お茶を入れて運んできて、どうぞ、と差し出すと、ありがとうございます、と優しい声。 今日は、オーストリアさんが生まれた日。だから、何食べたいですかって聞いたらタルトがいいですって返ってきたので、お菓子は、小さなタルト。 二人でいいんですかって聞いたら、二人が、いいんですよ、って言われてしまって。 プレゼントもいりません、あなたがそばにいてくれたら十分です、なんて言われたらプレゼントも用意できないもの!もー! だから、いつもどおり、オーストリアさんの家で、いつものように、二人でお茶。 …もうずっと、ずっと続いてきたことだ。ずうっと。欠けるとなんだかものたりなくなるくらいに。 それもこれも、この日に、彼が生まれてきてくれたから。 「なぜ泣いているんですか?ハンガリー…」 かけられた不思議そうな声に、微笑んで 「オーストリアさん、」 「はい。」 「生まれてきてくれてありがとうございます。」 にこ、と笑ってそう言ったら、目を大きく開いた彼は、深いため息をついた。 「あー…その…ハンガリー?」 「はい?」 首を傾げるとなにやら言いづらそうに口ごもって。 「今日は、その、誕生日なので、我が儘を言ってもいいですか?」 「どうぞ?」 わがまま。…珍しい。なんだろ、と言葉を待つ。 「今日は帰したくないです」 …言われた言葉に、しばらく何も言えなくて。 「…全然我が儘じゃないですよ、それ」 もちろんオッケーです、とくすくす笑いながら言うと、ほ、と息を吐いて、微笑んだ。 「そうですか?」 「そうですよ」 だって、私が望んでいることでもあるもの! 「誕生日おめでとうございます、オーストリアさん」 プレゼントで私をあげます、 なんて言ったら、彼は困ったように、恥ずかしそうに微笑んだ。 戻る . 「…さて。」 手紙を片手にやってきたのは、オーストリアさんの家だ。いつもなら、立ち止まらずに入っていくんだけれど、足を止める。 「ううん…」 眉を寄せて見やるのは、手紙。差出人の名前のない手紙。誕生日を祝う催しに招待する。下記の場所まで来られたし。名前はないが、字に見覚えがある。整ったこの字は、ドイツのものだ。 「…ということは。」 おそらく、企画、立案はイタちゃんだろう。ドイツとオーストリアさんは巻き込まれたか何か…あれ? 止めていた足を進めて、ドアにはさまってひらひらしている白い紙を取る。 「…ようこそ!二階へどうぞ?」 …らしい。ふむ。これは明らかにイタちゃんの字だ。 「まあ、行ってみますか。」 ぼーっとしてても仕方ないし。そう思いながら、がちゃり、とドアを開けた。 二階に上がると、左の部屋へ、って書いてあるから行ってみると、そこには小さな花籠と、またメモが一枚。 「次は庭へ、ね。」 花の方にはメッセージカードが入っていて、誕生日おめでとう、と一言。 …そういうことか。 おそらく、この家中にプレゼントと、次の場所を書いたメモが散りばめられているのだろう。 そして本人たちは、ゴールで待っていると。 くすくす。笑って、花籠を受け取る。 嫌いじゃない。こういうの。どきどきする。 さあ、次はどんなプレゼントが待ってるのかな? しばらく回ると、両手に抱えきれないくらいになってしまった。というか誰!こんな大きなテディベア送ってきたの! まあ…うん。かわいいんだけど。 つぶらな瞳を見てため息。オーストリアさんの家なんだから、いつも使わせてもらってる部屋とか、置いていってもいいかしら。うん。後で行こう。 と思っていたら、次がちょうどそうらしい。メモに書かれた達筆な字。家主さんに許可はいただいてるので、荷物、置いていってくださいね。綺麗な細かい細工のされたしおりとともに置いてあるそれを書いたのは、きっと日本さんだろう。くすくす笑って。 そのとき、腹に響くどん!という音がした。 「!?」 慌てて向かいかけて、気づく。 音の発生源は、キッチンの方だ。 