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しん、としていた。静かで、実に仕事が進む。………が。
イタリアが、いないからでは、ない。来客用のソファに座っている。
眠っているから、でもない。パラパラと雑誌をめくっている。

聞こえてくる、けほん、という声。
けほけほ、とせき込む彼に、ため息。
風邪を引いて、声が出ないのだ。
かすれ声でドイツー!なんて叫ぶからおまえはしゃべるな!と怒鳴りつけて、飴を与えて、静かにさせている。
静かにさせて静かになる奴じゃないのだが、さすがに喉が痛いのがつらいらしい。おとなしくしていて。

…静か、だ。仕事ははかどる。とても。いつになく。
だけれど。

ため息をついて、立ち上がる。
こっちを向いたイタリアが、どうしたの?と言わんばかりに首を傾げる。
そんな彼の近くに寄って、ソファの隣に座り、膝の上に抱き上げる。
ドイツ?と唇が動くから、手でふさいでやる。
「しゃべるなと言ったろう。」
こくん、とうなずくのを確認してから、抱きしめる。
柔らかい体。抱き寄せて、すっぽりとはまるのは、いつもの位置。
なのに、あのねあのねーといういつもの声だけが聞こえない。…違和感。

「イタリア…薬、飲んだか?」
ぎく、と肩が揺れる。…飲んでないな。
「飲め。」
だって、という目で見上げられた。
「頼むから、早く治してくれ。」
でないと、調子が狂って仕方がない。
そう囁いて、肩に顔を埋めて、深くため息。

「…ドイツ。」
「だからしゃべるなと…」
「もうしゃべらないから…これだけ。」
「ん?」
顔をのぞき込むと、へにゃ、と笑われた。

「好き。」

かすれた声に、息が詰まった。何も言えずに、強く、強く抱きしめた。


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行ってきまーす!という無駄に元気な声を見送ってドアに体を預ける。
体が、だるい。朝からずっと。熱があるんだろう。たぶん。わかっていたから、計っていないけれど。
弟がやっと全快して今日はジャガイモんちで泊まりだという。…心底楽しみにしていたのを知っているから。
迷惑かけるのは、なしだろうととりあえず送り出した。
これで寝れる、とため息。
だけれど、うまく体が動かない。
崩れ落ちそうな体を、なんとか保つ。
そんなことをしていたら、あーロマーノやー、なんて最悪の声が聞こえた。

「おはよー」
「スペイン…」
やばい。頭がくらくらしているのに。相手をしている余裕はない。
「あのなー、トマトがいい出来で…」
「帰れ」
一言返す。何でー?と不満そうな声に、忙しいんだよちくしょー…と低く返す。
なんとか体を起こしてドアを閉めようとするが、熱でだるい体は、うまく動いてくれなくて。
がたん、と体勢を崩して、ドアにしがみつくと、ロマーノ?と体を支えられた。
「どないしたん?」
「どうもしない。帰れ」
そう言うのに、彼は何か体熱い?とつぶやいて、額に手をぺたりと乗せる。

「!!」
「ちょ…熱あるやん!イタちゃんは?」
いない、とつぶやくと、抱き上げられた。体を任せてしまうと、がくんと体の力が抜けた。
遠のきそうな意識を保って、いやいやと首を横に振り、呟く。
「…うな…」
「とりあえずベッドに……ん?」
「言うな…ヴェネチアーノには…」
「…わかった。」
その返事を聞いて、ふ、と体の力を抜く。
しっかりと抱きしめられて、擦りよる。安心できる、香り。

「イタちゃんの前で強がるのはええけど、俺の前では隠さんとって。心配になってまうから…」
優しく抱きしめられて、心配そうな声に包まれて、安心しながら意識を手放した。


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「失礼。」
ぺたり、と額に触れたオーストリアさんの手がとてもとても冷たくて、驚いた。
「あの、」
「ハンガリー、あなた熱があるじゃないですか!」
目を丸くして言われてぱちぱちと瞬く。
「、え?」
「ほら、もう休みなさい!」
ぐい、と腕を引かれて、え、でも仕事が、と言ったら、そんなことよりもあなたの体の方が大事です!と怒られた。

