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「うわーん!ドイツ〜!」
聞き覚えのない声と、腰に軽い衝撃。
誰だ、と見下ろすと、見覚えのない、長い髪の女性。
「…誰、だ?」
「俺だよドイツ!」
がば、と見上げられた。涙のにじんだ大きな目、明るい茶色の髪。…なんとなく、知っている気がする、のは、どうしてだろう?

眉を寄せていると、ふと目に入った。
よく知っている、十字架のペンダント。
これを持っているのは、俺の知っている限り、ほとんどいないはず。………あ。

「イタ、リア?」
おそるおそる尋ねると、そうだよー!と抱きしめられて。
「……な、何が、あった?」
「変な格好したイギリスになんか、かけられて、それで、」
こうなっていた、という。
ドイツ〜と泣きつかれて、ため息を一つ。

とりあえず、家に連れ帰り、ぶかぶかの軍服を着替えさせた。うちに常備していたセーラー服をとりあえず。
少し大きいが、軍服よりはましだった。
ドイツ〜と抱きついてくるのをとりあえず避け、後ろを向かせて、長すぎるネックレスの紐を軽くくくって短くしてやる。
「あ、ありがと」
「いや。」

やれやれとソファに座り込む。
なんだか、まだ朝なのに全気力を使った気がする。
「ドイツ。」
隣に座るイタリアの頭をなで、抱きついてくるのを引き剥がす。
「何で?」
「いや、何でじゃなくて。」
何というか。性別というか。胸というか。いろいろとだめだろう、と呟いて、いーやーハグハグーと抱きつこうとしてくるイタリアを両手で押し返す。

「やだぁ!ハグ〜!」
「イヤだ!」
「何で!?俺のこと嫌いになった?」
「…そうじゃない、が…」
「じゃあハグ!」
お願い、ドイツ、なんて、涙目で、ちよっと見上げて言われて、少し大きい服から見える白い肌、とか、あー、待て、そういうのに耐性ないんだぞ!
「ドイツ〜…」
おまけに、中身はイタリアで、好みでないわけがなくて、本気で、待て、あーもう!
深く深くため息をついて、ドイツ、ハグ〜、キス〜と言いながらじいっと見上げてくるイタリアを、抱き寄せる。
「…っ!ドイツ!」
あああ、いつもより柔らかい体とか、あたる長い髪とか、いい匂いとか、ああああっ!

「……ものすごい明日からが不安だ…」
「ヴェ?」

何々〜?と見上げてくる頭を、肩に押しつけた。

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「きゃーっイタちゃんかわいい〜っ!」
「ヴェ、似合う?」
「似合う似合う!かーわーいーいー!」

ドイツ邸に、高い歓声が響く。
人選を間違ったか、と一瞬自分思ったが…まあ、イタリアが楽しそうだからいいか。
「ドイツ見て見て〜似合う?」
ふわっとしたワンピースを着たイタリアがのぞきこんできて、ソファに座って天井を見たままあー似合う似合う、と返すと、ちゃんと見てよ、とすねられた。ちゃんとなんか見れる訳ないだろう!

ふわふわというかきらきらというかしているハンガリーの持ってきた服は、どれもイタリアに似合っていて。
…かわいくて直視できない、というのはおかしいことなんだろうか?
「イタちゃーん、次これー」
「はーい」
ぱたぱたと走っていくイタリアを見送り、顔を手に埋めてはああ、と深いため息。

…もちろん、元の男のイタリアもかわいい、と思う。庇護欲をかきたてるというか。ちょっと情けないが、そんなところも。
けれど、女になった途端きらきらと輝くくらいに美しくなった気がするんだがどうか。…当たり前か、女性なんだから。

そんな外見でいつものようにハグしてキスしてとやってくるんだから、どうしていいやらわからない。…心臓が壊れそうだ。

もう一度ため息をついて、天を仰いで目を閉じると、膝に重みを感じた。
「どーいつv」
楽しそうな声に目を開けてちら、と見ると、ピンクのキャミソールにショートパンツ姿のイタリアが、膝の上に座っていて。
「似合う〜?」
にこにこ笑うイタリアに、心臓を必死でおさめながら、いいんじゃないか、と返す。
「ほんと!?」
「一番似合っている気がする」
そう、本心を言ってやれば、俺もこれお気に入りなの!とうれしそうな笑顔!

