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今思えば、一目惚れ、だったのかもしれない。
その強い視線の色に。



山賊の掃討の陣頭指揮、なんて。
「私が出る必要もないと思うのですがねえ。」
これなら、家でティータイムを楽しんだ方がまだましです。

「まあそう言うな、オーストリア。」
言い合いながら歩くのは、優秀な部下によって全員逮捕された後の、アジト。まったく。
「訓練もそうだが、たまには顔を出せ。長官だろう?指揮力が落ちる。」
「貴方が落とすとは思えませんが?ドイツ。」
言い返せば、年若い副長官は黙った。
やれやれ。これくらいで言いくるめられているとは、まだまだですね。
その実力を見込んで、異例の大抜擢で引っ張り上げてきたのは自分だけれど。もう少し下でもまれてきてもよかったかもしれないとも、思う。

黙ったきりの部下の、輝く金髪から目を離して、ふ、と立ち止まった。
「オーストリア?」
呼ぶ声に、し。と人差し指を立てる。…どこだろう。魔力を、感じる。
しばらくして歩き出せば、くん、と肩を引かれた。
「俺が先に行く。」
剣に手をかけた彼が言う。魔法使いである私より、剣士である自分が先に行った方がいいという冷静な判断。私はまだ何も言っていないのに。…優秀な部下を持つと楽でいい。


「その角を右です。」
指示を出して歩いていけば、角を曲がった彼が戸惑ったように立ち止まった。
のぞきこむように彼の見るものを見る。
「行き止まり、だが。」
「いえ。ここで合ってます。」
そう言い、彼の前に出る。
何もない袋小路。けれど…この壁は。
手に持った長い杖を、床にとんとん、と打ちつける。強い魔力を持つこの杖なら、きっと。

「な…!」
驚くような声は、後ろから聞こえた。まあそれがふつうの反応でしょうね。いきなり、壁が溶ければ。
「結界です。」
それだけ告げ、歩き出す。
さあ。わざわざ魔法で隠してまで、守っていたものは、果たして何か。
そう思いながら2、3歩、歩いて気づいた。



深い、緑。強い輝きを放つのは、恵みの色だ。自然の、力をすべて集めて閉じ込めたような、深く、強い色。


全力でにらみつけてくる彼は、ぼろぼろだった。ずっとここに、閉じこめられていたのだろう。そして。
「子供…?」
小さな、少年だった。

「出ていけ。」

けれど、その殺気はただごとではなかった。一歩も前に進めないくらいの、殺気。
話をしようにも、恐らく聞いてもくれないだろう。
ため息ひとつ。とん、と杖で床をたたく。びり、と流れる魔力は、彼を気絶させるには十分だったようで。
倒れた体に近づいて、抱き上げる。…軽すぎるほど、軽い。


「ただの子供、か?」
「いいえ。ただの子供に魔法で結界を作って、閉じ込めたりしますか?腕、見てください。」
指示を出せば、その意味にすぐ気づいたドイツが、まさか、と呟きながら服を、捲る。
手首の上に、鮮やかな、竜の痣。

「竜族か…!」
「やはり、ですね…。」
隣国の、竜が住むと言われる深い山岳地帯に暮らす、一族、竜族。
かつては彼らもまた龍だったと言われるほど、普通の人間をはるかに上回る身体能力と、美しさ。
…その子供は、裏社会では高値で取引されると聞く。
実際に目にするのははじめて、だけれど。

「どうするんだ?」
「…どうしましょうね。」
本来なら、子供を育てる環境を持つ神殿や学園に預けてしまうのが筋だろうけれど。
そういうわけにはいかないだろう。彼が龍族、では。
それに、もしかすると、という思いもある。龍族の特性。本で読んだその通り、なら。
もしその通りなら、ますます他人に預けてしまうのは、まずい。


「とりあえず、連れ帰ります。」
「家にか!?」
「治療をしなければいけないでしょう?」
そう言えば、まあ、そうだが…と渋い顔。
「…まあおまえがそう決めたなら、いい。」

