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「カナダ。」
呼ばれて、それでも振り返らなかった。
「カナー、カナダー?」
呼ぶ声が甘くて優しくて、心が揺れても振り返らない!

だって悪いのはあの人なんだから!

意地になって壁の方を見ていると、後ろからぐい、と腰を引かれた。
「う、わっ」
「つーかまえた」
くっくっと耳のそばで笑い声がする
「っフランスさんっ」
振り返ると、思ったよりも間近に青い瞳があって、思わず息を飲んだ。
「ごめんって。お兄さんが悪かった。許して?」

冬の空をそのまま写したような瞳に、自分だけが映る。
まるで彼が作るお菓子のような、甘い甘い声が、自分の名前を呼ぶ。

二人きりの時しかできない贅沢に、もういいか、と許してもいい気になってくる。
けど、ちょっと悔しいので、まだ怒ってるんだぞ、と、ぷい、とそっぽを向いてみせる。
「たのしみだったのに…」
「ごめん」
腰に回されていた手が、頭を撫でる。
子供の頃から変わらない、優しい手付き。
「カナダ、こっち向いて?」
今日はなんでもカナダの言うこと聞いてあげるから、と言うので、ほんとに?と見上げると、優しい笑みでうなずいてくれた。
それでようやっと気が晴れて、仕方ないですね、と、彼の方に向き直る。
少し動いただけで、ずきずきと腰が痛む
「っ、」
「大丈夫か?」
「…、誰のせい…」
にらみ上げると、によによとフランスさんは笑って
「はーい、おにーさんでーす。だってカナダがもーかわいくてかわいくて…」
「わわ」
そのまま、体重をかけるようにベッドに押し倒されて、フランスさんがによによ笑ったままもう一回シようとか言い出したので、さすがの僕も怒って、しません!と抱えていた枕を彼の顔に思い切り押しつけた。
あたり所が悪かったらしく、カナダひどい…とかフランスさんが呟いてるけど知るもんか!


だって悪いのは、


(だって悪いのはカナダだ。あんなにうれしそうな顔でイギリスの名前出すなんて。そりゃあカナダがイギリスのこと家族としか思ってなくてイギリスの野郎もおんなじようにしか思っていないって知ってるけど。ただ、純粋にあいつのとこのお祭りに遊びに行くだけだと知っているけど。それでも。焼き餅焼かせたカナダが、悪い)



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「その歌、なんていう歌なんですか?初めて聞きますね。」
カナダの一言で、自分が歌を口ずさんでいたことに気がついた。
「え、あー、これは、…ん?…カナ聞いたことなかったのか?」
答えかけて、ふと疑問に思って仕事の手を止め、振り返って尋ねる。
カナダは、はい、と素直にうなずいて。
ますます、おかしい、と思った。


『あーもううるさい!おまえずっとそれ歌ってるだろ!』
これは、二日前のイギリスに言われた言葉

『〜♪…って俺にまでうつったやんか…やめてや、フランスの歌歌っとったらロマーノが怒るねんで?』
こっちは、昨日スペインに。


ほかにも、アメリカやイタリア、果てはあまり会う頻度の高くなかった日本にまで、『最近その曲ばかり歌ってらっしゃいますね』と言われる始末。

それなのに、どうして。
ことあるごとに我が家に呼んで(というか強引につれてきて)いたカナダが、聞いたことが、ない、のか。

「?フランスさん?」
あどけなく首を傾げる彼を見つめる。
その仕草は子供の頃からぜんぜん変わらないのに、さら、と流れる俺似のふわふわな金糸が白い肌をすべる様子に、思わず喉が鳴るのは何故か……って。

「…あぁ。」
ようやく、気づいた。そうか、それでか。
「どうかしたんですか?」
「いや。…ちょっと、考え事」
ごめんな、と謝って、くす、と笑う。

笑わずにはいられない。だってこの曲は。自分がこの曲を歌っていたと、ずっと、ずっと歌っていたということは。
ついには、彼の前でまで歌ってしまったということは。

「…思ってたより追いつめられてたんだなぁ…俺」
「はい?」
眉をひそめたカナダに、ゆっくりと立ち上がったフランスは笑って近づいて、彼の腰に手を回した。
「なあ、カナダ。知りたいか?この曲の題名。」
最後の選択を相手に任せる。こういうのって、ズルいよなぁ。わかっていてもやめられない。そうだよ、お兄さんはズルい男だ。
「?はい。知りたいですけど…」
ああ、言ってしまった。なんてかわいそうな、愛しいカナダ。選択してしまった。これで俺は止まらない。もう止められない。
彼がどう思おうとも、止めることなどできはしない。

