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すき、という言葉は、俺にとってひどく難しい。
家族に対する感情然り、恋人に対する感情然り。
とくに、まわりがすぐ好き好き言う人種ばっかだから、よけいに困る。

こっちは滅多なことで素直になんて言えないのに、周りが言いまくるもんだから、どうしていいやらわからなくなってしまう。

今だって、ほら。

「好きやで、ロマーノ、大好き」

スペインは、いともたやすく。

「…ちくしょー…」
「ん?なに?ロマーノ」
「何でもねーよっ」
そう答えはするものの、やっぱりなんだか悔しくて、馬鹿スペインと付け足せば、なんやねんなー、とちょっと困ったような顔。
…別に、困らせたいわけじゃないのに。
少し悲しくなって、うつむくと、ひょい、と体が抱き上げられて、彼の膝の上。
「な、何しやがる!」
文字通り目と鼻の先のスペインに、近すぎるとじたばたする
「いたいいたい暴れんといてっ…」
ぎゅーと抱きしめられて、とりあえず顔が見えなくなったので暴れるのをやめて、はなせばか、と言ってみる
「いやや。」
返事とともに、ぎゅ、と抱きしめられた。痛い、とつぶやけば、力は弱まるが、離す気はさらさらないらしい。
「なぁロマーノ、どないしたん?」
俺が悪かったなら謝るから、教えて?なんて。
…スペインはぜんぜん悪くないのに。

言おう、と口を開くけれど、なかなか言葉が出てこなくて、あ、とかう、とか意味のない声ばかりが漏れる。
それでもスペインは、んー?と待っていてくれて。

「すき…なんて…軽々しく言うな、ちくしょーが」
やっとのことてそう言うと、ちょっと驚いたような表情をしてから、困ったように笑った。
「別に軽く言ってるわけちゃうねんで?」
本当か?と見上げると、ほんまやで?と頭を撫でられた。

「しゃあないやん、ロマーノが好きで好きでたまらんくて、どうしても溢れてまうんやから。」

好きって気持ちが、言葉になってまうんや、なんて。
やからな、許したって?なんて。
へにゃ、とわらって、言うから。
「…馬鹿すぺいん」
真っ赤になった顔を隠すために、目の前のスペインの胸に押しつけて、ついでにこんな恥ずかしい思いをさせた腹いせにいたいいたいちょ、ロマ、やめて、とスペインが言うまでむにーっと頬を引っ張ってやった。
「うう、ひどいやんか、ロマーノ〜」
情けない声を聞きながら、顔を上げられないまま、ぎゅ、とスペインに抱きつく
「…けど、」


…すき、だ。


(ロマーノぉぉっ!かわええぇっ!俺も大好きやでぇっ!っうっせぇよ馬鹿っ!!)

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スペインよりいい男は他にいないと思う。
強い生命力を持った木の幹のような焦げ茶色の髪、生命を育む緑の瞳。
細いように見えて、その体は意外と(トルコとやりあえる程度には)がっちりしている。
にこにことした笑顔を見ればわかる、優しく明るい彼は、いつも沈みがちな俺を支えてくれる。(まぁその空気の読めなさに、悩まされることも多いのだが。)


「…スペイン」
「なんやー?」
にこにこ、とした笑顔に、うろうろ、と視線を揺らしてから、ぼす、とその触ってみないとわからないたくましい胸板に顔を埋める。
「んー?どないしたん?」
今日は素直やね、と抱きしめられて、ん、と呟く。
そういう気分なんだよ、ちくしょー。
埋めた服から太陽のにおいがして、とてもほっとした。スペインが頭をなでてくる。(子供扱いみたいでちょっとイヤだが、まぁ許してやることにする。)
この雰囲気が、好きだ。子供の頃から変わらない、のがイヤなときもあるけど、でも、こういうのも含めて、スペイン、だから。
もぞもぞと動いて、顔を押しつけたまま体をスペインに預ける。

