走った。今までこんなに急いだことはないくらい。それでも、遅い。遅すぎる。 もっと、速く、走らないと。もっと速く、行かないと。 「…っ、ロマ、ーノ…っ!」 他でもない、彼の元へ。 「俺は、おまえが、好きだ。」 そう言われたのは、一週間前の、月曜日の夜のこと。 いつになく真剣に、話がある、とやってきたので何事か、と思っていたら、そんなことを言われた。 ぱちぱち、と目を瞬いていて、そんなこと子分時代にだって言ってくれなかったのに、と頬に笑みを浮かべてありがとう、と言い掛けると、よく聞いて考えろよ、と言われた。 は?とつぶやくと、真剣な顔で、ロマーノは深呼吸して。 「俺は、おまえが、好きや。」 俺の家の言葉で、そう言い直された。 …けどさっきと同じにしか聞こえなくて、何を考えないといけないんだろうか、と思って聞くと、深くため息をつかれた。 何なん、と首を傾げると、いやまあ想定の範囲内だけどな、と何故か遠い目。 「…あのな。」 俺は、Me gusta.じゃなくて、Te quiero.って言ったんだぞ。 思わず、息を飲んだ。それはつまり。 もう一回だけ、言うぞ。そう、ロマーノは、真っ赤な顔(そうだ、今日、会ったときからずっと、トマトみたいに赤くて。)で、言った。 「俺は、おまえを『愛してる』。」 言うだけ言って、返事とか、いらないから。言いたかっただけだから。とか言いながらロマーノは帰ってしまって。残された俺は、非常に困ってしまった。 ロマーノのことは確かに好きで。でも、それは、子分として、家族としての愛情で。 返事はいらない、と言われたけれど、そのままにはできなくて、どうしていいかもわからなくて。 うんうん悩んで、朝になったから庭の手入れをして、御飯を作って食べて、掃除をしながら、まだ悩んで。昼御飯は食べに出て、帰って来てまだまだ悩んで、夜になってそれでもどうしていいのか、その答えは出なくて。火曜日がそうやって終わって、水曜日もまったく同じに終わって。 水曜日の夜なのか木曜日の朝なのかに体が限界にきたのか眠ってしまって、起きてみたら金曜になっていて、朝っぱらからおまえあの仕事どうした!と上司の雷が落ちて、三日間溜めてしまった仕事に忙殺されて、金、土、と過ぎていって。日曜は、午前中死んでいて、昼になってフランスが遊びに来て、朝から何も食べてない、と言うと飯を作ってくれて、それを食べたらやっと落ち着いて、あ、そうだ、とロマーノのことを相談したら。 「このバカ!何でそんな大事な話さっさと相談しに来ないんだ!」 怒られた。 「や、そんなこと言うたって、この一週間めちゃ忙しかってんで?」 そう言い返すと、あー、もういい。過ぎたことは。と顔に手をあててひらひら手を振られた。 「で?結論は出たのかよ。」 「……出てたら相談せえへんて…。」 はああ、とため息をついてテーブルにつっぷす。 考えてもかんがえてもわからなかった。俺は、どうしたらいいんだろう。 「なー、どないしたらええ?」 フランスに尋ねると、彼ははあ、とため息をついて、頬杖をついてこう言う。 「まあ、三択、じゃねえの。いち、無かったことにして、これまでどおりに付き合っていく。」 「…そんなん、」 できるわけないやん、そう言おうとしたのに、まあ聞けって、と、彼は2、と指で示しながら、続けた。 「やっぱり子分としてしか見れない、とちゃんと断る。さん、ロマーノの気持ちを受け入れて付き合う。」 んで?1はなしなんだろ? そう問われて、こく、とうなずく。今更、聞かなかったことになんてできない。そんな器用なこと、できない。 「まあそうだろうな。…なら、残りは、お前の気持ち次第だろ。」 「…気持ち。」 「そ。…お前が、ロマーノのことをどう思っているか。」 どう、思っているか。そんなのは、決まっている。 「子分や。大事な、家族やと、思ってる。」 そうはっきり言うと、何故かはああ、とため息をつかれた。 これは、あれだ。あの時、ロマーノがついたため息に、似ている。 「な、何やねん…。」 「…じゃあ、スペイン。これから先ロマーノが大人になったときを想像しろ。」 