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ふ、とドイツはため息をついて、腕を上げて伸びをした。大量にあった仕事も、なんとか終わりが見えてきた。…仕事を家に持ち帰る気はなかったのだけれど、仕方がない。休日が一日つぶれてしまったのは、またどこかで補うことにして。
息を吐いて、ちら、と時計を見上げる。…ああ、もうこんな時間、か。喉が渇いたな。思って、立ち上がろうとして。

『ドイツー、今いい?』
ドアの外から聞こえてきた声に、ああ、と返した。
『ドア開けて〜』
「あ、ああ…」
何故自分で開けないのか、と思いながらドアを開くと、広がる甘い香り。
目の前でにこ、と笑ったイタリアの両手は、カップが二つと、焼きたてらしく、香ばしい匂いを漂わせるケーキの乗ったトレーを持っていた。これでは開けられないはずだ。
「子供達と作ったんだ。ちょっと休憩にしようよ。」
そう言う彼女に、思わず頬をほころばせながらうなずく。
「ちょうど休憩を入れようと思っていたところだ。」
「よかった!…終わりそう?」
「なんとか、な。」
「無理はしないでね?」
ああ。とうなずきながら、ふと気付いた。
渇いていたのは、喉の方ではなく、心だったようだ。彼女との会話が、心を満たしていく。
イタリアからトレーを受け取り、テーブルの上において、ソファに座ると、わざわざ彼女が座るだろうと端に寄ったのに、イタリアはちょこんと膝の上に座った。
「…イタリア…。」
「だめ?」
ここがいいなー。なんて甘えるように言われて、もちろん断る理由もなく、とりあえず表面上は仕方ないな、とばかりにため息をついてみせる。近い距離に、感じる香りに、体温に、ほっと息をついて。腰に手を回そうとして。

不意に階下からママ!とイタリアを呼ぶマリアの声。
「あれ、どうしたんだろ。」
すぐさま立ち上がった彼女に、腰に回すはずだった手は空を切って。
「ごめんねドイツ、ちょっと行って来る!」
ぱたぱたと走っていく彼女に、深く深くため息。
わかっている、彼女は正しい。知っているはずだ。愛しい子供達、まだ幼い彼女達をイタリアが優先するのは、普通のことだ。
たとえそれが世界で一番大好き!と彼女が心からの笑顔で告げる自分を置いていくことになっても。
頭ではわかっているのだが、心の中は業火で焼き切れそう、で。
…仕事で精神的に余裕がないせいだと思いたい。自分が、ここまで心が狭くなったとは、思いたく、ない。
もう一度深くため息をついて、目を閉じて。
とりあえず、イタリアが戻ってきたら、彼女を抱き寄せて離さないようにしようと思った。




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スペインは、ルキーノを心の底から気に入っている。知ってる。
あいつはたしかに、俺にそっくりだ。俺に似てるってことは、ヴェネチアーノにも似てるってことなのだろうけれど、確かにパーツを見ていったらそうなのかもしれないが、ルキーノは。
その父親譲りのオリーブの瞳以外は、本当に俺にそっくり、だ。外見だけでなく、ふとした仕草も。癖も。
そりゃあ、血が繋がっているのだからおかしいことじゃ、ない。
その上、二人とも同じスペインが育てているのだ。そりゃ似るだろう。

けれど、ルキーノは、俺と違って素直、だ。素直で単純で。内面的には、スペインそのもの。
だから、スペインがあいつを好きなのは、当たり前なのかもしれない。
ひねくれた可愛げのないガキより、素直で嬉しいことは嬉しいと素直に言う子供の方が、そりゃあ可愛いだろう。

…わかってるし、そのスペインが向けてる感情が、父親として、以外の何者でもないことを、俺は知っているはずなのだけれど。

「…違うからな。」
思わず、声に出した。違う、違う。これは、そんなんじゃ、ない。
「別に妬いてなんか、ない。」
そうだ。息子に妬いてるわけじゃ、ない。そんなかっこわるいことしない。
そう口に出して、よし、とうなずく。…自分に言い聞かせないと、なんだかもうすねて、またスペインと大喧嘩をやらかしそうな気がした。昨日やったとこだから、さすがに今日は。なしだ。うん。
当のスペインは、ここにはいない。あいつは今。……ルキーノとイザベルと買い物、だ。
ああ、でも。やっぱり。
スペインは、ルキーノがいいんだろう、な。
ぐるぐると、考えがループ、する。
出掛けにスペインが言った言葉が、胸を埋め尽くす。

