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日本は、美しい、と、思う。
その黒い瞳と、黒い髪。

やんわりと微笑んだその姿は、近隣の国々とは違い(とくにフランスの野郎とは大違いだ!)神秘的で、けれどそばにいるとほっとする。
その上、時折俺だけに見せる染めた頬やうるんだ瞳は、この上なく魅力的。

時々しか、自分のしたいことを言ったり、自分の気持ちを言ったりしてくれないのは残念だが、その時々が、本当に、もう本当にああもう日本それは反則だって、と、耐えられなくなってしまうくらいかわいらしいので、まぁいいかと思っている。

イギリスさん、と呼ぶ声は落ち着いていて少し甘く、やんわりとした笑顔付きで頬が緩んでしまう。アーサーさん、と呼ぶ声は少し恥ずかしげで、上目遣いに頭がくらくらする。というか日本が、菊が呼んでくれるんだったらどっちか、なんてそんなの問題ですらない!

「あぁ…ダメだ。」

手に持った書類を放り出して、机につっぷす。

日本、日本日本日本…菊。

「会いてぇー…」

机に頬を押し付けて、にほん、と愛しい名前を呼んだ。


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イギリスさんは、美人だと思います。
金色に輝く髪。
鮮やかなペリドットのような瞳。

私の周りの人々や国々とは明らかに違う姿。物事をはきはきと答えていくところも、私とはもう全然違って。あと、照れ隠しに「勘違いするなよ!」という反応も。まぁ、そこがかわいいところでもあるんですけど。わかってますよ、と笑ってみせると、ほっと緩む彼の表情は、私だけのものだと、思ってたり。(だって、本当にうれしそうに笑うんです!)

好きだ、と囁いてくださるのは本当に、本当にうれしいんですが、半分ぐらいの割合で、酔っぱらっていらっしゃるのは本当にどうにかしてくれないでしょうか。押し倒されて、そう言われても、困ってしまうんですが…。まあ…うれしくないわけ、ではなくて、というか、うれしいけどうれしくない、という微妙な感情があるから問題なんですけど。

あと、そういうときに限って菊、と呼んでくるのも、もう、もう、ほんっとーに!ずるいと思うんですよ!そんな熱い吐息で、熱っぽい目で、菊、好きだ、…愛してる。なんて…っ!!
ああもう、耐えられない、というか、耐えてるのは自分だけだと思わないでくださいよイギリスさん!手刀入れて気絶させてるのは私ですけど!

…でも、日本、と呼ばれるのも結構好きなんです。穏やかな愛しさ、というか、なんというか、そういう感情がにじみ出てくるかんじが、して。


「ああ…もう。」

また間違えた。失敗した書類をどけて、新しい紙を取り出そうとする、けれど。

『日本、』
甘い声が、頭の中で響く。

「ああ…」

ため息を一つ。こうなったらもう、仕事が進まなくなる。頭の中が彼でいっぱいになってしまうのだ。ああ、遠く離れた島国の彼は、今何をしているのだろう?

「会いたいなぁ…イギリスさん」
小さく呟いて、天井を見上げた。

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早起きして、庭の手入れをして、ホースで水をまく。
今日もいい天気だ。
「…暑くなりそうですねえ…」

うだるような夏の暑さは、老体にはつらく、勘弁して欲しいが、まだ地面の暖まっていない今の時間は、風通しもよく、まだすごしやすい。もう数刻もすれば手に持つホースの先を自分にしたくなるのは確実だけれど。

鮮やかに咲いた朝顔に水をかける
昨日咲いたところだ。やはり、自分が種から育てた花が咲く、というのはうれしい。
「ふふ」
となりの、今日にも咲くだろう、大きく膨らんだつぼみの方にも水をかける。
と、そこから突然がさ!と何かが飛び出した!
「わ!」
慌ててホースの先を横にそらす。
その途端、横からうわ!と声が上がって。
え、と見ると、頭からびっしょり濡れた、金髪の。
「い…イギリスさんっ!!?」


跳びだした虫に驚いて、逸らしたホースの水を頭からかぶってしまったイギリスさんに、すみませんすみませんと謝り倒して、とりあえず浴衣を貸して、服はとりあえず干した。
はぁ、と息を吐いて、冷たく冷やしたお茶と、羊羹を持って戻る。


縁側に座った彼の姿に、足が止まった。

鮮やかな金髪が映える、深緑の浴衣。
まだ濡れた金髪から、ぱたり、と、水が落ちる。
ふわ、と風が舞って。物憂げなオリーブの瞳が、姿を見せる。

…水も滴るいい男、というのは、こういうことを言うのか、と、呆然とした頭が考える。本来の意味が違うのはわかっている。が。
まるで、絵画のような、現実離れした姿を呆然と見ていると、彼がふ、とこちらを見た。そして、ぎょっとしたように目を丸くする。
「ど、どうしたんだ、日本、顔真っ赤だぞ!?」
「えっ!?」
手に持っていた盆を片手に持ち直して、顔に触れる。熱い。
「な、何かあったのか?」
自覚した途端、心臓がうるさいくらいに高鳴り出した。
「な、何でもありません!」
大慌てで盆を置いて、近くに落ちていたタオルを拾って、イギリスさんの頭にかぶせる
「うわっぷ」
「ほら!まだ頭濡れてますよ!」
うわ、ちょ、日本!
慌てる声が耳にはいるが、気にせずに、というか気にできずにわしわしとイギリスさんの頭を荒く乾かす
しばらく、イギリスさんの顔を見れそうになかった。
とりあえず、この顔の火照りが、鎮まるまでは。


