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「ロマーノ!ロマーノ〜?」
うるさく呼ぶ声に、せっかく夢の世界でトマト食べ放題だったのに、目が覚めた。
「…何だよ、ちくしょー…。」
くだらない用事だったら許さないぞこのやろー。そう思いながら、体をもそ、と起こすと同時に、がちゃん、とドアがあいた。
「ロマーノ!もー…シエスタにしては長すぎるで?」
「うるせー。…何だよ?」
探してたんだろ、とそういえば、おっと、そうやった!と脇に抱えた紙袋からがさがさと何かを取り出した。
「これ!」
…スケッチブック…と、クレヨン?
ああ。…また、弟が絵描いてるとこでも見たんだろうな。そう思って、ぷい、とそっぽを向く。
「いらない。」
あいつは絵が上手だ。…本当に、上手だ。じいちゃんに教えてもらって。…俺は、それに比べたら、ずっとずっと、下手だから。…比べられるのは、ごめんだ。
「えー、何で?」
「何ででも!」
ぶすっと言って、またベッドに寝転がる。寝る。くだらない用事すぎて、頭突きする気も起きない。
「そうかあ…本屋のお姉ちゃんがくれたんやけどなあ。」
言われて、え。と顔を上げた。本屋のお姉さんは、若くて美人で、とても優しくてよくお菓子をくれるもう女神みたいな人だ。
ぱっと振り返ると、スペインがぱら、とスケッチブックを開いていた。…真っ白な、それ。
「ロマーノ、こないだ鉛筆でトマト描いてたやろ。やから、絵の具とか買ってやらななーって言う話してたら、まだ小さいんやからこっちの方がええやろって。…でもロマーノがいらんのやったら」
「いる!」
即答したら、いらんって言うたやん、と呆れた顔。
「あんな美人からの贈り物もらわないわけがないだろちくしょー!」
「そうやろな…。ええもん描けたら、見せにいこな。」
はい。と渡された。少し大きなスケッチブックと、12色の、真新しいクレヨン。
それは、なんだかきらきら、輝いて見えた。


それから一週間、がんばって描いたトマトの絵。一番おいしそうなやつを選んで、食べるの我慢して、じいっと見て描いて。何度も描き直して。たまに我慢できなくて食べちゃったりしたけど。
できた絵を、スペインと買い物に行ったとき、本屋のお姉さんに見せたら、まあ!なんて素敵なんやろ!とすごく褒めてくれた!その笑顔がとっても魅力的で!
スケッチブックのお礼に、あげる、と言ったら、ありがとう、と頬にキスまでしてくれた!!
それがもううれしくてうれしくて、うきうきしながら家に帰る。

…そうか。いいんだ。喜んで、くれるんだ。俺が描いた絵、でも。弟みたいに上手じゃないけど、と言ったら、ロマーノくんががんばって描いてくれただけで十分素敵やで。とお姉さん笑ってた。そっか。そうなんだ。

だったら。

いつもご飯作ってくれてありがとう、とか、守ってくれてありがとう、とか、言いたいことはたくさんあるのに、言えなくて。変なふうに怒ったり、あいつが余計なこと言ったり、で。言えなくて。
それでも、何か、あげるときなら。言えるかもしれない。ぐらしあす、って。

よし、と決めて、1ページ少なくなった、トマトで半分埋まったスケッチブックとクレヨンを持って、ソファに座り込んだ。
見る先には、昼飯作ってるスペインの姿。…スペイン描いてる、なんて、ないしょ、なんだ。さっきスペインに、何描いてるんって聞かれて、時計描いてるって、言った。そうかーこれ古くてかっこええやろーなんて、笑ってたけど。…おまえ描いたんだぞちくしょーって、言ったら、こいつどんな顔するんだろう。目をきらきらさせて、なんか変なこと叫んで喜ぶのかな。そうだと、いいな。あっ、そうだ、おまえ描いたんだぞ、だな。ちくしょーは。言わない。…そのかわり、ぐらしあすって言うんだ。
顔を上げて、今日はパエリアーなんて変な調子で歌ってるスペインの横顔を見る。
…にこにこ、と楽しそうな、笑顔。で、料理作ってる。いつもそうだ。ロマーノにおいしいもん食べさせてやるからなーって。…料理って、楽しいのかな?今はまだ、火危ないから近づいたあかんでって言われてるけど。もうちょっと大きくなったら、やってみよう。

そう思いながら描いたら、なんだか、スペイン一人だけ描くのは、寂しい気がしてきた。よし。俺も描こう。一緒に料理するんだ。もうちょっと大きくなったら、かっこいい大人になったら。隣に並んで。一緒に。
描いていたら、ごはんできたでーって呼ばれて、今行く!って、スケッチブックを置いて、駆け出した。