『ロマーノもこれくらい素直やったらなあ。』
小さく呟かれた、その言葉、が。


深くため息をついて、ばったりとベッドに倒れこむ。
ああ、わかってる。これは。この感情は。
「嫉妬、だな…。」
…心が狭いのかなんなのか。
もちろん、ルキーノのことは大好きだ。あのオリーブの瞳を見て、額にキスをすると、とても子供らしい笑顔を浮かべるのが、とても可愛いと思う。
けれどどうしても、こんな感情が、浮かんできてしまう。
「…ルキーノみたいに素直じゃなくて悪かったな、ちくしょー…。」
ぼそり、と呟いて、ああもう、彼らが帰ってくるまえに普通の振る舞いができるようにしておこう、まずは顔を洗って、と体を起こして。
「何言うてんの。素直やないのが、ロマーノのええとこやんか。」
独り言に返って来た返事と、入り口でドアにもたれかかって首をかしげた、スペインの姿に固まった。
「な…、え、は!?何でここに…買い物、」
「やー、財布忘れた。」
あはは、じゃねーよあははじゃ!
まさか聞かれてるとは思ってなくて、どうしていいのかわからなくて、ただ動けずにいたら、スペインが近づいてきた。
「ロマーノ、」

その後で囁かれた言葉だけで、頭を悩ませていたすべてがふきとんでしまうのは、もう…こいつが好きな限り、仕方が無いことなのかもしれない。




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「おはよう!ママ!」
「はい、おはようございます。」

ちゅ、ちゅ、と響いた音に、見なくてもわかって、ほんの少し、眉を寄せた。
けれど冷静を装って新聞のページをめくる。そうすればほら、新聞の上からエリが顔を出して。

「おはよ、パパ」
「ああ、おはよう。」
答えて、頬にキスされて、し返す。

別に特別なことじゃない。ただの、挨拶。毎日していることだ。
子供たちには、やりやすい方を、好きなやり方を選べと言ってある。ケイの挨拶は日本式だが、エリは、おはようの挨拶として、頬にキスをする。
日本も、それに平然と返す。…最初は照れていたけれど、今は慣れたようで。
……俺にはしてくれないくせに。

俺が頬にキスをしても、日本は返してくれない。エリには平然と返すのに。…何だろう、この差は。気付いてからずっと、そう思って。
けど聞けない。何で俺にはキスしないんだ?なんて、聞けるわけもない!
感情だけがくすぶって、しまいにはエリと日本をにらみそうになって新聞で隠して。

…何やってるんだか…。
自分で呆れるけれど、どうしようもできなくて。
「…さん、イギリスさん?」
呼ぶ声に、はた、と顔を上げると、ご飯ですよ?と日本の不思議そうな顔。

「あ、ああ。悪い…。」
新聞をたたんで、ふと、今日はまだ日本に挨拶もしていないことに気づいた。ああもう、くだらないことを気にしすぎだ!

「おはよう、日本。」
ちゅ、ちゅ、とその頬にキスをすると。
「〜っ!」
「え。」
真っ赤に染まった顔。ぽかんと見やると、くる、と後ろを向いて、お、おはようございます!と上擦った声。それから、顔洗ってきます!と走っていってしまって。

…もしかしなくても、照れてる?俺がキス、したから?
ああそうか、だから俺にだけは、キスし返してくれなかった、のか!照れてるのを誤魔化すのでいっぱいいっぱいだから!

気づいた秘密に、思わず笑った。ああもう、これだからこの恥ずかしがり屋な島国はいとおしいんだ!




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フランスさんの作るお菓子は世界一だ!ほんとにおいしくて、もうほっぺたが落ちそうなくらいに!

だから、フランスさんが家にいるときはいつも何か作ってもらう。
…でもフランスさん、気づいてるかな?気づいてないんだろうなあ。最近ずっと、リリーとサラのリクエストにしか応えてないこと!

