(※英日 出会ってすぐくらい) 「よう、日本。」 「こんばんは、イギリスさん。」 仕事終わりに、彼の塔へやってくるのは、すでに習慣化している。 『幽閉』された、塔の中へ、入るのは。 ぱたり。読んでいた本を閉じて、彼は笑う。うれしそうに。…思わずどきっとするほどの、笑顔。 「さて、今日はなんのお話を聞かせてくれるんでしょうか?」 「そうだなあ…ああ、街であった喧嘩未遂の話とか。」 「喧嘩未遂、ですか?」 「そう。あのな…。」 話しだせば、興味津々とこっちへ寄ってくる彼に、好意を持つのは、おかしくないことだと思う。 外へ出たくはないのかと、彼に尋ねたことはある。 そうすると、彼は困ったように笑って。 「私が出て行くと、困る人がいますから。」 …けれどそれは、『彼の意思』、じゃない、のに。 彼が何者なのか。それは、彼自身が説明してくれた。 塔の上に閉じ込められた、強い魔術師。出会い頭に攻撃してきた彼に、敵意はないことを伝えるのは大変苦労した。 そりゃあ即反撃した自分も悪いが。だって、そうしないとやられる、と思ったんだ。本気で。 一応、神殿兵たちの隊長という肩書きを持つ自分にそう思わせるほどに、強い、彼。 …けれど本当は心優しい人だ。納得してもらうと、すすすみません!と頭を下げて。 日本、という名に。…聞き覚えはなかった。 禁忌獣。魔獣の、一種であり、ふつうの魔獣たちより遥かに強い力を持つそれを、呼び出すことができるのだと、日本はさらりとそう言った。 「な…!…じゃあ、ここに閉じ込められているのは、」 「お察しの通り。それが原因ですよ。」 悪い子ではないんですけどねえ。そう言う彼に、神殿らしい、と思った。 自分たちの認めていないものは、排除したがる。それが古くさい神殿のやり方だ。 ただ。日本がとても強い力を持っているから。完全に排除したくても、できない。真っ向から勝負を挑んで勝てる相手ではない。 もしかすると、一度やりかけたのかもしれない。そして、彼の禁忌獣ー風獣、というらしい、それに、返り討ちにあったのではないのだろうか。 その後だったから、自分などがいきなり、隊長に昇格になったのかもしれない。異例の人事だと。そう言われたのは、3年前、だ。 …本人に確認する勇気はなかったけれど。 もともと、神殿のやり方は嫌いだった。だから、日本に尋ねたのだ。 ここを出て、外に行きたくないのか、と。 日本が一度そう決めてしまえば、神殿側にはどうすることもできないだろうに。この幽閉された空間を作り上げているのは、日本本人だ。 …彼が協力することをやめれば、すぐに出て行けるのに。 そうすると、彼は困ったように笑うのだ。 「私が出て行くと、困る人がいますから。」 日本は、ひょっとすると、禁忌獣が暴れたら、とか、そういうことを言われたのかも、しれない。 けれど、それで得をするのは、ほんの一部の人間だけ。 …それは例えば、神殿長とか、そういう。お偉いがた、だ。彼だって、わかっていないわけじゃないだろうに。 なんでそいつらのためになんて、思えるんだ。そう尋ねると、日本は、そういう性格です。と言って。 それで、その会話は終ってしまう。 彼が、外に出ることを望んでいなくて、その状況を楽しんで生きているなら、それでいいんだ。でも。 外に出る話をすると、曖昧に誤摩化すのに。 そのくせに、外の話をとても聞きたがるんだ。 どんなことがあった。今日の街の様子。俺の弟達の話。 目をきらきらさせて、楽しそうに聞いてくるのだ。 ……外に出たい。そう、その表情は明確に語っているのに。 彼は外に出ようとはしない。それが、歯がゆくて。 また、別れの時間が迫るのだ。 「じゃあ、日本。」 「はい、さようなら。」 …日本は決して、また、とは言わない。 次がなくても、気にしないと言わんばかりに。 それがいつも、嫌で仕方が無くて。 彼の意思通りにすればいいのに。 ずっとずっと、そう思って、けれど、また彼に困った顔をさせるだけだとわかっているから、言えなくて。 「…どうにかなんねーかなあ…。」 呟いてため息。日本。