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「明日!」
そう言う声に、小さく苦笑。

「明日か。」
「うん。明日。」
まだ今日もはじまったばかり、彼にしては早すぎる起床時間に、眠たげな目をこすりながらの言葉、だ。
「今日でも、俺はいいんだが?」
見に行きたいんだろう?映画。言えば、いやいやと横に振られる首。

「あしたなのー…。」
まだ寝ぼけ半分なのか、いつもより甘えた声に、わかったわかった、と答える。
ぽすん、と胸に頭を預けてくる、自分より小さくて細い体を抱きしめる。
さら、と指通りのいいチョコレート色の髪に指を通すと、頬をすり寄せてきた。

「ドイツー…。」
「ん?」
「今日は、ずーっとこうしてたいな…。」
ダメ?甘えた声。けれど、さっきと違って、寝ぼけて半分しか開いてない瞳ではなく、とろけるような甘い光を宿したアンバーが見上げて、きて。
笑う、自分の表情が、とろけているのには気づいているけれど、もうどうしようもなく。

「わかった。…今日はとことん、甘やかしてやる。」
囁く声の溶け具合に苦笑いして。
昨日まで必死でがんばった、ご褒美だと囁けば、彼は大輪の花が咲いたかのように、笑った。
「じゃあね、ドイツ、お願いがあるの。してほしいこと、が、あって。」
「何だ?」
首を傾げると、耳かして、と言われて少しかがむ。
耳元で囁かれた言葉に、じわりと心の中があたたかく、なる。

「イタリア。」
呼んで、髪をかきあげる。白い耳を露わにして、口を寄せる。

「     。」
言えば、うれしそうにぎゅー!と抱きしめられた。



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「一緒に行こう。」
じゃあ、と言ったのは彼だ。その言葉に、はずむ胸を押さえながら、はい、とうなずいた。
しまった。ちょっと声が上擦ってしまった。
口元を押さえると、彼はなんだか、うれしそうに笑った。

彼の庭は、彼の城だと、そう思う。
そこはとても、本当に綺麗で、見事で。
見たことのない美しさに、最初見たとき息を飲んだ。
その感動は、今でも衰えない。
それはきっと、彼が丁寧に手入れをし、いつも綺麗にしているから。
特に、あまり人は入れないんだ、という奥の庭が、好きで。

ここに入るのは、とても好きで、だけれどとても、勇気のいること。
まるで彼の、心の中に入れてもらっているような気がして。
それを望むのは、…恋人という立場になってからも、なかなかできなくて。自分の性格のせいだとわかっているけれど、もどかしく思っていた、から。
彼がこうやって、自分から言い出してくれるのが、本当にうれしくって。

小走りになってしまいそうな足を、必死で押さえて、そっとそこへの、花のゲートを、くぐる。

思わず、立ち尽くした。
黄色い花。小さくて、かわいらしいたくさんの。
私の家ではよく見るけれど、彼の家には、ない、はずの。
「…福寿草…?」
「…あー、いや。…ここには、日本しか、呼ばない、から、その。」
…おまえんとこの花があったら、うれしいかな、と思って。
恥ずかしそうなセリフを聞き終わる前に、思わず抱きついて、しまった。
ぎゅ、と背中にしがみつくと、一気に上がった彼の体温。
けれど、ぎこちなく、だけれど、手が背中に回って。

「     。」
囁かれた言葉に、胸が熱くなった。



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「視界良好。」
おー。とにやにやした声が聞こえて、かあ、と真っ赤になった。
べしゃ、とこけてしまったのは決してわざとじゃ、ない!
今フランスさんのシャツしか着てないのもだって、突然雨に降られて、デートの途中で、お風呂入って、でも急だったから着るものなくて、だから、ああそういえばクレープ食べてたのにもったいなかったな、でも帰れない理由にはなったから、雨には感謝、だけど、ええと、そうじゃなくて、あれ?なんだっけ?