手を伸ばしてくる彼が、子供とはいえ、普段出歩かないおまえには家まで運ぶのは重労働だろう?と言わんばかりの目をしていたので、咳払いひとつ。これくらいどうってことありません。

「…ああ、ドイツ、ひとつお願いがあるので、終わった後で家に来てくれますか?」
「…なんだ。」

あることを頼んで、しぶしぶ歩き去る彼をそっと、抱き直す。
らしくないな。小さく苦笑。
…いつもならたしかに、こんなことはしないのだけれど。

なんとなく、この温もりを手放すのが嫌だった。





「…う…。」
「ああ、目が覚めましたか。」

知らない声。
それにはっとして、体を起こす。がくん、膝に力が入らない。すぐに崩れそうになって、けれど床に落ちそうになった体は、ばふん、と柔らかい布の上、で。
…どこだここは。だって、気を失う前は、洞窟みたいなとこ、で。
「暴れる体力もないでしょうに…無駄に体力を消耗するのは賢いとはいえませんね。」
かつかつ。歩いてくる音に、にらみ上げる。まっすぐに見てくるのは、紫。…こいつ、気絶する寸前に見た奴、だ。

「あなたに害を与える気はありませんよ。」
大丈夫ですか。伸びてくる手。力を振り絞って、ぱん、とはねのける。
「優しくなんかするな!」
「…ふむ。賢明ですね。」
敵かもしれないやつに簡単に気なんて許すもんか!
困りましたねえ。顎に手を当てて考えるその仕草に、警戒を解かないように腕を伸ばす。
ああ、やっぱりない。自分の分身ともいえる槍、が。
あれがあれば…


ぐぎる。


…おなかが鳴った。
くる、と目を丸くして。彼がしゃがみこむ。
「食事にしますか。」
「…、い、いらな、」
「大丈夫ですよ。毒など入れはしません。」
そんなことをしても意味がないことくらい、あなたならば理解できるでしょう?
…確かにそうだ。俺たち竜族に毒は、効かない。
けれど。

「とにかく、持って来ます。…私に害意がないということは、後で理解していただくことにしましょう。」
少しだけ待っていてください。
そう言って、くしゃり、と頭を撫でたその手を払いのけることができなかったのは。
…浮かべた優しい笑顔、のせいかもしれない。



オーストリア、さん、と名前を呼ぶと、本を読んでいた彼は何ですか?と顔を上げた。
食事はとてもおいしかった。彼はとても優しかった。その上、自分に害意はないことをこんこんと説明された。

それから、1週間。
傷のせいで熱を出した自分をこうやって、ちゃんと看病してくれる彼を、見ていたら。
…信じてもいいかなあって、思えるようになった。
もう少しだけ寝なさい、と頭を撫でてくれる彼の手は、師匠のように大きくはなかったけれど、とても優しかった。

軍人だというのは、聞いた。助けてくれたのは彼だとも。
おまえ気に入られたみたいだな。そう不思議そうに教えてくれたのは、ドイツ、というオーストリアさんの部下だ。
あいつがここまで面倒みるなんて本当に珍しい。
そう言ったのは、すでに彼と暮らし初めて一月が過ぎたころだ。

「ほら。預かりものだ。」
渡されたのは、何かのハードケース。子供の体でなんとか抱えられる大きさのそれに、何これ、と言いながらぱちん、と開けて。

驚いた。
「折られていたからな。…元に戻すのは難しかったから、組み立て式にした。」
勝手に改造して悪かった。そうドイツは言ったけれど、そんなのどうでもよかった。
槍だ。俺のだ。生まれてからずっと、ずっと師匠に訓練つけられて、死にそうになったときも手放すなと、これが竜族の誇りだと教えられた槍だ。

ぎゅう、と抱きしめる。涙がこぼれそうだった。
ありがとう、そう言おうと顔を上げると、礼ならオーストリアに言え、と苦笑。
「俺はあいつの命令に従っただけだ。」
そう言って部屋を出て行ってしまうから、じゃあ、とオーストリアさんを探すしかなくなって。

