ほんの少しでいいから、気持ちを言葉にして欲しい、というのは、普通の気持ちじゃないかしら? 愛しうる限り愛せ 「どうぞ」 「ありがとう、ハンガリー」 お茶の用意をしても、オーストリアさんは楽譜を見たままこっちを向いてくれなくて。 それが少し残念で、でも作戦のために気を取り直して、ああそうだ、と何でもない風を装って、言ってみる 「大好きですよ、オーストリアさん」 「はい」 …それ、だけ? 一瞬息が止まって、それから涙が溢れそうになった。 オーストリアさんは、あまり好きとか言ってはくれない人だ。 それはもちろんわかってるし、そんなところも好きなんだけど、だけど、でも。 …たまには、言って欲しいって、思っちゃったのがいけなかったのかな… こっそりとため息をついて、失礼します、と部屋を出よう立ち上がる。 「ハンガリー」 呼び止められて、彼の方を見ると、穏やかな光を湛えた瞳が、こっちを向いていて。 「ピアノを、聞いていきませんか」 何故か困ったように笑う彼に、断る理由もなく。 す、とピアノを前に、オーストリアさんの目が真剣になる。 この表情が見たいが為に、ピアノが聴きたいとよくお願いするくらい、好きな表情 そっとピアノに置かれた指が、動き出す 奏でられる曲は、私もよく知る曲で。 愛の夢、の、第三番 優しく、ときに力強い旋律が、胸を震わせる。 その、彼なりの『言葉』は、普通に話す言葉よりもずっとずっと、想いに満ちていて。 まるで、オーストリアさんの心を映し出しているような気がして。 曲が終わっているのにも気づかず、立ち尽くしていた。 「…私には、これくらいしかできないんです」 すみません、ハンガリー。 そう、困ったように笑ったオーストリアさんは、ハンカチを私に差し出してきた。 「…え」 「涙を拭いてください。あなたに泣かれるとどうしていいやらわからなくなるんですよ」 そういわれて、ようやっと自分の頬が濡れていることに気がついた。 ありがたくハンカチを受け取り、涙を拭う。 「あなたを楽しませてられているか、というと、できてはいないんですけどね」 選曲を間違えましたか、と言うオーストリアさんに、激しく首を横に振った。 胸が詰まって声が出ないけれど、そんなことはない。絶対にない。 だって、オーストリアさんといるだけでこんなに幸せなんだから! 「…ありがとう、ございます…だいすき、です」 やっとのことでそれだけ告げると、オーストリアさんは、優しく目を細めて、微笑んでくれた。 戻る . こないだ買ったばかりの服を着て、同じ時に買った日傘をさして、家を出る。 天気は快晴、気分は最高! だって今日は、オーストリアさんが、デートに誘ってくれたんだもの! 楽しい時間 コンサートのチケットがあるんですが、と前置きしてから、オーストリアさんは、ちら、とこっちを伺って微笑んだ。 「コンサートの時間まで、デート、しませんか?」 一瞬、聞き違いかと思った。けれど、もう一回言われて、頬をつねってみても痛くて、夢じゃなくて、もう天にも舞い上がってしまいそうな心地で! 「では、いつもの喫茶店で、なんてきゃー!もうきゃー!」 オーストリアさんかっこいいー!とつい叫んでしまって、周りの人に変な目で見られて、早歩きで通りを歩く。 でも、ああだめだ、うれしくてうれしくてもう、頬がにやけてしまう。 くるくると傘を回して歩く。スキップでもしたい気分だけれど、また変な目で見られそうだから我慢する。 約束場所まではそう遠くはないけれど、つい楽しみで早く家を出てしまった。 どうしようかな、あんまり早く行っても…、とか考えているうちに、いつの間にか喫茶店が見えてくる。んー…どうしよ。と思いながら見ると、あれ。見覚えのある姿、が、見える、気が…? 「え、あれ、オーストリアさん?」 うそ、と見直すけれど、時間は、まだ約束の一時間以上前で、でも、約束場所のオープンテラスでくつろいでいるのは他ならぬオーストリアさんで。 待たせちゃったかな、と慌てて行こうとするけれど、ふと目に入ったショーウィンドウにぐちゃぐちゃの髪の毛が映っていて慌てて鏡と櫛を出して整える。そして、一つ気になりだしたら、ああもう、化粧薄すぎたかなぁ、アイシャドウの色間違えたかも、といろいろ気になりだしてなんだか家にとって帰して全部やり直したくなってきた。 「今から化粧し直してる時間ないよね…」 「ええ。