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朝。いつもの時間に覚めた自分の意識に、ふとカレンダーを見て、しまった今日は休みだ、と気がついたのだが、一度目覚めてしまったものは仕方が無い。
体を起こそうとしたのだが、腕というか、首というか足というか全身にまとわりついている、明らかに布団より重い物体の存在に、できなかった。
「んん…。」

まだ眠りの世界にいるイタリアに、小さく苦笑して、このままもう少しいてもいいか、とも思ったのだが、昨日イタリアがピクニック行こうよ!お弁当持って!と騒いでいたのを思い出した。カーテンのすきまから見える外は、とてもいい天気だ。たしか、今日は一日晴れの予報だった。
ピクニック、か。せっかくの休日だし、一日遅れになったが、こいつも喜ぶかもしれない。

そう思って、ではとりあえず朝食を作ろうか、と眠っているせいであまり力の入っていないイタリアの体を、そっとどける。途端に、んん、と眉を寄せて、抱きしめるものを求めてさまよいだす両手に、枕を渡してやると、ぎゅうう、と抱きしめて、また眠りについた。
「ど、いつ…。」
幸せそうな寝顔に、キスを一つ落として、そっとベッドを降りた。

朝食の用意が終わってもまったく起きてくる気配のないイタリアを起こしに、寝室へ戻る。
見ると、ベッドの上には、まだすうすうと眠るイタリアの姿。
「…イタリア、起きろ。」
別に訓練や仕事ではないので、怒鳴ってたたきおこすのではなく、ゆさゆさと肩を揺らして起こす。
時間を気にしなくていいのならば、少し長めに寝かせておいて、こうやって普通に起こすのが、一番早い、と経験則ができあがったのは、いつのことだったか。

「…んん…?」
ゆっくりと、その明るい色の瞳が、姿を見せる。何度か瞬きして、焦点が合うのを待つ。
「Guten Morgen.」
そう、声をかけると、イタリアはこっちを見上げてふにゃ、と笑った。
「ドイツ、おはようのキスー。」
「はいはい。」
右の頬にキスをして、それから、左の頬へと落としたキスは。
「…イタリア…。」
「えへへ、やった!」
イタリアが動いたせいで、唇に落ちて。
赤くなった顔を押さえ、うれしそうなイタリアに、ほら、起きろ、とうながす。
「絶好のピクニック日和だぞ。行かないのか?」
「行く!」
やったー!ドイツとピクニック!と騒いで抱きついてくるイタリアに、早く準備しろよ、と苦笑した。


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「Bonjour.」
そう、前から歩いてきた人に声をかけられて、顔を上げると、フランスさんが腰をまげて僕の顔をのぞきこんでいた。
「大丈夫か?」
手を差し出してくれるのはありがたいんだけど、と思いながら、手を握り、助け起こされて、み、見てました?と尋ねると、あははははと笑われた。
「まあ、あれだけ派手にこけたらなあ。」
ああああああ、やっぱり。
かあ、と赤くなると、ぱぱっと背中や腕をはたいてほこりを払ってくれた。すみません、と謝る。
「ったく、カナダは昔からどっか抜けてるんだよなあ。」
ほら、ボタン掛け違えてる。

そう言って、僕のシャツに手をかけるその表情が、昔と全然変わらない、子供を慈しむ親の顔なのに気づいて、少し、むっとする。
だって、僕は、フランスさんの恋人、になったはずで。
その眼差しが、見ているのが、幼いころの僕なのが、嫌だった。

「どした?カナダ。」
はい、終わり、と、ネクタイまで綺麗に結びなおされて、ありがとうございます、とお礼は言うものの、むっとした表情は隠せなくて。
「…僕、もう子供じゃないです。」
「知ってるよ。」
ほんとうに?と見上げると、信用無いなー、お兄さん、と笑った。
「…だって。」
子供扱いするじゃないですか。そう言うと、彼は何故かくすくす笑い出して。
「子供扱い、ね。…もしそうだとしたら、俺は、何のためにこれをおまえに渡すんだろうね。」
「…?」

