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愛する彼に、キスを送る。
抱きしめて、自分以外のだれも見えないようにして。
ああ、このまま、


そこで、目が覚めた。
自分の高鳴る鼓動に、深く深くため息。
夢は、自分の欲望だという。
まったく…有り得ないというのに。
そう自分に言い聞かせて。額に手を当ててため息。
そして、ふ、と、気づいた。
「んぅ…どいつぅ…」
すり寄ってくる体温に、硬直した。
そいつが、裸なのはもういい。もう慣れた。
ただ。

…どうして俺まで裸なんだ?

思わず、がば、と体を起こす。
「ま、待て待て待て…」

考えろ、考えろ。昨日。何があった。
朝、起きて、いつも通りの朝で、イタリアが入り込んでいて、叱って、一緒に朝食を食べて。
遊ぼうとうるさいあいつを放って、終わらない仕事をして。
あいつが作った昼食を食べて、昼休みに根負けしてサッカーをして。
あいつがこけて泣き出して。手当をして、いつものようにしがみついてくるあいつに、仕方がないなとキスをして。……キス、をして?

そこまで考えて、ふ、と思い出した。
なんだか脱力してしまって、ベッドに倒れ込む。
「ヴェ…どいつ?」
眠そうに目を開けたイタリアの頭をなでて、まだ寝ていろ、と囁く。
そうすると、彼はうれしそうにとろんと目を閉じて。
はぁ、とため息をついて苦笑した。

そう、たぶん、きっかけはあの夢を見てしまったこと。
久しく見ていなかった。イタリアと、恋人になってからは、ずっと見なかった。
だから、勘違いしてしまったのだ。
自分が、まだイタリアに片想いしていると。
とっくに、心も体も繋がった後なのに。

「…忘れて、いたな」
あのころ、彼を想うことしかできなくて、伝えるなどもってのほかだったあのころ。
こうやってイタリアを抱きしめて、キスをして眠り、朝を迎える。

それが、夢だった。

かなわないと信じていた、夢だった。

「…ふ。」
それがどうだ。
今この腕の中には、イタリアが眠っているではないか!
「…イタリア。」
そっと、その額にキスを落とす。
すると、ゆっくりと琥珀色の瞳が姿を現して。
「ヴェ。…おはよ、ドイツ」
柔らかく微笑んだ彼に、緩む表情をそのままに、おはよう、と返して、そっと唇にキスを落とした。


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どさ、と手に持っていた鞄が落ちた。
「ヴェ?あ、ドイツ〜!」
抱きついてきたイタリアに、しばらく呆然と見下ろしてから、

その頭をがっしりと掴んで引き離した。

「イタリアぁぁあっ!!なんだその格好はあっ!!?」
「ヴェ!?ご、ごめんなさいー!怒らないでー!」
訳が分からないまま叫ぶイタリアが、少しでも動く度にひらひらと服が踊る。
鮮やかなオレンジは、よくイタリアに似合っている、が。
膝までの布のはしにひらひらとしたレース。ノースリーブで、胸元が少し開いたそれは、明らかに男であるイタリアが着るものではなく。


「何なんだそのワンピースはっ!!」
「ふ、フランス兄ちゃんがドイツはこういうの好きだってく「脱げ!そんなもの!」
そんなものをもらうな!そして着るな!
と怒鳴りつける。いつもより2割り増しで青筋が浮かび上がっている自覚がある。
「ヴェ〜!わ、わかった!脱ぐ、脱ぐから怒らないで〜っ!!」


フランスからもらったというワンピースから、(ドイツの家に常備してある)イタリアの服に着替えさせて、小一時間説教をして、ようやっと落ち着いた。まったく、隙あらば余計なことを吹き込むんだからなフランスは…
「ごめんなさい、ドイツ…」
「…反省したなら、いい。」
頭をぐしゃ、となでてやると、ドイツー!とすり寄ってきた。
いつも通りの姿に、やっと安心する。
「まったく…」
「えへへ〜…ねえドイツ。」
「なんだ?」

「もし俺が女だったら、どうしてた?」

「…は?」
「俺が、女で。ドレスの似合う、かわいい女の子だったら。俺たち、どうなってたのかなって。」
思ったの。あの服着ながら。似合うぞってフランス兄ちゃんに言われながら。
「何か、違ったのかなぁ?」
「…さぁな。」
わからない、と返すと、ばっと見上げられた。
「ドイツは、俺が女の子だったほうがよかった?」
唐突な質問に、さっきと同じようにさあな、と答えかけて。

気づいて、しまった。
いつもの顔じゃない。いや、いつもの表情であるのは間違いない。けれど、少しだけ、ほんの少しだけ、違う。長年一緒にいたからこそわかる、わずかな違い。
瞳にわずかににじんだ感情は、不安、だ。

はぁ、とため息をついて、頭をなでる。
それから、強く抱き寄せた。
熱くなった自分の顔を見られないように。
「…わからない、が、どうでもいい。」
ぴく、と抱き込んだ体が動く。
離さないように抱き直して。ごほん、と、咳をして、高鳴る心臓を鎮める。

「俺が好きなのは、今ここにいるお前だ。…その顔が、肩が、腕が、足が、耳が、瞳が。…髪の一本一本が。好き、だから」

女だったら、なんて、想像もできない。というか、想像する暇もない。
それくらい、常に、そばにいるときも、離れているときさえも、惚れ直させているのは、ほかでもないこいつなんだから!