「ん、ロマーノスケッチブック置きっぱなし…あれ?」
スペインは、手にとったスケッチブックに描かれた絵に、ぱちぱち、と瞬いた。
「…これ…俺?」
料理をしている絵、だろう。…さっき、パエリア作ってたとき、か。その表情は幸せそうで。
「うわ、うわー…やばい、かあええええ…!!」
ロマーノが俺のこと描いてくれるなんて、とちょっと泣きそうな気分になる。たまにこう、素直になってくれると本当にうれしい。普段はかわいくない子分だけれど、もうそれだけで幸せになれてしまう。ああもう!あの子は本当に!!!俺の大事な子分や!
ぎゅう、とスケッチブックを抱きしめる。かわええ!
「…でもこれ、誰やろ。」
隣に描かれているのは、知らない男の人、だ。…茶色の髪。隣で、トマトを刻んでいるらしい。…この子も、楽しそうに笑っている。
「うーん…見たことないなあ…ロマーノに聞いてみよ。」
その前に抱きしめてムーチャスグラシアス!と伝えなければ!とロマーノが眠っている寝室に向かって走り出した!


少し早いシエスタから起こされてかわええええ!と抱きしめられたロマーノが、勝手に見んなー!と真っ赤になって怒って、その絵をスペインがもらい損ねるのは、ほんの少し先のこと。



そんな昔のことを、とおに忘れたある日。



「……うわ。」
部屋の奥にあったスケッチブックに、ロマーノは目を丸くした。見覚えがある。…ありすぎる。
「これ…。」
ぱらり、とめくると、ほら、やっぱり!
「うわー…。」
幼い頃の自分が描いた絵。…つたない絵、だ。子供の、絵。
……でも、そこに描かれた、スペインと、かっこいい大人になった自分、は。
本当に、幸せそうで。
グラシアス。そう言いたくて、描いた絵だ、というのも、結局いえなくて、ちょうだいー!と抱きついてくるスペインに、途中で見られた恥ずかしさで誰がやるかーっ!!と怒鳴って、あげるつもりだったのに、それもできなくなったのも、…すっかり忘れていたのに。

今でも、あまり、言えない。グラシアス。…ありがとう。なんて。
けれど。
「…スペインとこ、行くか。」
今行ったら、ちょうど、夕飯を作っているくらいの時間のはずだ。…たまには、作るの手伝ってやるのもいい。
…この絵、みたいに。楽しくなるだろうから。
掃除を途中で放り出して、ほこりだらけになった服を着替える。連絡はしないで行こう。普通にあいつは、迎え入れてくれるはずだから。


それと。
がんばって、言ってみよう。グラシアス。…あのとき、いえなかった分、も。


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鏡花様からのリクエストで、「西の絵を描く子ロマと、その絵をみて喜ぶ西」でした

えっと、なんかちょっとありがちですが…こんな感じの毎日を送ってたんじゃないかなあと…

すこしでもきにいっていただけたらうれしいです。
ありがとうございました!













































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今となっては、俺と弟を比べるやつは減った。たぶん、二人でイタリア、として独立したあたりから、だ。
俺が得意なことなんて少ないけど、それと弟が得意なことで、補ってささえあって、どちらもイタリアなのだと、二人で一人前なのだとわかってもらえたからだろうか。
…まあその一人前、は、俺とあいつが8:2くらいだけど…

あいつが当たり前にこなしてしまうことが、俺にはできない。そんなこと、よくあることだ。…そう自分に言い聞かせるのに、我慢できなくなることは、やっぱりあるのだ。

そんなとき、俺はすぐに走り出す。
あいつにひどいこと言ったり、言わなかったりはまちまちだけれど、とにかく家を飛び出して、走る。

今回は、あいつがさらりと、言ったからだ。
兄ちゃんもできると思ってたんだけどって。
それは、俺にとっては難しいことなのに。

走って走って、フランスとかにたまに声かけられるけど無視して、走る。
息が切れてきた頃、見えてくるのは見慣れた家。
それが見えただけで、暖かい明かりがついているだけで、泣きそうになってしまう。
がちゃんと開けて、だだだと走る。キッチン、いない、リビング、いない、
じゃあ仕事部屋かと振り返るとなんや騒がしいなぁと、あくび一つしたその姿を。
目にした、途端に涙があふれてきた。

「……っスペインこのやろーっ!!」
叫んで、ん?と首を傾げたスペインの胸元に顔を押しつけて背中に両手でしがみついた。
ぼろぼろと溢れてくる涙が、スペインの服に滲んでいく。
「…っ!」
何も言えなくてぎゅう、と手を握りしめたら、んー?今度は何があったん、と頭を撫でられた。
優しくて昔から変わらないそれに、我慢もプライドも全部崩れ落ちて。

