ついていくと、大きな部屋には、なんか一番最初に来たときに見た、家臣たち全員勢ぞろい…よりもしかしたら多いんじゃないか、というほどの人、人、人! 大勢の視線にさらされて、う、と思わずひるみそうになるけれど、一回目を閉じて、あければ、もう大丈夫。背筋を伸ばしたまま座って、まっすぐに見返す。 …伊達に花魁なんて、裏世界の職業やってたわけじゃない。 なめるな。…これくらい。どうってことない。 「それで、何のお話でしょう?」 そう、返す。…どうせ、俺に出て行けとか直談判しに来たんだろ。 わかってる。でも、そうはさせない。…しない。絶対に。 俺はここ以外に居場所なんてない。…それに、あいつは。 あいつは、アントーニョは、ちゃんと俺を迎えに来てくれた。時間かかってごめんな、でも、もう俺ロヴィーノのこと離したくないねん。大好きやから。って。そう言ってくれた。 だから。俺もそれに答えたいと思う。 俺も、アントーニョのこと、好きだから。好きで好きで仕方が無いから。…一度は諦めた恋だけれど、諦めなくていいんだって、あいつが、教えてくれたから。 あいつの隣を、諦める気は、ない。 決意をして、さあ何でも来い、と深呼吸して。 「…では。」 一番前に座ったローデリヒが。 「申し訳ありませんでした。」 そう言って頭を下げたから、え、と思わず声が出た。 それにならって、大人数が一斉に頭を下げるから、な、何事だ!?とおろおろと辺りを見回す。 「…あなたのおかげです、ロヴィーノ。」 「な、何が?」 何の話だかさっぱりわからない。首を傾げると、す、とローデリヒが頭を上げた。 真剣なまなざし。 「あなたのおかげで、あの御馬鹿さんが仕事をするようになりました。」 …………、御馬鹿さん、ってのは、きっと、アントーニョのことだよ、な、たぶん…。 「は、あ…」 何を言っていいのかわからなくて、変な声を出したら、彼ははああとため息をついた。 「あの御馬鹿は子供の頃から本当に勉強嫌いで稽古の途中に逃げ出すわ家出するわたまに真面目にしててもそれが一時間もったらいい方で本当にこの国の行く末が心配だったものです!あげくの果てに遊郭通いを始めたときにはもう!」 はあああ、とさっきより深いため息。…そんなだったんだ、あいつ…。 「…ですが、あるときから、その生活態度が一変したんです。」 「え。」 「あなたに会ってから。…一年前、跡を継ぎたい。立派な城主になるから、だから、特訓をつけてほしいと言われたときは天変地異の前触れかと思いましたが。…まあ、あまり長くは持たないだろうと、諦めてはいたんです。…あなたを城に迎えてからは、その予想はやはり当たっていて。」 …そう、だろう。最初の一月くらい。あいつ本当に仕事してなかった。日がな一日俺のこと抱きしめて。…だからいらないって、言われるのかな…。 「ですが、ここ一月。…信じられないほどよく働くようになりました。…あなたが、原因だと、そう彼は言っていましたよ。」 「え。」 …一月。…あれか、『ご褒美』、の影響か。思わず、片手に顔を埋める。…あの単純馬鹿…。 「あなたがいろいろがんばっているみたいだから、自分も負けられない、と。」 「へ?」 『ご褒美』じゃないのか、と顔を上げると、紫の瞳が、柔らかく、微笑んだ。 『ロヴィーノががんばってるのに、俺だけなまけるわけにはいかへんし。それに…俺、ロヴィーノに胸張って生きていけるようになりたいねん。あの子に、ここは、俺の国はこんなにいいとこなんやでって言いたいねん。やから…』 「もっとがんばって、この国が豊かになるようにしたいのだと。そう言っていました。」 ただ一人のために。この国を、もっとよいところにしたいのだと。 …それが、俺だなんて。…馬鹿じゃないのか、ほんと…。 「理由はどうあれ、あれが仕事をし出したのはあなたのおかげです。ですから。」 楊貴妃などと呼んだことを、謝らせてください。 また、頭をさげられて、でも俺、何もしてない、と呟く。 そうしたら、首を横に振られた。 「誇っていいんですよ。私達が二十年かかってできなかったことを、あなたはたった一年で、やり遂げてしまったんですから。…これからも、よろしくお願いします。奥方様。」 奥方様。…だって。そんな風に呼ばれて、なんだか体がくすぐったくなる。 「そんな呼び方、しなくても別に…。」 「いいえ。あなたはアントーニョ…いえ、この国の殿の、正妻なのですから。」 思わず。…泣きそうに、なってしまった。 「それと、これに謝らせようと思いまして。」 「痛っ!こらローデリヒ耳引っ張るなっ!」 「あっ。」 前に引きずり出されたそいつには、見覚えがあった。赤い瞳。…こいつ、俺に楊貴妃って、言った…! 