※注 全年齢向けとは言い難い表現がありますのでご注意ください。 イギリスさんの髪に触れ、苦笑する。 「やれやれ…」 疲れた。本当に疲れた。今日一日で寿命が百年、いや千年くらい削られたような心地だ。 いきなりやってきたフランスさんが、ごめんな日本、じゃ、よろしくー!と置いて逃げていったのは、酔っぱらったイギリスさんだった。 最悪の事態に気づいたときには、フランスさんはとうに逃げおおせて。 そりゃあ、これでもイギリスさんとおつきあいをしているのだから、抱きつかれるのも問題ないし、愛している、と囁かれるのも、まぁ、いいだろう。 問題は、だから、抱かせろ、と押し倒されそうになったことで。 いやあのイギリスさ、何だよ、いいだろ、日本?よくないですよくないですから! …と問答を繰り返し、少しでも気を抜けば押し倒されそうになる体勢を、必死で渾身の力で保って。 しばらくして、やっと、酒が回ったのか、膝の上にばた、と倒れて、眠ってくれた。 はぁあ、とため息をついて、布団を敷こうと思ったのだが、腰に回った、眠っているはずのイギリスさんの腕がはずれなくて。 仕方がないので、背中がぶつかる押入を開け、なんとかかんとか掛け布団を引っ張り出し、イギリスさんにかけて、一息ついて、今に至る。 前髪をどけると、幼い寝顔が現れてふふ、と笑う。自分よりは年下な彼だが、長い歴史を持つ大国だというのに。 うう、ん、と寝ぼけた声がして、ぎゅ、と腰を抱き寄せられた。 何と勘違いされてるんだろうな、と思いながら頭をなでる。 すると。 「…に、ほん、」 名前を呼ばれて、瞬くと、愛して、る、と囁かれて。 「!!」 かぁ、と、頬が熱くなる。 さっきも言われたけれど、だってさっきは必死だったから、そんなに聞いている暇さえなくて。なのに、だって。こんな。不意打ち、なんて。 「…ずるいですよ、イギリスさん…!」 ほんとに、もう、ああもう! はぁ、と息を吐いて、髪を耳にかけて、膝に横たわるイギリスさんの耳に口を近づける。 「イギリスさん…さっきのお話ですが、」 そこで言葉を切った。勇気がいるのだ。この先を口に出すのは、ひどく。 けれど。 小さく笑って、さっきの、抱きたいというお話ですけどね、と囁く。びく、と震えたイギリスさんの体に、笑みが深くなる。 「もしも…イギリスさんが素面のときにおっしゃってくだされば、了承しますよ?」 それだけを告げて、固まったイギリスさんの腕を解いて、足の上からイギリスさんの頭を持ち上げ、足をどけて、畳の上に落とした。 ごつん、と音がしたが、知ったことか。 私が赤くなるのを、眠ってる振りして楽しんでた人なんかに、同情する余地はない! ずるい人。 (そ…そ、れはマジなのか、日本…?てか素面でなんて言える訳ないだろ…っ!) 戻る . 「日本!」 つい、叫んでしまった。 びく、と身をすくめた日本に、しまった、と思うが、気合いを入れないと負けてしまいそうだから、仕方ない。ごめん、日本。 「はい?」 振り返った彼が柔らかく微笑む。 やんわりとした雰囲気は、好きなところの一つだが、けれど今日はそれで誤魔化される訳にはいかない! 「好きだ!」 まっすぐ目を見て告げると、彼は驚いたように瞬いて、少し困ったように、笑った 「…ありがとう、ございます。」 それで会話終了。 …いつもの展開にためいきをついてしまう。好きだ、と思ってくれていることは知っている。わかっている。けれど、言葉にしてくれないとやはり不安なところもあって。得意じゃないのは、よくよく知っているんだけど。 「…イギリス、さん」 しばらくして呼ばれて、何故かスーツの袖口を引っ張られた。 可愛らしい仕草に、心臓が高鳴る。 「なん、だ?」 なんとか返すと、日本は、あの、と恥ずかしそうに顔を伏せて。上目使いにちらちら見られて、思わず鼻を押さえそうになったが、なんとか耐える。俺はフランスの野郎とは違って紳士なんだから! (多少引きつってはいるだろうが)笑顔を保ち、言葉を待つと、日本が小さく、呟いた。 「……はぐ、して、ください、ませんか?」 「!!」 日本の精一杯の愛情表現に、もちろん!と彼の体を思い切り抱きしめた! 戻る . 私の家にやってきたイギリスさんはよく、縁側に腰掛けて、庭を眺めている。 私の家特有の花や木に、とても興味があるらしい。 あれはどういう名前なのか。どうやって育てるのか。 いろいろと聞かれるままに答えるが、時折、私ですら忘れてしまったようなことも聞かれて、倉庫をひっくり返して資料を探すこともしばしば。おかげで、私もいろんなことを勉強できた。イギリスさんの家での花の呼び名や、花の育て方。 