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会いたい、と思った。
はぁあと心の底からため息をつく。

「兄ちゃぁぁん」

向かい側にある机に呼びかける。
そこには、自分と似ているけれど違う茶色い頭がつっぷしていて。

「何だよ」

相変わらず機嫌の悪そうな声。
けれど、頭は微動だにしない。…疲れているんだろう。俺もだけど。

「俺ドイツ不足で死にそう…」

いつもなら、じゃがいも野郎なんかと仲良くしてんじゃねーよちくしょーが!と速攻で返ってくるのに、今日はにらまれただけだった。
かわりに、大きなため息に乗せて、こんなセリフが返ってくる。

「…こっちだってスペイン不足だっての…」

ちくしょう、スペインのトマト食いてぇな、なんて兄ちゃんが呟くから、俺まで、ドイツのつくるお菓子の味を思い出してしまった。

「ヴェ…ドイツのシュトーレン食べたい…」
「何言ってやがる、菓子ならチュロスだろ。」
「む、兄ちゃん食べたことないからそんなこと言うんだよ!ドイツの作ったシュトーレンおいしいんだから!」
「食べなくたってわかるんだよ、菓子ならスペインのチュロスが世界一だ!」

一瞬にらみ合って、同時に深くため息。
怒鳴ったら余計に食べたくなってしまったのだ。

「ドイツー…」
「…スペイン…」

お互い、恋人に会いたくて会いたくて仕方がない、というところは変わらない。
けれど、それを妨げる仕事の山!(二人してサボりすぎたのだ。)

はぁあ、ともう一度ため息が重なった。

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「それでは、失礼しますね、イタリア君」
「うん〜じゃあね日本〜」

急ぎの仕事をイタリア君の家まで持ってきて、渡し、用が終わって、少しロマーノ君も交えて話をして。
ばたん、と執務室のドアを閉めて、深く深くため息。
「…あんなに落ち込んだイタリア君たちは初めて見ましたね…」
仕事だから〜、と、疲れたように笑ってみせるイタリアの顔を思い浮かべて、
「なんとかしてやりたいって思ったろ」
突然かけられた声。
聞き覚えのあるそれに、顔を向けると、やはりそこには、鮮やかな衣装を身にまとった美丈夫の姿
「フランスさん…」
お久しぶりです、と頭を下げるとひらひら、と手を振って。
「ひどい状態だろ」
あの二人、とドアの向こうに視線をやる。

仕事をまじめにやるのが苦手なのもあるが、もともとが恋愛大国である二人だ。何より恋人に会えないのがつらいのだろう。

「そうですね…」
「ここ数日間ずっとあの状態なんだよ」
で、どうにかしてやりたいんだけど。手伝ってくれないか?

そう笑って言う彼の表情は、いつも通り飄々と笑ってはいるが、本当に心配しているのがにじみ出ていて。
ふふ、と笑って、彼の顔を見上げる。
「北へ行けばよろしいんですね?」
「さすが日本!よくわかってる!…じゃ、俺は西に行ってくる」
はーやれやれ。昔から世話の焼ける…と肩をすくめるフランスに、くすくすと笑ってそうですね、とうなずいた。

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はぁあ、とロマーノはため息をついた。
仕事はまだ終わってはいない。けれど、もうすぐ昼だ。今日は昼食当番なので、とっとと執務室から逃げ出してきたのだ。

もちろん今日の昼飯もパスタだ。
トマトをかじりながら、パスタに絡めるソースをつくる。…味が、違う。どうしてもそう思ってしまう。くそ、バカ弟のせいだ。バカ弟があんなことをいうから。スペインのことを思い出してしまったから。スペインの、トマトの味を思い出して、しまったから。

火を止めて、はぁ、とため息。天を仰ぐ。俺が作ったんだからうまくないはずのないトマトに、あまり味を感じない。どうしても記憶の中の味が勝ってしまう。うまいかー?とにこにこ笑顔つきの、記憶が。

「……スペイン…」

自分の家で作ったトマトは、どうしてもスペインのトマトと同じ味にはならなかった。育て方は全く同じはずなのに、やはり土壌などの条件が違うのか。スペインに聞いたら、愛情の違いやでとか言うから真面目に答えろ!と怒鳴ったら大真面目やでと真剣な顔して、

ああもうだめだ。スペイン不足で倒れてしまいそう。
記憶の中でロマーノ、と満面の笑みが呼ぶ。
思わずへたり込みそうになって、ふと廊下からばたばたと足音が聞こえるのに気がついた。こっちに向かって走ってくる。
「ヴェネチアーノ?どうした?」
声をかけるが、部屋に走り込んできたのは。


