は大人しい犬たちも、はしゃぐ子供達が一緒だとテンションが上がるのか、ぶんぶん尻尾を振って走り回っていて。
あれについていけない俺も、年をとったってことか…。
はあ。とため息をついて、イタリアちゃんもシエスタから起きてるだろうな、と考えて、ふ、とよぎった不安。

「………。」
「プロイセンさん?」
「どうかした?」
突然足を止めた彼をきょとんと見上げる子供たち。
それをちょっとだけ見下ろして、ちょっと寄り道、と途中にある公園へと入る。
そして、子供達にジェラートを買い、ちょっとだけ待ってろよ、と言って犬たちにも待てを言い渡して。
嫌な予感の元である、弟の家にそっと急いだ。
庭の方の道から家を少しのぞいて、あ、だめだこれは、と引き返す。
っていうかあんなとこでいちゃついてんじゃねーぞヴェスト!

「あー。もうちょいだけ遊ぶか。」
「やったー!」
「遊ぶ!」
嬉々とする子供達と、ぶんぶん尻尾を振る犬たちに、やれやれ。と苦笑した。

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回り込んで、左腕を突き出す。ぶん、と!
受けられるのは予想済み。続いてその受けられた左腕を軸に右足で蹴りを入れる。力一杯。
けれど、その力を利用して投げられた!浮く体。思わずう、わ!と声を上げた。

地面に叩きつけられる前に受け身をとったから、ダメージは少なかった。
けれど、精神的なダメージが大きい。
ぐったり倒れ込んで、深くため息。
また一発も入れられなかった。というか、あの大きな体をまったく、動かすことさえできなくて。
自分の無力さに涙が出そうだ。

父さんに勝ちたい。心の底からそう思う。いつもだ。負けたときはいつも、いつも。…実際には一撃も、与えられなくて。

はああ、ともう一度ため息をついたら、目の前に手が、伸ばされた。
無言で伸ばしてくるのはその、投げ飛ばした本人だ。
父さんは強い。いつだって、強い。

「切り返しがうまくなってきたじゃないか。」
がんばってるなって。…そう褒められるとついうれしくなってしまう。悔しいけどのは本当に悔しいんだけど、いつか勝ちたいのも本心なんだけど、…敵わないなあって、そう思う。

「…次は一発いれるから。」
「楽しみにしておこう。」
その手を掴んで、立ち上がった。


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マリアって、どういう意味?柔らかくて甘い声が、まっすぐに俺様を見上げてくる。
他のガキ共は、俺の目が結構怖いらしく、おびえるのに、こいつとベアトリクスだけはまっすぐに見つめてくる。あ、ある意味マックスもか。いたずらに引っかかった後にうれしそうに顔をのぞき込んでくるから。

「マリア?そりゃあ、聖母マリア様、だろ。」
それどんな人?尋ねられたから、伝説を語る。きらきらした目を向けられるのはまぶしいので、視線を少し逸らしながら。

加護がありますように、とつけた名前だとイタリアちゃんが言っていたが、直感的に感じ取ったのではないかと思う。彼女が、みんなに平等に慈愛をそそぐ、優しい存在になると。

「ううーん…私にはもったいない名前だね…」
そんなにすごい人なんだ。困ったような笑顔に、苦笑。
くしゃくしゃと頭を撫でてやって。
「うきゃ、」
「…おまえはすげーよ。」
「ふえ?」
俺を平然と受け入れてしまう。こいつに見つかると、一人ではいられなくなる。子供たちに囲まれるか、イタリアちゃんやヴェスト、ガヴィと、ご飯、になるか。
…一人になりたくないときに限って。

「いい女になるよ、おまえは。」
「?うん!」
ほめられた!って、意味もあんまりわかってないくせに。
苦笑して、未来のレディの額を小突いた。



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