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朝、目が覚めると、とても気分が良かった。
「んー…っ」
わくわくする。まるでガキだ、とは思う。けれど、どうしても止められない。うれしい。思わず叫びだしてしまいそうだ!
だって、隣の部屋に日本が寝てるんだから!

泊まりにこないか、と、なんとかかんとか誘ったのは先週のこと。ろ、ロンドンを案内してやるよ、いいいいっとくけどおまえのためじゃないからな!と心臓がひっくりかえりそうになりながら叫んで、そうしたら、ぜひお伺いさせてください。いつならいいですか?とにこ、と(ああかわいい。この上なく可愛い!)日本が笑って、この一週間もう本当に楽しみで楽しみで、昨日仕事が終わらなくて、と約束の時間をだいぶすぎて、夜遅くにやってきた日本が疲れていたように見えたので、有無を言わせず寝ろ!と隣の部屋に押し込んで。

ああ、どうしよう。どきどきしてしまう。
どこにいこうか。今日と明日はすべての予定を空けてある。日本は、どこに行きたいんだろう。そりゃあ、ロンドンは観光すべき場所でいっぱいだ。ああ、でも、郊外ののどかな風景も案内したいし。

そうだ、朝食の準備をしなければ。とっておきの紅茶を入れて。その前に、庭の薔薇をテーブルに飾ろうか。そうしよう!

うきうきしながら庭に出る。
いい天気だ。まるで俺の心を表したよう!
はしゃぎだしそうな自分を抑えながら、薔薇園へ向かう。


数歩足を進めたあと、ぴたり、と歩みを止める。
そこには、先客がいた。

日本だ。しっとりとした黒髪と、バター色の肌は、見間違いようもない。
薔薇の中に、たたずむ姿は、彼の髪にひらひらと舞っているやつらよりずっとずっと神秘的で、まるで精霊のよう!

『…ギリス、イギリス!』
『なにぼーっとしてんのよもう!』
「っ痛っ」
妖精たちに耳を引っ張られて、睨みつける。
「何すんだよ!」
「イギリスさん?」
困惑した声が聞こえた。
はっとして前を向くと、すぐ近くに日本が。
「あ、や…お、おはよう!」
「おはようございます」
くす、と笑う彼がいつも通りで、けれど、どこか、艶っぽいというかなんと言うか…いやいや。
不埒な考えをとばすように頭を振って、尋ねる。
「…どうしてここに?」
「あー…すみません。つい早起きしてしまって…」
少々散歩を、と微笑む日本の顔は、昨日よりだいぶましになっていて、ほっと息をつく。

「きれいな薔薇たちですね。」
日本が、振り返って言う。その瞳が俺に向けられていないのは残念だが、大事な薔薇を誉められるのは、悪い気がしない。
「当たり前だ。…俺が丹誠込めて育てたんだからな」
そう言って、薔薇に手を伸ばす。

鮮やかな赤も美しいが、かわいらしい黄色やピンク、慎ましやかな白なども美しい。

「そうだ、日本。テーブルに飾ろうと思うんだが、」
どれがいい?と尋ねようと日本の方を見て、その表情が曇っているのに驚いた。
「ど、どうした?」
「いえ…ただ、切ってしまうのがもったいない、と思って」

自然な姿が一番美しいと思います、ってああもうそんなこと言うおまえが一番綺麗だ!!

「わかった。…そ、そろそろ朝食にしようと思うんだが」
口から飛び出そうな心臓をごまかして言う。
「…、あ、はい。」
なんか不自然に間があったような気がするけど、気のせいだよな!

行こう、と促して、その肩にいろんな色の薔薇の花弁が乗っている(というか現在進行形で妖精たちが白が似合ういいや赤だと乗せて遊んでいる)のに気づいて、日本、肩に。と声をかける。
振り返る動作で、ぱっと妖精たちは逃げ、はらはらと花弁が2、3枚落ちるが、一番大輪の、紅い薔薇のものだけが残って。
「え?…ああ」
細い、自分たちとは違うあたたかい色の指が、深紅の花弁をつまみ上げる。
「…いい、薫りがします。」

うれしそうな極上の笑顔に、優しい風が、甘い甘い香りを運んできて、ああもう!

思わず頭を抱えてしゃがみこんだ俺に、ど、どうしたんですかイギリスさん!と日本は慌てだし、やっぱりニホンには赤よねーイギリスと妖精たちは笑い(てかおまえらうるさい)、かくいう俺は、しばらく立てそうにもなかった。



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