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「優勝は五番のロヴィーナ・ヴァルガスさんです!」
という声が聞こえて、はっとした。
フェスタで作られた舞台。やっと見つけたロマーノが立つそこの、上に大きな横断幕を、とっさに読んで、は?と声を上げる。

…ミスコンだった。

舞台から降りていくロマーノを目で追いながらそっちに向かおうとする、が。ものすごい人の量にかき分けて進むのは難しくて。

「今の優勝の子めっちゃかわいくなかった!?」
当たり前やど阿呆!
「彼氏おるんかな…フリーやったら絶対声かけるのに」
おる!ロマーノは俺の!かけるな!

周りから聞こえる声にいちいち(内心)つっこみを入れながら、前に進む。
だいぶ近づきはしたが、壁が厚くて、その向こうで俺とデートせーへんとか一緒に食事でもとかあげくのはてはキスしたってなんて聞こえてきて、イライラして、怒鳴りつけたろかと思ったその瞬間、壁の向こうから確かに声が聞こえた。

「アントーニョ!」

ちょっと泣きそうな、ロマーノの声。すぐにここや!と叫んで、振り返る邪魔な男共を押しのけて、前に進んだ。
すぐに、よく知る頭が、胸に飛び込んできて。
「どこいってたんだちくしょー…」
ぐず、と鼻をすすりながらの弱々しい声に、ごめんな、と謝る。
不安だったのだろう。知らない人たちに囲まれて声かけられて。
ぎゅう、と胸のあたりを掴んでくる手が、愛しい。ついでに周りにいるやつらへの牽制も兼ねて、ロマーノの顔を上げさせて、さらり、と長い髪を撫でて、周りに見せつけるように、深く唇を重ねた。


すっかり人が減って歩きやすくなった人混みを、ゆっくり手をつないで歩く。
「もー…おれへんなあと思ってたらあんなとこにおるから驚いたで」
「…ごめん。」
素直な言葉。何であんなとこ?と聞くと、係のお姉さんが人数足りないって困ってたから、と小さな声。なるほど。ロマーノには困っている女性を放っておくなんて、できないだろう。

「まさかあんなことになるなんて…」
「当たり前やろ。…俺のロヴィーナは世界一かわええんやから。」
つないだまま離されない手に、キスを落とす。ロマーノの顔が真っ赤に染まった。いつもなら、つないだ手も離されるけれど、よほどさっきの状態が怖かったらしい。しっかりとつながれたままで。
「もう離さへんから。」
「…当たり前だ馬鹿。」
小さな声に、そっと微笑んだ。

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波打ち際で遊んでいるイタリアと、見守るドイツを遠くに見ながら、ロマーノはため息をついた。
その足首には、ハンカチが巻かれている。
「ほい、ロマーノ。」
渡されたジュースを受け取って見上げる。隣に座ったスペインは、やー楽しそうやなあイタちゃん。と遠くを眺めて。
「ほんまやったら、ロマーノやってあっちおったのに」
「…」
答えられなかった。
悪いのは、俺、だと思う。

イタリアに構いっぱなしのスペインにいらついて、三人を置いて、前をずかずかと歩いていたロマーノは、足元も見ずに歩いていたから、段差に気づかないで、足を踏み出してバランスを崩し、足をひねってしまったのだ。

「ドイツにちゃんとお礼言うときや。綺麗な顔に傷つけんですんでんから。」
言われて、ぷい、とそっぽを向く。
それが問題だ、とロマーノは思う。
何で俺を助けたのがスペインじゃなくてあのじゃがいもなんだよっ!
不覚にも、腰を支えられて、大丈夫か、と尋ねてくる声にどきっとしてしまった、というのが悔しくて悔しくて仕方ないらしい。
そんなことを知るよしも無いスペインは、だいたい、ロマーノがあんな高いヒールはいてくるからこけるねんで?と呟いている。

「あ、あれは!」
「はきなれてない靴はくからやろ?もー。背伸びした格好する必要ないやんか。」
呆れた声が、余計にショックを与えて、じわ、と泣きそうにまでなってしまう。

