カップを口に運んで、はあ、とフランスはため息をついた。 「おまえって無駄に紅茶入れる技術だけはあるんだよな…悔しいけどそこだけは認めてやる…。」 「ああそうかよ…。」 タルトをフォークで切って、それを口に含んで、イギリスはため息をついた。 「おまえの作る料理の味だけは認めてやらんことはないぞ。他は最悪だけどな…。」 「そりゃどうも…。」 めずらしく喧嘩をしないで同じテーブルにつく二人に、バディであるカナダと日本は顔を見合わせて。 「いつもこうだといいんですけどねえ。」 「ですね。」 ちらり、と見た窓の外。 たん!と驚異的なジャンプ力で屋根の上まで跳び上がったハンガリーが、好戦的な目で、襲い掛かってくるドラゴンの長い首を避ける。 ごお!と吐かれた炎は、決して、街に被害を与えることはない。窓の外から聞こえる朗々とした歌声のおかげだ。日本の魔法で力を倍増させたイタリアの歌声とロマーノの術のおかげで、街には強固な結界が張ってある。 「カナダ、もう一杯紅茶どうだ?」 「日本、よかったらクッキーもあるけど。」 「あ、もらいます。」 「いえ、私はもう。おいしかったです、ありがとうございます。」 和やかに午後のお茶の時間を楽しむ。優しく穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。それは、日常となんら変わりはなくて。 けれど、4人とも、窓の外から注目ははずさない。 特徴的で大きな杖を好んで使うのは、オーストリアだ。杖を水平に構え、今となっては誰もが省略し簡略化して使っている呪文を、遥か古のそのままに唱えていく。 それはとても時間がかかるし手間のいることだけれど、だからこそ強固で、強い旋律。 目を閉じて呪文を奏でていく彼に忍び寄る爪を、がっきいんと音を立ててハンガリーが跳ね返す。槍を突いて、引いて、回す。楽しげに笑みまで浮かべた彼女にまかせておけば、彼に危険が及ぶことはないだろう。 そのとき、がちゃん、とドアが開いた。 4人が振り返ると、そこにはドイツの姿。大丈夫ですか、怪我は、と回復担当の日本がさっと近寄る。 「いや、とくに……腕を、少しやられたか。」 隠そうとしたところにじいいいと見つめると、素直に白状した。見せてください。とその腕をとって、二言三言、呪文を唱えれば、すぐに治ってしまう。 「それで、現状は?」 「もう終わる。」 イギリスの問いにそうドイツが答えた瞬間、かっと窓の外が光った。 一瞬で消え去ったそれは、街の上に飛来してきていたドラゴンも、消し去っていて。 光ったのは魔方陣で、それによって異世界への扉が一瞬開いてドラゴンを飲み込んで閉じたのだと、一体何人が気付いただろうか。 「……強制送還、か。」 「これで依頼完了ですね。」 5人は同時にため息をついて。 すぐにドイツはイタリアを迎えに取って返して、日本とイギリスはハンガリーたちの怪我を見るために走っていった。 残されたカナダとフランスは、各局に連絡をとるために電話をかけ、そしてお茶の用意を片付けて。 稀に見ぬドラゴン来襲、という絶体絶命といえるはずの事態を、結局お茶を飲んで待機しているだけで、街の被害はほぼゼロ、に収めてしまったことに、小さく肩をすくめる。 「ああ、平和だねえ。」 この街は本当に、とフランスはそう笑った。 戻る . カナダは、まさかそんなことしないだろう、というとこを的確にやってくれるから不安なんだよなあ。 とそう呟いたら、同行者二人から同意があった。 「わかる。」 「ちょっと違うけど、気持ちはわかるわあ。」 ドイツとスペインの力強いうなずきに、ああそういえばこいつらんとこも一緒か、と苦笑した。 バディが、…頼りないとは言わないけれど。どうしても心配になってしまうというか。 「何にもないところでこけるし。」 「まさかこんな簡単な仕掛けに、というのにも引っかかるしな…。」 「ロマーノなんかもっとすごいで。予想もつかへんことするんやから…。」 はあ、深くため息が三つそろった。 その問題のバディ達は、この遺跡の入り口においてきた。 トラップだらけのこの遺跡で、入り口付近ならほぼ解除してあるのだが、奥の方まで行ってとんでもないトラップ発動させたりしたら笑い事ではすまないからだ。 イギリスと日本も来てはいるのだが、ここでは魔法が使えないため、同じく入り口待機。 「…何も問題を起こしてないといいんだが…。」 「じっとしといてくれよってあれだけ言ったんだから大丈夫だろ。イギリスたちもいるし。」 