どいつどいつーと後ろから呼ぶ声にため息をついた。振り返れば、何が楽しいのかにこにこ笑う相棒の顔。 「イタリア…遊ぼうとか言われても、」 「違うよ〜、オーストリアさんに仕事頼まれた〜」 ほう、とひらひら振ってみせる紙を見る。 駆け寄ってきてはい!と渡されたそれを確認。 「魔獣退治…砂浜の方か…」 レベルは中の上。なめてかかると危ないが、まあ問題なく勝てるだろう。 「うん」 ひょこと紙をのぞき込んでくるから、見やすいように下ろしてやる。 「属性は?」 「水、と…火?雷?」 「…だいぶ違うんだが…」 「オーストリアさんがメモしてくれてるって言ってた」 裏、と言われて見れば、属性とその種族の特長がオーストリアのきれいな字で書き留めてあって。 「水と土…全然違うじゃないか」 「あれ?」 まったく、と呟いて、とりあえず道具屋だな、と振り返る。 薬草の残りを頭の中に思い浮かべて歩き出すと、そうそうドイツーと呼ばれた。 「俺ねー新しい歌覚えたんだ〜」 ら、ら、と歌ってみせる彼に、そうか、と返して。 「これでもっとドイツの手伝いができるよ!」 楽しげにそう言う彼に、少し、表情を曇らせた。 「イタリア…おまえ本当によかったのか、あの話」 「もードイツしつこい」 またその話?とふくれられて、いや、と呟く。 その歌声を見初められたイタリアを是非うちの学園に、という理事長との間に一悶着あったのはつい先日のこと。 「俺はこの街が好きなの!」 「しかし、」 もったいない、と思う。…こいつの歌がうまいのは、素人目にだってわかるのに。 けれど、行って欲しくはないと思うのも事実で。 結局何もいえなくて口を閉ざすと、あのね、ドイツ、と腰に手を当てて呼ばれた。 「誰がなんて言ったって、俺はドイツのバディなんだよ!」 だからね、気にしなくていいんだよ。俺はドイツのそばにいるから。そんな風に、言う、から。 その頭をぐしゃぐしゃぐしゃと撫でてぐちゃぐちゃにしてやった。 「うわぁっ!何ードイツ何ー!」 「〜〜っ行くぞっ!」 うわわ待って!という声を背中で聞きながら、ずかずかと、賑わう街を急いだ。 …イタリアのせいで、ああくそ、顔が熱くて仕方がない! 戻る . がうん、と大きな、音。 的の中心に、一つ、穴が開いて。 ふ、と息を吐いて、構えていた銃を下ろす。 「…平気、なんだよな…」 訓練なら。そう呟いてため息。 訓練では意味がない。…実戦で当てられなければ、意味がない。 「…くそ…」 好きでお荷物やってるわけじゃない。 けれどだめなのだ。どうしても、魔獣を見ると。…怖くて仕方がなくなって、逃げ出したり隠れたりしてしまう。 …スペインに全部押しつけたい訳じゃ、ない。決して! 深くため息を一つ。 すると、くしゃ、と頭を撫でられた。 「何悩んでんの?」 声にはっとして振り返ると、そこには頬にガーゼ貼ったスペインの姿! 「スペイン…!おまえ、怪我は!」 「どうってことないから帰ってきた。」 「どう…って、おまえ!」 そんなわけがない!受けた傷のせいで、昨夜はずっと熱でうなされていたのに。 …俺をかばって、受けた傷のせいで。 「平気平気。これくらいどうってことない。」 そう言って、にこにこ笑うのを見ていられなくて、視線を落とす。 「…俺のせいだ。」 「ロマーノ、」 「だって俺が!」 「ロマーノ。」 抱きしめられて、何もいえなくなった。 だって、俺のせいだ。みんなそう思ってるし、実際そうだ。 あの時、俺が撃てていたら! 「…ロマーノー。俺の話聞いてー?」 甘やかすような声が、鼓膜を揺らす。 「俺は、おまえのこと信頼してるで。バディとして。俺が無茶できるのは、ロマーノが後ろにいるからなんやで?」 「…っ嘘だ、」 「ほんま。…あの魔獣やって、ロマーノが一人で倒したんやろ?」 すごいやん、なんて、言わないで。無我夢中で何も覚えていない。ただ、スペインを助けなきゃって、その焦燥感だけ残っていて。 「なあ、ロマーノ。…俺が飛び出していったら、ちゃんと、後ろで銃構えててくれるやろ?危ないって思ったら、ちゃんと撃ってくれるやろ?俺が見えてへん敵がおったら、ちゃんと教えてくれるやろ?