怒られるの、なんて久しぶりで、びっくりして。

ぱたり、と涙がこぼれた。
ぎょっとした表情のオーストリアさん。あ、泣きやまなきゃと思ったのに、全然止まらなくて。
「ふ、う、え…」
止まらない涙をぼろぼろと流していたら、ぐい、と腕を引かれた。
ぼす、と顔がぶつかったのは、オーストリアさんの胸だ。
「泣かないでください…あなたの涙には弱いんですから…」
困ったように言われて、頭を撫でられる。優しい手つきに、すがりつくように抱きついて。
「…泣きやんだら、休みなさい。仕事は私が代わりに」
「やです。…一緒に寝てください。」

ダメって言われるだろうな、と思いながら言ってみたのに、しばらく沈黙した後にわかりましたと言われてしまって、本当にびっくりした。びっくりしすぎて涙が止まるくらい、びっくりした。
「え、あの、」
「あなたが言い出したんでしょう。…病気の時くらい、わがまま言っていいんですよ。」
そう言うオーストリアさんが耳まで赤くしているのが見えて、なんて可愛らしい人なんだろうと思わず笑った。



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けほん、と咳。
「うー…」
布団の中に潜り込むと、ほら、と汗を拭ってくれる。
「すみません…」
「気にするなって」
苦笑したフランスさんの姿。…せっかく来てくれたのに。風邪で寝込むなんて…

「いいから、ゆっくり休んでしっかり治しなさい。」
わかった?と聞かれてうなずく。
じたばたしたって仕方がない。おとなしく寝て治さないと。
「今日は一日いるから、なんかしてほしいことあったら言うこと。」
「え、そんな」
「わかった?」
強く言われて、はい…と呟くしかなかった。頭を優しく撫でられて、とろん、と眠たくなってくる。
「…むい…?」
遠くなる声。なんとか、眠い?と聞かれたとわかって小さくうなずく。
「じゃあ…あったかい……?」
なんて聞かれたかわからなくて、とりあえずうなずく。
わかった、という声に、なんとか目を開けて。立ち上がって、背を向ける彼の姿。

「どこ行くの?」
思わず、服の裾をつかんでそう言っていた。
彼が振り返ってから、何言ってるんだろう、と気が付いた。
「すみません…」
布団に潜り込み直したら、手を握られた。がたん、と椅子に腰掛ける音。
「ここにいるから。絶対離さないから。」
そう優しく言ってくれたから。
そっと手を握り直して、ゆっくりと目を閉じた。

おやすみなさい、と言えば、おやすみ、愛しいカナダ、と額に唇が触れた、気がした。


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ばたん!と障子が勢いよく開いて、日本!と叫んで姿を現したのがイギリスさんで、ああもう、彼だけには言わないでって言ったのに、と小さくため息をついた。
「大丈夫か?」
「はい…ただの風邪ですから。」
小さく答えるが、彼は心配そうな表情をしたままで。
ああもう、だから、知られたくなかったのに。
優しい彼に、こんな表情をさせたくなかったのに。

「大丈夫、ですよ。」
そう言って、起き上がってみせる。少し頭がくらっとしたけれど、少し眠ったおかげで、気分はだいぶましだ。ほら、と微笑むと、少しむっとした表情の彼に、日本、と呼ばれた。
「はい?」
「心配くらい、させろ。」
「…!」
「できることは少ないかもしれない。…けど、知らないところでおまえが苦しんでるのは、嫌だ。…迷惑かけたくないとか、そういうことまた考えたんだろうけど。」
アメリカに聞いて、本当に心臓が止まるような気がしたんだから。そう言われて。
ごめんなさい、そう言おうと口を開いて、一度閉じた。
きっと彼が聞きたいのは、そんな言葉じゃ、ない。

「…イギリス、さん。」
「ん?」
「…来てくれて、ありがとう、ございます…。」
少し、寂しかったんです。一人きりで。風邪が移らないようにと見舞いに来た全員を帰したのは自分だけれど、やっぱり、風邪のときに一人、は。
そうぽつぽつと話したら、彼はうん、とうなずいて、隣に座った。
「俺がいてやる。」
優しいエメラルドに、嬉しくて、思わず、小さく笑って。
「お、おまえが寂しいって言うから、仕方なくだからな!」
「はい。…嬉しいです。ありがとうございます。」
そう言ったら、彼はかっと真っ赤になった。

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