「…そんなこと言われても、」 浮かぶのは、幼い頃の姿か、今の青年の姿ぐらいだ。 そういうと、まあ、未来のことだと思え、と言われて、うなずく。 「ロマーノが大人になって、あー…独立、は、もうしたな。ん、じゃあ、好きな人ができて、恋に落ちて、俺の恋人だって相手連れてき」 「嫌や。」 びっくりした表情を浮かべるフランスに負けず劣らず、俺も驚いた。 今、何か言った?俺。 わけがわからなくておろおろしていると、フランスは、へえ、と呟いて、何、と聞き返すと、彼は楽しげに笑った。 「ロマーノが大人になって、幸せになるのは、嫌だ、と。」 「いや、幸せにはなって欲しいし、成長するのも別に…。」 子供の姿のころからの付き合いだ。成長していくのはうれしいし、小さい頃はいろいろと大変だったのも知っているから、幸せにもなってほしい。それは、親分として、保護者として、そう思っているのだ。 「保護者、ね…だったら、喜んでやらないと。あいつだって、おまえ似の恋の国だ。いつか可愛らしい女の子とかと恋に落ち」 「嫌や。」 …また、だ。また、口が勝手に動いた。 どうして、かはわからない。けれど、嫌だった。想像もしたくなかった。聞きたく、なかった。 何が?何が聞きたくなかった?何が、嫌、なんだ? 混乱していると、フランスがやれやれ、ここまで言わないとわからないわけね、と苦笑した。 「…嫌、なんだろ?あいつが誰かと恋をするのが。」 指摘されると、そうだ。と、納得できた。嫌なのは、ロマーノが、知らない誰かと、恋をすること。誰かに、甘い言葉を囁いて、自分に向けたことの無い笑顔を向けること。 けれど、なんで。だって、こんな、感情は。これは、そんな。 「なあ、スペイン。お前、ここまできて自分の気持ちがわからないとか言うほど、子供じゃないだろ?」 知っている。知っては、いる。この、感情は。この、胸が締め付けられるような、想いは。この身を焦がすような、想いは。何度しても慣れることはない、甘い甘い痛みは。 「…俺、」 ロマーノのとこ行ってくる!と叫んで家を飛び出して、それからずっと走っている。 砂を蹴飛ばし柵を跳び越え走っていると、ロマーノの家が見えてきた。 ああ、早く、とスピードを上げて、視界に茶色が映った。 畑にいるその茶色は、間違いなく、心焦がれた、彼の髪の色。 「ロマーノ!」 大声で呼ぶと、彼ははっと顔を上げて、何故か知らないが持っていた収穫したばかりのトマトが入った籠を放り出して、逃げた。 「ちょ、何で逃げるん!」 「うるせー、追いかけて来るなスペイン!」 「嫌や!」 ぎゃいぎゃい叫びながら追いかける。けれど、さすがイタリア=ロマーノ。逃げ足だけはものすごく速い。 それでも負けるか、と本気で追いかけ、あとちょっとで手が届く、というところまで追いついたその瞬間。 さすが、イタリア=ロマーノ。わずかな段差につまづいてバランスを崩したところを、慌てて腕を引いて、こけるのを防ぐ。 ついでに、勢い余って俺の体にぶつかったロマーノを、がっちりと捕獲。 「何で逃げるん…?」 「う、うるせ、くそ、離せ!」 腕の中でじたばたと暴れるロマーノの名前を呼んで、顔を上げさせる。 にらみつけてくる目を、まっすぐ見て。 「俺は、おまえを、『愛してる』。」 ロマーノの家の言葉で告げると、彼は一瞬驚いた顔をして、は、と鼻で笑った。 「間違ってんぞ、スペイン。家族に使うのはamoじゃなくて、」 「間違ってない。」 きっぱり、と言うと、彼は目を大きく見開いて。 「なあ、ロマーノ。遅くなってごめん。…俺と、付き合ってくれへん?」 言い終わった瞬間、大きく開かれたままの瞳から、大粒の涙が、こぼれ落ちた。 宝石みたいや。そう思いながら、優しく頬を指でぬぐう。今までどうして気づかなかったんだろう。彼はこんなに美しくて、愛しいのに。どうして、この感情を知らないまま生きてくることができたんだろう。思いながら舐めた、世界で一番美しいそれは、しょっぱい味がして。 す、ぺいん。そう、たどたどしく自分の名前を紡ぐ唇に引かれるように、深くキスを交わした。 戻る |