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「寒い!」
「寒いから綺麗なんやって。」

くそバカスペイン。なんでこの寒いのに星なんか見てないといけないんだ!
スペインの家のベランダは、日が落ちればそれはそれはひどく寒かった。
そりゃあ寒い方が星は綺麗だ。
けど眺めるのはガラス一枚はさんだって全く問題ないはず!
すぐ後ろの暖房の利いた部屋を思って、ため息。

「寒い」
もう一回訴えると、やったら、とスペインがかぶっていた毛布を開いた。
「おいで」
「は?」
「ひっついとったらあったかいやろ?」
へらへら笑って、さあこの腕に飛び込んで来いとばかりに手をひろげるスペインに、悪魔だ、悪魔がいる、と思った。しかも無自覚馬鹿な悪魔だ。

想いを寄せてるやつにそんなこと言われたら、どきどきしてしまうのは当たり前だ。そんな気さらさらないくせに。未だに子供扱いしかしないくせに。
誰が行くかちくしょー。かわいい女の子ならまだしもおまえなんかの腕に。
かわいげのないことを言ってそっぽを向く。本当は、うれしいけれどでも。そんなこと言えっこないし。つらくなるだけ、かもしれないし。
「寒いんやろ?ほら。」
ぐい、と腕を引かれ、倒れかかったところをひょい、と抱えられてあっと言う間にスペインの膝の間。
「っおい!」
「あったかい?」
無邪気そのものな笑顔を間近で見てしまって、顔が熱くなった。
…悔しい。言うはずだった文句が、消えていく。
「…さっきよりは、まし」
嘘だ。本当は、体がひどく熱い。どくどくと高鳴る心臓。その上を通るように抱きしめてくる腕に、それが伝わらないか不安で。
「ロマーノ」
耳元で呼ばれた名前にまた、心臓が跳ねた。

窓際に立って空を見上げる。
暖かい室内に、冷えたガラスが真っ白になっている。
指でなぞって、その冷たさに手を離した。

「ロマーノ?」
後ろから呼ばれた。振り返ると、寝ぼけ眼のスペインが体を起こしていて。
「どないしたん?」
「…いや」
目が覚めただけだ。そう答え、毛布をずるずる引きずって、ベッドに戻る。
上がると、ぐ、と腕を引かれ、相変わらずの手並みで、あっという間にスペインの腕の中。
「つめた!」
風邪引くで?と引き寄せられる。寝起きのスペインの体が暖かくて、すり寄った。冷えた体が、じんわりと暖まっていく。

「ロマーノ」
耳元で呼ばれた。
見上げると、唇が近づいてきていた。
「おやすみのちゅー。」
目をつむり、甘んじて受ける。

油断していたら、舌が絡んできた。ぐちゅり、と音を立てて、情熱的なキス。
「ん…っは、…おやすみのキスじゃねーのかよ」
にらみあげると、冷えてる体温めなあかんやろ?なんて笑っていて。
仕方ない奴、と苦笑して、抱きついた。


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はあ、と息を吐きかける。
「寒いですね…」
「そうだな。…すまない、こんな時間まで…」
しまった、気にさせないつもりだったのに。そう思いながら、いえいえ、気にいないで下さい。と笑いかける。

夜遅い冬のロンドンの街。今日は特に冷え込んでいるらしい。
肌を刺すような寒さに、辟易しながら手をさする。
マフラーは持ってきていたのだが、手袋は持ってくるのを忘れてしまったのだ。
老体にはこの寒さはきつい。まあ、そろそろ私のところも寒くなってくる頃だけれど。

「…ほら。」
ずい、と目の前に出された黒い手袋。
イギリスさんのだ。
「え、」
「寒いんだろ」
「いえ、でも、イギリスさんが…」
これを借りてしまったら、イギリスさんの手袋がなくなってしまう。
受け取るわけにはいかなくて、首を横に振る。
「いいから!」
ぐい、と腕を引かれて、どきっとした。
温かいイギリスさんの手が、冷たい私の手に触れた!
「うわ…本当に冷たいじゃないか!」
「…えっと…冷え性、なんで、いつものことですよ…」
どきどき高鳴る胸。ばれてはいないかしら?不安になる。
「冷え性とかそういうレベルじゃないだろ…」
冷えて、感覚のにぶっているはずの手を、イギリスさんの温かい手が、さする。
どきどきしてしまう。どうしたらいいのかわからない。

ただでさえ、スキンシップは苦手なのに、ましてや片想いの人に、なんて!

