えっと。 イギリスさんとレストランからの帰り道。 …なんか、誘拐されました。 現状整理終わり。 どこかの倉庫らしいそこに、ひとり。体を起こす。体の節々が痛い。あと、足。じわじわとにじむような痛みは、たぶん擦り傷。深くは無いがけっこう広い。まったく。中身は違いますけど外見はレディなんですから乱暴に扱わないで欲しいものです。 そんなことを思いながら、ちら、と縛られた体を見、体を動かしてみる。…あらい結び方。 やっぱりすんなりと縄抜けできて、舐めないで欲しいものだ、と思った。まあ、相手もこっちがそんなだとは思ってはいないだろうけれど。 部屋の外を、そっとドアの隙間から覗く。…見張り、というか、これで全員なのだろう。誘拐犯のグループが、何かを話していた。英語はどうしても難しくて未だに苦手なので、あまり聞き取れないが、金とか、電話とか、そういう言葉は聞き取れた。…身代金でもとるつもりなんでしょうか?でも一体どこから? そう思っていたら、犯人たちがこっちにやってきた。 やば、隠れないと。そう思って一瞬目を離したすきに、何か起こったらしい。怒声が聞こえてきた。 もう一回のぞくと、犯人たちの半分が伸びていた。何があったんだろう、と思ったら、隙間から見える範囲内に、犯人の一人、と、もう一人。 あれ。見間違いでなければ、今、犯人の一人に思いっきり膝蹴りくらわせたのは、ええと。 イギリスさんではないだろうか。 見事な手並みで、(けどあれわざと痛くしてるよなあ…)銃さえ持っていた、7,8人の犯人グループを(楽しそうに凶悪な笑顔で)全員倒したイギリスさんは、ぱんぱん、と手を払った。 …途中、なんかいろいろと言っているのが聞こえたけど、たぶんほとんどスラングで、まったく聞き取れなかった。(でもきっとおそらく、聞き取れなくてよかったと思う。) それを確認してから、ドアを押して外へ出てみる。…鍵さえかけてないなんて、ほんと無用心。 「!日本!」 ぱっと駆け寄ってきたイギリスさんは、さっきまでと違って、いつもどおりのイギリスさんで、大丈夫か、ひどいことされてないか、と聞かれた。平気です、と答える。自分の着ていた上着を脱いで貸してくれるあたり、ありがたい。少し寒かったのだ。 「ちょっと、足痛いですけど。」 「足?」 擦ったみたいで、と少しだけスカートを持ち上げると、思いのほか血がにじんでいた。これは、治るのに時間がかかりそうだ。後、風呂とか絶対しみる。 やだな、と思っていると、低い、日本に傷負わせた…?という呟きが聞こえた。 はっと見上げると、さっきのばったばった敵を倒していたときの表情に近いイギリスさんがいて、あ、やばい。これは止めないと、と一瞬で判断して、その胸の中に飛び込んだ。 「に、日本?」 「…帰り、ましょう。」 少し声を震わせてみると、効果は抜群だった。 すぐに、心配そうな表情に戻ったイギリスさんに、体重をあずけ、歩き出す。 途中、銃に手を伸ばしていたやつの手を踏んで、銃を蹴り飛ばしておいた。 戻る . さすがに、家をずっと留守にするわけにもいかなくて(まあこんな姿見られるわけにもいかないんだけど)、幸い、大きな仕事なんかはなかったので、とりあえず家に残っている食材だけでもどうにかするため、イギリスさんに家に連れて行ってもらった。 それで、家の片付けをして、まあそんなに時間をかけずに終わったところで、着物を着て散歩とかどうだろう。そんな話になって。 だから、片付けたところなんだけれど、とりあえず着物をがさっと取り出した。 「イギリスさん、どの色がいいですか?」 尋ねるが、日本が選んでくれるなら、どれでも、という回答。…そういう答えが一番困るんですけど…。 ふむ。と考え込む。いつもならば、紺や深い緑、といった色を着てもらうことが多いけれど…少々試したことの無い色を見てみるのもいいかもしれないし。 「…とりあえず、これとこれとこれとこれと…あ、イギリスさん、その風呂敷三つ下ろしてもらっていいですか?」 よし。試してみないとわからない。という結論に至って、気になる着物を選んだ。すると、え、と声が聞こえた。見ると、頬を引きつらせたイギリスさんの姿。 「…まさか、それだけ全部着ろとか、言うのか?」 「当然です。」 にこ、と笑って見せた。 着物の色が決まって、ほっとした表情を見せたイギリスさんに、まだですよ。と言った。 「帯の色が決まってません。」 「…マジかよ…。」 勘弁してくれ、と言われて。何を言うんですか、これからでしょう。