「ロマーノぉぉぉぉぉ!死ぬなぁああ!」
「うぉあ!?」
全身でタックルしてきて、ぎゅううう、と抱きしめてくるのは。


「す…スペイン!?」


いるはずのない恋人の姿に、目を疑うが、ロマーノぉ、と頬をすり寄せてくる姿は、泣き出しそうな声は、土のにおいの混じった香りは、間違いなくスペインのもので。
「な、何で…」
「ロマーノ、死んだらあかん!」
「はぁ?」
いや、いきなり両肩つかまれて真剣に言われても。
「な、何の話だよ?」
「心配いらんで、俺が助けたる!」
「いやだから何が!」
何故か何に対してかわからないが、異様に本気なスペインに、会えたことは嬉しいのにわけがわからなくて、困り果てていると、おーい、スペイン!と声がした。
「おまえなぁ、話は最後まで聞けよ!」
入り口から入ってきたのは、フランスで、余計に訳が分からなくなってくる。
「恋人が死にそうや言われたらそら慌てるわ!」
「たとえ話だよ、た・と・え・ば・な・し!」
「な、なんかわかんねーけど、おまえのせいか!」

スペインの腕の中から(だってスペインが離さないんだ)にらみつけると、せっかくつれてきたのに、とため息をつかれた。
「別に頼んでねーよ!」
「はいはい…スペイン、お兄さんはね、ロマーノが寂しくて死にそうだって言ったのよ?」
言い聞かせるような口調に、かっと顔が紅潮する。
「なっ!!」
「そーなん?」
顔をのぞき込まれて、違うぞこのやろー!と叫んだ。顔が熱い。
「なーんや、そうやったんか。かわええなぁロマーノ」
「ち、違うって言ってんだろ!」
「照れんでええよ?」
さっきとはうって変わって、にこにこにこと、楽しそうに頭をなでられた。子供の頃と変わらない、仕草。
子供扱いするんじゃねーよちくしょう、と怒鳴ろうとしたのに、満面の笑みと目があって。
「ええ子やね。仕事がんばったんやね。ロマーノは、昔からがんばりやさんやったもんな。」

よしよし、そう頭をなでられて、なんだか胸が詰まった。言葉が、出なくなる。


スペインだ。スペインがいる。そんな当たり前のことが、心の奥底にすとん、と落ちて。


「う、」
「え、ちょ、ロマーノ!?」
「う〜…っ」
ぼろぼろとあふれてくる涙をそのままに、スペインの体にしがみつく。

名前を呼んだ声は、ほとんど言葉になっていなかった。
それでも、スペインは何?と返事をしてくれて、それがまた涙をあふれさせて。

「う、う…っ!」
「よしよし。ええ子には、ご褒美やな。後でチョコラーテ作ったるからな」

子供扱いすんなちくしょー、と思ったけれど、飲みたいな、と思ったのも事実なので、小さくうなずいて、スペインの背中に腕を回して抱きしめた。そのにおいが、抱き寄せてくれる腕の感触が久しぶりで、また涙があふれてきた。



その後、ヴェネチアーノと、いつのまにかいなくなっていたフランスがやってきて、それなのにいやや離さへん!とかぬかすスペインに頭突きをお見舞いして、途中だった昼食作りを再開した。
さっきまで味の感じなかったトマトなのに、おいしいなぁと笑うスペインやパスターと騒ぐバカ弟を見ながら食べると、何故か記憶の中のスペインのトマトの味がした。

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こちらは、日本が呼びにきたドイツ宅。
あまり広くはないキッチンに、ドイツ、日本、オーストリアの三人が。

あたりに漂うのは、甘い甘い、お菓子の香り。

「ふむ…もう少し蜂蜜を加えるべきですかね…」
オーストリアが、材料を前に、呟く。
と、くす、と笑った日本が、余計な一言かもしれませんが、と話し出す。
「女性は、甘さ控えめの方が好まれますよ?カロリーを気にされますから。」
「っ!」
驚くオーストリアを、からかうような輩は、ここにはいない。穏やかに微笑む日本と、いつも通りのドイツは、自分の作業を続けていて。
オーストリアは、はぁ、とため息をついた。
「ま、隠す必要性も何もないんでしょうけど…」
「ハンガリーの好みなら、おまえが一番わかっているだろう?」
「一番おつきあいは長いんでしょう?」
「…そうですね。」
三人はまた作業に戻って。

