お誕生日おめでとう、と遠い欧州の端から電話が来たのは、朝早くのこと。 「ありがとうございます。」 「そんで、いくつになったん?」 「ヒミツ、です。あ、プレゼントありがとうございました」 「いやいや。」 なんともまあ珍しいと心の中でこっそり思って、ふと時差に気づいて、向こうが真夜中であることに考えがいって、彼に尋ねてみる。 そうすれば、くすくすくす。楽しそうな笑い声。 「実はな〜」 甘い声に、ああ、ロマーノくん関連かな、と苦笑。彼の声は、わかりやすすぎる。 「ロマーノが」 ほら。 「最高の誕生日にしてやるから、前日と当日俺に寄越しやがれって、っ痛い痛い!ロマーノ痛いって!」 電話の向こうであがる悲鳴に、ぱちぱち瞬いて、余計なこと言ってんじゃねーぞちくしょー!と遠く聞こえた声に苦笑した。 「ロマーノくん、いらっしゃるんですか」 「おるよー、ロマーノ、日本」 いや俺は、おめでとうくらい言わなあかんて。向こう側での会話を、いいな。とちょっとうらやましく思う。 イギリスさんとは、約束はしていない。急に予定が狂うことだってよくあるから。…会えると思っていたのに会えないほうが、ダメージが大きいから。 「、日本?」 聞こえてきた声は、スペインさんのものではなく。 「はい。こんばんは、ロマーノくん。」 おう。…誕生日、おめでとう。小さな声に、ありがとうございます。と返す。 「そうそう、プレゼント届きましたよ。ありがとうございます。」 レモンとパスタ各種とバジルと、ダンボールにどさっと一箱。 その量にさてどうしましょうかねと考え中だ。ちなみにトマトは入っていなかった。 代わりに、スペインからのプレゼントはトマト一箱だったけれど。こちらも考え中。 「ん。…レシピとか、また教えるから」 「ええ、是非。」 じゃあまたとか言って、電話の向こうはまた、スペインさんに代わる。 「ロマーノくん、風邪ですか?」 「いいや。なんで?」 声が。掠れていたように。 言い掛けて、言葉を飲み込んだ。 しまった、こちらは朝だけれど、向こうは真夜中なんだった。 そして二人で一緒にいて、起きているということを考慮にいれたら。 …まあ、そういうこと、なんだろう。 「…このところ寒いですから。」 なんとかごまかせば、うんうん。とのんきな声。 「そうやなー、こっちも寒いわ〜」 ロマーノ、布団入っとき。もうちょい部屋あっためるか?…わかった。 とろける水飴のような空気が、電話越しにも伝わってくる。 少し居心地悪くて、切ったほうがいいですかねと、口を開こうとしたらそのまえに、そういえば、とスペインさんがこっち側に戻ってきた。 「ロマーノからも食材やったん?」 「は。…ああ、プレゼントですか。ええ。あとは、スイスさんとか、カナダさんも食材ですよ?」 チーズとか、メイプルシロップとか。おいしいのは重々承知なのだけれど。一人暮らしなんですけど、と困ったように笑うしか、なくて。 「あ。俺と一緒や。」 後、アメリカから嫌がらせみたいな色のお菓子届いてるんやけど。どうとったらええと思う?これ。困った声。小さく笑うと、笑い事ちゃうって、と情けない声。すみません、と謝る。 「好意、のつもりなんだと思いますよ?本人は。」 ちなみにうちには冷凍のファストフードが大量に。せめて保存のきくものでお願いしますとお願いした結果がこれだ。 ハッピーバースデー!とでかでかと書いたトリッキーな配色の箱で送られてきたそれは、部屋のど真ん中に置いたまま。 ハッピーバースデー。誕生日おめでとう。それは、どのプレゼントにも添えられた、みんなに言われる言葉。 「…誕生日、とはちょっと違うんですけどね。」 建国記念日。それは、遠すぎる記憶から決まった日ではなく、記録、伝承から決まった日、だから。 「けど、祝ってくれる人がいるってのはうれしいやん?」 優しく潜められた声に、ロマーノくん寝ちゃったんだろうな、と思って、こちらもつい、そうですね、という声を抑える。 そしてふと気づいた。玄関の外に誰か、立っている。その曇りガラスに映る影、は。 思わず、笑みがこぼれた。 「…スペインさん」 「ん?」 「先に言っておきますね。」 誕生日、おめでとうございます。言えば、ありがとー。と間延びした返事。 「でも、なんで?」 「…当日、言う暇がなくなりそうなので。」 ガラスに写る、キャリーケース。…彼が泊まっていくときにいつも持っているもの、だから。でもきっと、スペインさんには意味不明だろうな。くすくす。笑いながら言えば、イギリス来た?と言い当てられて思わず、息を飲んだ。 「、どうして、」 「声でわかるわ〜」 粉砂糖みたいな声しとったで?だそうだ。それは、また… 「それじゃ、邪魔したら悪いから、また。…いい一日を、いや、二日間、のほうがええか。」 「す、スペインさんっ!…そちらも。」 よい日を。そうなんとか返すと、おおきに、と言って電話が、切れて。 さて。と息を吐いて。顔でも洗ってこようかと、玄関とか逆方向へ向かう。火照った頬をなんとかしたい。後は、着替えようか。寝間着に近いこの格好で彼に会うのはちょっと。大丈夫。時間はたっぷりある。 きっと彼はまた、真っ赤になって、戸を開けるか開けないかで悩みに悩むのだろうから。それが小一時間で終われば早い方だ。 早く来てくれればいいのに。そうすれば、少しでも一緒にいれる時間が長くなる、のに。 でも、開けてなんかあげない。自分で、開けてきてくれないと。それと、今日泊まりたいっていうのも、自分で言ってください、イギリスさん。 それくらいのわがまま聞いてくださいよ。ね? 心の中で言って、さあどれだけ時間かかるでしょうと、笑った。 戻る |