…黒髪の彼を、どうにかして外に、連れ出したい。何度も願うこと。 けれど、彼自身が望んでくれなければ、どうすることもできないのだ。 「…らしくないなあ。明日は雨かい?」 やれやれ。そう言わんばかりに、大げさに肩をすくめたアメリカに、何だよ、おまえが聞きたいって言ったんだろ、とにらみつける。 日本、の話をちょっと聞かせたら、根掘り葉掘り聞き出そうとしてきたのはこいつの方だ。だから、教えてやったのに。 なんでそんな、馬鹿を見るような目をするんだろうなおまえは! 「らしくない、って言っただけだろ。…イギリスらしく、ない!」 び。突きつけられる指。目の前のそれに、何だよそれ、眉を寄せる。 「やりたいことがあるのなら、納得できないことがあるのなら、徹底的に突き詰めろ!後悔は後でするもんだ!」 「!」 思わず、息を飲んだ。それは。 「そう俺に言ったのは、イギリス、君だぞ?」 日本がそう望むならって諦めて。それでいいのかい? まっすぐすぎる言葉に、深呼吸、ひとつ。 「…らしくない、か。」 「らしくないだろう?」 確かにそうかもしれない。 今でこそ隊長、なんてポジションに収まってはいるが、言われた通りにきっちりやるなんて、優等生タイプではないのだ。昔から。 暴れ回って、もっと強くなりたくて。強さを求めて、神殿兵になったのだ。 かつての悪ガキの性格は、そう簡単には変わってない。 …悪いな、日本。俺は、あきらめが悪いんだ! 「…アメリカ、一暴れするけど、付き合うか?」 「ヒーローっぽい場面があるなら任せろ!」 こんこんこん。3回ノックして、4回目は問答無用で、だん!と足で扉を蹴り開けた。 「…扉は足で開けるもんじゃないあるよ。」 呆れた声に、さっさと開けないおまえが悪い。と返して。 「それで?かつての悪ガキが、何の用あるか?」 机の向こうに座るのは、この国の権力者の一人。 さらさらと書き物を続けるそいつは、まったくこちらを見ようとはしない。 「中国。…てめえの力を貸せ。」 中国。かつて、神殿長に一番近い男と言われた、人物。 俺が勝ちたいと願い、神殿兵になった、原因。 「力。…神殿兵隊長殿に貸せる力なんて、我は持ってないあるが?」 「日本。」 ぴたり。と、筆を進める手が、止まった。 「へえ。知ってるのか。」 「…何故おまえの口からそいつの名が出るあるか。」 「知り合いだから?」 言うと、それで、そいつが何あるか?と一言。視線がまっすぐこっちを見る。 「預かれ。」 「は?」 「連れ出してくるから、預かれ。」 言えば、ははははは!と笑い声。 頬杖をついて、こっちを見てくる。剣呑な、光。 背筋がびりびりするほどの、力。 こいつは強い。昔からそうだ。昔は逃げ出した。勝てないと。 今は、逃げ出さない。逃げ出すわけには、いかない。 「あれは、出たいと言ったか?」 「…。」 「言わないあるよ。何があったって。」 そういう子ある。さらり。そう言って。 ふ、と息を吐いて、背筋を伸ばす。 「だからどうした。」 外に出たいと、言葉にしないけれど、彼はそう思っているはずだ。絶対に。 「もし、本当にあの子がそれを望んでいなかったら?」 「そのときこそ、おまえの出番だろ。」 この屋敷と、中国の力があれば、神殿のあの塔と同じだけの結界を張ることができるはずだ。 だからこそ、こいつの力が必要、なんだ。 「…いざというときの保険、か。」 「もちろん、身元引き受け人、っていうのもあるけどな。」 言えば、ただ。それは我になんの得がある?と返ってきた。 …想定内の質問。小さく息を吐いて。 不敵に、笑ってみせる。 取り出したのは、カードだ。昔からある、賭け事のゲーム。 「賭け事は、好きだろ?」 「…なるほど。おまえは、何を賭ける?」 「俺のプライド。」 今まですみませんでしたって、土下座してやるよ。そう言えば、中国は笑った。立ち上がる彼に、気合いを入れ直して。 「我に勝てたやつはほとんどいないあるが?」 「悪いな。…俺は悪運だけは強いんだよ。」 小さな声で、呪文を諳んじる。 そうすればゲートが開く。彼の部屋へ、向かうゲートが。 他のやつらとは違う、自分用の呪文。 