だって、どうせスペインが弟に構うのは目に見えてたから。ちょっとくらい、おしゃれとかしたら、かわええなって言ってもらえるかと思っただけなのに。
…褒めてくれたのは、スペインを除く二人で。
本当に褒めて欲しい人は、気付きもせず。

「ロマーノ?」
顔をのぞき込んでくるスペインから、顔を背ける。
と、隣からため息。
「あかんでロマーノ〜」
「何がだ、ちくしょー!」
何にもしてないのにだめとか言われて、きっと睨みつける。
睨みつけてもあかんて、と苦笑された。だから何が!
「怒ってても美人なんやから…ロマーノが選んだ服やから何も言わへんかったけど、やっぱ着替えさせるべきやったなぁ」
「そ…それは似合ってないって意味か、ちくしょー…」
ショックを受けていると、そうやなくて、髪を撫でられた。
「似合いすぎってこと。…俺だけが見てるとこやったら、大歓迎なんやけどな?」
ドイツとかイタちゃんに見せるのはシャクやん〜

告げられた言葉が消化できなくて、ヴェネチアーノは、実の弟だぞ、とかどこか間違ったことを言ってしまう。
「弟でもいやや。俺だけの前にして!」
な?と囁かれて、かあ、と赤くなってしまう。
そうしたらスペインはぷっと噴き出して、トマトみたい、と言い出して。
「っあのな!」
「でもかわええ。」

ちゅ、とキスされて、全然予測してなくておろおろしていると、遠くからあー!いいなぁ!こらイタリア!と声がして、そうだ、一緒だったんだ、と思い出して、かっと真っ赤になってスペインを突き飛ばした。

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「…スペイン、」
名前を呼ぶ声が少し不安げで、どないしたん?と言いながら振り返って。

そこに恥ずかしげに立ったロマーノの姿に、停止し、ずるずる、とソファに倒れ込んだ。
「あかん〜あかんてロマーノ〜…」
顔を手で覆うスペインに、な、なんだよ、おまえだけに見せろって言ったのおまえだろうがこのやろー!とロマーノが声を荒げる。

ロマーノが着ていたのは、スペインが用意した服の中で一番気に入っていたワンピースで、これ着てー!と何度も言われたのだが、それがあまりに短く、ふわふわできらきらで、可愛らしすぎて、どうしても着る気になれなかったもの。
けれど、今日、弟にその話をしたら、下にジーンズとかレギンスとかはけば?兄ちゃんかわいいから、きっとかわいいの似合うよ、と言われたので、そうか、と思って着たのだ。
なのに、感想はまた『あかん』で、ふてくされてしまう。

「あー…あー…うん、もう大丈夫。おいで、ロマーノ。」
ソファに座り直したスペインに両手を広げられ、いつもなら、それを無視して、向かいとか、隣に座るのだけれど、今日は素直にその膝の上に座ってみた。
「え!」
本気で驚いたスペインに、ちら、と見上げてにらみつける。
「…何だよ、ちくしょーが…」

スペインは深くため息をついて、ふ、不満なら退くぞ、と立ち上がろうとすると、あー待って待って待って!と腰を両手で抱きしめられた。
「かわええから、この上なくかわええから、でも俺の理性とか都合とかそういうもんも考えて欲しいねんて〜!」
…だそうだ。

うう、あかんで、俺、これは試練や、と肩に埋められた顔が呟く。
…ちょっと、おもしろい。
首を回して、その頭にキスを落としてみる。びくり、と過剰反応。
「ロマーノぉ」
情けない声に笑いを堪えながら、ふと思い出して、あいつら、どうしてんのかな、と呟く。

「…あいつら?」
「バカ弟と、」
ドイツ?と聞かれ、うなずく。
「そうやなぁ…いちゃいちゃしてるんちゃう?昼間やってずっとそうやったし。」
ドイツ別人みたいやったなぁ、と言われてうなずく。
弟も、見たことないくらい幸せそうだった。

「…お似合い、って、ああいうのを言うのかな。」
「えー」
非難の声に、何、と見上げる。スペインの顔には、は不満、と書いてあって、何だよ、ともう一度尋ねる。
「お似合いっていうのは、俺らみたいなことを言うんやろ?」

