「俺は、おまえを、『愛してる』。」 ああ、言ってしまった、と思った。 いつからなのか。それはわからない。気づいたら、そうなっていた。 自覚したのは、スペインから独立して、ヴェネチアーノとイタリア、として暮らし始めた頃。 最初は、ロマーノ、と呼ぶ声がないのが、寂しいだけだと、思っていた。 でも、なんだか違っていて、会いたいのに会ったら会ったで顔も見れなくて、なんだろうこの感じ、と思っていたら、たまたま見に行った恋愛映画のヒロインがあまりに同じで愕然とした。 そうか、俺はあいつが好きなのか。 そう自覚した途端、その無謀さにため息をついた。 映画はもちろんハッピーエンド。 けど、こっちは明らかなバッドエンド。 両想いになるなんて、夢のまた、夢。 それでも、塵がつもるように、少しずつ少しずつ胸の中に満ちていく想いに、押し潰れそうになって。 叶わないとわかっていても、伝えるだけ伝えよう、とそう決意したのは、一年前のこと。 それからまぁ密かに、あからさまに告白しようとするのにすべて回避されて、 わざとか、わざとなのかと疑うけれどその顔からは何にも考えてへんで〜感がにじみ出ていて。 それが一年も続けばいい加減いらついてきて、あーもう!とスペインの家に押し掛けて、チョコラーテでも入れよか〜、とほのぼのなスペインにいいから!座れ!話があるんだよ!と向かいの椅子に座らせて、深呼吸を一つ。 …心臓が、うるさい。顔が、熱い。 それでも、あのな、と前置きして、まっすぐにスペインを見て。 「俺は、おまえが、好きだ。」 意を決してそう言ったら、スペインはきょとんとしてから、幸せそうに笑って、ありがとうと言おうとしやがった!ああもう予想済みだけどこいつ好きの意味わかってないな! もう一回言うけど、よくきいて考えろよ、とあ、の口になったスペインに言う。 は?と間抜けな声を聞きながら、深呼吸をしなおして。 「Te quiero.」 そう、言い直した。…なのにこいつは、全然わからない、という顔をして、何を考えなあかんの?と聞いてきた。思わずはああ、とため息をつく。想定の範囲内ではあったけれど、こいつは、あーもうこのKY、ここまで言わないとわかんないのかよおまえは! 「あのな、俺は、『おまえが好きだ』じゃなくて、『おまえを愛してる』って言ったんだぞ。」 言ったら、ようやくわかったのか、スペインは息をのんだ。オリーブ色の瞳が、丸くなる。 やっとか、となんだか安心しながら、もう一回だけ言うと、今度は不安になってき て、へ、返事とか、いらないから、言いたかっただけだから、と言い捨てて、がたんと立ち上がり、ロマーノ、と引き留める声を無視して、逃げた。 言った。言ってしまった。ついに、言ってしまった。 後悔は、しない!とこころに誓っていたが、した。ものすごく後悔した。 もう、スペインにあわせる顔がない。 仕事だろうとなんだろうと、普通に会える自信がない。 この先、何度だってあわないといけないのに。 無理無理無理、とか考えてどうしよう、とぐるぐる考え込んでいたら、なんだか料理を食べてもおいしく感じなくなった。それで、作る気力もなくなって。火、水、と何も食べられないまま過ぎて。 あ、やばい、と思ったのは、木曜に会いにきたヴェネチアーノを迎えに出た時。 くら、と世界が回って、え!兄ちゃん、兄ちゃーん!と叫ぶ声が、遠くに消えて。 気がつくと、ベッドに寝かされていて、心配そうな表情のヴェネチアーノと目が合った。 「あ!兄ちゃん!」 「…おれ、」 「いきなり倒れたんだよ!俺すごいびっくりしたんだから!」 そうか。と呟いて、はあ、とため息をつく。 「はいこれ。」 ずい、と馬鹿弟が出してきたのは、リゾットで、いらねえ、とぼやいて。布団にくるまるとだめだよ!と怒られた。 「兄ちゃん、何にも食べてないんでしょ!冷蔵庫開けたら空っぽだし、そんなのだめ!」 いつになく強く言われ、困惑しながらも、言い返す元気がなくて、仕方なく、それを口に運んだ。 …おいしい。久し振りの食事に、体が反応して。 がつがつ食べていると、まだいた弟が、兄ちゃん、スペイン兄ちゃんとなんかあった?と聞いてきた。 いきなりそんなことを言うから、リゾットがのどにつまってむせてしまった。 「な、なんでわかるんだよちくしょー!」 「だって、兄ちゃんが一生懸命になるのって、ドイツに怒鳴ってるときか、スペイン兄ちゃんのためになんかしてるときか、どっちかだもん。」 ねえ、何があったの?聞かれても、こたえられる内容ではなくて。 黙っていると、言わなくてもいいけど、と心配そうに顔をのぞきこまれた。 はあ、と息をついて、その頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。 