…そんなことをしなくても、あなたは綺麗ですし。」 独り言に、返事があって、え、と顔を上げると、そこには。 「お、オーストリアさんっ!!」 「おはようございます、ハンガリー。」 おはようございます、と返して、鏡とかを鞄にしまう。こんなとこを見られちゃうなんて。顔が熱い。恥ずかしい。 「では、早いですが、行きましょうか、ハンガリー。」 はい、とうなずくと、前を歩きだしたオーストリアさんにばれないよう、ああもう時間よ戻れとため息をついた。 「ああ、そうだ。ハンガリー」 振り向かないまま、呼ばれて、は、はい?と返事をする。ああもう声ひっくり返ってるし! 「今日はいつもより一段と可愛らしく見えますよ。」 こっちを見ないまま、言われた言葉に。 クローゼットをひっくり返して服を選んだ昨日も、悩みに悩みながら化粧をした朝も、無駄じゃなかった、と泣きそうになった。 戻る x. 「オーストリアさんは、ハンガリーさんのどこが好きなの?」 「はい?」 何ですかいきなり、と顔を上げたオーストリアさんに、にへ、と笑ってなんとなくーと答える。 「どこが好きなの?」 「…そう、ですね…」 ふむ、と考え込むオーストリアさんに、わくわくと返事を待つ。 「…あえて言うならば居心地の良さ、ですかね。」 「居心地の良さ?」 「はい。…彼女がいないときに思ったんですよ。彼女がいたらいいのに、と。隣にいてくれれば、それだけで幸せな気分になれるのに、と。」 それから、好きになったんです。微笑んだ彼の顔がとてもとても幸せそうで、いいなあと笑ったら、少し顔を赤くした彼が、こほん、と咳払いして、紅茶を入れてきます、と席を立った。 ヴェーと見送って、後ろを振り返る。 「だってーハンガリーさん!」 ドアの向こうをのぞきこむと、耳まで真っ赤にしたハンガリーさんが、顔を両手で覆っていた。 「ハンガリーさん?」 「…あ、も…オーストリアさんの顔見れない…!」 泣きそうな声のハンガリーさんに、うれしくない?と尋ねるとうれしすぎて、と返ってきた。 「…いいな」 うらやましい、とつぶやくと、そうでしょ?と真っ赤な顔のまま、ハンガリーさんは笑った。 「だって私のオーストリアさんだもの!」 戻る . いつのまにか、眠っていたらしい。 目を開け、ため息。目の前にある窓の外はもう暗い。…どれだけ寝ていたんだか。 そして、体にいつの間にかかかっている毛布に彼女のことを思い、小さく苦笑して、体を起こそうとして。 違和感に気がついた。 左肩が、重い。 肩が凝っているとかそういうことではなくて。 何か、重いものが乗っている。 「ん、う…」 聞こえた声に、かちん、と停止。 ゆっくり首を巡らせる。 左肩に頭を乗せて眠る、ハンガリーの姿。 ため息をひとつ。それから、小さく苦笑。こんなところで寝ていたら風邪を引いてしまいますよ、なんて、自分のことを棚に上げ、心の中で呟く。 ハンガリー、そう声をかけようと思ったのだが、起こすのも忍びなくて、自分にかけられた毛布を彼女にかける。 ぽーん、と年代物の時計が時間を告げた。…もう夜だ。夜の十二時。 そこまで考えて、はっと思い出す。 自分が、どうしてここにいたのかを。 「…そうでした。」 彼女を待っていたのだ。…いつもなら帰す時間だが、今日は、今日だけは引き止めて。 そうして、夕食を一緒に食べた後、片付けは私がしときます、とキッチンを追い出されて、それで、こうやってソファで。 ポケットの中をたしかめる。…あった。ちゃんと。 そっとそれを取り出して、しばし眠る彼女をそれを交互に見て考え、それから、その包みを開けた。 丁寧に包まれた紙を開けば、出てくるのは箱。 その中から銀色の、明るいグリーンの花のデザインがかわいらしいブレスレットを取り出して、起こさないように細心の注意をはらって彼女の手を持ち上げ、留め金をとめる。 …起きて、彼女が気付いたら、どんな表情をするだろうか。起きて欲しい。けれど、このまま寝ていて欲しい気もする。 小さく苦笑し、その手をゆっくりと下ろした。 「んん…。」 ふ、とハンガリーが眉を寄せた。起こしてしまったようだ。 とろん、と眠そうに姿を見せるダークグリーンの瞳を覗いて、ゆったり、と微笑む。 最初に言う言葉は、すでに決まっている。 「おはようございます。それと…誕生日。おめでとうございます、ハンガリー。」 戻る |