※念のためですが、 このお話では実際の情勢とかそういうのをまったく考えずに書いておりますので、ご注意を。 WW2終了直後?くらいです はいこれ。そう、何気なく渡されたそれに、なんだ、これは。と小さく呟く。 「いいから早く受け取れ。…見つかったらまずいんだから。」 「は?」 眉を寄せて、フランスを見る。 いつも飄々としている彼が、少し、困ったように笑って。 「…弱いんだよなあ。昔から。」 何が弱いんだ。力が、とかそういう言い方ではない。例えば、誰かに。誰かに頼みごとをされると、とか。そういう、言い方。 「…何の、話だ。」 「いいから。ほら。」 何にも言っていないのに、握らされたそれは、一通の手紙。 真っ白なそれに、どうして俺にこれを渡すのかわからなくて、フランスを見返すと、じゃあな、と部屋を出て行くところで。 「おい…!」 「あ。返事は、明日の朝取りに来るから。」 ちゃんと書けよ。…そう言って。 彼は、ばたん、と扉をしめた。 残されたのは、俺と、真っ白な封筒が一通。 今の俺に、手紙を書くやつなんか、いない、と思う。 戦争で負けた。敗戦国である俺に。 連合国の監視下でしか動けない、こんな俺に。 フランスは、おそらく、この手紙をその監視のやつらに見せていない。そんな感じだった。焦っていたし。 …本当に、誰が? 眉をひそめて、動きづらい左手に握らされた(あいつわざとだな)それの封を切る。 中には、折りたたまれた一枚の手紙。 「…誰から、だ?」 首をかしげて、それを開いて。 思わず、息を飲んだ。 見覚えが、あった。ありすぎた。特徴的な字体、というかもうなんというかものすごく汚い字。そうだ、昔、日本がこいつの字を見て、怪奇文書と言ったことがある。なんでドイツさん読めるんですか。私にはさっぱりですよ。そう、困り果てた顔をするから、よく、こいつの書いた手紙に注釈をつけて、送ったり、して。 「…いたりあ。」 イタリア=ヴェネチアーノ。 かつての、同盟国。 『ドイツへ。』 特徴的な字を、読んだ。記憶の中で、呼ばれた。ドイツー。そう言って、いつも、後ろを引っ付いてきて、ああ。ダメだ。わかっている。けれど、そうだ。違う。同盟国?そんなもんじゃない。こいつは。 「…っ、イタリア…!」 ああ、愛しい人よ! こみ上げてきた激情を必死に抑えて、くしゃくしゃにならないように放り出した手紙を、そっと拾う。 『ドイツへ。 こんにちわ。…元気?怪我、大丈夫?風邪とか、ひいてない?』 ああ。イタリア。おまえこそ、大丈夫なのか? ごめんね、ドイツ。最後に見たのが、ぼろぼろになって泣きながらそう言ったおまえの後姿だから、心配だ。 『俺の方は平気だよ。兄ちゃんいるし。毎日がんばってます。』 そうか。なら、よかった。ほう、とため息をついて、続きを読む。 『えと…どうしよう。ドイツに手紙なんて書いたことないから、何書いていいかわかんないや。ごめんね。』 ああ。なんて彼らしい。くす、と笑って、また会える日を楽しみにしています、イタリアと書かれたそれを、そっと撫でる。彼のぬくもりが、伝わる気がして。 「…返事、か。」 フランスがとりに来ると。そう言っていた。書かなければ。何と書く?何と、書けば、いい? 迷いながら、それでも、と手を伸ばして、新しい紙を、と手を伸ばして。 ふと、手紙を見下ろして、気がついた。 「…?」 光の角度が変わって、見えた。これは…上の紙に書いたときにできた、筆圧の跡、か? 強く、書かれたそれが、読み取れそうで、角度を変えてみる。 「み、まん、き、…っ!!」 息が、できなくなった。 Mi manchi da morire,Germania. 『会いたいよ、ドイツ。』 何度も、そう。書いた跡が、あった。紙が、二枚目の紙にこんなにくっきり跡が残るほど、強く。何度も。 はあ、とため息をひとつ。 ベッドの上に寝転んで、枕に顔をこすりつける。 「…Mi manchi da morire,Germania…」 呟いて、も、どうにもならないのはわかってる。 でも、もう考えること考えること全部ドイツにつながってて、もう、ダメ、俺ダメになりそう。 「…会いたいよ、ドイツ…。」 もう一度呟いて、シーツにしがみついた。 と、窓の方からこんこん、と音。ヴェ?と顔を上げる。 こんこん、とつついているのは、ハトだ。見たことがある。フランス兄ちゃんの伝書鳩! 慌てて窓へ駆け寄って、開ける。 持っていた手紙を、とにかく開く。 『ドイツからの返事だ。見つかるなよ。フランス』 ありがとうフランス兄ちゃん!と心の中でお礼を言って、飛んでいくハトを見送る。 それから、窓を閉めて、ベッドに戻って、胸に抱えていた封筒を、そっと、ベッドに置く。 何も書かれていない。けれど、ドイツからの、返事、だって。そう思ったら、世界で一番の宝物に見える! そっと、封を切る。…ちょっと、怖い。けど。中身を取り出す。きっちりとたたまれた手紙。 目を閉じて深呼吸。それから、えい!と開いた。 『イタリアへ。』 ああ、ドイツの字だ。