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かつかつかつ、と響くヒールの音の後を、ドイツはため息をついて追いかける。
「フェリシアーナ。」
呼んでも、振り返らない、どころか、かつかつ、のスピードが上がった。
それでも走らないのは、朝盛大にこけたところだから。履き替えなかったイタリアに、今だけは感謝だ。そうでなければ、イタリアの逃走スピードに追いつけるほど、足は速くない。

「フェリシアーナ、悪かったから、だから…。」
「…謝るんだ。ドイツの馬鹿!」
謝っちゃいけないのか。
少々つっこみながら、フェリシアーナ、ともう一度呼び止めた。
それでも、イタリアは止まらない。ぷい、とそっぽを向いて、そのポニーテールを揺らしながら早歩きして。

ふとその前を見て、心臓が止まりそうになった。
「イタリア!」
思わず叫んで、その体を引きずり戻す。
「ヴェっ!?」
衝撃に倒れこんできたイタリアをしっかりと抱きとめて、はああ、とため息をついた。
「前ぐらい見て歩け、馬鹿。」

もう一歩前に足を踏み出していたら危なかった。
イタリアの目前には、結構急な階段が。

「ヴェ!?…ご、ごめん、ありがと…。」
今更気づいたらしい。ぎゅ、としがみついてきた。
ちゃんと立たせてから、ふと自分が叫んだことを思い出して、辺りを見回した。…誰もいない。

確認して、ほっと一息。
思いきり、イタリア、と叫んでしまったからだ。
それと同時に、誰もいないのか、と思った。

今更ながらに心臓がどきどきしてきた。
ドイツが引き止めてくれなかったら、危なかった。階段から落ちて、最悪。
はあ、とよかった、と息を吐いていたら、後ろからぎゅ、と抱きつかれた。
「…イタリア。」
そう、呼ばれた。耳元で、そっと。
顔を上げて、上下逆さまにドイツを見ると、唇にキスされた。
「ヴェっ!?」

ここ、外なのに。誰か見てるかもしれないのに。
前なら、絶対にこんなことしてくれなかった。どれだけせがんでも、手をつなぐくらい、で。
なのに、女の子になってからは、たまに、こうやって、抱きしめたり、キスしたりしてくれるようになって、すごくどきどきしてしまうのだ。

「…さっきは、悪かった。」
そう言われて、思い出す。

ドイツが女の子達に逆ナンされていたのだ。
そりゃあ、ドイツはかっこいい。今日は特に、俺が服選んで、髪も下ろしてもらって、かなりかっこいい。朝見惚れちゃったくらい。
だから、ドイツに声をかけてた女の子達の気持ちわかるし、俺がもし元の姿で、そうやって声かけてくれたらすごくうれしい、でも、ドイツは俺のなの。
なのに、困ったように笑ったまま、ドイツは話してるし、なんだか胸がもやもやしてくるから、その子たちの間に割り込んで、ドイツを強引に連れ出した。

「…そんな顔をするな。」
また、キスされた。見上げると、ドイツは笑う。あのな。そう言って。

「俺が好きなのは、イタリアだけだ。見惚れるのも、美しいと思うのも。…だから、安心しろ。」

ちゅ、とキスされて、その顔があまりに甘くて、で、その言葉も甘くて、流暢だから。
「…ドイツがフランス兄ちゃんになった…。」
赤くなった顔を押さえてそう言うと、ちょっと待てそれはどういう意味だ。と眉を寄せて、あ、やっぱりドイツだ。と思った。

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「ダメだ!絶対ダメだ!」
「ヴェ〜…」
落ち込んだ声にも、頑としてドイツは首を縦には振らなかった。

目の前には、(めずらしく)パジャマを着たイタリアの姿。当たり前だ、彼は今イギリスのせいで彼女、になっているんだから!

