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※リクにある『浮舟』のつづきです。
もしよかったらそちらを読んでからどうぞ

人名呼びです。そしてロマが男の子なのに女の子みたいな扱いされてます

それでもよければどうぞ




『俺のとこおいで、ロヴィーノ。』
そう言われて、うなずいたことを、後悔しているわけでは、ないのだけれど。


「…ふう。」
ため息をついて、座り込む。自分にあてがわれた部屋。…暇だ。することがない。
ロヴィーノはなんもせんでええから、とにこにこアントーニョは笑っていたけれど。
立ち上がって、そっと障子を開けて外を見る。
…見渡す限りに広がる、あいつの、『国』。
ここは、城主であるあいつの城だから。
あそこの山から向こうの海まで俺の国やねんでーなんてさらっとあいつが言ったときには、本当に度肝を抜かれた。いくら狭い世界で暮らしていた俺だって、それがかなりの広さであることはすぐにわかる。それが広ければ広いほど、あいつが、偉い人物なのだということも。

なのにあいつは。
「…さらっと、これ俺の正妻、とか言うし…。」
どよめくどころではなかった、家臣達の様子を思い出して、深くため息。
それが普通じゃないのはわかる。…遊郭出の女を正妻って。妾だろ普通。
……いやあいつは普通じゃないんだけど。俺引き取るためだけに殿様になったようなやつだから。

それはうれしい。素直にうれしいことだ。
だけど、そんなことをしてくれる価値が俺にあるんだろうか、とも思う。
あいつが愛情を傾けてくれるたびに、不安になる。
俺は、そんな大した人間じゃないと、叫びたくなる。
それでも、アントーニョの手を離せない。

だって俺は、ここをなくしたら、もう。
…居場所なんて、ないんだから…。
障子にかけた手を、きゅ、と握り締めた。


そのとき。
「また何か難しいこと考えてるやろ。」
声とともに、後ろからまわってきた手に、抱きしめられた。
誰もいなかったはずの部屋に、いつのまにか、入り込んでいたようだ。

「…アントーニョ。」
首だけで振り返ると、唇が触れた。何考えてたん?甘い声。
「……俺、何したらいいんだろ、って…。」
「ん?ロヴィーノが?」
「だって俺、おまえにしてもらってばっかで…。」
「気にすることないねん。俺が好きでやってるねんから。」
にこにこ笑って頭を撫でられる。…やっぱり。そーいうこと言うと思った。馬鹿。
む、と口をへの字に曲げたら、困ったように笑った。


次の日の朝。
…アントーニョはああ言ったけど、それじゃあやっぱり気が収まらない。
何かできること探そう、と心に決めて、体を起こす。
「むにゃ…ロヴィーノ…」
…ぐい、と布団の上に引きずり戻された。

腰に鈍痛が走って、にらみつけるが、一晩中離さなかったアントーニョは、でへへとにやけてまだ夢の中。
…というか、こいつに身請けされてからというものほぼ毎日この状態が昼あたりまで続く。
たまに会議やと出て行っても、すぐ戻ってくるし。…仕事、しなくていいんだろうか。

いやよくないだろ。うん。思い直して、ついでに邪魔なので揺さぶって起こす。
「おい、アントーニョ。朝だぞ」
「んー…まだ眠い…」
「仕事しなくていいのか!?」
「えーの…それよりロヴィーノといちゃいちゃする…」
「い…」
かあっと顔が熱くなった。が、にらみつけて馬鹿なこと言ってないで起きろちくしょー!と怒鳴りつける。

「なに〜…?」
重たそうな瞼が開いて、オリーブの瞳が顔を出す。ほっと息をついて、ほら起きろ仕事にいけと追い立てる。
「…いや…」
「嫌じゃねえよこのやろーっ!寝るな!」

怒鳴るけれど、無視を決め込んだのか、アントーニョは俺の腰を引き寄せて目を閉じだして。
…怒る、で効かないなら。考える。これでも男手玉に取る商売してたんだ。舐めるなよっ!
「アントーニョ」
耳元で甘く囁く。ぴく、と瞼が震えた。
「今日から…1カ月。ちゃんと仕事して、がんばったら…」
ご褒美やるよ。そう言えば、ぱっちり目が開いた。

「…マジ?」
「マジ。」
…いや特に考えてないんだけど、ご褒美とか。まあ別に後で考えればいいや。と、いいもんだぞ、とか言ってみる。
そうすれば、アントーニョの顔が見る見るうちに輝きだして。
「よっしゃあ!やったるで!」
…単純。と内心笑った。


「それで、何かできることはないか、っていう話ね?」
こくん、とうなずく。

そうねえと考え込んでいるのは、女中のエリザベータ。アントーニョとは小さい頃からの友人らしく、仲がいい。…初日にアントーニョ投げ飛ばしたときは本気でびっくりしたけど。
「そうねえ…何がいいかしら…」
何か得意なこととか、ある?聞かれて、う、と言葉を詰まらせる。
昔から、ほんっとうに自分でも呆れるくらい、不器用なのだ。掃除も洗濯も何もかも。

