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がちゃ、とドアの開く音に、イギリスは振り返った。
「…お見苦しいところをお見せしました…」
不機嫌そうな日本は、鮮やかな朱い着物を着ていて、思わず見とれてしまうほどに、美しかった。
「…イギリスさん?」
「あ、ああ。悪い。」
いいええ別にそんな、と口にする日本がひどく機嫌が悪そうなのは、俺が魔法をかけた張本人だからだろう。
どうしても、一度、日本の女性化を見てみたかったのだ。ついでだし、と何人か巻き添えにしたが。
「…うちの文化を知りたい、とおっしゃるから持ってきたのに、まさか私が着せられるとは思いもしませんでしたよ。」
女物の着物を見て、ため息。すまない、と謝ると、謝るくらいなら最初からしないでください、と厳しい言葉。
「まったく…私なんかを女にして何が楽しいんですか…」
「いや、楽しいっていうか。」
驚いた。思ったより、かなり美人だった。黒の艶髪、深い夜のような、黒一色では決してない、美しい瞳。もともと綺麗だが、それ以上になった、自分たちとは少し違う肌の色。
清楚で、凛としていて、こういうのをきっと大和撫子、と呼ぶのだろうと思わせるような。そんな、美しい女性。
…非の打ち所がないとはこのことだろう。
ため息をつくと、日本は、どうせそんな美人じゃありませんよ、とふてくされていた。…ちょっと、可愛い。
「そんなことない。すごく綺麗だ。」
そう告げ、そっと手を取る。
いつもより細くて柔らかい手。…折れてしまいそうだ。
そっと跪いて、手の甲にキスをする。
「えっ、イギリスさん…っ!?」
「俺と散歩でもしていただけませんか、お嬢さん?」
そう、見上げて尋ねると、かあ、と赤くなった日本は、口元を俺が持っていない方の手で覆って、小さくうなずいた。

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タオルを届けないといけないな、と思っただけなのだただ単に!
いつも日本は長風呂だから、危機感を持ってなかったのも事実だけど!

脱衣場のドアを開けたのと、がちゃん、と、風呂場のドアが開いたのは、同時だった。
え、と戸惑う間もなく目に飛び込んできたのは。

黒髪と、なめらかなバターのような肌。艶やかな曲線。タオルで前を隠しているけれど、ほとんど裸の。

思考停止。頭が働かない。目が合う。黒く、そこの見えない、深い夜の色。見たこともないくらいまん丸になったそれ。
ひゅ、と息を飲む声を聞いた。その途端に、やっと体が動いて、即ドアを閉めた!
「すまない!」
声と、日本の悲鳴は同時。

ばくばくと心臓が鳴り出す。
壁にもたれかかり、ずるずると座り込む。
いや、そんなつもりはなかった。まさか鉢合わせするなんて。まったく思っていなかった。でも、見てしまった。
艶やかな肌。濡れて、しっとりとした、美しさ。
想像しただけでぞくぞくしてしまう、くらいの、なめらかさ。
…ああもうだめだって!
頭から振り払おうと首を振るが、効果はあまりなくて、目を閉じて天を仰いだ。

そのとき、かちゃ、と目の前のドアが開いた。
「…あの、」
のぞく、赤くなった顔に、ど、どうした!と裏返った声を出す。
「タオル…」
いただけませんか、と小さな声で言われ、大慌てで手に持っていたタオルを渡す。
一瞬、触れる、暖かな、指。

ぱたん、とまた閉まったドアを見送って、はああぁ、とため息をついた。

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「い、一緒に寝ないか!」
言ったぁ!

日本は、びっくりした表情で固まっていた。
ダメだ、と言われるのなんか、想定済み。
それでも、百に一つの可能性にかけてみた。
いや、別にやましい感情があるわけじゃなくて、ただただ、一緒に寝たかったのだ。純粋に!
いつもなら、おやすみなさい、の一言で別々の部屋。
だけれど、一回くらい一緒に寝たい、とか思っていて。

昨日は、えーあー、事故があったのでそんなこと言えなかったけれど、今日なら。
それと、ちょっと気になったのだ。
今日の朝、寝不足のように見えた日本にそれを指摘したら、やっぱり一人になるとちょっと不安で、とそう言っていたのが。

だから。言ってみた。けれど。

固まった彼女を見つめる。と、イギリスさん、と呼ばれた。
「こっち、来てください。」
そう言われて、あ、ああ、と近寄る。
と、ぐいと腕を捕まれて体が浮いて、投げ飛ばされた。背中があたるが、痛くはない。ばふん、とベッドの上。一瞬息が止まった。
へんなこと言わないでください!と怒鳴られるのか、と思った。
「変なことしたらこうしますからね!」
「す、すまな、…え?」
変なこと、したら?
驚いて見つめると、日本は赤くなって、ベッドの端にちょこんと腰掛けて。