「…ぁ、ああああ…っ!」
大声を上げて泣いた。泣いて泣いてわめいて、背中を爪でひっかいて、小さなガキみたいに泣き叫んだ。痛いってロマーノとか聞こえるけど知るか!どうせこいつしかいないんだから!
後から後から溢れてくる涙をスペインの服で拭っているとよしよしと頭を撫でられる。そのリズムに少しずつ落ち着いて、なんとか涙も止まってきた。まだしゃくりあげながら、座ろか、というスペインにうなずいて、ソファに座る。
「そんで?今回は何があったん?」
優しい声に、息を整えながら、ぽつぽつと話す。

「…ヴェネチアーノが、言った、俺だって、そんなの、」
順序も何もなく、つっかえながらの話だから何を言っているのかなんて俺にだってわからない。けれどそんな話を、スペインはうん、うん、と真剣に受け止めてくれて。
「おれ、…っあいつの足引っ張ってるだけだ…!」
そう言ったらまた涙が溢れてきた。ひっくと息を吸い込みながら、涙を流す。
「うんうん。それで、ロマーノはイタちゃんになんも言わへんと出てきてんな?」
こくん、とうなずくと、えらいやん、と頭を撫でられた。

「イタちゃん傷つけへんようにって、口開いたら何言うかわからへんかったから、なにも言わへんかったんやろ?…優しいなあロマーノは。さすが俺の自慢の子分やで。」
そんなことない、と首を横に振ると。そんなことあるんや、と顔をのぞき込まれた。
「ロマーノは、綺麗で優しくて、誰より弟思いなかわええ俺の自慢の子分や。」

そうやろ?
言われて、顔をくしゃくしゃにして、スペインの胸に埋めた。服にしがみついたらぽんぽんと背中を叩いてくれる優しい手。
…いつからだろうか。こいつの前でしか弱音吐けなくなったの。
もちろん、弟のことも家族だって思ってる。…けど、こうやって、俺のこと認めてくれるのは、欲しい言葉くれるのはいつも、こいつだ。

「…スペインのくせに。」
涙をぬぐってそう言ったら何なんそれーと困ったような声。
「けどそんなこと言えるのは、元気になった証拠やな。」
もう平気?そう聞いてくる声に、小さくうなずく。
思いっきり泣いたから、大丈夫、だ。
「ロマーノはもうちょい自信持ってもええと思うんやけどな…。」
こんなにええ子やのに。とぐりぐり頭をなでられた。いつもなら子供扱いすんなと手を払いのけるところだけれど、大人しく甘んじる。
…きっと、こいつだけは信じていいって思えたのは、こいつが本心からそう言っているのがわかるからだ。つまり単純。ここまでわかりやすいやつも珍しいと思う。…だからこそ、信じられる。
俺のことを本当に、こんなにいい子は他にはおらん、って。そう思ってくれているから。
だからこそ、その気持ちに答えたいって思うんだ。

「今日はどうする?泊まる。」
少し考えて、首を横に振った。
「…馬鹿弟が、待ってる。」
「ん。」
わかった。じゃあまた遊びにおいで。そうキスをして抱きしめられた。離して、にか、と太陽みたいな笑顔。…うん。大丈夫だ。俺にはこいつがいるから。
「じゃ、また。」
立ち上がって、歩き出す。歩き出せる。前へ。
「うん。…あ、ロマーノ。」
呼び止められて、振り返ると、ちゅ、と額にキスされた。
「俺はいつでも、ロマーノの味方やで。」
甘く言われて、小さく、グラシアス、と呟いた。


外を歩いていると、携帯が音を立てだした。見れば、着信。ヴェネチアーノだ、と出る。
「はい。」
『あっ!兄ちゃん!…ヴェ〜…!』
なんだか泣いているような声になんだよ、と返す。
『お、俺、ごめんね、そんなつもりじゃなくて、でもドイツに、そう聞こえるって言われて、うええ』
「ちょっと待ておまえまたじゃがいものとこ行ったのか!?」
『今帰ってるとこ…兄ちゃんどこいるのー!?謝るから帰って来て!』
ヴェエエエ〜と続く泣き声にはあ、とため息をついて、ふとそれが電話と違う方向からも聞こえてくることに気がついた。そっちに視線を向ける。
「…ちょい左。」
ひだり?と不思議そうな声がして、視界に映る良く知る姿がこっちを見た。大きな目が見開かれて、くしゃ、とゆがんで、兄ちゃああんと駆けて来る。
仕方のない弟だ、やっぱり俺が支えてやらなくちゃと思って、自信を取り戻してる自分に気付いて苦笑した。
あいつの笑顔を見ただけで、これだ。…単純なのは、俺の方かもしれない。

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りりぃ 様からのリクエストで「昔から自分に自信が持てないロマとそういう感情も全部包みこんでくれる西」でした

あんまりリクエストにあってない気もするんですが…こんな関係こそ西ロマだと思ってます

こんなですが少しでも気にいっていただけるとうれしいです。

ありがとうございました!