差し出されたのは、見覚えのある鍵。
…フランスさんの家の鍵、だ。
渡されて、わけのわからないまま受け取ると、鍵を持っていない方の手を、取られた。
そのまま、口元まで持っていって、掌に、キス。
「会議のあともう一個仕事片付けないといけないんだけど、待ってて。」
ちなみに、ベッドルームで待っててくれたらお兄さんすごくうれしいんだけど、なんて付け足されて、かああ、と顔が熱くなる。

「これでも、子供扱い、なんて言う?」
ふるり、と首を横に振る。
それから、小声で待ってます、と言ったら、フランスさんはうれしそうに笑った。
「じゃあ、行こうか。」
そう言って、歩き出しても、手をつかまれたままで、あ、あの、と声をかける。
「ん?」
「手…。」
「ああ。だって、またこけたら困るしな。」
悪戯っぽく笑われて、もうこけません!と言い返したら、カーナ、と呼ばれた。
ぐい、と手を引き寄せられて、耳に、吐息があたる。

「っていうのは、手、繋いどくための口実なんだけど。」
カナダ、ダメ?なんて、甘えたような声で言うから。そんなの、だめなんて言えるわけがないのに!

「…繋いで、おいてください…。」
「わかった。」
しっかりと指を絡めるように手を繋ぎなおして、フランスさんは上機嫌に歩き出した。


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「それじゃあ、オーストリアさん。」
「ええ。」
そう告げて、立ち上がる。カップを片付けようとしたら、そのままでいいですよ。それより、暗くなる前にお帰りなさい、女の子なんですから、と言われてしまった。
心配してくれるのはわかるけど、少しでも一緒にいたいって私の気持ち、わかりませんか?
そう、すねてしまいそうになるけど、オーストリアさんの表情も寂しげなのに気づいて、何もいえなくなった。
いつも、この時間は寂しい。
けれど、どうしてもやってくる時間。
昔は、なかった。彼と一緒に暮らしているときは。けれど、独立して、彼とは別に暮らすようになって。

どうしても、いつもやってくる、さようならの時間。

イタちゃんはいいなあ、毎日のように泊まってるらしいし。
オーストリアさんは、きっと、私が泊まるって言っても、だめです、って言うだろうし。はあ。
そんなことを考えていたら、いつのまにか玄関まで歩いてきていて、ああ、嫌だな、と思いながら、ドアを開けて、振り返る。
「じゃあ、今度は、何か作って持ってきますね。いつも作ってもらってばっかりじゃ悪いし。」
「そんなことないですよ。私も趣味で作ってますから。」
…私のことを思いやって言ってくれてるんだろうけど、次にオーストリアさんの家にやってくる理由が欲しくて言ったんだけどな。
オーストリアさんはとっても優しくて、礼儀正しくて、そんなところも大好きだけど、たまにこうして、その部分が憎らしくなってしまう。
仕方ない、と(あまり美人に笑えてないだろうけど)笑ってみせて、じゃあ、と別れのことばを口にする。
「Viszontlatasra.」
自分が発した言葉に傷つきながら背を向けると、ハンガリー、と、呼ばれた。

「Bis morgen.」

それは、私のした別れの挨拶とは、少し違っている。
別れの言葉ではなく、約束の、言葉だ。
また、明日も会いましょう。
そういう、意味の、言葉。
何より簡単な、約束。
ぱっと振り向くと、彼は優しく微笑んでいて。
「…はい!また明日!」
少し熱くなった顔を笑顔にして、そう返して、ぱたた、と走って帰った。
心臓がどきどき言ってるのは、きっと走っているから、以外にも理由があって。
沈んでいく夕日の方角へ、とにかく走る。


ああもう、早く明日になればいいのに!


