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呼び鈴を鳴らしてから、はたと、まずいんじゃないのか、と気がついた。
なんにも考えないでスペインの家に来てしまったが、こんな姿で、スペインが俺だとわかるはずもない!
逃げるか、でももう一回フランスの家を通らなければ家には帰れないし、そんな危険は冒したく、ない。
どうしようとぐるぐる考えていると、がちゃん、と目の前のドアが、開いた。

「はいはい、どちらさん…」
スペインのオリーブ色の瞳が、こっちを見た。
何も言えずただ見返すと、二、三度瞬きをしたスペインが、「ロマーノ?」と呟いた。
なんでわかった、と思いながら、何度もうなずく。
「はー…えらい可愛らしくなったなぁ…とりあえず入り」
にこ、と笑って言うのが、あまりにいつもと同じで、当惑しながら、中に入る。

ちょっと待ってな〜なんて、チョコラーテと置き去りにされて、なんだかため息をついてしまった。
あまりにいつも通りなスペインにびっくりだ。というか何であいつは俺が女になってるとかそういうことにつっこまないんだ!
「何なんだよ…」
とりあえず出されたチョコラーテを飲む。…いつもと同じ味に、ほっと一息。
「お待たせ〜」
戻ってきたスペインに、文句を言おうとして、ぴた、と動きを止める。

…何だろう、あいつが手に持っているものは、というかスカートは。

「ロマーノこれ着て〜」
「ってなんでそんなもん持ってるんだよちくしょーが!」
思わず叫ぶと、女の子がちくしょーなんて言ったらあかんで、とたしなめられ、スカートを渡された。
…デザインは、悪くない。赤いフレアスカートと、ブラウス。明らかに女物の。
…まさか浮気相手がいるのか。と、ショックを受けていると、前にフランスのやつにおしつけられてん、と言うスペイン。少しほっとしながら、受け取るが、やはりスカートを着るのは抵抗があって。

「けどずっとその格好でおるわけにもいかんやろ?」
サイズの大きすぎるシャツとズボンをベルトで無理矢理止めている現状を指摘され、う、とつまる。
「だいじょぶだいじょぶ。ロマーノかわええから何でも似合うって!」
「…あんまりうれしくない」
ぼそり、と呟くと、もー、この子は…とため息つかれた。
「あ、やったら俺が着替えさせ」
「着替えてくる。」
危険なことを言い出したスペインを置いて、さっさと手近な部屋に逃げ込んだ。


残されたスペインは、大きくため息。
「…はああ…あかんて、あんな格好…目に毒…」
大きすぎるシャツで、だいぶ危ういところまで開いた胸。手のひらまで隠す袖の長さ。
まるで、終わった後で自分のシャツをとりあえず着せたときのようで。
「我慢できるんかなぁ俺…でもロマーノ嫌がるやろうしなぁ…」
小さく呟いて、そっと苦笑した。

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訳の分からない事態に、少し不安だったのだろう。
今日、泊まるからなと宣言したロマーノに、じゃあ一緒に寝よか、とふざけて言うと、うなずかれた。
もちろん、何もしない、したら別れる、とまで約束した後、だったが。(でも恋人やねんからちょっっとくらいなんかあってもいいと思うんやけどなぁ…)
部屋に入って、ロマーノを招き入れる。
ドアを閉めて、立ち尽くすロマーノを追い越し、ベッドにダイブ。あー、幸せ…

「ほら、ロマーノも…って何してんの!?」
振り返ったら、ロマーノが普通に服を脱いでいる途中で、ちょっと心臓が止まりそうになった。
「何って…っ!!」
気づいたのか、ロマーノは、はだけた肩をばっと隠して。
「…誘ってるんやったら、大歓迎やけど」