「…悪かった。」 「ギルベルト!」 「…申し訳ありませんでした。…アントーニョのことたぶらかしたんだと思ったんだよ。」 そう、言われて、すみません、これはアントーニョの幼馴染で、とローデリヒに言われた。…そうなんだ。 「もう出てけとか言わないから。…言うやつがいたら俺に言え。ぶん殴ってやる。」 「あなたが言いますかあなたが。」 「だから悪かったって!」 「いやあの。…いい、気にしなくて。」 ほんとにそう思って言ったら、すみませんね、すでにエリザベータが張り倒した後ですので。と付け加えられた。…張り倒したんだ…。 「…いいな。」 ぽつ、と思わず呟いた。アントーニョのこと、想ってる友達がたくさんいて…素直に、うらやましいと思った。 「何言ってるんだ。」 「あなたのことも、もちろん心配してるんですよ。…親友の妻なんですから。」 「この城に住む、仲間だしな。」 当たり前、みたいにそう言われて、息がつまった。 「……そう、なのか?」 ローデリヒとギルベルト、だけじゃなくて、たくさんの人がうなずいてくれて。 …アントーニョ、おまえ、幸せ者だぞ、馬鹿野郎…。 頬は緩んだのに、涙が流れて、変な顔になった。 ぐしぐし、と手の甲で涙を拭って、肩の力を抜いた。微笑む。…俺、ここにいていいんだ。 「ありがとう。」 そう言った。困ったことがあったら、言ってくださいね。そう言われて。 「…あ。」 ひとつ、思い当たった。 「なんですか?」 「あ、いや、そんな大したことじゃない…。」 そう言えば、では、場所を移動しましょうか。と言われた。 部屋を移動して、ローデリヒとギルベルトだけ残って、ちょっと本当に思いつかなかった『ご褒美』の話をしたら、そのためにがんばってたんじゃないんですか?と言われた。 「え?」 「料理。」 「え。料理できるのか?」 言われて、いやあの、練習中、とつぶやく。 「エリザベータに聞きましたよ。…アントーニョに食べさせたいんでしょう?」 …それを『ご褒美』、にする気なんて、なかったんだけど。 「や、けど、まだまだ下手だし…。」 「大丈夫だろ。」 「大丈夫ですよ。」 同時に言われて、瞬く。 「…あの御馬鹿さんが、喜ばないわけありませんよ。…なんなら、味見役でこれ貸し出しましょう。アントーニョの好みくらい知ってますよ。」 「これとか言うな!…俺なら、いつでも暇だぜ?」 「あなたも仕事をしなさい。」 「してるっての!アントーニョが帰ってくるまで進められないだけだ!」 目の前で繰り広げられる口論に、ほんと、か?と尋ねる。 「はい?」 「ほんとに、俺の料理で、ご褒美になる、か…?」 2人同時に、こっくりとうなずかれた。 そして、2日なんてあっという間に過ぎて。 「ロヴィーノー!!!」 がばっと抱きついてきたアントーニョを受け止めきれなくて、どさ、と尻餅をつく。 「ロヴィーノ〜ただいま〜あーロヴィーノや〜ロヴィーノぉ…。」 ぎゅうぎゅう、と痛いくらいに抱きしめられて、肩に顔を押し付けられて、お帰り、となんとか声を出す。 「ただいま〜。」 「何やってるんですか御馬鹿さんが…報告はどうしたんですか。仕事が先でしょう!」 「ちょっと待って今ロヴィーノほきゅうちゅう…。」 「ほ、ほきゅ…って何言ってんだ馬鹿!そんなこと言ってたら『ご褒美』無しにするぞ!」 「えっそれは嫌!!絶対嫌!」 …単純…。じゃあ俺仕事してくるから!無しにせんといてやーロヴィーノ!そんなことを叫びながら、あいつは行って。 「…よし。」 「料理してあげることにしたの?」 エリザベータの声に、ああ、とうなずいた。 「がんばれ。」 華やかな笑顔。…アントーニョを投げ飛ばし、ギルベルトを張り倒した人物とは思えないなあ、やっぱり…。 そう思いながら、うなずいて、台所に向かって走り出した。はしたない!という声に今だけ!と答えて。 迎えた、夕飯という名の決戦の場。 どきどきどき。料理が並べられるのを、待つ。…俺が作ったっていうのは、まだないしょ。…後で、言おう、とおばちゃんたちと話して決めた。素直な、感想を聞きたいから。 「うまそー。いただきまーす。」 「いただきます。」 いつものように、アントーニョの隣でお椀を手にとって…けれど、目線だけは、彼から離さないように。 煮物に箸をつけて、口に運んだ! どきどき、と心臓が高鳴る。 「…ん?」 「どうかした?」 どきん、と心臓が鳴った。…まずかった、かな。焦がしたり、はしてないはずなんだけど…。 エリザベータが首を傾げる。 「なんか、味付け変わった?」 「…そうかもね。嫌い?」 うわあそんなこと聞くなよ!!そう内心パニックに陥りながら、じい、とアントーニョの返事を待つ。 