はふう、とため息をひとつ。 後ろからはまだ、やかましい喧騒が聞こえる。 …いやいや。こんなことを思っては失礼、ですかね。せっかく、祝ってくれたんですから。 今日は、私の誕生日。 せっかくなんだから!とアメリカさんがパーティを開いてくださったのだ。 …けれどまあ、主催がアメリカさんで、いつものメンバーで、まあ騒がしくならないわけもなく。 飲めや歌えの大騒ぎに、やっぱりなって。 楽しいのは、楽しい。だけれど。 「…年寄りには、少し。」 ため息をついて、空を見上げた。 冬の寒空は、空気が澄んでいて、星が綺麗に見えた。 …こんな空を見ると、思い出す人がいる。 ……今日、パーティにいらしていないあの人。 「…わかってるんですけど、ね…。」 仕事の都合がつきそうにないんだと、すまなそうに告げた電話越しの声が、まだ耳に残っている。 「…やれやれ。いつからこんなにわがままになったんでしょう…。」 呟いて、苦笑。 誕生日を、祝ってくれる友人がいる。彼が忙しいことを知っていて、それでも楽しい日になるように、パーティを開いてくれる友達がいる。彼だって、おめでとうと、そう言ってくれた。電話越しに。 なのに、それだけでは足りないと、そう思っている自分がいる。 仕事だから仕方がないのだと、それだけでは、納得できない自分がいる。 「…イギリスさんが甘やかすからいけないんですよ〜…。」 昔なら、諦めていたことを。諦められなくなったのは。あの人が、全て叶えてしまったからだ。 言ったことも、言えなかったことも、気づかなかった願いでさえ。当たり前のように。 だから、贅沢になってしまったんだと、思う。 「…そばにいて欲しいときにはいてくれないくせに。」 ああ、違う。こんなことが言いたいんじゃない。だから。その。 「会いたいな…。」 …素直に口に出したら、余計に会いたくなってしまった。 はふ、とため息。ふ、と吹いてきた風が、冷たくて。 部屋に戻ろう、と歩き出したそのとき。 がば、と後ろから、抱きつかれた。 「!?」 勢い余って前に倒れかけるけれど、なんとか体勢を保って、だ、誰?と尋ねる。 尋ねた後で気づいた。視界の端に、金色の髪。荒く息をはく音。 まるで、大急ぎで来た、みたいに。 「…日本、」 呼ばれて。思わず、息を飲んだ。 ああ、もう。だからいけないって言うのに。だって、だって。 「い、ぎりす、さん…。」 こんなタイミングで来られたら、もう、何だって叶えてくれる気がしてしまうに決まってるのに! 「…すまない、遅くなった。」 息を整えながらそういう彼に、いいえ、と答えて、今日は都合がつかないんじゃ…?と呟く。 「何とか、最低限、だけ、終わらせてきた。…後が怖いな。」 くつくつ、という笑い声。す、すみません、と謝ったら、謝るな。と優しくたしなめられた。 「謝るな。…俺が、来たかったんだ。」 「…ありがとう、ございます…。」 そう言って、彼の腕にそっと、触れる。…あたたかい、ぬくもり。 「…それで、とにかく来ることを最優先にしたから、プレゼントとか、まったく用意してないんだが…。」 悪い。そう言われて、いいえ、と首を横に振る。 それから、彼の腕の中で、彼と向き合うように体をよじって。 見上げる、エメラルド。冬空の星よりも、ずっとずっと綺麗に輝いているその色は、ずっとずっと、変わっていない。 私の一番好きな、輝き。 「一番欲しいものを、持ってきていただきました。」 ありがとうございます。そう言って、彼の頬に手を伸ばしたら、彼はうれしそうに笑った。 「Happy birthday,日本。」 「ありがとうございます、イギリスさん。」 戻る . 「イギリスさん?」 声をかけると、じっと外を見ていたイギリスさんが振り返った。 「どうかしました?」 「あ、いや…雨だなと…」 その言葉に、外を見る。 灰色の空からしとしとと雨が降っているのは、昨日の夜からずっと。イギリスさんが来たときには既に降り出していて。 最近は、ずっと曇りがちだったから、いつか降りそうだとは思っていたけれど。 