自信満々に言われて、…どうだろうな、と言い返すと、え、え、違うん、ロマーノ?と慌てた声がして、笑い声を堪えるのに必死だった。

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「なあ、ロマーノ。」
そう呼ばれて、何だ、ちくしょー、と顔を上げる。
そしたら、思いのほかすぐ近くにスペインは、いて、何だ、と思っていたら、頬を撫でられて。

「子供、欲しくない?」

…思いっきり頭突きして逃げた俺は、悪くない、と、思うぞ、ちくしょー。

「痛!!痛い!何すんのロマーノ!」
「うううううるせーっ!いきなり何言い出すんだこのやろーっ!」
警戒して、壁に背中を貼り付けて額を押さえるスペインをにらみつける。くそ、痛いのはこっちもだ!
「やってー…ほら、こっちおいで。」
そう言われたって、言ったら、危ない気がする。いろいろ。貞操とか。そういう。
返事の代わりに、じり、と後退りすると、あー、ほら、ごめん。なんもせんから。な?とたしなめられた。

…それでも、警戒はしたまま、ぎりぎり手を伸ばされても届かないところに椅子を置いて、座ると、あーもうごめんて、と困ったように言われた。
「お、おまえが悪いんだぞ、ちくしょーが。」
「そやね。はい。いきなり言うた俺が悪かったです。はい。」
とりあえずそこでええから、聞いて?と言われ、なんだよ、と言い返す。
何が子供欲しくない?だ!
「あのな、子供、欲しくない?」
「だからそれは何だ!」
怒鳴ると、あ、変な意味ちゃうねんで、別にシようって言ってるわけやなくてな、いやシたいのはシたいけど、と弁解になってるのかなってないのかなことを言い出したので、椅子ごと一歩後ろに引いてやった。
「あーもう、やからそうやなくて!」
「だから何なんだよ!」
叫ぶと、なんていうたらええのかなー…とスペインは考え込みはじめて、あのな、と切り出した。
「子供、おったら、楽しいとおもわへん?」
「…は?」
一緒にいろんなことして、遊んだり、怒ったり泣いたり笑ったり。そういうのって、楽しいと思わへん?

そう、言われて、何なんだ、と眉を寄せ、ふと思い出した。
こいつ、今日スウェーデンのとこ仕事で行ってきたんだっけ。あそこには、オークションで手に入れたとかいう、子供がいた、はず。
「…なんだよ、ちくしょー。」
他人がうらやましくなっただけか。そう呟くと、うらやましくなっただけとちゃうで、と言い返してきた。
「ロマーノと、その子と。…三人やったら、楽しいやろうなって思ったんや。」
ロマーノは俺が育てたけど、今度は、そのロマーノと、二人で。
そう言われて、想像してみる。
朝、おきて、三人で。買い物とか、シエスタとかして、ご飯食べて、口ついてるってぬぐったり、一緒にお風呂に入ったり。おやすみって、また明日って寝かしつけて。
「やから、そう思ったから、そう言っただけやねん。」
決してやましい気持ちは、いやちょこっとあったけどな?なんて笑う、素直なスペインに、思わず笑って、椅子から立ち上がって、背を向ける。
「あああ!ごめん!怒らせたら謝るから。」
おろおろしだした空気を背中に感じながら、小さく、呟いた。
「…いても、いいかもな。」
「…へ?」
「……おまえ似の、男の子、とか、俺似の、女の子、とか。」
「へ!?」
すっとんきょうな声を聞きながら、すたすたと歩き出す。
ちょ、な、ロマーノ、それ、どういう、うるせー自分で考えろ!
追いかけてくるスペインから逃げながら、そう怒鳴った。
「なあ、なあ!期待してええの?今晩、な、ロマーノ!」
「知るか!」

それ以上うれしそうな声を聞いていることなんかできなくて、だっと自分の部屋に逃げ込んだ。
ドアにもたれかかって、ずる、と座り込む。
「……欲しいって思ってるの、自分だけだと思うなよ、ちくしょーが…。」
馬鹿スペイン。そう、呟いて、熱く燃え上がった顔を膝にうずめた。

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