あー…文句なしに可愛い…
「じゃあこれで買い物行ってこよ!」

心臓を落ち着けるのに必死で、危うく聞き逃すところだった。
「そのまま外にでるのか!?」
「うん〜」
「ダメだ、下は長いのに履き替えて上に何か羽織れ!」
「えー!!」
いいじゃんかわいいじゃんダメだ、絶対ダメだ!

ぶーぶー文句を言うイタリアをなんとか説き伏せて、露出の少ない服に着替えさせ、ちょっと機嫌の悪いいってきまーすを聞いていると、後ろからくすくす笑い声がした。
「…何だ、ハンガリー。」
「ふふふ…イタちゃんの生足見るのは、自分だけでいいって?」
図星。
なにも言い返せないでいると、それ直接イタちゃんに言ってあげればいいのに。喜ぶわよ?と笑われた。
「…言えたら苦労しない…」
「不器用ね〜」
そんなの昔からだ、と呟いて、深くため息をついた。


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ふわ、と、甘い香りがした。
「…?イタリア?」
なあに?といつもより高い声が返る。
「いや、何か…花でも持ってるか?」
「花?」
そう、花のような、甘い香りがした。
イタリアが後ろを走っていった瞬間。
「ううん。」
「そうか…」
じゃあ、気のせいか?と眉を寄せていると、イタリアがあ!と声を上げて走ってきた。
「…これじゃない?」
手首を出され、なんだ、と見上げると、ふわり、と漂う甘い香り。
「あ。」
「やっぱり。」
これだよ〜とひとつの小瓶を出してくる。
「…何だ?」
「香水。」
へえ、と受け取ると、確かに香りがした。
甘いそれに、ひょい、と裏を見た途端目に入った言語と。
「前にフランス兄ちゃんにもらった奴。」
その言葉に、機嫌は急降下。
瓶を机に置いて、後ろから身を乗り出していたイタリアを肩に担ぎ上げた。
「ヴェ、ど、どこ行くの?」
「風呂」
「へ?」
何で〜?とか言ってるイタリアを、とりあえず脱衣所に放り込み、いいか、匂いが落ちるまで出てくるなよ、と言って、扉を閉めた。

これが、ただ単なる独占欲だとは、百も承知だ。はあ、と、ため息ひとつ。

…やきもち、やいてくれたの、かな?
そうめずらしく気づいたイタリアは、言われたとおり香水の匂いが落ちたのを確認してから風呂を出て、あ、そうだ、と、楽しそうに笑って、タオル一枚を巻いただけの格好で、リビングに向かった。
「ドーイツ、……あれ、いない…」
見渡すが誰がいる気配もなくて、あれぇ?と呟きながらテーブルまでいくと、メモが置いてあるのに気がついた。
少し買い出しに行ってくる、ちゃんと服を着て髪を乾かすように。
「…ちぇー、せっかくドイツ驚かせようと思ったのに。」
驚く前に怒り出しそうな格好でイタリアは呟いて、仕方ないなぁと、服を着に脱衣所に戻った。

服を着て、髪を乾かしていると、ドイツが帰ってきた。
「あ、ドイツおかえりー」
タオルを放り出してハグをする。
「まだ乾いてないぞ、イタリア。」
苦笑しながら、放り出したタオルを拾って、頭をわしゃわしゃとふいてくれた。
「だって長いんだもん」
なかなか乾かないよ、と言うと、ソファに座れ、乾かしてやるから、と言われた。
ドイツに髪乾かしてもらうのはうれしいけど、ちょっと痛いんだよなあ。思いながら、ソファに座る。

髪を乾かしてもらいながら、目の前に垂れていた一本をくるくると指に巻いて遊ぶ。
「まったく…ぜんぜん拭けてないじゃないか」
「だって、ドイツがしてくれるでしょ?」
待ってたの、と言うと、一瞬動きが止まって。
「そ、そうか!」
少し怒ったような声と、頭をなでる強い力。照れてる、と小さく笑う。

と、突然髪を持ち上げられて、首筋に何か冷たいものがかかった。
「ヴェ!?」
思わず首をすくめて何ー?と声を上げると、こつ、とテーブルに置かれた小瓶。
「ヴェ?」
「…やる。」
言われて、小瓶を手に取る。
ふわり、と鼻をくすぐる、シトラスの香り。
…香水だ。明らかに女物の。
「…これ買いに行ってたの?」
返事は無言。
だけど、見上げると見えた、真っ赤な耳が、何よりの証明で。