いつもの癖で脱いでしまったのだとわかっていながらそう言ったら、ふざけんなこのやろーあっち向いてろ!と怒られた。
はいはい、と後ろを向くと、ごそごそ、と後ろから音がする。あー、振り返りたい。きっと絶景が広がっている。でも、その代償は、みぞおちに頭突きどころじゃすまないだろう。へたすると、恋人という立場さえ失いかねない。

恥ずかしがり屋からなあ、ロマーノ。と思っていると、ぎしり、とベッドがきしむ音がした。
「もうええ?」
「…おう」
その声に振り返ると、キャミソールに短いスパッツ姿のロマーノが、ベッドに上がってきたところで。
思わず、目を閉じて深くため息。
「なあロマーノ…」
「な、なんだよちくしょー…」
「ほんまに手出したらあかん?」
ダメに決まってるだろーが!と、怒られた。…耐えきれるかなあ、俺…


このやりとりで警戒したロマーノが、ベッドのすみの方でこっちむくなちくしょーはいはい、と背中あわせに寝て、それでも、次の朝になったら、いつも通り抱きしめあって眠っていたのは、言ったら違うと言い返すだろうが、本当に寝ぼけたロマーノのせいだったりする。

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「ロマーノ本気でいいよ、うちおいで」
はあはあ言いながら寄ってくるフランスに、ロマーノは本気ダッシュで逃げ、スペインの後ろへ。
「フランス、おまえロマーノ怖がらせんなや!」
大丈夫やからな、俺が守ったるからな、とロマーノの頭をなでてから、自分の後ろに匿う。
「…スペイン、マジでロマーノちょうだい?」
いつになく真剣なフランスに、いつちなく真剣に、スペインも返す。
「だ・れ・が・や・る・か!」
「けちけちすんなよ〜」
「ケチとかそう言う問題ちゃう!」
ぎゃいぎゃい、と喧嘩をする二人を、ぽかん、と眺めるロマーノのとなりに、影がひとつ。

「はー…あいつら暇だよなぁ…」
びく、と震えたロマーノががば、と見上げるとそこには大嫌いな金髪。
逃げよう、としたら、あー、気にすんな、俺おまえに興味ないから、と一言。
…よく顔を見ると、そいつは、たまーに見たことがあったプロイセンだった。
「暇だよなあ、あいつら。」
おまえの取り合いとか、という言葉に、小さくうなずく。
「俺なんか、別にどこにでもいる感じなのにな。」
「…そうでもないと思うけどな。」

ぼそ、と聞こえた一言に、顔を上げると、あいつと同じ青い瞳が、こっちを見ていた。
思わず一歩引くと、顔を近づけられて。
「俺の好みはもうちょい色白だけどな。つり目美人だし、髪も綺麗だし。…なあ、フランスが嫌なら俺のとこ来ないか?」
する、と髪をなでられて、触るな!と声を荒げると、すごい勢いで飛んできた何かがプロイセンの頭を直撃した。

昏倒するプロイセンをびっくりしながら見ていると、飛んできた方向から、ものすごい勢いでスペインが走ってきて。
「ロマーノ!大丈夫か、変なことされてないか、あかんでこんな変人に近づいたら!」
顔をのぞき込まれて、こくこくとうなずく。と、かわええなあとがっしり抱きしめられた。
「…っ、スペイン…ってめ…っ!」
足下から聞こえてくる声に、スペインは顔も向けずに蹴り飛ばして。
「ロマーノに近づくんやったら容赦せえへんで。」
頭の上から響く低い声に、思わずかちん、と固まると、さーロマーノうちに帰ろか〜と、頭にキスが降ってきて。ひょい、と抱き上げられる。
「じゃあな、二人とも。…ロマーノに手出したら本気で承知せえへんから覚えときや。」

スペインの肩越しに、死体が2つ見えた気がしたけれど、うん。見なかったことにしておこう。

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ベッドに寝ころんで、ベッドの隅の方で背中を向けて眠るロマーノを見る。
今日も、近づくなよ!と叫んで、昨日と同じ格好で眠ったロマーノは、…昨日の時間でいくと、そろそろ、のはずだ。