…そりゃあ、職業柄、夜の相手とかは、上手い方だと思うけれど。
そういうんじゃなくて。そういう、のじゃなくて。なんか、もっと健全なことで褒められたい。すごいな、ロヴィーノ、って、あの太陽みたいな笑顔に見合うだけのことを、してみたい。

「うーん…」
「…ひとつ、だけ。」
小さく呟いた。得意、と言えなくもないことが、ある。
「なあに?」
優しく尋ねられて、口を開いて閉じて、小さく、料理、と呟いた。

遊郭に入る前、決して裕福とは言えない家で唯一の楽しみが食事だったから。味付け変えて、少ない食材をかさましして。おいしいものを、とがんばった、から。少しは得意だ。

「でも、えらい人に献上するようなすごいのなんか作ったことないし、ここでの普段の食事に比べたら全然、だけど、」
言い訳のように口に出したら、そっと手を握られた。顔を上げる。エリザベータの、優しい笑顔。
「それでも、ロヴィーノちゃんががんばって作ったら、きっと、あいつおいしいって馬鹿みたいに喜ぶわ。」
そう思わない?言われて、浮かぶあいつの笑顔!少し、心が高鳴った。
「がんばってみましょう?」
こくん、とうなずいた。

台所へ、エリザベータと廊下を歩いていて、思わず、立ち止まった。前から、歩いてくる姿が見えたからだ。
「?ロヴィーノちゃん?」
呼ぶ声にも、足を踏み出せない。
その、厳しい、メガネ越しの紫の視線から、目を逸らした。
「エリザベータ。」
「あ。ローデリヒさん。」
こんにちは、という声を聞きながら、こっそり、エリザベータの後ろに隠れた。
家老のローデリヒ。若いのに、仕事やれやれうるさいねん、とアントーニョは呆れていた。古くからの付き合いらしい。…こいつは苦手だ。
『遊郭上がりの正妻なんて、許されるわけがないでしょう!』
そう怒鳴った、こいつの声が、まだ耳にこびりついてる、から。
「どこかへ行くんですか?」
「ええ。台所へ。」
「…そうですか。」
では、私は急ぎますので。ええ。また後で。そう言う会話を聞いて、歩き去る足音を聞いて、ようやっと息をついた。
「ローデリヒさん苦手?」
はっと顔を上げると、エリザベータの困ったような笑み。
「…少し。」
素直に答えると、んーと考え込んだ。
「でも、いい人なのよ?」
…それは、わかる。なんとなく。いいやつなのだろう、本当に。ただ真面目で厳格で。
俺なんかみたいな、遊郭上がりの、とか、大嫌いな部類にな、だけで。
こっそり、とため息をついて、台所へ向かった。



台所のおばちゃんたちは、いい人ばっかりだった。
自分の知ってる料理をここぞとばかりに教えてくれて。
俺が知ってるのを教えたら、それはいい、とか、でもこうした方がおいしく、とかいろいろ言ってくれて。すぐに仲良くなれた。
最初に行ったその日から、ずっと通い続けている。最近はエリザベータがいないときの方が多いくらいで。それでも、毎日通えば、自分ではわからないけど、もう、すぐ上手になるから教えがいがあるって、笑って。
…そんないい人たちばかりだから、忘れてたのかもしれない。
自分に向けられる敵意とか、憎しみとか…そういうちくちくする棘みたいな、感情を。

「なあ、ようきひって、何だ?」
話のついでに、エリザベータに聞いてみた。
その途端、笑顔だった彼女の表情が険しいものに、一瞬で変わった。
「…誰に言われたの?」
「え、…わからない。…知らない、男の人。」
そう、答えると、険しい表情のまま、考え込みだす。
「…なあ、そんな、悪い意味なのか?」
尋ねると、一瞬口を閉じてから、違う国の、昔いたお妃様の名前だと、教えてくれた。
…けれど、それだけ、じゃないはずだ。何か込められてる、意味があるはず。
まっすぐに見つめると、ため息をついて、エリザベータは遠くを見た。
「…そのときの殿様は楊貴妃を溺愛するあまり、仕事を放棄して、国をだめにしてしまったっていうわね。」
…ああ。そうか。だから。
「…俺が、楊貴妃だって、ことか。」
思わず、目を閉じた。…なるほど。そういう、意味か。おまえは、この国を、アントーニョをダメにするから。出て行け、と。…南の方にいいところがある、と彼が言っていたのは、そう言う意味だろう。…みんなそう呼んでるぞって、言ってた。鋭い赤い瞳。
遊郭にいたときはよく向けられた、黒い感情。…久しぶりに直接向けられた。…やっぱり、気分のいいものじゃない。
「まったく…そんなことを言うなんて、ローデリヒさんに言って、」
「いい。…言わなくて、いい。事実だ。」
アントーニョは、まだあの『ご褒美』の話使って、仕事に何とか追い出しているけど、でもロヴィーノと一緒におりたい〜とか言ってて。
……大金払って、俺を身請けして。仕事もあんまりしないで、俺のとこばっか来て。
なるほど、楊貴妃、か。…違いない。
思わず自嘲するように笑ったら、ぱっと手を取られた。
まっすぐ、真剣に見つめられて、瞬く。
「いなくならないでね。」
お願いだから。…そんな真剣に言わなくても。
「…そんなことしない。」
だって。もう。俺に。