それを彼が作ってくれたのは、ついこのあいだのようで、だいぶ前の、ようで。 開いた時空間の渦に、迷いも無く飛び込んで。 「よう、日本。」 「こん、ばんは?どうか、したんですか?」 まるで旅にでも出るようですよ? 首を傾げる彼に、ああまあ、その通りなんだけどな。と一言。 「…そうなんですか…。じゃあ今日で、お別れですね。」 「そうだな。」 「でも、隊長職を辞して、どこかへ行かれるんですか?」 もったいない。その一言に、いいや。と首を横に振って。 「辞するんじゃなくて、辞めさせられるだろうなあ、と。」 旅装束で来たわけだ。そう言って、すらり、と剣を抜いた。 「!何を、」 驚いた表情の彼に、なあ日本。と声をかける。 「楽しようぜ?」 「はい?」 「おまえはいろいろ考えすぎるんだよ。」 だから、もっと楽に考えられればいいんだって。そう、笑ってみせて。 魔力を込める。…中国に知恵を借りた術式を刻み込んだ剣が、輝きだす。ぱっと見て、その正体に気付いたのか、イギリスさん!と焦った声が聞こえて。 「まさか、ここを壊す気ですか!?」 「大当たり。」 剣を振り上げる。いつもより重い、それ。この部屋の魔力を吸い込んで、どんどんと重くなっていく。 「やめてください!」 声に、走ってこようとする彼に、まっすぐ、見つめる。 「日本。」 冷静に呼べば、ぴたり。止まる、足。 「おまえは外に出たくないのか?」 「…だから、私が。」 「んな人のせいにした言葉は聞きたくねえんだよ!!」 怒鳴りつける。びくり。震える体に、日本、ともう一度呼びかける。 「日本。本当の言葉を、聞かせろ。」 本当は、どう思ってる?ここを出たくないのか、出たいのか。 どっちにしろここをぶっこわすことは決定だけれど。でも。 「教えてくれ、日本。」 本当の気持ちを。 「…ほんとう、」 うつむいた彼が、呟く。 「そうだ。」 ほんとうの、気持ち。それを、聞かせてほしい。 「……言え、ません。」 …ああそうかよ。と思った。中国が言っていた。何があったって言いはしないと。 俺だけは、特例にしてくれないかと、期待したんだけど。仕方ない。だめでもともとだ。 「けれど。」 「?」 続いた言葉に、顔を上げる。けれど?何を、続けるつもり、だ? 「…あなたの見る世界は、見てみたい、です。」 「…っ!!」 それは。 外へ出なければ、できない、望み。思わず息を飲んだ。 「、任せろ。全部見せてやる!」 思い切り剣を振り下ろす、その瞬間。 彼の、泣きそうな、ほっとしたような、笑顔を見た、気がした。 「これが。」 「ああ。…俺の街だ。」 「綺麗ですね。」 「そうか?」 ごちゃごちゃしていてよくわからない街だと思うんだが。 首を傾げて、見下ろす。 街の端にある見張り台から見下ろすこの風景は、確かに好きだけれど。 「…けど、いいのか、日本?」 「はい?」 「俺についてきて。」 中国のところにいればいいのに。 塔を派手にぶっこわし、俺は事実上解雇。日本は、…中国が、身元引受人になって、ことなきを得た。 というか、ことなきすぎたのだ。本当に。…もっと暴れ回らないといけないと思っていたのに(だからこそ、アメリカ、カナダに街の方で暴れてもらったりしていたのに。) おそらく、中国のしわざだろう。俺のことも引き受けたらしく、何やら長い役職名がついて、つまりは中国と神殿の使いっ走りに近い状態になってるようだし。まあ自由にしてくれるならなんでもいいが。 賭けになんとか勝った俺に、仕方ないあるねえと、ひどくすっきりした顔をしていた彼は。…日本を頼むとそう言ったところを見ると、ずっと彼のことを気にしていたのかも、しれない。 「お邪魔、ですか?」 「まさか!」 そういうわけじゃない。けど。 ことなきを得たとはいえ、この街に残ってたら本当に使いっ走りにされそうで、さっさと見聞を広めるという適当な理由をつけて、旅に出ることを決めた俺に、何故か日本が一緒に行きます、と言い出したのだ。 別にいいけど。…中国のところにいた方が安全なのはわかりきってるのに。 「…久しぶりの外、ですから。」 