「い、痛いよ兄ちゃん!」 「…今だけ、だ。」 小さく呟いた。そう。今だけにしなければ。言ってしまったものは仕方ない、とふっきれなければ。 その夜、夢を見た。 夢の中の俺はまだ小さくて、そして幸せだった。フェスタの帰りだったのだ。 チュロスをたらふく食べて、遊んで、綺麗なお姉さんたちと話して。 「楽しかったなー、ロマーノ。」 手をつないだスペインが、言う。本当に楽しかったので、おう、と返事をした。 「また、来年もいっしょに来ような。」 そう言われて、立ち止まったスペインに、ひょい、と抱きあげられた。 鮮やかなオリーブ色の瞳が、楽しそうに笑う。 「来年だけと違うで、再来年も、その次も、ずっと、ずーっと一緒に来よう。」 な、ロマーノ。そう言われて、すごくうれしかったけれど、素直にそんなことを言えるわけもなくて、おまえなんかとは嫌だぞ、ちくしょー、と可愛くない返事を返したっけ。 その約束を、スペインは律儀に守っていてくれていたけれど。もちろん、特別な事情があって行けない年もあったけれど、そうでないときは、ロマーノ、行こう、といつも誘いに来てくれて。 それも、今年からは、なくなるんだろうな。 目が覚めたら、泣いていた。 言わなければ、よかった。 心の底から、そう思った。 目が覚めると、熱があった。馬鹿弟が面倒を見てくれて、木、金が過ぎ、土曜にはだいぶ下がっていたので、もう大丈夫だとしぶるヴェネチアーノを帰らせて、日曜の朝には、もう元通りになっていた。 食欲も戻っていて、よし、うまいものでも作ろう、とキッチンへ向かうと、もう料理の支度がしてあって。テーブルにメモがおいてあった。『はやく元気になってね』このへったくそな字は、ヴェネチアーノだ。今回ばかりは、あいつに感謝だな、と苦笑して、料理を温めて、食べる。 昼飯は、外で食べて、いろいろ買い込んで家に帰った。 一週間近くも料理を作らなかったことなんて久しぶりで、なんだか作りたくて仕方なくなってしまったのだ。 いろいろ買い込みはしたけれど、トマトは買わない。畑のトマトが、食べごろを少し過ぎて甘くなりすぎたぐらいになっているのを行きに見つけたからだ。世話は、ヴェネチアーノが近所のおばちゃんに頼んでおいてくれたらしい。多めに収穫して、あげよう、と大きな籠を片手に畑にでる。 赤いみずみずしいそれに触れ、うまそうだ、と思わず笑って、 「ロマーノ!」 名前を呼ばれ、顔を上げた。 そこにいたのは、スペインだった。 ふつうに笑って、このあいだは悪かった、と言おう。スペインが何か言い掛けても、忘れろ、と。言おうと思っていた。 そんな算段、顔を見た途端吹っ飛んだ。 代わりに広がったのは、 怖い。 気づいたら、何もかも放り出して、逃げ出していた。 「ちょ、何で逃げるん!」 「うるせー、追いかけて来るなスペイン!」 「嫌や!」 追いかけてくる彼から逃れようと、本気で走る。なのに、彼はついてきて、喉をせり上がってくるような恐怖に怯えた。 なりふり構わず走っていたので、いつもなら飛び越す段差に足を取られた! 倒れる、と体を固くした瞬間、ぐい、と腕を強く引かれた。 瞬く間に、体は、スペインの腕の中。 「何で逃げるん…?」 「う、うるせ、くそ、離せ!」 じたばたと暴れるが、離してはくれず、代わりに名前を呼ばれた。顔、あげて。穏やかな声。 ええい!と顔を上げて、スペインを見る。 その真剣な目に、どきん、と心臓が鳴った。 「Ti amo.」 そう、スペインが言った、一瞬驚いてしまうが、いや、違う。そんなわけがない、たとえば、そう、意味を取り違えているんだ、と自分に言い聞かせた。は、と鼻で笑ってみせる。 「間違ってんぞ、スペイン。家族に使うのはamoじゃなくて、」 「間違ってない。」 きっぱり言われて、思わず目を大きく見開いた。だって、そんなこと、ありえない。 なのに、スペインは優しく微笑んで。 「なあ、ロマーノ。遅くなってごめん。…俺と、付き合ってくれへん?」 涙が、こぼれた。 どうしようもなかった。ぼろぼろと、溢れて止まらなかった。 だって、有り得ないと諦めていたんだ。俺にはハッピーエンドなんて訪れない、これは、映画じゃないんだからって! 泣かんといて、ロマーノ。そう言われて、涙を拭われる。 す、ぺいん。信じられなくて、そう、たどたどしく名前を呼ぶと、ゆっくりと目を閉じたスペインの顔が近づいてきて、それにつられて目を閉じて、まるで恋愛映画のクライマックスみたいなキスをした。 この後のエンドは、もう決まってる。他にない。絶対に! こうして二人は、末長く、幸せに暮らすんだ! 戻る |