「ヴェっ!?」
ど、ドイツ、どうしたの!?いつものドイツじゃないよと慌てた声がする。
唯一見える耳が真っ赤だ。きっと、顔も真っ赤だろう、珍しく。
少し見たい気もしたが、それ以上に自分が赤いのはわかっていたので、動こうとする頭を自分の肩に押しつける。
イタリアはしばらくじたばたしていたが、そのうちおとなしくなった。

「…ドイツー」
「…何だ。」
「俺も、今ここにいるドイツがすき、だよ」
きゅう、と俺のシャツの胸のあたりをつかんで言うセリフは、ものすごい破壊力で。

ああ、愛している、なんかじゃ生温い!


「〜〜〜っ!!」
「ドイツ、熱い…」
「お、まえのせいだ…っ!」

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私のそばにいてください、そばをはなれないでください、

ひとりに、しないで。



「案の定かあの馬鹿…っ」
日本に誘われてきた、日本の家のお祭り。
迷うなよ、はぐれるなよと始まる前にさんざん言い聞かせたにも関わらず。

イタリアは、開始早々何かを発見して走っていってしまった。

こんな人混みの中では、探すのだって一苦労。
日本と手分けして探しているが、見つけだすのは無理なんじゃないかと諦めそうになる。

けれど。

「…一人で、泣きそうになってるに決まってるしな。」

あいつが泣くのは、嫌だ。
自分の知らないところで、ひとりで泣いている、なんて。

「…くそ、フェリシアーノ!」
人混みの中なので人間名を呼んで、また探し出す。

やはり、国と国は惹かれあうらしい。
もしくは、自分があいつの行動パターンを理解できるようになったのか。

人ごみを避けるように、林の中に一人。薄暗くても見間違うはずもない。…イタリアだ。日本にわがまま言って着せてもらった浴衣の色からも、間違いない。

見慣れた頭に、叱り飛ばしてやろう、と少々頭痛のする頭を押さえて近づきかけて。

空を見上げた、彼の表情に、足が止まった。

物憂げな、何かを悲しむとも、懐かしむともとれる表情。
普段の明るいイタリアからは、想像もできないほど…美しい。

「…タリア、」
かすれた声が出る。
それに気づいたのか、彼は振り向いた。

この世に二つしかない、琥珀が、自分を射る。

そのとたん、ぶわぁ、と琥珀から水があふれ、いつもの情けない泣き顔に。

これはやばい、と慌てて駆け寄る

「う、うわぁぁん!ド」
案の定どいつーと大声で叫び出しそうになったイタリアの口を塞いで、馬鹿!その名前で呼ぶな!と叱る
そうするとイタリアはぼろぼろ泣きながらうれしそうに笑って、ぎゅう、と抱きついてきた。
「うわああんいつもどおりのど(もが)、ルーだぁああ俺、俺もう一生会えないんじゃないかって思って、やっぱりルーの言う通りにしといたらよかったって思ってうぇぇぇん」

いつもどおりの泣き声に、はああとため息をついて、背中をなでてやる。
本当は叱る予定だったが、ここまで派手に泣かれると仕方がない。無事でよかった、と思うのも、事実だし。
しばらくすると、ぐすぐすと泣いていたイタリアが、小さな声でドイツ、と呼んだ。
本当に囁くような声なのでまぁいいか、と先を促すと、見上げてくる少し赤くなった目。
「…もう、おいていかないでね。ひとりに、しないで。」

今にも泣き出しそうな表情が。
…記憶の中の、誰かと、重なる。
胸が、つまる。息が苦しい。
おぼろげな記憶の向こう側。
あれは…誰だった?

「…っ、…馬鹿、置いていったのはお前だろう」
無理やり顔を笑みの形に変える。
彼(女?)のことはわからないし知りたいけれど、今考えることじゃない。
現実に目を向けて、ああ、日本に連絡を入れなければ、と思う。
「あ、そか。ごめん。」
「…いや。行くぞ」
手を出すと、きょとん、としたあと、ほんとうにうれしそうに繋いでくる。
人前で繋ぐのは恥ずかしいのだが、またはぐれるよりはましだ。

「俺泣いたらおなかすいてきちゃった。」
「菊を探すのが先だ。」
「んー…じゃあ探しながら食べる!りんご飴とか焼きそばとか綿飴とか〜」
「…まったく…」


いつもどおりの笑顔に、そっと、手を握る。きゅ、と握り返してくる、細い指、暖かいぬくもり。

もう離さない、と、心の中で誓った。


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