「あ、あの、だ、大丈夫ですから」
おろおろしながら、そう言って、手を引こうとするのに、ぐ、とまた引き戻されて、手袋を握らされてしまった。
「次の会議の時に返してくれればいいから」
「でも」
「いいから!」

…結局、押し負けてしまって、黒い手袋をはめたまま飛行機の中。
私にとっては少し大きなそれは暖かく、イギリスさんの香りがして、いつも寂しい帰り道が、少しだけ楽しくなった。


「寒いな」
「今日は冷え込んでますよ」
イギリスさんと並んで歩く東京の夜。

今日から冷え込むと、知っていたはずなのに手袋を持ってこなかったのは、持ってこなかったわけではなく、持って来れなかったのだ。見つからなくて。…これだから季節の変わり目は困る。
けれど、あの手袋もだいぶ痛んできていたし、そろそろ買うべきだろうか?
はあ、と手に息を吹きかける。手の先がかじかんできている。感覚がない。
ため息も白い息に変わるような寒さの中。

「ほら」
目の前に唐突に突き出されたのは、黒い手袋。イギリスさんのだ。
「え」
「はめろ」
言われて、ぱっと手を離されて慌てて受け取り、イギリスさんを見る。
なぜか片方だ。
「イギリスさん?」
「いいからっ」
怒ったような、照れ隠しのような強い口調に、とりあえずはめる。やっぱり未だに大きい、手袋。
はめて、えっと、と彼を見ると、はめてない方の手の手首を掴まれた。
「え」

そのままずぼっと、イギリスさんのコートのポケットの中。

「こ、これで寒くないだろ!」
ぽかんと見上げた彼の横顔は耳まで真っ赤で。
「…ぷっ」
つい吹き出してしまった。
「笑うな!」
「す、すみません…」
なんとか笑いを納めていると、ポケットの中の手が動いて、指を絡められた。
驚いて見上げると、ふい、と顔が逸らされて。
それでも離されない手に、小さく微笑んだ。


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「ほら。」
ふつうに差し出され、え、と思った。
「腕。つかまって。」
…つまりそれは。
腕を組んで歩くということか。

わかってる。フランスさんが、僕のことをいまだに幼い頃と同じように扱っているだけだというのは。
わかってる。別に、恋人同士がするように腕を組もう、というわけではなく、ただただ、ついさっき迷子になったところの自分を心配して言ってくれているのだということは。

わかっている。
だからこそ、その腕に触れられなくて。

困っていると、カナダ、と急かされた。
えい、と勇気を振り絞って、その腕に手を伸ばす。
腕を組むなんてできないから、つかむだけだけど。
僕の指が冷たいのか、服越しに、フランスさんの熱が伝わる。

「離すなよ〜?」
「は、はい…やっぱり荷物、もうちょっと持ちますよ」
フランスさんが両手で抱える紙袋を見てそういうと、いいよ。重いから俺が持つ。と言われてしまった。…女の子じゃないんだから、そんな気を使わなくていいのに…。

「懐かしいな…昔はよくこうやって歩いたけど」
「…そうですね。」
ほら。あなたにとって僕はまだ。小さなカナダでしかない。

それでも、ずっと。手を上に伸ばして、大きな手と手をつないで、歌いながら帰ったあのころから、ずっと。

あなたのことが、好き、なんですよ。

「カナダ?どうかしたのか?」
「…何でもないです。」
言えるはずのない言葉を、胸の中にしまいこんだ。

「うわぁ…寒…」
失敗した。もうちょっと着込んで来るんだった。
外に出ると風が冷たく、朝時間がなくてとりあえずスーツ着て飛び出してきた自分の判断が間違いだったと知った。

腕をさすって空港までの道のりを思ってためいき。
と、ばさり、と頭から何かが被せられた。
「うわ!」
驚いているうちに、腕を絡められて、早足で歩くその人に、こけそうになりながら足を動かす。

「おー寒。早く帰ろう。」
そう言って前を歩くのはフランスさん。
着ていたはずのコートを着ていない。それで、自分が被っている暖かい布がフランスさんのコートだとやっと気づいた。

「あ、あの、フランスさん、」
「さっさと帰ろう。何食べたい?」
「え、で、でも僕、家に帰らないと…」
「なんかある?」
「あ、明日、会議、」
「明日の朝一番に帰ればいい。というか、帰す気無いから。」

愛しい恋人を、こんな寒い中一人で帰せるわけないだろ?とびきりの甘い声で言われて、断れるわけもなく。

「、あの、コート」
「着てて。風邪なんか引いたら大変だ。」
「でも…」
「いーからいーから。ついでだし新しいの買いに行くか?」
「ふ、フランスさぁん!」

歩くの速いです、とやっとのことで訴えると、悪い、とやっと歩調を緩めてくれた。ほっと息をつく。
そこで改めてあの、コート、と声をかけたのに、いいから、と腕を引かれた。
「それより、カナダで暖とった方があったかいし。」
「え、」

僕そんな体温高くないです、なんて言葉は、フランスさんの唇の中。
抱きしめられた腕の中は、たとえここが風の冷たい冬の夜の街でも、世界で一番、暖かい場所。


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