つまりおそらく。原因は、オーストリアさんの料理。 これは、行かない方がいいの、かな…?だって、たぶん、だけど。私のために作ってくれてるのよね? ううん、と考えて、とりあえず、今は行かないでおくことにした。彼が調理していると爆発音がするのはいつものことだし。うん。 もう2、3個メモを頼りに家の中を巡ると、これで最後!と書かれた一枚。 「…庭?はさっき行ったけど…」 何か他にあったかしら。思いながら、そちらに向かえば。 「おや、ハンガリー。早かったですね。」 「!オーストリアさん!」 トレイ片手に庭に出されたテーブルにカップを並べる彼がいて。 「さあこちらへどうぞ」 椅子を引く彼に、あ、はい、と慌てて腰掛ける。 テーブルの上にはたくさんのケーキやクッキーが並んでいる。 「え、あの、これ、」 「すべてあなたのものですよ。」 好きなだけ食べてください。にこり、と笑った彼の言葉に、ぱちぱちと瞬いて。 思わず苦笑。 「私一人じゃ多すぎますよ。」 「そうですか?ならご一緒しても?」 「もちろん!」 言えば、向かい側に座る彼。 「ああ、そうでした。ハンガリー。」 「はい?」 彼が差しだしたのは、メモ一枚。…半分に折られたそれを広げて Present for you ! ごゆっくり〜とか誕生日おめでとうとか邪魔者は退散しますのでとか、書き足されたその紙に、しばしぽかんとして。 「ハンガリー」 コーヒーが入りましたよ。どうぞ。優しい声が鼓膜を揺らす。 …つまりは、彼とのこの時間が、本当のプレゼントだったみたい。 口元をゆるませて、いただきます、とカップを手に取る。 「ああ、ハンガリー」 「はい?」 「誕生日、おめでとうございます。」 「、ありがとうございます!」 ああ、私にとっては、その優しい笑顔だけでも十分なのに! 戻る . 小さく笑う。苦笑だ。苦笑い。 「せっかくの誕生日なのに。」 なにも、こんな日に迷子にならなくても。 彼の家でパーティーの準備をするために、追い出した本日の主役オーストリアさんが帰ってこない。 これは迷ってるなあ。と、捜索係を買って出たのは私。イタちゃんは飾り付け中だし、ドイツはケーキの仕上げしてるし、プのつく馬鹿は論外だし、他のみんなは迷子捜索に慣れてないし。私くらいしか人員いなかったのだ。 それと、ちょっとだけ、下心もある。ひょっとしたら二人っきりになれないかなあって。 そりゃあみんなでパーティーもいいんだけどさ。恋人ですから。 「ちょっとくらい欲張ったって罰当たらないでしょ。」 というわけで、ただいま町を捜索中。さあて今日はどこに…って、 「あれ?」 オーストリアさん見つけた。馴染みのカフェの中。ふつうにコーヒー飲んでるし!こっち気付いたのか笑って手上げてるし! 慌てて中に入り、何してるんですか!?と声を上げる。 「コーヒーを飲んでいます」 「そうじゃなくて!」 みんな待ってますよ!そう言えば、困ったような笑顔。 「…では、もう少し待ってもらいましょう」 「はい?」 「あなたがコーヒーを飲み終わるまで。」 こと、とテーブルに置かれるホットコーヒー。見れば、よく見るウェイトレスの女の子。ごゆっくり、とにっこりされてしまって。 「エリザベータ」 「、はい、」 「誕生日プレゼント代わりに、あなたと二人で過ごす時間をください。」 ダメ、でしょうか? って…ああもう、そんな、眉毛下げて笑わないでくださいよもう! 「…知ってますか?」 「はい?」 「私、オーストリアさんの『お願い』、断れた試し、ないんですよ…。」 私の時間くらいでよければ、喜んで、差し上げますよ。 笑ってみせれば、ほう、とうれしそうに緩む、表情。 「ああでも、プレゼントは受け取ってくださいね?かなり時間をかけてがんばったんですから!」 「はい。…ぜひ。」 それじゃあ。と椅子に座って、コーヒーに手を伸ばす。 