灯りが漏れていたのは寝室だ。
ノックしようとして、ちょっと、開いてるのに気付いて、こっそり、中をのぞいてみて。
こちらに背中をむけた彼は、服を着替えている途中だった。
その、見えた白い肌に、目を丸くする。

傷だ。いくつもの傷。…軍人だと、知っているつもりではいたのだけれど。
こんなに綺麗な人にも、傷があるのだと、思うと。


きゅ、と帰ってきた槍を握りしめる。
守りたいと思った。この人を。



俺を部下にしてください。そう言ってきたハンガリーに、面食らったのは事実だ。
けれど、真摯でまっすぐなその瞳に。
「そうでもしないとこの恩は返せません!お願いします、…あなたを、守らせてください。」
鮮やかで美しいその色に…勝てるわけがなかった。

「さて。」
彼を置いて遠征に出て、今日で一週間。
その間に彼が、使い物になるか試してくださいと、ドイツ兄弟のところに置いてきたけれど。
「…兄がいる間に任せたのは間違いでしたかね…」
いやまあでも、弟がしっかりしているし。
それに、ハンガリーもそろそろ、傷が完治する頃だから。

…竜族は、傷や病気のせいで自分の体力の大半が削られると、体を子供の大きさに戻して体力消費を抑えるという能力を持っている。
おそらく、ハンガリーもそれを使っていたのだろう。時折やけに大人びていたことや、生まれたときに与えられるという槍の傷つき具合からみても。

大人の竜族相手ではドイツ一人だとまったく歯が立たないだろう。だから、プロイセンがいる今、がちょうどよかったわけで。
さあ、どうなっていますかね。思いながら、練習場へ足を向けた。


がきん、剣と槍がぶつかる。すぐさま離れる両者。距離を先に詰めるのは、プロイセンだ。
けれど、それは判断ミス。一瞬で引き戻された槍が、素早く突き出される。ぴ。首の皮を少し裂いて、槍が止まる。両者の動きがぴたりと止まる。…勝敗は明確だ。


プロイセンの対戦相手は、一般兵の制服を着た人物。
身長は、プロイセンほどは高くないけれど、大人の背丈。後ろ姿しか見えないけれど、印象の強い明るい茶色の長髪。
見覚えのない兵だけれど、その髪の色と槍は、見間違うはずもない。ハンガリーだ。…プロイセンは確かに、少々粗い戦略をとるけれど、それを倒せるだけの実力。…試すまでもなかったことだが、やはり素晴らしい。
ぱちぱち、と拍手を送ると、くるりと振り返る影が二つ。

「あー!てめ、オーストリア!知ってたなら言えよ!」
プロイセンの怒鳴り声に肩をすくめる。
「何をですか?…よもや竜族の能力を知らなかった、などとは言わないでしょうね?」
「それは知ってたけど、そっちじゃなくて!」
そっちじゃなくて?では、なんだと言うのだろう。
首を傾げていると、がば、と抱きつかれた。

「オーストリアさん!」
お帰りなさい!
明るく、…男性にしては、高い、声。あれ?…まさか。いや、彼の身の回りのことは、メイドに任せっきりだったけれど。まさか、そんな。


「…は、ハンガリー、あなた、女性、なんですか?」
おそるおそる、尋ねると。
「?はい。」
そうですよ。と彼ーいや彼女は、実にあっさりと、にっこり笑った。



おまえにあんな練習場に響き渡るような大声出せるとは知らなかったぞ、とドイツにしみじみいわれたのは、ギルド設立の後のこと




















































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「許して?」
悪い!と軽い謝罪の言葉に、許せるかあああ!と怒鳴り声が返った。
続いて響くのは、どどどどど、とたくさんの魔獣が走ってくる、音。