それから。

「好きだぞ、ちくしょー」
小さく囁いた。聞こえないくらいむしろ聞くなくらいの小さな声で、自分の家の言葉で。

なのに。スペインはうれしそうに。

「俺もやで。でも最後のはいらんなぁ」
うれしそうな笑顔に真っ赤になって怒鳴る
「何で聞こえるんだよ、てか聞くな馬鹿っ!」
「えー、そんなん愛の力に決まってるやろ。」
俺がロマーノの声聞き逃すとかありえへん。
大まじめにそんなことを言うものだから、かああっと全身が熱くなって、なにも言えなくなってしまった。

ああ、ちくしょう。やっぱりスペインが俺の世界で一番の恋人だっ

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溶けてしまいたい。溶けて、混じり合ってしまえたら楽なのに。こんな思いを抱えなくてすむのに。

「ん?何?ロマーノ」
麦わら帽子をかぶったスペインが振り返る。腕に抱えた籠には、山のように赤く熟れたトマトが入っている。
「あ、わかった。トマト欲しいんやろ。」
しゃあないなぁ、と笑う彼に、ちげーよ馬鹿やろう、と思いながら、でも別に食べたくないわけではないので、黙って貰う。

よく熟れた甘酸っぱい味が口に広がる。うまい。ちら、と見やると、うまいか〜と脳天気ににこにこと笑うスペイン。…こっちの気も知らないで。

「…なぁ、スペイン」
「なんや?」
にこにこ。何にも考えていない笑顔。自分ばっかり悩んでいるのが、ばかばかしくなって、ため息を一つ
「…何でもない。」
ふい、とそっぽを向くのに、なんや、言うてみ。とわざわざ顔をのぞき込まれて仕方なく口に出してみる。
「…俺、あと1、2時間したら帰るんだぞ。」
「うん。」
「…トマトと俺と、どっちが大事なんだよ、ちくしょーが…」
寂しい、だろと視線を逸らして小さく呟くが、返答なし。
ん?と思いながら振り返ると、なんだか感動したような表情のスペインがいて、げ。と思ったが、時すでに遅し。

「ロマーノぉぉぉ!」

抱きつかれたというか渾身の力でタックルされて、息が詰まった。

「ごめんなぁ!俺なんかロマーノ見てたら寂しくてロマーノ帰らなあかんのに帰せんようになりそうで!やからトマトの世話とかして誤魔化しとったんや!けどロマーノのこと寂しがらせたらあかんやんな!恋人失格や!ほんまごめんなぁ!」

すりすりと頬をすり寄せてくるのからなんとか脱出して、落ち着けちくしょーが!と叫ぶ。
すると、なんとか落ち着きを取り戻したスペインに、ひょい、と膝の上に乗せられた。
「な、なんだよこのやろっ!」
はぁあと肩に顔を乗せられて、離せ!と暴れるのに離してはくれなくて。
「いやや〜、次会えるまでの分ロマーノ補給しとかなあかんもん」
それにこうしてたら寂しくないやろ、と逆に、ぎゅ、と抱き寄せられて、近すぎる距離と土や草のにおいにまじったスペインのにおいにくらくらする。
「…っ、勝手にしろっ」
「勝手にします〜」

抱き寄せられる体。けれどそれは、決してこいつと混じり合うことはない一つの個体。ロマーノという名前をもつ『かたち』。
…贅沢な、悩みなのかもしれない。

会議や家や家族や、水や土や風やトマトなんかに邪魔をされないように、一つになってしまいたい、なんて。


一緒にいるのに寂しい、なんて。


ああ、タイムリミットが近づく。
俺が小さく、名前を呼ぶと、強く強く抱き返された。


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夕食を作っていると、後ろからの視線を感じた。
振り返ると、出会った当初からくらべるとだいぶ大きくなった、ロマーノが頭だけのぞかせていた。長いシエスタから、ようやくお目覚めのようだ。
「おはよ。どないしたん?」
「…腹減った。」
予想通りの言葉に苦笑しながら、用意しておいたチュロスを出してくる。
「ほら、これでも「だから!俺も、手伝ってやる!」