何がどうなったのか、なかなかにスタイルの良いイタリアは、女性の体にも関わらず、いつもと同じようにキスしたりハグしたりしてくる。…いやまあそれはいい。まだ。
問題は、夜一緒に寝よ?とやってくることで。

「ドイツ〜」
「ダメだと言っているだろう」
完全に追い出す体勢で、にらみつけると、じわ、と目に涙がにじんだ。
う、とつまりかけるが、OKは出さない。絶対にだ。
…イタリアは、俺も男だと言うことをわかっているんだろうか?
「俺、ドイツと寝たい」
聞きようによっては爆弾発言に、息が詰まった。
「っあのな!…何か、あった後では遅いんだぞ」

ない、とは思っている。けれど、心の底から自信があるわけではなかった。
元の姿では、その、とっくに、している行為だが、女性となったイタリアと、では意味合いが変わってきてしまう。

「…ドイツならいいよ?」
「そういう問題じゃない!」
怒鳴ってはあ、とため息。
「とにかく、部屋に戻れ。」
「…やだ」
「イタリア…」

仕方がない、昨日のように、部屋の外に放り出すか。立ち上がりかけて、イタリアの顔を見て、ぎょっとした。

つ、と頬を流れる涙。
ひく、としゃくりあげられて、い、イタリア、と呼ぶ。
「じ、じゃあ、ドイツは、もし二度と戻れなかったら、二度と一緒に寝てくれないの…?」
しゃくりあげながらの言葉に、瞬く。
「そんな、のやだ、よ、っねえ、ドイツ…っ!」

ヴェ〜!と大声を上げて泣き出したイタリアを、いつのまにか抱き寄せていた。
いつもより小さな体、柔らかい肌。頭を撫でると、長い髪が絡んだ。

こんな風に泣いている相手を、放り出せるわけがない。まして、相手は、姿は違うと言えどイタリアなのだ。しかも、自分のした行動で、傷つけていたようなのだ。…それで、とれる行動など一つしかなくて。

はあ、とため息。…仕方がない。
一端イタリアのからだを離して、抱き上げ、ベッドに寝かせる。
「ヴェ?」
「寝るんだろう。…一緒に。」
ベッドに体を乗り上げると、勢いよく抱きつかれた。
「ドイツ大好き!」
笑顔が可愛くて、でもその前にふにりとあたるふくらみが、……はあ。

その後、腕に抱きついたまま離れないイタリアに根負けして、機嫌よく寝てしまったイタリアと打って変わって眠れるわけもないドイツは。
「…くそ、かわいい…」
すやすや眠るイタリアを見て、はああ、と深いため息をついた。

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ふわり、と、風が舞って、きゃーと楽しげな悲鳴が上がった。

「ドイツー!早く早くー!」
ふわりと広がる可愛らしいチュニックを着たイタリアの笑顔に、ドイツの顔がほころび。
「やー…イタちゃんかわええなぁ…」
隣から響いたスペインのでれでれ声に、ドイツは肘鉄を入れ、逆隣にいたロマーノは、渾身の力で(ピンヒールの先で)スペインの足を踏んだ。

デートしよう、兄ちゃんたちも一緒に!とそうイタリアが言ったのは、昨日のこと。
知らない間に、話が進んでいたらしい。
構わないが、と言ったら、じゃあ明日!と言われて明日!?と叫んだ。
が、とんとん拍子に話は進んで。

気がついたら、待ち合わせ場所に四人そろっていた。
「…いいのか、俺が一緒で。」
隣に来たロマーノに声をかけると、いいわけねえだろ、と不機嫌な声。
「けど、あいつらが勝手に話進めちまったんだから、仕方なく来たんだよちくしょーが。」
女性になっても口の悪いロマーノに、なるほど、と呟く。…俺と同じ、か。

「くそスペインめ…ヴェネチアーノにでれでれしやがって…」
不機嫌丸出しの表情に、ちら、と前を見る。…楽しそうなよイタリアと、確かにでれでれしているスペイン。
「かわええなあ、イタちゃん」
「ありがとー、スペイン兄ちゃん」
遠くから聞こえる声に、隣からくそう、と声がした。

「…おまえも美人だと思うけどな。」
「!?」
がば、と勢いよく見上げられた。…なんだ…?
「な、何言って、」
「似合うぞ。紅いフレアスカート」
「!?っ!??」
正直に言っただけなのに、そ、そんなこと言ったって、お、俺はなびかないからなちくしょーとか動転したように言われた。…何なんだ?
首を傾げていると、ドイツーっと大声で言いながら腕に抱きついてきた。イタリアだ。