「…へへへ〜」
「何だ」
「ありがと、ドイツ」
「…いや。」

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おかえりー!ドイツ!と、出迎えた、真っ白なエプロンだけを身にまとったイタリアの姿に、ぴし、とドイツは停止した。
「あ、そうそう。お帰りなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」
にこにこと言われて、誰の入れ知恵だ、と低い声でその尋ねる。
「フランス兄ちゃん」
当然の返答に、そうか、と呟き、どれにするー?とか言っているイタリアの隣を、ネクタイを緩めながら素通りする。

「…あれ?」
怒られるか呆れられるかすると思っていたのに、どっちもされなかった。
ばたん、と奥の部屋のドアを閉めるドイツを見送って、俺魅力ないかなぁと、胸を寄せたりしてみる。
と、ドイツが入っていったドアが開いた。
「ヴェ、」
ドイツは、なぜか軍服を着替えていて、片手にライフルを一丁。
「え、あの、」
「行ってくる」
どこに?と聞いたら、帽子をかぶりなおして、決まってるだろう、と一言。
「フランスを殺りに。」
え、と一瞬固まっているうちに、隣を通り過ぎていって、ま、待って待ってだめだめだめ!と慌ててその腕にすがりついた。
「殺しちゃだめ〜!」
「もう我慢の限界だあの馬鹿!殺す!」
「だ、だめだよ、だめ、だめ〜!」
思いとどまってドイツ〜!と引きずられながら必死で止める。
「俺が悪かったから!謝るから!お願いドイツ!」
ごめんなさい〜!と泣いて謝ると、やっとドイツは立ち止まってくれた。
それから、軍服の上着を脱いで、頭からかぶせられる。
「ヴェ。」
「着ろ。」
ちら、とのぞくと、そっぽを向いたドイツの耳が真っ赤になっていた。

「まったく…あまりあの馬鹿の言うことに流されるなよ。」
「…ごめんなさい。」
ぐすん、と鼻をすするイタリアの頭を撫でる。
「…ドイツ、喜ぶかなって。」
フランス兄ちゃんそう言ってたしって思って。そう言われて、うれしくないわけが無いのだ。
けれど、頼むからフランスの言うことを鵜呑みにするのだけはやめてほしい。こっちの身が持たない。
「…俺は、イタリアがそばにいてくれたら、それだけでいいから。」
柄でもないことを、言ってみる。本心だ。それに、少しでもイタリアが安心してくれるなら。
「…それだけ?」
「ああ。」
でも、俺、いつもドイツにいろいろしてもらってばっかりで、
そう、しゅん、としてしまったイタリアの額にキスをして、じゃあ、たまに夕飯を作って待っていてくれるか、それから、元気でいてくれたら。もう。
それで十分だから。そう、耳元で言って、イタリアを見下ろして、しまった失敗した、と心の底から後悔しながら、慌てて視線をそらした。
今のイタリアの格好を忘れていた。軍服を羽織らせたとはいえ、上から見ると、その。純白のエプロンの間から、大きなふくらみが。

すぐにそらしたはずなのに、ばっちり目に焼きついてしまったそれを頭の中から必死に振り払っていると、わかった、と声がした。
(肩から下はあまり見ないように)視線を戻すと、じゃあ、すっごくおいしいの作って待ってるからね!と笑う。可愛らしい笑顔に、ああ。と微笑んで。


じゃあ、ドイツの好きなものをもっと作ろう。そう思った。今日も、つい自分の好きなパスタにしてしまったけれど。そうだ、ご飯にしなきゃ。
そう思って、ドイツに、今日はね、いろいろ作ったんだよ。ヴルストもあるんだよ。と笑うとそうか、楽しみだな、と言ってくれた。
すぐ準備するね!とキッチンに行きかけて、は、と自分の格好を思い出した。
……汚したら怒られそう。
脱ごうとしたら、そのままでいいから脱ぐな、と言われた。え、でも汚れ、いいから。肩まで下ろした服を、また引き上げられる。
はあい、と答えはするものの、ドイツの服なので大きくて。手のひらがすっぽり入るそでぐちを、わはー大きい、と思いながら眺めて。手を近づけると、香りがした。

「…なんか」
「ん?」
「ドイツに抱きしめられてるみたい。」
ドイツの匂いがする、と袖口を顔に寄せていると、すぐそばからがたたん!と大きな音がした。
見ると、ドイツが椅子ごとひっくり返っている。
「だ、大丈夫?」
「…大丈夫、だ」
そうは言うもののかなり痛そうだった。


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