「まあ…梅雨の時期ですからねえ。」 毎年こうですよ、と呟いて、どうぞ、と冷たい麦茶を勧める。 「そうか…」 「最近は空梅雨なんかもありますから、雨が降ってくれるのは助かります。」 水不足は困りますから、と言えば、それはそうだな。と彼はうなずいた。 「農作物に直接影響するからな、天候は。」 「そうなんですよね…」 今年は大丈夫だといいんですけど。つぶやいて外を眺める。 …もちろん、日照不足もそれはそれで困りものなのだけれど、好みとしては雨の日もなかなか好きだ。庭の紫陽花も綺麗に青く咲き、雨が葉に当たって跳ねている。さあ、と降り続ける雨の音が、何の音もしないより、静けさを感じさせる。そんな景色も、風情があると思う。 「…雨の日も、いいな。」 ぽつり、と呟かれた言葉に弾かれたようにイギリスさんを見る。 お茶を口に運んでいた彼が、なんだよ?と目を丸くしていて。 「日本?」 ただ、彼がいいな、って、言ってくれただけだ。それだけ。 でも、なんだか胸が満ちて、泣きそうになってしまった。 「…ありがとう、ございます。」 なんとか笑顔にして、そう言ったら、う、と呟いて彼は体ごと外に向き直ってしまって。 「や、やまないな!」 …耳真っ赤ですよ、イギリスさん。 「そうですね。」 声を立てないように笑って、外を見た。 …雨は、まだまだやみそうにない。 「…濡れるのは、めんどうだ、から、止んだら、帰るからな。」 ぼそり、と呟かれた言葉にぱちり、と瞬く。 「……そう、ですか。」 …それなら。 雨よ降れ! (もうあと、すこしだけ、でも。) 戻る . さわさわさわ。と、音。 さああ、と水をかける。綺麗な音だ。小さく笑って。 新緑の綺麗な季節だ。とても。きらきらと、春から夏に変わる途中の、まぶしい光が、葉や草を通して、鮮やかなグリーンに染まる。 「…綺麗ですねえ…。」 とてもいい季節だ。過ごしやすいし。世界はきらきら輝いて見えるし。 もう少しすると、暑い季節になるけれど。それまでのこの季節を、楽しみたいとそう思う。 まあ、四季全て。私は…私の家の人々は、楽しむのが得意なのだけれど。 …いい季節だ。とても。いつもそう言ってるな、日本は!そう、アメリカさんでもいたら、言うんだろうけど。 くすくすくす。笑って、水をやる。 きらきらきら。水滴が輝く。ああ、やっぱり、素敵な、いい季節、だ。 特別好きだ。この、新緑の季節は一番。大好きだ。 …だって。この季節は。 「…エメラルドグリーン。」 きらきらきら。そう表現するにふさわしい、光がきらめく。 美しい、季節。 その、色が。…大好きだから。 というか、その色が連想する人が、なんですけどね? くすくすくす。笑って、木の葉に手を伸ばす。手にとると、光に透ける、緑色の光。 ああ、彼の色だ。思うだけで胸がいっぱいになる。 イギリスさん。 彼の、美しい瞳の色に、似ている。 まあ似ているだけで、同じではないけれど。…ありえないけれど。同じ、なんて。 「ふふ。」 世界でたった一つのその色を思い出して、そっと、その葉に口づけた。 「…イギリス、さん。」 名前なんて、呼んでみたりして。 「呼んだか?」 「!!」 不意にかかった声に慌てて振り返ると、よ。と玄関の方から庭をのぞきこむ、イギリスさんの姿…!! 「い、イギリスさん!?」 どうかしたんですか!?と慌てると、あーいや。ちょっと近くまで来たから。らしい。 「そうなんですか…。あ、待っててください。すぐ、お茶を、」 「ああいや。気を使わなくていいから。」 そう言う彼にそういうわけにもいきませんから。とホースの水を止めて、家の中に戻ろうと歩き出す。 と、ぱしり。と手を掴まれた。 え。と振り返ると同時に、腕を引かれる。 引き寄せられる腰。その、胸に体が落ち着く、前にちゅ。と、額に触れる、唇。 「…キスなら、代理じゃなく本人にしてくれ。」 葉っぱなんか俺の代わりにするな。 ぼそぼそ。呟かれた言葉に、一瞬で沸騰した。 戻る |