いろんなところを見てみたいんです。そう彼は笑う。 …その笑顔が、あの塔の中にいたころより爽やかに見えるのは、俺の気のせいだろうか。 「それに。」 「それに?」 「言ったでしょう?あなたの見る世界を、見てみたいって。」 イギリスさん。にこ。と笑って言われた言葉に、思わず赤面して。 「っ、行くぞ!」 「はい。」 歩き出せば、隣りを歩く足音が、した。 二人が、片田舎の街にたどり着き、そこでギルドを開くことになるのは、もっとずっと後のお話。 戻る . ※墺、洪、独が軍属だったころのお話 「理由を述べよ、原稿用紙三枚で。」 ひくりと眉を寄せた、部下の一言に肩をすくめる。 「そう言われましても。」 「とりあえず説明しろって言ってんだよ!」 ばん!テーブルに手を叩きつけるプロイセンに、ちら、と視線を逸らすと。 「…オーストリアさん。」 そこには、真剣な顔をしたハンガリーの、姿。 「説明してください。…どうして軍を辞めることになったんですか?」 じっと見つめてくる3人に、ため息一つ。 「言わないと、いけませんか?」 「はい。」 「当たり前だ。」 「当然!」 三者三様の答えに、はあ、とため息をついた。 言いたく、ないんですけどねえ。それは許してくれません、…よね。 …とくに、ハンガリーのいる前では。 ちらりと見上げた先で、軍服に身を包んだ彼女は、他の二人より真剣な目でこちらを見ていた。 彼女の能力はすばらしかった。 敵には回したくないが、味方につければこれほどの人材はない。 気配を消す能力。野生の勘。素早い身のこなし。 部下として、これほど素晴らしいと思ったのは、初めてだ。 背中を預けて、戦うことができる。 それがこんなに、安心できるものだとは、知らなかった。 そして。 …お帰りなさい、と笑ってくれる人がいるのが、こんなに心安らぐものだとは、知らなかった。 ため息をついて頭を振る。 長く放浪していたくせに何故か帰って来て、そのまま居着いている風来坊のプロイセンに言われるまでもなく、自分が彼女に傾倒しているのは、明らかだ。 周りにあまり人を寄せ付けないようにしていた、氷の参謀と呼ばれた自分が。 …彼女の笑顔の前では形無しなのは。 そして、その変化を嫌っていない自分がいるのも。 そんなさなか、だ。いきなりの幹部集会が開かれたのは。 なんの話かと思えば、ふざけている。 ハンガリーをどこぞの王族の青年と結婚させるというのだ。 速攻で断った。けれど、向こうもなかなか引かなくて。 …隣国とは、今は友好な関係を保てているが、いつその盟約が破られるかは、わからない。 味方にすればとても心強いが、敵に回すと恐ろしい相手だ。竜族は。…そんなこと、ともに暮らしている私が、一番よく知っている。 だから、そのつながりを少しでも強くしておこうとするのは、国を守ろうとするには当たり前の選択肢なのかもしれない。 けれど。 「…嫌です。ハンガリーは、渡しません。」 はっきりと、言い放つと、ざわ、と集まった幹部たちはざわめきだした。 「自分がそんなことを言える立場だと思うのか?オーストリア。」 「言えない立場だと?」 「当然だ。」 おまえは一介の兵卒にすぎない。冷たい声に、笑ってみせる。 たしかにその通りだ。 そして、私が言えば、彼女はわかりました、というだろう。 …少し難しい任務を、言い渡すときのように。 悲しい決意をした表情で。真剣に。 けれど。 渡す気はない。彼女は。 …絶対に。 「ならば、私は軍を辞めます。」 ざわめきが大きくなる。それを黙らせるように、そうすれば!と声をあげる。 「彼女に命令をきかせることはできなくなります。…彼女は、軍属ではありませんから。」 そう、彼女は、正確には軍属ではない。隣国の出身だからだ。 だから、彼女は私個人に忠誠を誓った、ということになっている。名目上、に過ぎないが。 …それがこんな風に、役に立つ日がくるとは思わなかったけれど。 「本気か?」 「本気です。」 それが、私の結論です。 そうはっきり、言い渡してやったのだ。 「というわけで。」 軍、辞めます。 さらっと言うと、へえ。