「……実は入り口付近に最後のトラップが、」 わざとらしくおどろおどろしい口調で言い始めたスペインにやめてくれとドイツが片手を振って。 「いくらなんでもそれはないだろ。」 「わかってるって。」 笑って、そしてまた歩き出す。 目指すのは最奥。…そこにあるという秘宝を持って帰るのが今回の依頼だ。魔獣退治でない依頼はめずらしいけれど、たまにある。 暗い遺跡の奥、ランタンしか明かりのないそこを三人は進む。 「はー、じめじめする…はよ終わらせて帰ろう。こーいうとこは苦手や。」 「同感。」 「おまえら気を抜くなよ。」 真面目なドイツの言葉にうーいと二人のやる気ない声が返って。 途端、三人は自分の得物に手をかけた。 誰かが近づいてくる足音が聞こえたのだ。 けれどすぐに、それが人間のもので、自分達の名前を呼んでいることに気付いた。 「…あの声、」 「日本か?」 振り返れば、ランタンを持った日本が駆けて来るのが見えた。 「ドイツさんフランスさんスペインさん!」 「どうした日本?」 走りよってきて、ぜえと肩で息をする日本に、フランスが声をかける。 「何があった?」 只事でないその様子に、表情を厳しくしたドイツが尋ねて。 「…暇をもてあましたロマーノくんがけとばしたのがトラップの引き金で落とし穴が開いて落ちたカナダさんとイタリアくんが本当の入り口見つけて目的の秘宝をゲットしたのはいいんですけど、ええと!」 「簡潔に結論を言え!」 きっぱり言われて、日本は顔を上げた。 「この遺跡あと一分くらいで崩れます!!」 三人が揃って頬を引きつらせたとき、遠く深いところからごごごご…と地響きが聞こえてきた。 それは確実に、だんだん近く、だんだん大きくなってきていて。 「っ!!退却ー!!」 「言われなくても!」 「日本ちょい我慢してな!」 「わ!」 フランス、肩に日本を担ぎ上げたスペイン、最後尾をドイツが走る。 「もー勘弁してー!」 「あいつらあああっ!いい加減基本スキルくらい身につけろ!今日という今日は許さん!」 「しゃべってる元気があるなら足に回せ!走れー!」 結論・ダンジョン内で三人そろって残すなんて無謀なことをしてはいけない。 その数分後、外には元凶三人を座らせて説教するドイツと、日本担いだせいでイギリスと喧嘩しだしたスペインと、もーおにいさん無理…とぐったりするフランスの姿があった。 戻る . 「浮いてるなー…リアルに。」 フランスがぼそ、とそう呟いたら何がだ?とイギリスが声をかけてきた。 「ほら。あそこ。」 指差す先には、祭のにぎわい。 仮装して参加する、仮面パーティのようなその祭は、当たり前だが素人作なので、手作り感たっぷりな子供たちや子供とおそろいの大人たちが楽しそうにしている。 その中で、目を引く一つの集団。 がっつりと本業の人が作ったとしか思えないような仮装、というよりはもう舞台用の衣装を身にまとっている一団が。 「…あー……日本か。」 「あとハンガリーちゃんな。」 よなべで作ったという衣装を着たイタリア、ロマーノ、カナダ、日本、ハンガリーの一団は、その細かさと完璧さ故にとても目立っていた。 「今年の商品なんだっけ、仮装大賞。」 「あれだろ、超高級ホテルスイート宿泊券豪華食事つき。」 「欲しいって言ったのはロマーノか?」 毎年、いいなあって誰かが言って、そのためにハンガリーが本気を出して、それにやるからには完璧を、と日本が乗っかって、ああなるのはもう恒例行事だ。そしてそのレベルは他の追随を許さないかのように年々ものすごいことになっていっている。 たしか去年はスイーツ食べ放題をカナダが。その前はイタリアが超高級食材を、その前は入手困難なコンサートチケットをオーストリアが、だったか。 「いいや。日本だってよ。」 さら、と出された名前に、思わず瞬いた。 「………え。」 日本?派手とか目立つことをあまりしたがらない、物もあまり欲しいとは言わない、日本が? 「それ口実に、どっかのだれかさんを休みに連れ出したいらしいぜ?愛されてるねえ。仕事漬けで家帰ってないギルドリーダーさん?」 によによと笑われて、かああと頬が真っ赤になった。 「な、…っ、!?」 俺のため、に?慌てて顔を手で覆う。…ああ、やばい。頬がにやける。うれしくて仕方がない! 「ま、あんま心配かけんなよー。」 「…うるさいっ……わかってる…。」 あー。やばい。抱きしめたい。小さい体を腕の中に抱きしめて出したくない。 それはなんとか思うだけにおさめて、ほぼ決まった旅行のためにたまった仕事を全速力で終わらせることにした。 