綺麗な、整った字。涙が、手紙に落ちそうになって、慌てて持ち上げる。 『手紙を、ありがとう。こちらも大丈夫だ。心配しなくていい。』 そうなんだ。…でも、ドイツの大丈夫は、たまに、ううん、よく、大丈夫じゃないから、心配だよ。 『おまえの方こそ、本当に大丈夫か?いじめられたりしていないか?ちゃんと三食食べてるか?』 大丈夫だよ。全然平気。心配性だなあ、ドイツ。そう思って、思わず笑ってしまう。 それから、近況報告とか(そうか、こういうことを書けばよかったのか)書いてあって、最後に、イタリア、これだけは守ってくれ、約束だ。とそう書いてあった。何だろう。と続きを読む。 『手紙は、これきりにしてくれ。』 ざ、と全身の血が、落ちていくような感じがした。 どうして…?迷惑、だった?嫌だった?だって、俺、裏切ったから。しかた、なかったんだけど、だけど。続きを読むのが怖くて、涙で視界がにじんで見えなくて、それでも、深呼吸して、読み進む。 『心配するな。別に、迷惑だったわけでも、嫌だったわけでもない。ただ、危険すぎる。おまえの立場が、いや、それだけじゃない。見つかったら、フランスだってただではすまないだろう。だから、これきりにしてくれ。』 約束だ、イタリア。そう書いてあった。そっか。そうだよね。フランス兄ちゃんに迷惑かけるわけにはいかないよね。小さくうなずいて。引き裂かれそうな心に言い聞かせて、もう手紙は書かないよ、約束だね、ドイツって、そう呟いた。 『それと。』 「それと…?」 続きに書いてあった言葉は、ドイツ語で。読めなくて。 いそいそとベッドの下から、昔もらった辞書を引っ張り出す。一度も使ったことなんかない。 だけど、今は。今、だけは。 「いっひ…は、私、だよね、たしか…最後の、俺のこと…?」 紙にひとつずつ意味を書いていって、書き進めるにつれて、手が震えた。 まさか。…本当、に? 息を飲んで、並んだ意味をなぞる。 ぼろぼろと、涙が溢れ出す。 Ich will mich auch treffen,Italien. 『俺も、会いたい。イタリア。』 ためらった跡があった。とんとんと、ペンの先で何度も叩いた、跡が。書こうか書くまいか、悩んだ跡が。 ゆっくりと、歩く。 やっと、全ての包帯がとれた体は、まだみしみしと音が鳴るように痛むが、それでも。 枷はある程度あるが、自由というものはいいものだ。 ドイツは、小さく苦笑した。 世界会議の会場。またここに、自分が来れる日が来るとは。そう思いながら、ゆっくりと、歩く。気分は、不思議とよかった。なんだか、いいことが起こりそうな予感がしていた。 広場に出る。いい天気だ。風が気持ちいい。 ふと、小さな声がした。小さな、歌声。 誰だ?とそっちへ向かうと。 ざあ、と風が吹いた。ひゃあ、と上がった声に聞き覚えがあって、まさか、と足を進める。 噴水の向こう側がやっと見える。そこにいたのは、ああ、世界で一番愛しい琥珀色の瞳! 「…いたりあ。」 呆然と、名前を呼んだ。 今日は世界会議。そっと広場に出て、空を見上げた。いい天気。風がふわり、と広場を通りすぎていく。イタリアは笑った。 よ、と、と座って、広場を見渡す。…よく、ドイツと日本と、遊んだっけ。 思い出してしまって、ふるふると首を横に振った。ドイツ。単語だけでもう、泣いてしまいそう。ダメだな、俺。 深呼吸して、また空を見上げる。あ、鳥が飛んでいく。いいな。なんだかわくわくしてしまう。今日はいいことがありそうだ。そのまま、小さく歌をくちずさむ。 途端、ざああ、と強い風が吹いた。ひゃあ、と悲鳴をあげて、首をすくめる。 すぐに吹き去る風に、びっくりした、と小さく呟いたそのとき。 「…イタリア。」 声が、した。 まっすぐと、視線の先に、その人が、見えた。 「…っ!ドイツ…!」 駆け寄る。手を伸ばせば届く距離。けれど、手を伸ばせなくて、怖くて、だって、俺、ドイツのこと。そう思ったら、近い距離が、遠くて。 うつむいた瞬間、ぐい、と腕を引かれた。 ぼす、とぶつかる、体。 「…イタリア…!」 我慢なんかできなかった。イタリアがいる。会いたいとずっと願った人がいる! 強く抱きしめて、愛しているとそう囁く。言いたかったことだ。ずっと、ずっと! 「…ど、いつ…!」 ふえええ、と声を上げて泣き出して、しがみついてくるイタリアの頭を抱き寄せる。 「お、俺、ずっと、会いたくて、だから、でも、うえ、ええええ!」 「わかった。わかったから。」 もういい。言葉なんかいらない。他に何もいらない。彼さえいれば、それでいい! 「ドイツ、好き、大好き…!」 「…俺もだ、イタリア。」 互いの耳に囁いて、しっかりと抱きあった。 戻る 42424キリ番リクで時夜 鈴様からのリクエストで「甘くてシリアスな独伊」でした。 …シリアスってこういうことでいいんでしょうか…? でも、ヘタリアを知ったときからちょっと書きたかったお話ではあるので、私は書けて楽しかったです。 少しでも気に入っていただけたらうれしいです。 ありがとうございました! |