とプロイセンの感心したような声。 「おまえにそういうこと言えるとはなあ。」 「いけませんか?」 「いいや?悪いわけ、」 「…悪いに決まってるじゃない!」 怒鳴り声。 驚いて見ると、何も言わずに話を聞いていた、ハンガリーがきっと、こっちをにらんでいた。 「なんでですか、なんで私なんかのためにそんな、それは間違ってますよだって、オーストリアさんは!」 「ハンガリー。」 「…っ、もっと、えらくなっておかしくない人なのに、何で…っ!」 私なんかの、ために。 そうつぶやいて、またうつむいてしまった彼女に、ハンガリー、ともう一度呼びかける。柔らかく、聞こえるように。優しく、聞こえるように。 「それは、昇進やこのまま軍にいることが、私にとって価値が無かったということですよ。」 あなたほどのバディを逃したらもったいないですから。 そう、心の底から、言って。 「…そんな、の」 言い返そうとしたようだけれど、彼女は、何も言えなくなったのか、泣きそうにうつむいてしまった。 …そんな表情をさせたいわけではないのに。 命を賭けて誰かを守り抜く、を信条とする竜族である彼女、には、私が下した決断は、思いのほか、ショックだったようだ。 それでも。 辞めることを変えるつもりは、ない。後悔もしていない。 それに、そろそろどうにかしないといけないことも、あったから。 「…価値、か。…で?これから、どうするんだ?」 「私は、田舎に戻ります。…少々、やりたいこともありますので。」 「ここは?トップが変わるとなると、いろいろと…」 「すみません。ですが、後任は、もう決まっています。」 「誰だよ?まさかロシアとかスイスとか言わねえだろうな。」 そう嫌そうな顔をした、赤い瞳をじ、と見つめる。しばらく見ていれば、何だよ、と彼は眉を寄せ、まさか、と察しのいい彼の弟は、慌てて兄を見た。 「まさか、兄さんか!?」 「は!?俺!?」 何で!そう目を丸くする彼に、おや。と小さく笑う。 「上へ。上り詰めたい。そう言ったのはあなたでしょう?いい足場になると思いますが。」 少々面倒ではありますがね。言い添えてやれば、しばしぽかんとした後、笑った。 ぱん、と叩かれる、膝。 「上等!俺様が最高にかっこよくやりきってやるよ!」 「そう言うと思いましたよ。ドイツ、このお馬鹿さんを頼みます。」 言えば彼は、兄さんか、と深くため息。 …本当はドイツでもよかった。人事に小細工する際、悩みはしたのだけれど。…まだ、若い。彼は。 だから、まあ少々?だいぶ?かなり?心配ではあるが、プロイセンを指名したわけで。 何が目的かは知らないが。軍の最高位を、狙っているらしい、から。それには、私の今のポジションは、本当に、いい足がかりになる。 だから断りはしないだろうと、そう思っていたけれど。 「で?」 そいつは? ドイツが視線で問いかけてくる。 その先には、まだうつむいたままのハンガリーの姿。 「ハンガリー。」 そっと呼びかければ、ゆっくり上がる顔。 「もしよければ、私と一緒に来ませんか?」 「…え、」 「もちろん、国に帰ってくれても問題ありません。…ただ。」 もし、彼女が、まだ少しでも、一緒にいたいと思ってくれるなら。 「私の故郷に、行きませんか?あなたの力が、その強さがきっと、必要になる。」 「田舎なのに、か?」 「いろいろと事情がありましてね。」 ドイツの声に返して、ハンガリー。ともう一度呼びかける。 「…ですか、」 「はい?」 のろのろと、顔が上がる。 「私はまだ、必要ですか?」 小さな声、だ。不安げな。 …そんな顔しないでください。捨てられることに怯えている、みたいな。 そんなこと、あるわけがないのに。 「…はい。」 まっすぐ見つめ、ただ一度、うなずいた。あなたが、必要なんです。あなたでなければダメなんです。そう、伝われば、いい。 「…わかりました。なら、一緒にいきたい、です。」 目に、光が戻る。強い意志の、光。 「私の誓いはあなたの許に。私は、あなたを守るためにもう一度、槍を握ったんですから!」 強い言葉に、その、強気の笑顔に、ほっと息をつく。