二人の好みは確かに僕に似てるから、二人の好物は僕の好物でもあるんだけど。…一番好きなのをもう全然作ってもらってない!
…でも、子供達がいたら優先しちゃう気持ちはもちろんわかるし、言えないんだけど…。

気づいて欲しいな、なんてワガママ。ちょっと思ってため息。…目の前では、リリーのリクエストのお菓子を手際よく作っていくフランスさん。…黒い雲が心の中に立ち込める。これじゃあ子供達にやきもち焼いてるみたいだ!

はあ。ともう一度ため息をつくと、目の前にこと、と置かれる白い皿。
「え?」
「元気、ないみたいだから。」
そう言いながら出されたのは、焼きたてでふわふわの、大好きなホットケーキ!
「あ。ただ、余りで作ったから1人分なんだ。」

だから、二人には秘密、な?言われてこくん、とうなずく。
メイプルシロップをたっぷりかけて、口に運べば広がる甘い味!
「ん〜!」
おいしいです!と言えば、よかった、と彼は笑った。

「カナダはホットケーキ好きだよな」
「はい、一番好きです!」
そう言ってもう一切れ口に運ぶ。…ほんとにおいしい!
もうそれだけで心の中は晴れ渡り、さっきまでうだうだしていたことなんて忘れてしまう。我ながら単純、だ。

「カナ」
呼ばれて、口に入れたフォークをそのままに首を傾げると、作って欲しかったらちゃんと言いなさい、とでこぴん。
…何でわかっちゃったんだろ…瞬いて見つめると、カナダのことなら何でも知ってるよ、と彼は楽しそうに笑った。



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下から聞こえてきた旋律に気づいて、耳を傾ける。不思議なリズムをとって歌っているのは、ハンガリーだ。
そっと、ばれないように窓から見れば、楽しそうに歌う姿。
…子供達が生まれてから、初めて見た姿だ。それまでには、一度も見たことがなかった。…ずっと隣にいたのに。
ハンガリーは、私の前では絶対に歌を歌わない。下手ですから、とそう笑って。
…その歌は決して下手なんかじゃない、のに。

私がよく知るリズムではない、けれどどこか懐かしい歌。楽しげな彼女の表情。…私には見せてくれなかった、顔だ。
そう思うと、少し悔しくて。…ため息。子供相手に嫉妬、なんて。まったくもって馬鹿げているとわかっているのだけれど。

「…すべて見せて欲しい、…なんて。」
知らない彼女、がいるのが、悔しくて、仕方がない。
…心の狭いことだ。思って、首を横に振って。

もう一度、窓から見下ろすと、ハンガリーが歌を終えたところだった。ぱちぱちと、子供達の拍手。つられて手を叩きかけて、こっそり覗いていたのを思い出して、手を止める。
と、上を向いて伸びをしたマックスと、ばっちり目が、あった。
「…っ!」
慌てて隠れるが、その直前に見えた、いいこと思いついた、と言わんばかりの笑顔が、目に焼きついて!

「なあ、母さん、今度は父さんと一緒に歌ってよ!」
「!?」
下から聞こえてきた大声に、目を丸くする。
「え、えっ!?二人で!?」
驚いたようなハンガリーの声。マックスはいーじゃん。聞きたい!なあ、ベアトリクス、と妹にまで同意を求めて。
「…はい、私も聞きたいです。」
「でも私、下手だし、」
「大丈夫だって、父さん好きだと思うよ、母さんの歌。」
そっと、もう一度下を覗くと、見上げてくる、紫。楽しげな悪戯小僧の笑顔!

「母さんが歌ってるのこっそり覗いてるくらいには!」
「え!?」

ばっとこっちを見上げるハンガリーに、身を引くのが間に合わなくて、目が合う。丸くなる緑!
「お、オーストリアさん…!」
「降りてきなよ、父さん!聞いてたんだろ?」
にやにや笑うマックスに、後で覚えててもらいますよ、と思いながら、ため息をついて、部屋を出た。
「何故私が歌うはめに…。」
…けれど、彼女の歌を堂々と聴けるのは、なかなかいいかもしれない、とそっと思いながら。



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朔葉様からのリクエストで「子供にヤキモチやく話」でした

私ヤキモチというものを勘違いしているんじゃないかと思いつつ…各家族の特徴が出てるといいなと思います

こんなですが、すこしでも気に入っていただけるとうれしいです
ありがとうございました!