「この曲の題名は、お兄さんがずっとお前に言いたかったことだよ。」

限界など、とうの昔に通り越した。

「へ?僕に、ですか?」

驚いた表情で聞き返す彼のあごにそっと手を添えて、顔を近づける。
どちらかが少しでも動けば、キスをしてしまいそうな距離。
ようやく、何かがおかしいことに気づいたのか、真っ赤になって俺の胸を押し返そうとするカナダ。

けれど、もう遅い。
小さく笑みを浮かべた、ズルい大人が、カナダの青い瞳に映る。

「この曲の題名は、」


お前が欲しい。


そう告げて、大きく瞳を見開いた彼に、深く深く口付けた!


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鮮やかで美しい、青。
僕にとってそれは、ほかでもないフランスさんの色だ。

カナダ、と呼ぶ甘い声に見上げると、ひょい、と抱き抱えられて近づく、優しく細められた瞳は、宝石でできているんだ!と幼い頃は思っていた。そんなわけはないけれど、それほどに美しい瞳に、僕は魅せられていた。

僕の目も、アメリカの目だって青いけれど、あの人の色には敵わない。


世界で一番美しい、サファイア。


見つめられると、もう、何でもしてしまいそう、で。


「カーナ、そんなに見つめられたらお兄さん穴が開いちゃいそうなんだけど。」

その言葉にはっとして、意識が現実に戻ってくる。
すぐ前には、頬杖をついたフランスの姿。
にこにこと笑う姿に、赤くなりながら、視線を逸らす。
いつのまにか、ぼーっと目の前にいるフランスさんを見ていたようだ。

…ああ、だめだ。美しい瞳。どうしても、引き寄せられてしまう。

「ついでに言うと、考えてることが口に出てるよ。」
「…え?」
言われた意味が分からなくて聞き返すと、にこ、と笑われた。
「俺に見つめられると何でも言うこと聞いちゃいそうなんだ?」
「…っ!!」
は、と口を押さえる。けれどもう遅い。
とろい僕が、こういうことに対してだけは反応の早いフランスさんに敵うはずもなく。

するり、と抱きしめられて、あわあわ、と逃げる間もなくちゅ、と額にキスをされた。

「お兄さんの目、そんなに好きなんだ。カナダ。」
もっと早く言ってくれたらよかったのに、とにやにやフランスさんが笑う。
あの、その、だから、と適当な言い訳を探すけれど、見つかるはずもなく、どうしていいかもわからず、うろうろと視線を漂わせる。

「カナダ、」
なのにフランスさんは許してくれなくて、僕の目をのぞき込むように抱きしめてきて、視界いっぱいにその青い瞳!

「…ふら、す、さ…」
「さぁて、何からお願いしっようっかなぁ?」

心底楽しそうな笑みに、ああ、この上なくやっかいな人に知られてしまった、と後悔した。



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世界で一番好きな人がいる。
それは、世界で一番美しい人だ。

愛と美の国、フランスさん。
かつて、彼に育てられたことがある僕は、初めてあったときからずっと彼が好きだった。
彼以外を知らなかったから、というのもあるかもしれない。けれど、ずっと、あこがれていた。

愛しい愛しい、美しい人。
少しでも離れていたくなくて、どこへでもひっついていった。帰るときには、泣いてわがままを言って少しでも長く、と引き止めて。

もうおまえとは居られないんだ。そう、言われたときは、世界が終わるような心地だった。嫌だと泣いてわめいて、一番迷惑をかけたと思う。

泣き疲れて眠った僕が目を覚ますと、そこには誰もいなかった。

ただ、机の上に、一言だけ書かれた、メモが、残してあった。


その言葉のおかげで、イギリスさんが迎えに来たときも、笑顔でいられた。
アメリカがどんなにひどいことをしても、がんばろう、と思えた。

メモ自体は、涙でぐちゃぐちゃになったり、アメリカにとられたりして、もう存在しないけれど、そこに書かれた言葉は、しっかりと頭に焼き付いている。



そう。だから。ここまで、来たんだ。
背筋を伸ばして、深呼吸して、ドアをノック。
はい、という声が、ああ、泣きそうに懐かしい!
ぎ、とドアを開ける。

記憶の中の彼よりも、かっこよくなったフランスさんが、そこにはいて。
「久しぶりだな、カナダ。」
言っただろ?『また会おう』って。いや、書いた、か?
そう笑うフランスさんに、にじむ涙をぬぐって、笑って見せた。

「はい!お久しぶりです、フランスさん!」


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