よかった。…やっぱりそういう表情の方が、好きだ。 「よろしくお願いしますね、ハンガリー」 「こちらこそ!オーストリアさん!」 彼らが田舎で、出会った二人の仲間とギルドを作るのは、もう少し先のお話。 戻る . イギリスは、ぺら、とドアに貼られた、メモをはがした。 『少しの間留守にします。探さないでください。』 「留守、ねえ…」 ちら、と見る。 明らかに、魔法の気配がする。結界の。強い、守護の。簡単には破れはしないそれの中と、出会う人全員知り合いの外。どっちが安全かを、考えれば。 ため息ひとつ。すらり、剣を抜いて。 「留守なわけねーだろ!」 結界を一閃で叩き切ると、中からあっ!と声。ほら、やっぱり中にいた! すぐさまドアノブに手を伸ばすけれど、ドアは開かない。向こうから引っ張っているようだ。 「日本!往生際が悪いぞ!」 「何とでも!私は行きたくないんですっ!」 「ただちょっとスピーチするだけだろうが…!」 「それが嫌なんですよ…!」 ああもう、相変わらずだな! 長い間一人で暮らしてきた彼は、人前で話したりするのがこの上なく苦手なのだ。 だから、この仕事聞いたときはこうなるだろうなとは思っていたけれど! 一瞬力を抜いて、それから一気に引く。 そうすれば、わあ、と声を上げて日本が釣れた。 「日本!」 あわてて逃げようとする彼の、手を掴む。もう逃がさねえぞ? 「…嫌です。」 「…中国からの依頼だぞ?」 そう。ほかの誰かからなら、逃げてもいい。 ただ、中国、だから。 「……わかってます…」 はああ、と深いため息。俺もいるから。な?そうなだめると、ようやっと彼はうなずいた。 諦めて出る気になってくれたのに、その足取りはまだ重く。 「…そんな嫌か?」 「嫌ですよ。…でも」 もう少し、自由にしておいて欲しいので。 がんばります。そう笑う彼に、小さく苦笑して。 「あれ?日本、イギリス、出掛けるの?」 「仕事だ。」 ギルドの受付に寄れば、今日の当番らしいイタリアと、ドイツの姿。カナダと、オーストリアもいる。しばらくかかるかもしれないから、と声をかければ、わかりました。とうなずく。 「じゃあ」 「いってらっしゃーい!」 元気な声に、日本がふ、と息をついたのに気づいた。見れば、小さく上がる頬。 そうだ、知ってる。それがどれだけ恵まれていることか。 「…いってきます。」 そう言える場所があることが。 「…頑張る気になったか?仕事」 「…はい。」 ただいまを、言わないといけませんから。 やっと、顔を前に向けた彼に、そうだな、とうなずいた。 戻る . 「連絡なしで二週間経過、か…」 そうフランスは呟いて、ちら、と受付の方をうかがった。 そこには、ぼうっと座っている、イタリアの姿。 「…三日目までは元気だったんだけどな…」 「その後はもうずっとあんな感じですよね…」 「イタちゃんったら…ドイツがいるのが当たり前、になっちゃってたのねー…」 誰かがいないってだけで、そんなふうになったことないくせに。小さく、ハンガリーが笑う。 「しかし、遅いと言えば遅いですね。」 何をやっているんでしょうね、あのお馬鹿さんたちは。そうオーストリアはため息。 ドイツが、プロイセンに連れられて出張に行って早二週間。まったく音沙汰がないのだ。そりゃあ、イタリアでなくても少し、心配にはなる。 「…ひょっとして」 つぶやいたフランスが、そっと声をひそめる。 「やっぱり首都の方がいいって向こうにいついたりして」 「ドイツ帰ってくるって約束したもん!」 間髪入れない、イタリアの声。バカ、とハンガリーがやば、聞こえてたか、と言う顔をした金色の頭をはたく。 「フランスさん…ひどいですよ、それは」 「冗談だよ!もしそうだったとしても、あの真面目人間はここに報告くらい入れるだろうし」 「そうなのよねー。ドイツの性格考えると…ということは。」 「…連絡を取りたくても取れない状況に置かれている、か。」 しん。部屋が、静まり返る。 「…まさか、そんな」 「ねえ?」 「…ドイツ…」 ぽつり。とイタリアが呟いて。その様子を見て、集まっていた4人はどうする?