くすくす、と後ろから笑い声。
それとともに、ふわ、と頭の上から被せられる、毛布。
「ほら。あったかくしときなさい。」
「はあい。」
答えて素直に毛布にくるまる。そうすれば、くしゃくしゃと撫でられる頭。
「何か入れようか。何がいい?」
「じゃあ…コーヒー。」
「メイプルシロップ入り?」
こくんとうなずくと、待ってて、と頭をぽんぽん。
子供みたいな甘やかし方は、嫌いじゃないけど複雑。
でもおとなしく待っていれば、ふわりとコーヒーのいい香り。
キッチンに立つ彼は、ついでだから、と何か作り始めたみたい。お風呂から上がったばかりで、いつもよりまっすぐな髪を結わえて。
かっこいいなあと眺めていると、視線に気づいたのか青い瞳がこっちを見た。くいくい、と人差し指で呼ばれ、何ですか?と近寄れば。
後頭部に伸びてくる手。引き寄せられる、体。
ちゅ、と音を立てて離れた唇にぱちくりと瞬きすれば。

「     。」

優しい囁きに、顔が熱くなった。



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「手加減はいりません。」
きっぱりと潔く言った彼女に、彼女らしいな、と思いながら、わかりました。とうなずいた。

「チェックメイト。」
こん、と駒を進めると、しばし食い入るように盤面を見つめた後、深くため息をついた。
「うー…また私の負けですか…」
悔しそうな声に、苦笑。
彼女が古いチェス盤を発見してきたのは、ついこの間のこと。
それからほぼ毎日やりませんか。と声をかけてくる彼女は、ついこの間まで初心者だったとは思えないほど上達したのだけれど。
「イタリアには勝ったんでしたっけ?」
さっき帰った二人にも試合を挑んでいたな、と思い出して尋ねる。
「はい。でもドイツには勝てませんでした。」
なるほど。
「あーもう、じゃあはい。何してほしいですか?」
…しまった。忘れていた。
何もなし、じゃつまらない、と、チェスの敗者は勝者の言うことをひとつだけなんでも聞く、というルールを作ったのは彼女、だ。それから、彼女が勝ったことはまだない。
何がいいですか、と尋ねてくる彼女に、困り果てる。

ない、のだ。してほしいことなど、何も。
ただそばにいてくれるだけで十二分なのに。
「ちなみにお茶入れてくださいとか、なしですからね。」
いつもと変わらないじゃないですか。先手を打たれて、開きかけた口を閉じる。ううむ。
昨日は、そう、タルトを作ってもらったし、その前は、買い物につきあってもらったし。
考え込んでいるとふと、目があった。
美しい色合いにしばし、見とれて。

「オーストリア、さん?」
「…目を。閉じていて、もらえますか?」
考える前にそう、口が動いていた。へ?あ、はい、と白い瞼が瞳を、隠して。
立ち上がり、近づく。白い頬。そっと、触れて。
「オーストリア、さん…?」
不安げな声。大丈夫ですよ、と笑って。
顔を近づけ、そっと、額に口付け、耳に触れた。

「     。」

「!!!」
「まだ。…そのままで。」
かあ、と赤く染まった頬に触れたままで、小さく囁いて、抱きしめた。



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「ルビーみたいやなあ…」

その声に、じい、と見つめると、何?ロマーノ、と聞かれた。
「いや…ルビー見たことあんのかな、って…」
「…これでも世界一やったことあるんやけど…」
ロマーノひどい、とへにゃんと眉が下がった。

「いつの話だか」
はん、と鼻で笑うと、しょぼん、とへこんだみたいだった。いつもは大きく見える背中が小さく見える。
「へこんでないで働け!」
「へえい。」
気合い抜けた声出すな。とだけ言って、放って置いてトマトを収穫していく。

「…ふん。」
育てるのは上手だよなあ、としみじみ。詰まった身に歯を立てる。…うまい。素直にそう思う。スペインの作ったのが、うまいと思う。世界で一番。言ってはやらないけど。
どうしてもこの味にならなくてじたばたしてるなんて、気づかれてはいけない、から。

「…スペインめ。」
ぼやくと、何ー?と声。それから、後ろからがば、とのしかかってくる体。
「重い!どけスペイン!」
「ええやん、もうちょい」
きゅうけーいって俺には休憩になってないっての!
容赦なくのしかかってくる体の下でじたばたしていると、くるり、と体を回された。
びっくりしてその、明るいオリーブを見ていると、鼻に落とされる、キス。オリーブは、見えたまま、で。

「     。」

言われた言葉に。
こてん、とその胸に頭を預けるしかなくなって、しまった。


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