今度は、日本が、あー…と声を上げた。
「ザッハトルテって、持ち運び難しいですかね?」
「小さめのを作ればいいだろう。…ホイップなしでも、いいだろうしな。イギリスなら。」
「っ!もう…わかっても言わないでくださいよ…」
同じ島国の恋人の名に、日本は赤くなって、ドイツを見上げる。
「悪い。」
あまり悪いと思っていなさそうな表情に、やれやれ、と日本は苦笑。

「ところでドイツ。あなた、いくつ作れば気が済むんですか?」
そうオーストリアがドイツの手元を見ながらつっこんだ。

ドイツの手は、すでに何十個目になるクッキーを作っていて。
日本が視線をリビングに向けると、そっちにも大量のお菓子が。

「…イタリアとなら、食える量だろう」
「まぁそうですけど。」
その返事に、よし、とうなずいて、またドイツはお菓子作りに没頭し始めた。


「…イタリア君がドイツさんのお菓子食べたがってましたよ、って言ったのが間違ってたんでしょうか…」
「何か理由がないとイタリアの家に行くこともできない小心者なんですよ、放っておきましょう。」
「…聞こえてるぞそこ。」
「おや、言い返せるなら言い返してごらんなさい。」
「…。」

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ふ、と、名前を呼ばれて、頭を上げるときょとんとしたカナダと目があった。
「書けましたけど…?」

しまった、仕事中だった。しかも、カナダを呼びつけて。ほかのことに気を取られてる場合じゃない。意識がやっと戻ってくる。ここは、ロンドン郊外の俺の家だ。

「あ、あぁ、すまない。」
受け取って確認し、ああ、大丈夫だな、ありがとう、と言いながら席を立つ。
「紅茶入れてくる」
「あ…ありがとうございます。」

すたすたとキッチンに向かい、紅茶を入れる。顔を上げると、レトロな食器棚の中に、場違いな、急須と、茶飲み。
東国の彼と緑茶を飲むためのそれは、その彼がいない今は、ただ、思い出す要因でしかなくて。
ああ、日本。

「…日本さん、ですか?」
声をかけられ、驚いて振り向く。
そこには、すみません、勝手に、と苦笑するカナダの姿。
「いや…何が、だ?」
何が、日本なのか、と問うと、彼は少し困ったような顔をして。
「…元気がないように見えたので。会えてないのかなって。」
図星、だ。
「…そんなに、わかりやすかったか?」
はぁあとため息をつきながら尋ねるが、いいえ、ふつうの人にはわからなかったと思いますよ、という返事。

アメリカよりはみじかいがカナダとも長いこと一緒に暮らしていた。家族として。
だから、わかった、んだろう。昔から、感情の機微なんかには聡い子だった。アメリカと違って。影は薄いけど。

考え込んでいると、ふふ、とカナダが笑い出したので、なんだよ、と眉を寄せる。
すると、ああ、すみません、と謝ってから、彼は微笑んだ。
「一緒、だなって」
「何が?」
「僕と。同じことで悩んでるなって。」
なんだ、おまえもか。そう苦笑しかけて、嫌な事実を思い出した。

カナダの恋人は、憎きフランスなのだ。

「おまえまだあいつと付き合ってるのか…」
「…はい。すみません。」
でも、いくらイギリスさんでも、これだけは譲れませんから、なんて付け足されないでも知っている。

付き合い始めるときに大もめにもめてそれでも意見を変えなかったのはほかでもない彼なのだから。

そういやこないだ会ったとき、あんまり元気なかったな。つっかかっても返してこなかったし。海峡をはさんだ隣を思い出していると、カナダがため息をついたのに気がついた。
「どうした?」
「ああいえ、…遠いな、と思って。」
僕の家からヨーロッパは、とつぶやかれた。ヨーロッパ、に代わりにはいる言葉は、フランス、だろう。そりゃヨーロッパ内よりは遠いが、うちから日本に比べればそうでもないだろうし、それに何より。

「今は近いだろ?」
「え?」
声を上げるカナダから目を離して、紅茶を入れる。
「ユーロスターを使えば、二時間ちょいでつくぞ。なんなら手配してやろうか?」
「え、え?で、でも…会いに行く理由もないし…」
「恋人に会いに行く理由なんか、会いたいから、で十分だろ。…どうしても理由がいるなら、ほら。」
目に付いた、カナダにもらった土産をあけて、中から一つ出す。
「…イギリス、さん」
「紅茶を飲み終わるまで考えろ。」
そう言って笑って、自慢の紅茶を差し出した。

カナダが行ったら仕事全部片づけて日本に会いに行こう、と決意しながら。

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