…おまけに超美人で料理上手。こんないいバディおれへんって。」 俺は幸せ者やわ。そんな風に、…そんな、本当に幸せ、って声で、嬉しそうに言うから。 俺はいつも、甘やかされてしまうんだ! 「ロマーノは俺の最高のバディなんやで。…今回のケガは俺のミス。そうやろ?」 ロマーノが悪いわけじゃない。そう、囁かれて。…ちょっと、泣きそうになってしまった。 それを息を吐いて、我慢して、その包帯が巻かれた腕をがしっと掴む。 「いっ!」 「ほら行くぞ怪我人!」 「えっ、か、帰るん?って痛いってそこは!」 「馬鹿病院戻るに決まってるだろこの重傷人!」 「ええええ!いやや帰るー!やって病院ロマーノおれへんねんもん」 「あー頭も診てもらったほうがよさそうだなこのやろー。」 「ひどい!ってちょ、ロマ!」 いーやーやー!とかガキみたいなこと言ってる馬鹿を引きずって、病院への長い道のりを歩き出す。 「やって戻ったら採血やで!?」 「おまえそれで逃げ出してきたのかよ!」 「いややー血抜かれるの嫌ー!」 「さっさと歩け!」 まったく…こんな馬鹿のバディなんかやってられるの、俺くらいしかいないだろ? 戻る . ふ、と息を吐いて、一振りしてから剣を腰に収めた。 「おおかた終わったな。」 「ええ。そのようですね。」 後ろから返って来る声に、振り返る。 杖をしゃん、とついた日本が、お疲れ様です、と微笑んだ。 「お疲れ。」 「あ!イギリスさん、」 呼ばれて、な、何だ?と返すとじっとしていてください、と言われた。 「お、う。」 つかつかと近づいてきた日本が、小さく口の中で唱える、俺には聞き取れない呪文。 手を頬にかざされて、小さな光とともに頬が一瞬温かくなったのを感じて、あ、切られたんだっけ、と思い出した。 「…はい、終わりです。」 「サンキュ。…けどこれくらい自分でするぞ?」 傷の無くなった頬を拭って、血を拭き取る。…治療魔法が使えるのは決して、僧侶の専売特許ではないのだ。 「いいじゃないですか。させてください。」 そんな風に微笑んで言われたら、まあいいけどなとか言うしかなくなって。 「ところで日本、数は?」 「ええと…20、ですかね。」 「お、じゃあ俺の勝ちだな。22.」 「あー…残念です。」 本気で残念そうな顔をする彼に、心の中でため息をつく。よかった。なんとか勝てた。 というか、一人で20体の魔獣を倒してしまう僧侶って、どうなんだろうか… まあ、今回の場合、敵が属性が闇だったから、日本の術が効きやすかったというのも原因のひとつだろうけれど。…そう思いたい。うん。 前衛で彼を守る立場の自分が、後衛で本来サポートのみの彼に負けると、ちょっとどころでなく、へこむ。 「では今日の夕食はイギリスさんのおごりですね。」 「おう。」 勝った方が払うなんておまえらおかしい、とフランスなんかは変な顔をしていたが、それでいいのだ。俺たちは。 「んじゃ、帰るか…。」 「はい。」 並んで歩き出す。 山の麓にある、自分達の街へと。 戻る . ふっと息を詰めて、両腕を振り上げる。 きん!と防がれた。その力を流されて、倒れこみそうになる体を踏ん張って、その体勢のまま剣を横に薙ぐ。 剣に振り回されるに近い感覚。けれど、その勢いのまま足を動かして方向を変え、彼にうちかかる。 「はあ!」 「ふっ…と、カナの一撃はさすがに重い、なっ!」 突き出される剣を、大剣を盾のようにしてかわす。 こっちはしゃべってる余裕なんてまったくないのに、やっぱりフランスさんはへえ、そうくるか。とか言ってる。…まあこの人はいつもこんな感じだけど。 「せいっ!」 剣を大地に突き立て振動を起こす。ひらり、と軽くかわされた、その着地点へと剣を振る。 「っと、危ない危ない。」 金属音が鳴る。その音を聞きながら、また流された剣を、今度は上に振り上げ、一気に振り下ろす! 「っ!!」 また、金属音が、した。今度は、わずかにずれて二回。 あ。と一瞬考えがそっちにそれて、しまった、と思ったときにはもう遅く。 大剣を受け流すように動いた彼に、全身の力を込めて振り下ろしたそれにつられて、べしゃ、と地面につっぷしてしまう。 