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現在時刻11:00。夜中の。こんな時間に、来客があった。
ぴんぽん、と玄関のチャイムが鳴る音に、誰だろう、と玄関へ向かう。
延々ゲームをしていたから起きていたが、普段なら寝ていてもおかしくない時間。

…まあ、ヨーロッパの方々やアメリカさんなどは、揃いも揃って時差とか気にするような人たちではないから、そのうちのだれかだろうけど。ああ、でも、ドイツさんやスイスさん、イギリスさんなんかは、違うか。ちゃんとこちらのことを考えてくださるし。

一番よくて遊びに来たギリシャさん、悪くて、やっかいごとを抱えてやってきたアメリカさんかなあ。思いながら、がらり、と玄関を開けた。


そこには、顔を真っ赤にしたイギリスさんが、いた。


予想外の展開に、頭がついていかない。
「…Good evening.」
「…は、はあ。…ど、どうかなさったんですか、イギリスさん、こんな夜遅くに…。」
尋ねてみると、彼は真っ赤になった顔を、ふい、とそらして。
「……てた。」
「はい?」
「時差のこと忘れてたんだよ…っ!!」

だから別に。夜中に来るつもりじゃなくて。ただ、ちょっと会議がなくなって、時間が空いたから。だから。来てみただけで。そんなつもりじゃなくて。その。
恥ずかしそうな言葉の羅列に、なんだかおかしくなって噴き出すと、びし、と人差し指をつきつけられた。

「か、勘違いすんなよ!別におまえに会いたくなったから来たんじゃ、」
そこまで言って、ぴた、と口を閉じて、イギリスさんは首を横に振った。
「イギリスさん?」
どうかしたのかと思って呼びかけると。
「…違う。そうじゃ、なくて。」

そう、呟いて。
イギリスさんは、赤くなったまま、まっすぐに私を見た。


「会いたかったんだ。日本に。」


ど真ん中ストレートの、その言葉に、かあああ、と頭が沸騰して。

「…っ!……うれしい、です。」
なんとか、そう答えると、なんかもう頭から煙がでそうなほど赤くなったイギリスさんが、お、おう。と、呟いた。


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目が覚めると、暖かかった。
昔からの習慣で裸で寝るロマーノは、朝起きたら寒い、と感じる方が多いのだけれど。
何でだろう、と思いながら、ゆっくり目を開く。
すると、目の前に何かあった。
何かというか、目と鼻と口というか、人の顔だ。
「…ヴェネチアーノ?」
思わず呟くが、別に弟の家に泊まった覚えはなく、かつその髪の色は弟のような明るい茶色ではなく、黒に近い焦げ茶。そう、この色は、スペインの。

「んー…。」
もう食べられへん、なんていう寝言を聞いて、まだ眠気にまどろんでいた頭が一気に覚めた。

「は…っ!?」
何で目の前にスペインが、というか何で俺スペインに抱きしめられて寝てるんだ!?
あたりを見回す。…間違いない、ここは、他でもない俺の家の俺のベッドだ。
なのに、なんでスペインが、ここに…
「…あ。」

おぼろげに思い出したのは、昨日見た、夢。

がちゃん、とドアを開けると、スペインが立っていて、ああ、これは夢だ、と寝ぼけた頭で考えた。
だって、あいつ後一週間くらい会われへんわ〜って昨日電話で言ってた。今すごい大変ならしい。
夢だったら、いいか。そう思って、いやー夜遅くにごめんなとか何とか言ってるスペインに、抱きついた。
ど、どないしたん。そんな慌てなくてもいいのに。おかしく思いながら、寂しかったんだぞ、ちくしょーと言ってみる。だって夢だ。本当にあいつに会ったら言えないこと、全部言ってしまえばいい。

昔の夢を見て、なんだかスペインに会いたくなって、行ったのに、あいつはいなかった。家に帰ったら、ちょうどスペインから電話がかかってきて、声だけでも聞きたかってん、と笑って言った。何が声だけでも、だ、馬鹿野郎。俺は、本物のスペインがいい。けれど、そんなこと、疲れ果ててため息をつくスペインに、言えるわけがなくて。一週間、したら、だいぶ楽になるんやけど。そう言うあいつに、そんなに待てるわけないだろ、なんて。言えなくて。知るか、ちくしょーとしか、言えなくて。