優しい、幸せの味がした。 「オーストリアさん。」 「はい?」 「お誕生日、おめでとうございます。」 「…そのセリフを貴女の口から聞くのは、朝から何度目でしょうね?」 「あら。何度だって言いますよ?」 だって、こんなにうれしい日なんて、他に無いんですから! 戻る . Trick or Treat? 言ったら、あなたは呆れるかしら? 「Trick or Treat?」 そう声をかけると、しばしきょとんとした後、困ったようにオーストリアさんは笑った。 「今日はお菓子はありませんねえ…。」 「あら。そうなんですか?」 じゃあ、いたずら、ですねえ。 にこにこ笑う。 ちなみに確信犯、だ。今日のために、昨日、この家にあるお菓子全部食べちゃったんだもの! ずるい?そんなことないわ。だって全部オーストリアさんのためだもの。ラブイズオーケー愛さえあれば!多少の茶目っ気は必要でしょう? す、と足を組み替える。 赤い悪魔の衣装は、ちょっとスカート短いけど、でも、彼は怒ってないみたい。誰にも見せてませんか、はい、オーストリアさんだけですってやりとりが効いたのかも。んふふ。ヤキモチ妬いてもらえるのもうれしいんだけど、やっぱり好きな人は笑顔でいて欲しいじゃない? とと。考えてることがずれてる。いたずら。そう、いたずら! オーストリアさんに、いたずらが、できる! さあ覚悟してくださいよオーストリアさ、ん? ぱちり、と瞬いた。するり、と私の頬に伸びてくる手。 細い指先が頬に触れる。くすぐるように撫でられる。…あれ? 細められる、瞳。うっとり、というかなんというか…そして、口元に浮かぶ、妖艶な、笑み。 なんだろう。この雰囲気、は。 「あなたからのいたずら、ですか。…とても楽しみですね。」 「…え、」 「さあ、何をしていただけるんでしょうか?かわいい…私の悪魔さん。」 悪魔、と言いながら、まるで彼が悪魔、みたいだ。人を闇へと引き寄せる…見とれてしまうような、悪い笑顔。 思わず、一歩後ろへ下がると、二歩、距離を詰められた。 結果、とすん、と後ろにあったベッドに、腰を落としてしまって。 「ねえ、ハンガリー?」 甘く呼ばれた名前に。 あ、ダメだオチル、と思った。 戻る . デートだ。彼と、誕生日デート。 もうその響きだけでふわふわしてしまう。 「さて、次はどこに行きますかね。」 「そうですねえ…」 しばらくのんびり歩くのもいいかもしれない。ウィンドショッピングも素敵だ。 「ふふふ」 「上機嫌ですね」 「ええ!」 だってすごくうれしいんだもの! おしゃれして、綺麗にして同じくかっこよくおしゃれしたオーストリアさんと歩けるなんて! 「変わってますね。」 ドイツなんかは私とは一緒にいたがりませんよ。その言葉に、あら、恋人と一緒にいたがらない女の子はいませんよ、と笑う。 そうしたら、う。と一瞬、彼は動きが止まった。 …こういうこと言うと、照れるんだよねーかーわいい。 何事にも余裕がありそうなのに、いざ恋愛ごととなると、ぎくしゃくしだす彼はとてもかわいいと思う。 かわいいって思われるのは、嫌かもしれないけど。 それに。そうやって真摯に私に向き合ってくれてる、って、わかるのはすごく、うれしい。 「…ハンガリー。」 「はい?」 首を傾げると、す、と差し出される腕。ぱちり。瞬いて。 「行きますよ。」 そう言って、ちらりとこちらを見る彼は、首もとまで赤くなって、いて。 「!はい!」 その腕に抱きつくようにして、腕を組んだ。 ふわり。上品な、彼の匂いがする。 「オーストリアさん。」 「何ですか。」 「私、幸せです。」 「…そうですか。」 それなら、よかった。 心底ほっとしたように紡がれた言葉に、胸がきゅう、とした。 「オーストリアさん。」 「はい。」 「大好き。」 「!!…私もですよ、ハンガリー。…誕生日おめでとうございます。」 「はい!」 戻る |