「はい、おしまい。」 ごくろーさま、と言う声に、はあ、とため息をついて起き上がる。 「う〜…。」 また勝てなかった。…まあそう簡単に勝てるとは思ってないけど。 「だいぶ成長したなあ…最初のころはその剣振り上げて下ろすしかできなかったのに。」 …そう、今日は、フランスさんに2本の剣を両方抜かせることに成功した! 相当のことがないと2本目を抜かない彼だから、それは誇ってもいいことだと思う。 「えへへ。」 起き上がると、顔に泥ついてる、と拭われた。 「けどカナダ、本当に強くなってるよ。…もう、俺に挑まなくても十分なくらい。」 ギルドの中では十分やってけるだろう?その声に、それは、そうですけど、と呟く。 でも、まだだ。まだ。もっと、強くならないと。 かつて武闘大会で、3強と呼ばれた一人のフランスさんの、隣に立って戦うのだ。もっと、もっと。 せめて、スペインさんくらいの戦闘センスがあったらよかったんだけど…。 はあ、とため息をついたら、まあ、カナダが挑んできてくれるから、お兄さんもがんばるんだけど、と笑われた。 「へ?」 「ちっちゃい頃から知ってるカナダに、まだ負けるわけにはいかないからね。」 これでも鍛錬してるんだよ?だって。 「これでも武闘大会で優勝したのは一度や二度じゃないんだから。」 ウィンクして言わなくったって、知ってる。 彼の姿に憧れて、剣をはじめたのは、小さな頃の僕なのだから! 「けどまあ、今日はこれで終わりだな。…帰ろう。健闘賞にお菓子作ってあげる。」 「えっ!本当ですか、やったあ!」 飛び起きたら、とりあえずシャワー浴びないとなあって笑われた。 「ひどい顔。」 「もー!笑わないでくださいよ!」 ほら怒るなって、帰ろう、と差し出された手は、いつかと変わらない温かい手。 戻る . 「ハンガリー。」 そう名前を呼ぶと、カウンターに愛用の槍と磨くためのキットを広げたハンガリーが、やば、と言う顔をした。 「おおおお帰りなさい…早かったですね…。」 「変わったことは…なかったようですね、その様子では。」 お客様がいらっしゃるカウンターでは、そういうことはしてはいけないと前にも言いましたよね?と注意する。 えへへへーごめんなさい…とそれを片付けだす彼女を、そっと眺めて。 「町長さん、何の用だったんですか?またピアノの演奏を?」 「はい。それと、依頼も一つ。」 「あれ、そうなんですか、…はい、どうぞ。」 机の上を片付けて、そこに、ペンと依頼用の紙を出す。 そこに、町長から聞いた話をかりかりと書き込んで、受付用の判子を押せば、依頼受領だ。 「どんな依頼なんですか?」 「模擬戦闘、ですよ。」 「はい?」 「自衛軍相手に、模擬戦闘を。もちろん本気勝負ですけれどね。新兵に、模範を示したいそうでして。」 相手を探しているそうですよ、とそれを書き終えると、へええ、と体を乗り出してくるハンガリーの姿。 「…受けますか?」 「…えっ、あ、いえ!」 あわわ、と体を引く彼女に、いいですよ?受けても。と呟く。 「…けど、オーストリアさんが、」 「受付は、ドイツか日本にお願いすれば問題ないでしょう。私達もしばらく実戦に出ませんでしたからね。」 「いや、でも、あの。」 「出たいんでしょう?」 そう尋ねれば、きゅ、と片付ける途中だった槍を握り締めてそりゃあ…と一言。 「では決まりですね。」 「けどっ、オーストリアさんがっ!」 請負者欄に名前を書こうとしたら、わたわたしてそう言うから。 「では言い換えます。」 「…はい?」 「御馬鹿さんたちの事務処理でストレス溜まってるので、発散しに行きませんか。」 きっぱりそう言うと、目を丸くして、それから、ぷっと噴き出して。 「ふ、ふふふ…はい、喜んで!」 「決まりですね。」 オーストリア、ハンガリーとそこに名前を書き込む。 「可哀想ですね、相手の人たち。」 「そうですか?」 「そうですよ。…だって。」 本気出したオーストリアさんには、誰も敵いません、とそう笑った彼女が、どこか爛々と瞳を輝かせる捕食者のように見えて、そうでもないですよ、と小さく苦笑した。 戻る |