と言い返した。 帯を出してきて、考える。結局緑青色の落ち着いた着物に決めた。から、これに合うような、色、は…。 「……それに付き合ったら、日本の着物、俺が選んでいいか?」 あまりよく聞こえていなくて、いいですよーととりあえず返して、帯を選ぶのに集中した。 「え、ちょっと、待ってください!その色はちょっと…!」 「何だよ、選んでいいって言ったの日本だろ!」 ああもう、適当に返事をしたらろくなことが無い! 桃色や黄色の着物は、綺麗だけれど、綺麗だと思うのはそれは自分が傍観者だからであって、いざ自分が着るとなると話が別だ。 「ってか日本の家にあるんだから着たことあるんだろう?」 「ありませんよ!もらい物です!」 日本絶対こういう色似合うって、着てみたら?ときらきらした目で言う女性は、私の国にも何人かいた。 一瞬思い返していると、んー、やっぱこっちかな、とより派手な桃色のほうを渡された! 断りかけたら、約束した。ときっぱり一言。 う、と黙って、ええい仕方が無い!とそれを着ることにした。 男性よりも、色の合わせ方が多様になるのが、女性ものの特徴で。 「こっちの方が可愛くないか?」 「ダメですよ。着物が結構柄が多いから、バランスとるために帯はこういうのでないと…。」 「それは色が暗い。」 「暗くないですよ、もう若くないんですからちょっと落ち着いた方向にさせてください!」 「大丈夫だって。見た目は十分若いから。」 「ああもうそうではなくて心の問題としてですよ!」 わいわいと言い合っているうちに、ふと暗くて、帯の柄が見えずらい、と思った。 明かりをつけないと、と立ち上がってはっとする。 ………暗い? 外を見れば、太陽がもう出ていなくて。 「…え、ちょ、今何時ですか!?」 …十九時だった。 軽く散歩でも、くらいのノリだったのに、あんなに熱中してしまって何をしていたんだろう、とため息をつきながら、外を見る。 夕食は、残っていたそうめんと、食べないといけない食材で簡単に作った。 俺何やってたんだろうな、と苦笑するイギリスさんは、着物のままで、私も、結局イギリスさんが選んだ明るくかわいい着物と帯をして、縁側に座る。 「…でもまあ、よかった、かな。」 「そうですか?」 隣を見ると、思ったより明るい表情のイギリスさん。あんなに長い間つき合わせてしまったのに、と言うと、でも、結局日本のその姿は見れたし、といわれた。 「それに、日本と一緒だったら、どんなことだって楽しいさ。」 返事が、できなかった。 瞬時に赤くなった顔でえ、えと、あの、と言葉を捜していると、か、勘違いするなよ!と大きな声。 「別に日本がいるから楽しいとかそういうことじゃないんだからな!」 ちら、と見ると、ふい、と顔をそらしたイギリスさんの耳も真っ赤で、おそるおそる彼の肩に体重をあずけて(途端にかっちんと固まった)、私も同じ気持ちです、と言ったら、だいぶ経った後に、肩を抱いてくれた。 戻る . 朝、目が覚めた。二日目以降一緒に寝ていた日本がいないのは、よくあること。 あまり驚かなかったが、ふと、ああ、今日は八日目だ、と気がついた。 少し残念な気もしたが、とりあえず着替えて、朝食を作っているだろう日本の元へ向かう。 とんとんとん、と音。昨日より、高い身長の後ろ姿。なんだかどきどきしながら、日本、と声をかける。 「おはようございます、イギリスさん。」 昨日より落ち着いた声。よく聞いたはずの、声に、心臓が高鳴った。 「お、おはよう。」 「朝起きたら戻ってましたよ。」 「そうか。」 返事を返すと、何も言わずに見つめられた。コンロの火を消して、近づいてくる。 「日本?」 「残念ですか?」 そう問われた。少しだけ考えて、少し、と答えた。本心だ。もっとしたいこともたくさんあった。 「…男の私と女の私とどちらが好きですか?」 するり、と首に腕を回された。に、日本?と慌てた声を出すが、黒曜石の瞳は引かない。 「……えと、どっちも、なんだが。」 「が?」 首を傾げた彼。さら、て流れる黒髪が、いつもより輝いて見える、のは、なんで、だろう、か。 高鳴ったまま治まらない心臓。左胸を押さえて、目を閉じため息をついた。 「…今、惚れ直したから男、で…」 日本は目を丸くして、それから困ったように笑った。華やかな、俺だけの知っている笑顔! 「ずるいですよ、イギリスさん…」 「…おまえには言われたくない…」 日本の方がずるい、と言って強く強く抱きしめた。 戻る |