こぢんまりとした庭なのに、話題はつきない。どうしてでしょうね、と尋ねてみると、少し考え込んだイギリスさんが、たぶん、と呟いた。 「たぶん、シキのせいだろうな。」 「四季、ですか?」 「季節が変われば、咲く花も変わる。それで、庭の印象も変わる。前まで気にならなかった草が、鮮やかな花を咲かせたりするだろ?だから、だと思う。」 「…なるほど。」 庭の景色は一期一会と言いますからね。 そう呟いて、庭を眺める。 季節ごとに、毎年、いや、それどころか毎日違う様子を見せる庭。 一度として、同じであったときはない。 「…日本、また、教えてもらいたいんだが…」 いいか?と聞かれたのではいどうぞ、と返すと、イギリスさんはその、なんだ、と視線を逸らしだした。 ああ、これは。何のことを考えているかすぐわかって、それでもゆっくりとその続きを待つ。 「その…日本のこと、教えてほしいんだ……っ、か、勘違いするなよ、俺が日本ともっと仲良くなりたいだとかそういうのじゃなくて、」 「はい。わかってますよ。」 にこ、と笑ってみせると、そ、そうか、と彼はほっとため息をついた。ああもう、かわいい人だなぁ。ついくすくす笑ってしまう。 「な、なんだよ」 「いえいえ、なんでも。そうですねぇ…交換条件、をつけさせていただいてもかまいませんか?」 「交換条件?」 はい、とうなずいて、にこ、と微笑んでみせる。 「私のことを教える代わりに、四季折々のイギリスさんを見せてください。」 「俺?…俺のところに日本みたいな四季は…」 怪訝な顔をするイギリスさんに、言ったでしょう?一期一会なんですよ、と付け足すと、考え込みだした。 くすくす笑って、もう一言付け足す。 「私が見逃さないように、お願いしますね」 「あ、ああ…?」 簡単にうなずくと後が大変ですよ?イギリスさん。 だって私が言ったのは。 四季折々、それどころか毎日イギリスさんに会いたいってことなんですから。 「…あっ!?」 やっと気づいたらしく、顔を茹でダコみたいに真っ赤にしたイギリスさんに耐えきれず、つい吹き出してしまった。 戻る . ふわり、と薫りがして、立ち止まる。 「イギリスさん?」 隣を歩いていた日本がどうかしました?と首を傾げた。 「ああ…匂い、が。」 「え?」 日本が立ち止まったとき、また風が吹いた。どこからか運ばれてくる甘い香り。 「…ああ。もうそんな時期なんですね。」 そう、日本は微笑んで。 何だ、と尋ねると、周りを見回して、ああ、ありました、と歩き出した。 後を追うと、いきなり立ち止まる。 「ほら、これです。そこの、オレンジ色の小さな花。」 見ると、そこには、小さな花がたくさん咲いていて。 香りが強く感じられて、ああ、この花の香りだったのかと納得した。 「キンモクセイっていうんです。秋になると、こうやって甘い香りを発するんですよ」 「へぇ…」 イギリスでは見たことのない花だったが、名前は聞いたことがあった。 「こんなに小さいのに、香りが強いんだな。」 「ええ。不思議ですよねぇ。」 この香りがすると、もう秋なんだなぁって思うんですよ。そう、日本は笑って。 「…今年の秋は、イギリスさんと迎えられてうれしいです。」 いきなりそんなことを言うから、つい赤くなってしまった。 戻る . 「日本、それやめろ。」 「はい?」 驚いて、仕事の手を止め彼を見る。 不機嫌そうな顔に、何かしたか。と瞬く。 だって別に。彼が約束より一時間くらい早く来て、まだ仕事が終わっていなくて、待っていてもらって。さっきまで、くつろいでいたようだったのに。いや今も。畳の上に寝ころんで肘ついてこっち見てるし。 「…ええと…?」 首を傾げると、彼は体を起こして、それだよ、と指さした。 それに従って視線を机の上に落とすが、資料しかない。 「…?」 「違う、これだ。」 ぱし、と私の手首を掴んで、目の前に持ってくる。 「あ…」 やっと納得がいった。 親指の付け根に、歯形。癖なのだ。 煮詰まると、つい手の甲や指の付け根、手首を噛んでしまう。 ひどいときには、血がにじんでいたことすらある。 気づかないうちに、だ。なので、今も指摘されるまで全く気づかなかった。 「癖なんですよね…」 ティッシュで手を拭って、困ったように笑うと、その手を掴んだまま、不機嫌そうな表情の彼は。 柔らかい手首の内側に、顔を寄せた。 「いっ、イギリスさん!?」 きつく吸い上げられて、おろおろしていると、机越しに抱きしめられた。 「おまえに痕つけるのは。」 俺一人で十分だ。そんな、ことを言うから。 一気に体温の上がった私以上に、彼の体が熱かった。 戻る |