強い言葉に、へ?と思考が止まった。

「だから!俺が料理手伝ってやるって言ってんだよちくしょー!」

えー、でも、危ないで?そういうと、子ども扱いすんな!とふくれられた。
やれやれ、これは言うことを聞いてやらないと拗ねてしまいそうだ。
苦笑して、ええよ。じゃあ、とロマーノにもできそうな仕事を探す。

思えば、あれが一番最初だった。
あれから、ちょくちょくロマーノがキッチンに入ってくるようになって。

これ、どうするんだ。ああ、それはな、ちょ、ロマ、危ないて!う、こ、怖くなんかないぞちくしょー!ほら見て、こう。…こう、か?これは、こうしとかな食べられへんねんで。覚えた?おう。こいつに適当に味付けしといて、適当ってなんだ!

わいわい言いながら作る料理は、失敗することだってあったけれど、どんなものでもおいしくて。

もともと向いていたのだろう。ロマーノは、めきめき腕を上げ、一緒に暮らしていた最後の方には、忙しい俺の代わりによく夕食をつくってくれた。
パスタやピッツァ、トマトをたくさん使った、目にも鮮やかな料理。
味の保障はしないからな、なんて言いながらだったが、それがおいしくないときなどなくて。

いまや、イタリア料理といえば、世界に名立たる料理の一つだ。



トマトと、オリーブの匂い。
それに誘われるように、腹がぐう、と鳴って、それで目が覚めた。
時計を見ると、シエスタにしてはちょっと、いやだいぶ長い。もう夕飯の時間だ。
しまった、寝過ごしたか、と思いながら、体を起こす。
そして、においがした、と思ったのが夢の中だけでないことに気がついた。
え、と思いながら、部屋を出る。

キッチンの方から、鼻歌が聞こえてきた。それと、やっぱり、おいしそうな匂い。
それだけで誰がきているのかわかってしまって、頬が緩んで、スキップしそうになって、でも気づかれたくなくて、こそこそと歩いてキッチンの中を覗く。

細身の青年の後姿。
腰につけたエプロンは、去年自分が送った物だ。
そうとうできがいいのか、上機嫌に鼻歌を歌いながら包丁を動かし、鍋の中身を味見して、よし、と微笑む。

その様子に、耐え切れない、と腹の虫が鳴って。
驚いた表情で振り向いたロマーノと、ばっちり目が合った。
笑ってみせるが、その表情はいつもの不機嫌そうなものに変わってしまって。

「ほら。食え。」
俺が作ったんだからうまくないわけないんだぞ、ちくしょーが、と出された食事は、どれもこれもおいしそうな匂いを立てていて。
一口食べると、意外と自分が空腹だったことに気づいて、食べることに集中しだす。
ふと視線を感じて顔を上げると、なんだか優しい顔で微笑んでいるロマーノがいて、ちょっとどきどきしてしまう。
「…なんだよ。」
じっと見ていると、眉をひそめて問われ、慌てて言葉を捜す。
「や−…うまい!ありがとな、ロマーノ。」
「…別に。」
ふい、とそらされる視線。褒められることに慣れていなかった部分は、そんなに変わっていないらしい。

「これだけうまいもん作れたらいつでもお嫁に来れるな!」
笑って、そう告げると、ロマーノは、嫁ってなんだ!と立ち上がって、何故か不自然にぴたり、と動きを止めた。
「?どしたん?ロマーノ。」
「……嫁に、来る、なのか。」
「??そやで?」
何にひっかかったのかわからず、首をかしげる。
ただ、ロマーノはかああと真っ赤になっていって。
「え、何、俺なんか言うた?」
「う、うっせえよちくしょーが!」

その後何度聞いても、ロマーノは、教えてくれなかった。


Cook for you!


(嫁に来る、てことは、結婚相手がスペインだ、っていう前提だって、こと、だよ、な、あ、ああああちくしょうスペインのくせにっ!!しかも自覚してねえし!ちくしょう、おさまれ、心臓!赤くなるな、顔!ああああもう!)


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