「俺は?俺は?」
「はいはいかわいいな。」
「ほんと!?この服は?」
「似合ってる。…青のは初めて見るな。」
「うん!お店でかわいくて〜」
「…また一人で勝手に外に出たのか…」
「あっ、ごめんなさい…」
しゅん、となったイタリアの頬をなでる。頭をなでたら、せったく彼女が朝からセットしていた髪型が崩れてしまうからだ。
「いや。今度から気をつけろよ」
「はぁい。ドイツ、キスキス〜」
顔をつきだしてくるイタリアに苦笑。
「はいはい。」
頬にキスを落としてやると、イタリアはうれしそうに笑って。

その向こうに、真っ赤に顔を染めたロマーノが見えた。
「どうかしたのか?イタリア兄」
「…お、おまえら、」
「はー…別人みたいやで、ドイツ…」
近づいてきたスペインにそう言われ、そうか?と呟く。
「ドイツはいつも優しいよ?」
「…いつも…」
そうなのか、と呟いたロマーノがまだ顔を赤くしていたのが不思議で、首を傾げた。

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「いい加減にしろよ、イタリア!!」
「やぁだあ!一緒に入る〜!」
ばんばんばん、と風呂場のドアを叩かれて、ドイツは頭を抱えた。

裸のまま、背中でドアを押さえ、だいぶ長いこと時間がたった。
風呂に普通に入っていると、がちゃん、とドアが開いたのだ。
「ドイツー!」
聞こえた声に、真っ青になる。普段ならば、まだ気にもならないが、今回はあまりに違いすぎた。即ドアを閉め、ドアに背を当てる。
「えっ、ど、ドイツー、ドイツー?」
「ふざけるなよイタリア!」
今の自分の状況わかってるのか!?と怒鳴る。一瞬見えたイタリア(というか一瞬以外見る気がなかったので目をつむった)は、バスタオル一枚を巻いただけの格好に見えた。何を考えているんだあいつは!

「…ドイツとお風呂、」
「ふざけるな!」
おまえ、自分の体を大事にするとか、というか普通に一緒に風呂に入ろうとするな!と背中越しに叱る。
「…やだ、やだー!やだー!ドイツと入るー!」
ばんばんばんばんとドアを叩かれた。ひく、と頬が引きつる。
「ダメに決まってるだろう!」
「やだぁ!ドイツと入る!」
「イタリア!」
だん、と一度ドアを叩くと、外は一瞬しん、と静まりかえった。
それから、うぇぇ、と泣き出す声が聞こえた。
はああ、と深くため息をつく。

「イタリア…頼むから、自分の体を大事にしてくれ」
俺だって男なんだから、と言うと、お、俺、としゃくりあげながらの声がした。
「俺、ドイツとなら、いいよ?」
「そういう問題じゃないだろう」
イタリア、とたしなめると、違うの、そうじゃなくて、と、まだ話は続いているようだった。
「そう、じゃ、なくて。」
「なくて?」
うながすと、ひく、と、息をのむ声がして。ちら、と振り返ると、スモークのドア越しに、涙を拭っているのだろう、イタリアが、見えて。
「…あのね、俺、ドイツがいい。」
するならね、他の誰でもない、ドイツがいいの。ドイツじゃなきゃ、いやなの。…だからお願い。


息が、できなくなった。


その声に、その、内容に。
目を閉じて、一気に沸騰した頭を押さえて、深く深くため息をつく。
「…ダメ?」
不安げな声に、わかった、とかすれた声で返す。
「え、」
「わかった。…それが、おまえが、ちゃんと考えての結論だっていうのは、わかった。」
それなら、断る理由なんか、こっちには、微塵もありはしない。
…イタリアがいい、のは、こっちも同じなんだから!

「じゃあ!」
「だが風呂は勘弁してくれ…」
えーなんでー、と抗議の声が上がった。
勘弁してくれ!と叫ぶ。そんな濃い状況に耐えられるほど、女性慣れしていないのだ!
「…じゃあ、あのね。」
ベッドで待ってる、なんて小さく呟いて、イタリアは行ってしまった。
ぱたぱたと足音。

ふらつく体を支えて立ち上がる。
ものすごく冷水のシャワーを浴びたい気分だった。

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