…百に一つが、起こった。

どうせなら、と自分の部屋に連れてきて、一緒に寝ることにした。一人で寝るには大きい、けれど二人で寝るには少し小さいベッドに寝転がる。
心臓がようやっと鎮まってきた。

「…こうやって、誰かと寝るの、初めてかもしれません。」
そう言われ、え、と顔を向ける。
「…中国とは?」
「一緒に寝るのは、しませんでしたね…あ、ドイツさんとイタリアくんと、一緒に野宿はありましたけどねぇ。」
そうなのか、と少し驚いた。

俺は、アメリカが小さかった頃には、よく一緒に眠ったから、小さい子供には皆そうするものなんだと思っていたけれど。
「小さい頃、も?」

「ええ。かわいくない子供でしたから。一人で寝れますって意地張って。」
ほんとは、少し怖かったりしたんですけど。そう笑う日本に、そっと布団の中で手を動かして、その手を握った。
「あ、」
「…これで、怖くないだろ」
言いはするが、日本の顔なんか見れない。逆方向に真っ赤になった顔を向けると、後ろから、はい、とうれしそうな声。

それが聞けただけで、がんばった甲斐はあった、と思った。

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「嫌です!」
「日本!頼むから!」
口論は、三十分ほど続いていた。

きっかけは、イギリスが日本を食事に誘ったこと。まあここまではよかったのだ。高級レストランなんてそんな、と日本がおろおろするくらいで済んだし。

問題は、そこのドレスコードを理由に、ドレスを着なくてはいけなくなったこと。
それを知ってから、かれこれ三十分、嫌です行きません最初からそれが狙いだったんじゃないですか一人で行ったらどうですかイギリスさんの馬鹿!と部屋に引きこもった日本と、頼むからいや別に狙ってたわけじゃなくて忘れてただけで一人でとか言うなよなあ頼むって日本!とドアの外に張り付いたイギリスの論争は続いていて。
なかなか、終わりそうにない不毛な言い争いだったが、日本〜、と情けない声をイギリスが上げたところで、細く、ドアが開いて。
「…もう、予約してしまったんですか。」
こく、とうなずくと、深く深くため息をついてから、日本は仕方ありませんね、と呟いた。
「日本!」
「ただし今回きりですからね!」
「ああ!」
ぎい、と天岩戸は開いて、イギリスに軍配が上がった。

紺色のドレスを着た日本は、いつもと全然違う雰囲気をまとっていて、ほう、とため息をついた。
「…似合わないでしょう。」
「そんなことない!…すごく、綺麗だ。」
そう本心を告げると、日本は、何だか落ち着きません、と視線をうろうろさせて。
「あ。そうだ。メイク、してやろうか。」
「え、イギリスさんメイクできるんですか?」
まあな、と言うと、す、と視線が冷たくなった。
「やっぱりわざとなんじゃ。」
「だ、だから忘れてたんだって!」

日本の肌は、白く透き通るような、とはいかないけれど、きめ細かで、とても美しかった。
す、とパフをすべらせ、薄く化粧をしていく。
「…意外です。」
イギリスさんがこんなことできるなんて、と言われ、そうか?と呟く。
…本当は、今日のためにフランスに頭を下げたなんてことは、秘密だ。
想像していたよりもずっと柔らかい頬に軽く触れて、ああ、心臓が壊れそうだ!
「…今思い出したんですけど。」
心臓を必死で鎮めながら、アイラインを入れる。少し強くなった眼力で、至近距離でにらまれて、な、なんだ?と聞く。

「ドレスコードって、着物も大丈夫でしたよね。」

思わず、明後日の方向に視線をそらした。イギリスさん?と少し怒ったような声がする。
「だ、だって、こうでもしないと、日本ドレスなんて着てくれないだろう?」
「当たり前です!…もう…。」
もっと早く気づくべきでした。と悔しそうな声を聞きながら、ごめん、と謝る。
だって、見たかったんだ。むしろこれが目的で日本を女性に変えたと言っても過言ではない。そりゃあ、着物も似合っている。けれど、やはり見慣れた格好で。
「…まったく…仕方ありませんね。」
「日本!」
「ただし、今日だけですからね!」
強く念押しされて、何度もうなずく。

それから、もう終わりですか、いや、あと口紅だけ。とそう言って、手に取った。
そっとブラシを走らせると、鮮やかな赤色に、染まった。
思わず息を飲むほど、美しい赤。

「…キス、します?」
見入っていると、いきなりそんなことを言われて、慌てて後退りした。
そしたら日本はくすくす笑い出して。
「〜っ!日本!」
「お返しです。…しませんよ。せっかくの口紅がとれてしまいますから。」
くすくすくす。笑いながら、日本は立ち上がって、その手を差し出してくれた。
「ほら。早くしないと、予約の時間になってしまいますよ?」
「……ああ。」
苦笑して、その手をとり、ゆっくりと立ち上がった。

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