と顔を見合わせて。 「あっ!オーストリアさん、」 不意に、外を見たカナダが、声をひそめて呼んだ。 はい?と上がる顔に、窓の外を指し示す。 「…!あ、ああ、そういえば忘れていました。イタリア。」 「…ヴェ?」 「荷物を取ってきてもらえませんか。広場に届くはずなんです。」 ここは、ハンガリーにしてもらいますから。にっこり笑った彼に、何ごと?とハンガリーとフランスも窓の方を見る。 イタリアは、首を傾げて、早く!と言われてあわてて立ち上がった。 「はい!わかりました!」 ぱたぱた駆け出していく頃には、事態を理解した二人も笑顔になって。 「いってらっしゃーい!」 「遅くなってもいいからなー」 「気をつけてくださいねー!」 元気に見送られ、イタリアは困ったように笑って、ドアを閉め。 「…帰ってきましたねえ。」 「遅いんですよ、あのお馬鹿さんは…」 「ナイスタイミングというか、なんというか…」 「まあ、よかったじゃないですか。」 カナダが見つけたのは、山を駆け下りてくる、見覚えのある、金髪。 ドイツが帰ってきたのだ。それなら、とイタリアを送り出したわけで。 「イタリアにはさっさと復活してもらわないと困りますから」 「…案外、俺の行ったとおりだったら、どうする?」 向こうに、いつくとか、さ。 笑うフランスに、それ、本気で言ってるの?とハンガリーが尋ねる。 「まさか!」 そのとき、がちゃん、とドアが開き、ただいま!と怒鳴り声 「あらお帰り、ロマーノくん。…どうしたの?なんか機嫌悪いみたいだけど…。」 「別に!」 「やー。そこでイタちゃんとドイツに会ってなー。」 ロマーノに続いて入ってきた、スペインが、困ったように笑う。 「往来のど真ん中で、小説みたいに感動の再会やっててん。」 もうまったく周り見えてへんかったであれ。 その一言に、なるほど。と苦笑して。 「でも、怒鳴り込んで行かへんかってんで?偉いよなあ、ロマーノ。」 「知らねーよあんなやつら!他人だ他人!」 「やれやれ。また騒がしくなりそうですね。」 オーストリアが呆れるが、つまりはそれは、いつもどおり、に戻っていくということ。 知らずのうちにため息をついて、そこにいた全員が、小さく、笑った。 戻る . 「何でそうなるんやおまえはー!」 あははは!と笑い上戸のスペインに、やれやれ。と肩をすくめる。けれど、気心のしれた友人と酒を飲むのは楽しいものだ。 「相変わらずだねえ、おまえは。」 「人のこと言えへんくせに!」 その一言に、確かに、と笑って。 そこに、空いた椅子を引いて、すとん、と座る影。 二人が視線をやると、そこには、カナダの姿があって。 「?カナ?」 「なんやー、カナダも飲むー?」 「……し…。」 「何?」 どうしたの?と顔をのぞきこむと、きっ、と顔が上がった。 涙の浮かんだ、赤い顔に、ぎょっとする。 「ろくでなしーっ!!」 「…え、」 「フランスさんのろくでなしー!」 うわーん、という声に、ぶ、とスペインが酒を噴き出し、ちょっと、とフランスが慌てた。 「誰だカナダ酔わせたの!!」 上がる声に、あははは、と遠くから笑い声!ああもう、なんかあっちもできあがってるっぽい、ハンガリーやイタリア兄弟やら、がいて。 「ああもう…とりあえずカナ、落ち着こう、な?」 「ろくでなしい…。」 「…返す言葉もございません。ごめんなさい。だからほら、な?涙ふいて、ん?」 甲斐甲斐しく世話を焼き始めたフランスの隣りで、静かに肩を震わせていたスペインがあははははは!と笑い出した。 「間違いない!こいつはろくでなしや!カナダが正しい!」 「ですよね!もうほんとに昔っからですけど!いつもいつも!」 「…微妙に会話噛み合ってないぞー酔っぱらい二人ー…。」 はああ、とため息ひとつ。けれどなにやら、噛み合ってないわりに楽しいらしい二人は、さらに酒を進めて。 …これ絶対明日何にもおぼえてないんだろうなあ。そしてすごい惨状になってんだろうなあ…。 この後の苦労を思って、俺も忘れた方が身のためかも、と飲み交わす二人に、俺も!とグラスを突き出した。 戻る |