.

とりっくおあとりーと、という言葉は、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!なんてかわいらしいものではない。ロマーノが口にした場合に限り。

それはさあ食うもの寄越せさっさと寄越せ今すぐ寄越せ、という脅し文句だ。あげないで放っておくとすぐに不機嫌になってしまう。そうなるとご機嫌をとるのは本当に大変で。

まあ、そのわりに、あげるものはお菓子でなくても食べるものなら何でもよくて、朝食べたパンの残り半分とか、取ってきたトマトとか、そんなのでも彼は受け取ってむしむしと食べ始める。ただし、畑から自分で取ってきて、とかキッチン使ってええで、とかはアウト。俺が手渡ししないとだめらしい。だから、忙しいときとかは、とりあえずこれでええ?と渡してしまって勘弁してもらった方が早いのだ。

もちろん、時間があるときはちゃんとお菓子を作る。時間をかけて、しっかりと。
それは、おいしいものを食べたときの、あの花がほころぶような笑顔を見たいから、そしてただただ喜んで欲しいから、だ。


朝から気合い入れて作っていたチュロスに砂糖をふりかけて、さあ完成!
その瞬間に、呼び鈴なしにがちゃんと開く玄関のドアの音に、タイミングばっちり、と笑って、手を拭きながら出迎えに行った。


力作のチュロスを彼はいたく気に入ったらしい。皿の上から消えていくチュロスにうんうん、とうなずく。不味いものには手も付けない彼の、言葉にしない、おいしい、のしるしだ。


「そういえばロマーノ、」
「何だよ?」
ふと思いついたので口にしてみると、ずい、と空のマグカップが当たり前のように突き出された。はいはいおかわりね。
「トリックオアトリート、って言うけど、今やったらトリックって何するん?」
コーヒーをいれにキッチンへ向かいながらそう尋ねた。

昔は、ペン隠したり。ベッドから枕奪っていったり。そんなかわいらしいいたずらだったけれど。あ、蹴られたこともあったっけ。
「んー…そうだな…」
食べる手を止めて、考えるロマーノの前にコーヒーをいれたマグカップを差し出して向かいに座る。ちら、と視線が来るから、首を傾げれば。

「完成した書類にインク瓶をひっくり返す、とか」
おっそろしい答え!

「やめて!そんなことせんといて!」
ロマーノの鬼!と訴えると、だからお菓子用意しなかったらの話だっての!と怒鳴り声が返ってきた。

「お菓子の代償が大きすぎ…」
「一年に一回だろうが!…今日だけでいいんだよ。」
だから。来年、もその次も、ずっと。
そう、ぼそぼそつぶやいて真っ赤になってしまったロマーノに、目を見張った。

…珍しい。彼が、未来の話をするのは。
ずっと一緒に、なんてと冷めた見方をしていることが多いロマーノなのに。
ずっと、だって!
思わず机をまたいで、逃げだそうとした彼を力一杯抱きしめる!なんてかわいらしい!
じたばたしていた彼もそのうち、抱き返してくれて。

「ロマーノ、大好きやで」
「…だまれこのやろ」
恥ずかしそうな言葉に笑って、砂糖の付いた甘い唇にキスをした。

戻る



















































.

叶わない恋を、していると思う。自分でも。

ため息をついて、上半身をぐったりと机に預けたら、ロマーノー。と間抜けな声。
「ロマ、…何浮かない顔してるん?」
「…別に。」
ぼそり、と返してスペインの顔が見えないように顔の向きを変えると、少し低い声。
「またアイツのこと考えてるんか…」
無言を貫くと、がたん、と隣の椅子が引く音。

「なあ、ロマーノ。そんなやつ、やめとき。そんな、ロマーノにつらい思いしかさせへんやつなんか。」
…やめられたら、苦労しない。
そんなたやすいものじゃ、ないんだ。この想いは。
なんせ年季が入っているから。…いつからなんてわからないほど、付き合ってきた、恋。

「…ほんまに最低やな、そいつは。」
こんなに、ロマーノに想われて、なのに微塵にも気づいてない、なんて。
怒りを押し殺したような声に、思わず強く、机の端を握りしめた。額に、血管が浮き出ているだろうというのがイヤでもわかる。


声を大にして言いたい。マジで。

「おまえだよちくしょーが!」

…言えたら苦労、してないんだけど。


しかも誰だ、この馬鹿に中途半端に俺の片想いのこと伝えて事態をややこしくした奴は!なんでいきなりこいつにロマーノ片想いしてるん!?なんて聞かれないといけないんだああもうなんって余計なことを…!

だはあ、とため息。ほんとにこいつは…なんでここまで馬鹿なんだろうなあ。結構、こいつしか当てはまらないことも言ってるはずなのに。自分だとは思いもしていないらしい。


…もしくは。
「…興味がないんじゃ、ねーの?」
「へ?」
「気づく気がないって、意味だよ。あいつの眼鏡には適ってないってこと、だろ。」
ここまでスルーされるということは、つまり。そうなんじゃないかと最近思うのだ。

…ああ、叶わない恋を、している。本当に。
ため息をついて、伸ばした腕に頭を乗せる。…諦められたら楽なのに。
ああでも、きっと。…いや。時間かかるだろうなあ…諦めるの…
きっと、恋するのにかかったのと、同じくらい。


「…ロマーノ。」
低い声が、した。さっきまでとは、真剣度が格段に違う声。なんだいきなり。なんだよ、と顔を上げる。
がっしりと、肩を掴まれた。
本気で真剣な、彼の、オリーブが、間近にあった。思わず、のけぞって逃げようとしたら、しっかりと肩を押さえつけられてしまった。

「な、なんだよ。」
思わず声が、上擦った。怖い。だって。叱られるのかと思った。
「俺にしとき。」
「……は?」
何が、だ?

「俺にしとき。悪いこと言わへんから。そんな最低のこと忘れて、俺のこと好きになって?俺やったら、ロマーノのこと幸せにしたるから。絶対。…俺、俺な、」
ロマーノのこと、好きやねん。

本当に、冗談よせ、と笑い飛ばせない表情でそう言った彼に。
ああ、敵わないなあと、思った。


だって、そんな真剣に言われてしまったら、惚れ直す他ないだろう!

胸が熱くなる。あふれたら泣き出してしまいそうなそれを、押しこめて。
とりあえず、最初に言うことは決まっている。

「スペイン…とりあえず俺の気が済むまで、殴らせろ。」
「へ?」


戻る