戻る . することがないからロマーノを買い物にでも誘おうと階段を登って。 「ロマーノー…ってうわ。」 踏み出しかけた足を慌てて戻す。 ぐちゃあ、と床一面に広がる様々な機械部品の数々。…黒や銀のそれは、俺には区別も何もわからないけれど。 「えっらいことになってんなぁ…」 呆れて呟けば、壊すなよ、怒るぞ、とものすごく低い声が飛んできた。 へえい、と答えて一歩下がる。 何気なく触れたりしたら本当に恐ろしいからだ。後が。 ごちゃごちゃした機械が何かというと、武器だ。ロマーノの。…いや、違うか。にょ、と頭をのぞかせると遠くに少し見覚えのないデザインの部品。 「バイトの?」 「おう。武器屋の親父さんとこのディスプレイの。」 あー。あのごっついあれか。ガラスケースに入ったものを思い出す。ガドリング砲、とか言うんだっけ? 銃の整備。ロマーノがギルドに入る前からたまにしているバイトだ。生活するためにいるんだよ馬鹿、と言っていた。イタリアもたまに、定食屋にバイトに入っている。今は、ギルドだけで十分生活できるはずなのに。 「昔からのあれだからな。」 近所付き合い、というよりは、習慣に近いんだろうか。 「楽しい?」 「…てか、無心になれる、かな。」 畑の手伝いとは違う、なんていうかな、夢中になれるものがあるんだよ。そう言いながら、手は止まらない。 かちゃかちゃと動き、綺麗に掃除して、組み上げていく手。…命を、植物を育む手、でもあるのが、とても、何だろう。不思議だ。 「…ロマーノにとって銃って何?」 「……ラヴァー。」 愛人、という答えにええ!と慌てた。 「俺は!?」 「はあ?バディだろ?」 呆れ果てた口調で言われてそうやなくて!と言ったら、バディ、だろ。ともう一度言われた。 「それが仕事のみか人生の、かはお前次第だけどな。」 「…ロマーノ…!」 耳まで真っ赤にしたロマーノに抱きつこうと足を踏み出そうとしたら壊すなよ、怒るぞ!と二回目の忠告。 仕方なくうずうずしながらその場で、ロマーノの作業が終わるのを待った。 戻る . 「おまえは馬鹿か!」 突然聞こえた声に何だ何だ、と休憩室を覗く。 そこにいたのは、イギリスとドイツとオーストリア。さっきの大声はイギリスが出したらしい。 「何だ、どうした?」 尋ねると、ドイツが振り返った。 「あー…いや。俺が軍の先鋭隊にいたという話をしたら…。」 「超エリートじゃねーか!」 それが何だってこんなとこにいるんだよ!とイギリスにまた怒鳴られて、ドイツは困った顔をする。 「先鋭隊?」 首を傾げると、カップを口に運んだオーストリアが答えてくれた。 「軍の中でも選りすぐりの人材を集めた隊ですよ。…入ったら出世コース間違いなしと言われています。」 「へえ…。」 そんなとこいたんだ。…まあたしかにただものではないとは思っていたけれど。 「それがなんでこんなとこにいるんだ!もったいなさすぎるだろ!」 「…オーストリアが呼んだから、」 「私は、無理強いをした覚えはありませんよ。事実、あなたが本当にこのギルドに来るとは思ってなかったんですから。…どうやってあの御馬鹿さんをおびきよせるか考えてたんですからね。」 あー。あれな。と旧友を思い出しながら、何でそんなとこ蹴ってこっち来たんだよ、とドイツに尋ねる。 ドイツの性格からいって、途中で投げ出す、なんてことはかなりの覚悟だったろうに。 彼は眉をひそめて(いやいつもこんな顔だけど)、…別に、特に理由があったわけじゃ、ない。とそう言った。 「へーえ。」 「…だが、後悔は、していない。」 ここに来てよかったと思ってる。…胃痛は増えたけどな。 少し和らいだその表情が、誰のことを思っている時か知っているから、ちら、とイギリスやオーストリアと視線をあわせて肩をすくめる。 「まったく…。」 「まあ、本人がそれでいいならいいじゃ、」 オーストリアはそこまで言って、額に手を当てた。ドイツのため息。イギリスがあーあと呟いて、俺は窓を開けて確認する。 山を降りてくる茶色い頭と、うわーん!と遠くまでよく通る情けない泣き声。 うちのギルド1のトラブルメーカーがまた何かやっかいごと抱えて帰ってきたらしい。 「ヴェエエエエーっ!ドイツーーっ!」 「あの馬鹿は毎度毎度…!」 立ち上がったドイツが休憩室の端に置いた剣と装備を身に着ける。 「イタリアって魔獣に好かれるよなー。」 「うれしくはないでしょうけどね。」 「無理はするなよ。待機はしとくから信号弾で呼べ。」 「わかってる。」 イギリスのいつものセリフにそう返し、ドイツは窓をひらりと跳び越えて、走り出した。 戻る |