そう思っていると、案の定もぞもぞと何かを探すように動きだし、ベッドから落ちそうになったところを慌てて腰に手を回して引きずり戻す。
「…危な。」
ほ、と息を吐いていると、ぺたぺたと腕を触っていたロマーノが、寝ぼけまなこでもぞもぞと反転する。
「スペイン…?」
「ここにおるよ」
そう声をかけると、どこ行ってたんだちくしょーが、と機嫌悪そうに言われ、いや、離れて寝てたのはロマーノやろ、と内心つっこみを入れつつ笑う。
すり、と胸元に体を寄せてくる動作は、あどけなくて、とてもかわいらしい。
「もう離れるなよ、スペイン」
「はいはいお姫様。」
動いたせいでぐちゃぐちゃになった髪を梳いてやると、眠い…と小さな呟き。
「寝とき。まだ朝日も昇ってへんよ。」
「んん…おやすみのちゅー…」
ん、と、もう半分以上閉じた目で、顔を上げるから、はいはい、と唇に口づけを落とす。
そうすれば、すやすやと寝息を立てはじめるロマーノに、はああ、と息をついて。

「…これで明日の朝怒られんの俺って、もんのすっごい理不尽やねんけど…」
なあ、ロマーノ、と声をかけても、胸の中で夢の世界へ旅立ったロマーノに聞こえるはずもなく。
…でもま、こんな可愛らしい寝顔見れるんだったら、まあいいか。
やれやれと苦笑して、頭をなでる。
「んん…スペイン…」
「はいはい。」


次の日の朝、近づくなって言ったろちくしょーが!て叫んだロマーノに、またスペインが頭突きを受けるのは、もう決定された未来。

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不安というやつは、いつのまにか頭の中にあるものだ。
「…なあ」
「んー?何?」
「…俺、女の子の方が、よかったのか?」
は?と振り返るスペインを、じっと見る。
「え、何?どういう意味?」
「だから!…俺、女の子の方がいいのか?」
「何で?」
「だって、スペイン楽しそうだし…明らかに優しいし…」
そう呟くと、彼はそりゃあ滅多にないし、女の子やったら優しくするのは当たり前やろ?と返してきて。
「でも、そうやなあ…ロマーノが男か女かどっちがよかった、って話しやろ?やったら…んー…」

考え込んで。考え込んで。
スペインは笑って、あっけらかんとどっちでもええわ!と言った。
「はあ!?」
「どっちでも好きやで〜」
「おまえ…真面目に答えろこのやろーっ!」
ばんっとベッドを叩く。が、俺大真面目やで?と言いかえされて。
「俺どっちも好きやもん。」
男のロマーノも、今のロマーノも、と笑われた。
…そりゃあ、嫌われているよりはうれしいけれど。でも何か釈然としない。
「それに、俺が好きなのは、俺と遊んだり、畑耕したり、掃除したり、シエスタしたり、ケンカしたり、仲直りしたり、いろんなこと一緒にしてきた、『ロマーノ』やから。」
『ロマーノ』やったら、男でも女でもどっちでも。世界で一番愛してるで?
楽しそうにそう言われて、かあ、と頬が火照った。

「あ、愛してるとか、言うなこのやろっ!」
「えええ何で〜?」
俺ロマーノのことこんなに愛してるのに、なあ、ロマーノ、愛してるで、と何度も言われて、うるせーちくしょー!と頭突きを決めると、いたあ、とか言いながらそのまま、抱きしめられた。
長い髪を、さらさらと撫でられ、動けなくなる。

「かわええなあ…このまま、甘やかして過ごすのもええし、もちろん、元に戻った後でわいわい騒ぎながらいろんなこと一緒にするのもええし。やっぱり選ばれへんなあ」
愛してるでロマーノ、そう、髪をかきあげながら耳元で言われて。
ちくしょう、と呟いてから、小さく俺も、と言った。

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