寂しい、そばにいて、お願いだから。

そんな言葉、言えなくて、自分で作った苦いチョコラーテと一緒に飲み込んで。そのままふて寝して。

こんな思いさせんな、ばか。そう言ったら、強く強く抱きしめられた。
ごめんな、ロマーノ。俺も、やっぱ本物がよくて、どうしても会いたくなってん。
大好きやで、ロマーノ。そう、キスと一緒に言ってくれたから。
たとえ夢でも本当にうれしくなって、俺も愛してる、と告げてキスをした。

それから、もっとスペインを感じていたいのに、夢の中なのに何だか眠くなってきて、ああ、眠いん?やったら、俺、帰るわ。なんて、言い出すスペインに、イヤだ、一緒にいて、お願いだから、なあ、スペイン、一緒に寝よう。なんて、実際には言えっこないセリフを、じっとスペインを見上げて言った。
そうしたら、ひどく驚いた表情をして、スペインは固まって、その後、わかった。じゃあお邪魔するな、と俺を抱き上げてくれて。その首にすりよると、何や、今日のロマーノめっちゃかわええな、と笑われた。

夢は、そこで終わって。
で、今、目の前にスペインが寝ている。
という、ことは………

夢じゃ、なかった…?

「〜〜〜っ!!??」
言葉にならない叫びを上げて、頭を抱える。
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!俺なんかいろいろ言わなかったか!?寂しいとか一緒にいてとかお願いとか愛してるとか!!
だって、そんな、夢だと思ったから、ああどうしよう、スペインの顔が見れない!

一人でじたばた暴れていると、ろまーの?と寝ぼけた声がした。
スペインの胸の辺りを見たまま、ぴし、と固まっていると、何故か抱き寄せられた。
「!?!?」
かああ、と顔が、というかもう体全部が熱くなる。どうしよう、どうしたらいい。頭の中がパニックに陥る。
なのに、頭の上で、スペインは、今何時ー…?といつもよりゆっくりした声を出して、俺の後ろにある時計に手を伸ばしているようで。

「…なんや、まだ朝早いやん。」
もっかい寝よ、ロマーノ。
そう、優しく言って、腰と頭にスペインの暖かい腕が回って、抱き込まれて。
「Buenas Noches.」
耳元で、そう言われて。


すう、と穏やかな寝息が聞こえてきても、もう一度眠ることなんか、できそうになかった。


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ぱちり、と目が覚めた。
朝だ。そう思って、もぞり、と寝返りを打って。
目の前に人の顔があって、死ぬほど驚いた。
「!?!?!?」

思わずがばり、と起き上がって、それがイタリアであることに気がついてよけいにびっくりして、ああ、そうだ。昨日、イタリアが、一緒に寝ようって言って、ベッドにもぐりこんできて。
それを思い出して、なんだかやっと安心した。
ぼすん、と大きな枕に体を沈めて、はああ、とため息。

こんな朝を迎えるのは、初めてじゃない。
雷の日に、怯えるイタリアと一緒に寝てから、何度かあったことで。
大抵は、怖い夢を見たとか、そういうこと。たしか昨日も、そうだった。おっきくて怖いものが追いかけてくるの、そう言って泣くイタリアを、放っておくことなどできなくて(何故かいつも服を着ていないので、それは着ろって言ったけど)。

俺のベッドに入って、すぐに眠ったイタリア。その寝顔をそっと見る。
…涙のあと、なんかは、ない。怖い夢は見なかったみたいだ。よかった。
ほっとすると、んー、とイタリアが、眉を寄せた。
「い、イタリア?」
起こしてしまったか、と呼ぶが、イタリアは、また、すう、と寝息を立てて。
ほ、と息を吐くと、イタリアは、どんな夢を見ているのか、ふわ、とまるで天使みたいに笑って。

「…しんせい、ローマ…Grazie.」
「……っ!!!」

うれしそうに名前を呼ばれて、ぼんっと耳まで真っ赤になった。



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