…あいつの隣以外の居場所なんて、ないんだから。
どれだけ、疎まれようとも。…もう。

そう思って、少し、寂しくなった。



最近、アントーニョと一緒にいる時間が減った。
朝、起きると、もうすでにいないことも多くなった。夜遅くに帰ってくることも。
「ごめんな、今仕事が忙しくて。」
…嘘、かと、ちょっと疑ったけど、確かに城中がばたばたしていた。…なんか、もっと大きな国と、貿易をするための準備をしている、らしい。アントーニョの説明じゃ、よくわからなかったけど、そんな感じで間違ってはいないようだ。
朝一番から会議に出て、昼からは城下に視察に行ったりして。…城にいないことも増えた。……ちょっと寂しいけど、いいことだと思う。仕事ちゃんとしてるみたいだし。真剣な表情を見かけることも増えた。
夜は、やっぱり俺の部屋に来る。…俺が寝てても、どんなに疲れてても、来る。
で、俺のこと抱きしめて、寝る。
何にもしないで、横になって3秒で眠ってしまうほど疲れてるくせに、絶対に俺の部屋に来るのだけはやめない。
…別に、驚くことじゃないけど。遊郭に来てたときも、結構、そういうときあったし。
それに、ロヴィーノがいると、寝やすいから、と言ってくれるのは純粋にうれしかった。
何にもできない俺でも、役に立てることがあるんだって。


「え、一週間?」
「そうやねん…。」
忙しそうだった、その貿易の準備も最終段階を迎えたらしい。…向こうの国に、往復にかかる時間も含めて明後日から一週間。行って来ないといけないらしくて。
「エリザベータも連れて行くんやけど……ロヴィーノ一人で大丈夫?」
言われて、不安には、なった。…一人。この広い城に。
台所のおばちゃんたちには、彼女達の仕事があるのだから、あまり迷惑かけるわけにもいかないし…。
この城の、ほかの人たちはあまり。…あまり、俺にいい感情持ってない、みたいだし…。

本当に、一人きり、だ。
そう思ったら、怖いけど。…でも、平気だ。と答える。
「ほんま?」
「ああ。」
…俺が居たあの世界に比べたら。…こんなの、へっちゃらだ。一週間くらい。…耐え切ってみせる。
「行って来い。ちゃんと成功させて、帰ってこいよ?」
そう笑って言ってやると、もちろん!と笑顔になった。…その笑顔のためだったら、なんだって、できる。
「なんか困ったことあったら、ローデリヒに言いや?」
うん、とうなずきはする、けど。
…俺をうとましく思ってる一番の人物の名前、出されても、な。

「あ、そうや。帰ってきたら、一ヶ月やで。」
「は?」
「『ご褒美』。」
げ、やっべ…もうそんなに経ったのか!?
内心焦る。…まったくなにも考えてなかった!
「めっちゃええもんなんやろ〜!期待してるから!」
にこにこ、と笑顔で言われて、ああ、どうしよう…と思いながら、ま、まかせろ、となんとか、返した。



それから二日後。アントーニョは、いってきます!とめずらしく正装して、出かけていって。
見送りになんて、おおっぴらに行くのなんかできなくて、ひらひらーと手を振るスペインを部屋から、見送って。
…息を、吐いて吸って、神経を尖らせた。
俺が一人、なんて状態、俺をうとましく思ってるやつらは見逃さない、はず。
何が起こっても対応できるように、と周囲に気を配って。
昼ごはんの終わった後だけは、台所に行って、また料理を教えてもらって、そのときだけは気を緩めた。旦那様いなくて寂しいわね、ロヴィーノちゃん、なんてからかわれて顔を真っ赤にしながら、野菜の煮物の作り方を教わる。…アントーニョが好きな料理、らしいから。しっかりと。
それ以外の時間は、できるかぎり部屋にいた。ここなら、何か異変があればすぐわかるし…なにより、アントーニョの香りが、まだ残ってる、から。
5日が過ぎた。…特に何も無い。けれど、油断してはいけない、と自分に言い聞かせながら、台所から、部屋に戻ろうとして。
「ロヴィーノ。話があります。」
後ろからかけられた声に、来た、と息を飲んだ。自然と背筋が伸びる。
「…わかりました。」
振り返ると、そこには。…相変わらず厳しい目をした、ローデリヒの姿。
負けてたまるか、と、思った。


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