「…大量だな!」
「大猟やなあ!」
これで賞金とかでるんやったらやる気も出るんやけど!
言いながら隣りを走るスペインに、ドイツは呆れた目を向けた。

「おまえら…一体何をしたんだ!?」
「えー?ショートカットーってつっきったら巣のど真ん中やった、みたいな?」
「みたいな?じゃねえよこの馬鹿共!」
ああもうなんでおまえらはこうトラブルを起こして帰ってくるんだよいっつも!
叫ぶのはギルドリーダー。…トラブルを起こすのがわかっているなら組ませなければいいのに。ちょっと思って。
そうしなければ、今、こうやって大量の、魔獣に追っかけ回される、なんてことなかったのに。
…勝てない相手ではない。そんなに強くはないのだけれど。
これだけ大量、だとな…。
ちら、と後ろを振り返る。…全然減りそうにない魔獣の群れ。
その無尽蔵に湧き出ているような怒りの表情に、思わずため息。

「人生多少のスパイスは必要だろー?」
「これが多少か!?」
あっはっは。と全然意に介していないフランス。…まったく…。
だいたいなあ!と説教モードに入りそうなイギリスを呼んで、何だよ!と険しい顔で振り返る彼に、後ろを指差す。
「いい加減、あれ自体をどうにかしよう!」
そうでないと、延々逃げ続けなければならないはめになる。
終わりのない鬼ごっこは、ちょっと御免被りたい。

「…おまえら、五分、時間稼げ!」
「了解!」
「仕方ないねえ。」
「わかった!」
三者三様に答えて、ざ、と足を止め、振り返る。
すぐに距離を詰めてくる魔獣の群れを、睨みつけて。
後ろで魔法の発動音がする。…五分。ここを守りきったら、俺たちの勝ち。
もしできなければ…あいつらの勝ち、だ。
が。
「…負ける気なんてさらさら無いけどな!」
「さっさと終わらせようぜ!」
「…行くぞ!」

たん、踏み切る音は、同時。


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どさ!とその体が床にたたきつけられた。
「スペイン!」
『スペイン兄ちゃん!』
声が飛ぶ。ロマーノがすぐに駆け寄るが、イタリアは、それができない。
邪魔する、見えない厚い壁をだん!と両手でたたいて。

「…人間とはたいしたことない生き物だな。」
『よくもそんな…っ!』
非難する声に、敵は振り返る。…余裕の笑みで。
悔しいけれど、何もできない。この壁は魔法も通さない障壁。これがあるかぎり、何も…!
こぶしをたたきつけても、びくともしない。
ドイツは、これで四人が二分された時に、イタリアをかばって気絶したまま。
何もできないのが、悔しい。悔しくて仕方がない!

「おい、まだ終わってねーぞ!」
声に、敵がゆっくりと振り返った。
ばん!と音。顔のすぐ横をすり抜けていく弾丸。
まっすぐに腕を上げ、硝煙の立ち上る銃を構えるロマーノの姿に、残念、ハズレだ、と笑って。

「外れてないよ」
後ろから聞こえたやけにはっきりした声に、はっと振り返る。
壁に、ひびが入って白く見え、そしてぼろぼろと崩れていく。
原因は、さっきの弾丸だ。…あらゆるものを切り裂く風の弾丸。
そして、崩れていく壁の向こうで弦を一杯に引き、弓を構えるイタリアの姿…!

「兄ちゃんの銃は、一発必中だもん」
「当たり前だ。」
撃つ数が少なくとも、撃てば、当たる。むしろ、当たる時しか、撃たない。

「…おまえたちに何ができる」
声に、二人は笑う。同時に。それと同時に、あたりを風が舞いだす。ほのかに、光り出す二人の武器。

「俺たちは、狩人だよ。…いくら弱く見えたって。」
「そしておまえは狩られる側なんだよ。…帰ってもらうぞ、向こう側へ!」
ごう、と風が吹く。逃げようと思ってももう遅い。風が彼を閉じこめるように吹いて。

「いくぞヴェネチアーノ!」
「いつでもオッケー!」
普段聞けないような頼りがいのある声が響いて。


十数分後、駆けつけたイギリスと日本が見たのは、二人そろってバディのそばでわんわん大泣きする兄弟の姿と、それを困ったように泣きやませようとする満身創痍のバディたちの姿だけだったという。



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