彼は笑って首を横に振って。 「俺前のよりこっちの方が好きやなあ!おいしい!」 そう言って、ぱくぱくと箸を進めだした彼に、何にもいえなくなった。 「…だって、ロヴィーノちゃん?」 「?ロヴィーノがどうしたん?」 きょとん、としたアントーニョがこっちを向く。え、あ、と視線をうろつかせたら、がんばれ、とエリザベータの唇が動くのが見えて。 「…作った、」 「ん?」 「これ、俺が、作った…。『ご褒美』…。」 そうなんとか言ったら、ぴし、とアントーニョの動きが止まった。 「……なんとか言えよちくしょー…。」 彼の方なんて見れなくて、うつむいて言うと、…ええ、と囁くような声が聞こえた。 「?何、」 がばあっと、本日二回目に抱きしめられた。 「かわええええええ!!!むっちゃかわえええ!!ほんま!?ほんまにロヴィーノが作ったん!?うわああ!ありがとう!俺全部残さず食べるから!すっごいうれしいわあ!ほんまにええもんやった『ご褒美』!」 耳元で叫ばれて目を白黒させていると、くすくす笑ったエリザベータと目があった。 ぐ、と親指を立ててくる。 「ほら、アントーニョ。せっかくの料理が冷めちゃうわよ。」 「そうやな!いただきます!」 にこにこと笑顔で食べだす、アントーニョが、うまいめっちゃうまい!と本当に嬉しそうに繰り返す。 …こんなに喜ばれるなら、作ってよかった、な。 そう思って、小さく笑った。 「あ、ふあ、あ、ああんっ!」 「…ロヴィーノ、」 愛してる。耳元でそう言われるだけで、イってしまいそうだった。 一番奥でアントーニョを感じて、揺さぶられる。 上にまたがるこの姿勢なら、まだ、俺の方に主導権があるかと思ったのに、ダメだった。突き上げられて、あられもない声を上げることしかできない。 「あ、んとーにょ、アントーニョ…っ!」 必死で名前を呼ぶ。そうでもしないと意識を飛ばしてしまいそうだった。 気持ちいい。気持ちよすぎる。…仕事だったはずなのに。少しは冷静にできたはずなのに。好きな人と、だと思うと、感じると、もうだめだ。がくがくと体が揺れる。頭が真っ白になる。 「ロヴィーノは?」 「あ、あっ!ん」 「言って。」 そう言われて、好き、とうわごとのように呟く。自分が発した言葉が、そう言えることが幸せすぎて、涙が溢れる。 「あ、や、あああっ!」 最奥を突き上げられ、びくん、と体を震わせた。 くずれる体を、抱きしめられて、くる、と体勢を入れ替えられて。 アントーニョの熱で温まった布団の上に寝かされてうるんだ視界で彼を見上げる。 …愛しい、オリーブの瞳。 「…アントーニョ、」 手を伸ばすと、その手に口付けられた。 「…もう離されへんから。」 もしロヴィーノがどこか行きたいって思っても、離さへんから。ああ、それでいいから。…それが、幸せだから。 「離す、な。」 指を絡めて握り締める。離さないで。離されたら…きっと、俺は生きていけない。 「…何が、あっても、この手は、」 「離さへん。…絶対や。」 ぎゅ、と握り返され、ロヴィーノ、そう名前を呼ばれて、またがくがくと体を揺らされる。甲高くなっていく自分の声。あまりの快楽に、考えることを放棄して、その手を強く、握った。 アントーニョは、真面目に仕事をすること。みんなに迷惑かけないこと。 俺は、料理の練習を続けて、月に一度、アントーニョのために料理を作ること。あと、みんなともっと仲良くなること。 お互いに、悩んでることがあるなら言うこと。それから、よほどのことがない限り、夜は一緒に寝ること。 指きりげんまん、やで、と約束をした。これからずっと、一緒に暮らすんやから。 そう囁かれて、うなずいた。…それがどれだけ俺にとって幸せなことか、わかってるんだろうか、こいつは? 「式の準備、せなな…。」 そう言いながらうとうとしだすアントーニョに、肩まで布団をかぶせて、そんな豪華じゃなくていいから、と釘を刺す。…やるやらないは、寝る前に延々口論して俺が折れたから。 「…ん…わかっとる…ロヴィーノ…。」 大好き。そう言って、すう、と寝息を立てだしたアントーニョに、俺も、と呟いて、その胸に顔を寄せた。 「…大好きだぞ、アントーニョ。」 明日も、こいつと一緒なら。…この、城のみんなと一緒なら、きっと。騒がしくて、やかましくて…いい日に、なる。 戻る リクエストで、「帳にある『浮舟』の続き」 でした とりあえずすみません!長っ!も、もともと書きたかった話を詰め込んだらこの状態に…!すみません! ちなみに、悪友三人目は、商談に行った大きい国の殿様です。伊とか独とかはそっちの国にいるんじゃないかな! こんな感じですが、少しでも気に入っていただけるとうれしいです。 ありがとうございました! |