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それから100年が経った頃、隣の国のドイツ王子が、うっそうと茂る森にやってきました。
その森は、あまりいい噂がありません。…なんでも、百年昔に国が一つまるごとなくなったとか。…そんなのただの迷信だと、王子は思っていましたが。
がさがさと、草をかきわけて歩いていると、突然、名前を呼ばれました。足を止め、腰から下げた剣に手をかけます。

「…誰だ?」
「ドイツ王子!」
声に振り返れば、そこには、知った顔がありました。
「何だ、日本か。」
「お久しぶりです。」
リラの精は、微笑みました。

この百年、リラの精は何もせずただ待っていたわけではありません。国を守るために防御の魔法をかけ、何か起こらないか見張ったり、二十数年前からは、あちこちの国へ行って、ちょうど年頃になりそうな王子たちに祝福を授けたりしていました。ドイツ王子も、その一人です。
…そして、リラの精が一押しの商ひ…いやいや王子でもありました。

「どうされたのですか、こんなところで?」
「ああ、いや…兄さんと狩りに来たんだが…。」
「が?狩りお好きでしたよね?」
「……残してきた仕事のことを考えると楽しむ気分になれなくてな…。」
はああ、とため息をついて、まったく兄さんももう少し時期というものを考えて…とぶつぶつと呟く王子。
真面目で誠実。少し頑固者なところもありますが、こうやって仕事と国のことを第一に考える姿勢は、国民のことを考える優しさからきている、とリラの精は知っています。

「…この方なら、姫を任せられそうですね…。国王陛下も許してくださるでしょう。」
「?何だ?」
そういえば、こんなところでどうしたんだ?と首を傾げる王子に、リラの精は、王子、人助けをしてはいただけませんか、と言った。
「人助け?何か困っているのか。」
「ええ。それが…。」

リラの精は、今まであったことを全て話しました。悪い妖精の呪い、それをかけられた姫。姫と共に眠る一つの国。
「なんだと…!では、あの迷信は本当だったのか…。」
「はい。…今年はちょうど百年目。けれど、誰かが城まで行って、彼女にキスをしなければ、呪いは解けません。」
そう言われて、そうなのか…と責任感の強い王子は、助けなければ、という気になったようでした。
強い意志を秘めた青い瞳に、リラの精は見えないようにガッツポーズします。

「ところで、その姫、というのはどんな人なんだ?」
「え?ああ…そうですね。」
言葉では説明しづらいので、と彼は杖をとりだしました。くる、と振ると、その杖から出た魔法の粉が、見る見るうちに一人の人間の形になってゆきます。
「魔法か…。」
「はい。百年前の姫の姿を映しますね。」
もう一度杖を振ると、粉が舞い散りました。

そこに現れるのは、美しい茶色の髪の、姫。

「…っ!!」
ふわ、と揺れる髪。琥珀のしあわせそうな色の瞳は、きらきらと輝いている。くるくると回ったりして、ダンスを踊るように駆け回るその姿は、愛らしく、とても美しくて。
王子は、今まで生きてきて見たことの無いほどにかわいらしい姫の姿に、口をぽかんと開いて、ただ見つめます。
その姿を、杖をまた振って消したリラの精は、こんな方でした、と告げて、返事がないことをいぶかしんで、王子?と顔をのぞきこみました。
「え、あっ、いや、…そうか…。」
はっと我に返り、顔を片手で覆った王子の頬が、トマトより真っ赤になっているのを見て、おやまあ、とリラの精は微笑みました。この王子は、女っ気のあまりのなさに両親が嘆いていたのですが…どうやら、姫に一目惚れしてしまったようでした。
いいですねえ。若いってことは。こっそりとそう思って、リラの精は笑い、さあ、行きましょう、と声をかけました。




リラの精に案内されて今や太いツルが伸び放題でからみついている城にたどり着きました。
城の中まで入り込んだツルに邪魔をされて進むのはとても大変でしたが、リラの精と、王子の二人は
この上なく冷静に回り道やツルが枯れてきている部分などを切り落として最短ではないですが、確実な道を進みます。

「…この城の人々は、」
「眠っていただいています。…姫が目覚めるまでですが。」
「そうか…。」
城の、広い廊下を歩けば、百年前から誰も入っていない城は、崩れはしていませんが、埃だらけで薄暗いものでした。
人の気配も何もしないそこを歩きながら、ふと思った王子はそういえば、と口を開きました。
「その、悪い妖精は、邪魔しにきたり、しないのか。」
「はい。」
力強い返事に、ちら、と王子は周りを見回していたリラの精に視線をやります。
にっこり、と微笑まれて、来ないですよ。絶対に。と絶対、をとても強調して言われ、そ、そうか、と返事をしました。

「何があったか聞きます?」
「いや、いい。」
世の中には知らぬが仏と言う言葉があるのです。もしくは君子危うきに近寄らず。正しい判断ですね。というリラの精のどこか恐ろしい笑顔に、何だか王子は会ったこともない悪い妖精に同情してしまいました。


城の中を進み、城の中心にある塔を登ります。何故広間で倒れた彼女が塔の上で眠っているのかという質問には、リラの精がその方がっぽいでしょう?と答えました。雰囲気は大事です。
絡みつくツルを跳び越え、足を進めます。遠くに、ドアが見えてきました。
「あそこか。」
「はい。」
そう言われて、王子は剣を抜きました。
ドアにも太いツルが這っていて、そのままでは開きそうにないからです。
しなるそれをはぎとるように切れば、白い扉が姿を見せます。
「…では私はここで待っておりますので。」
「え。」
「……見せたいならいますけど。キス。」
「い、いや…。」
そう言われて王子は思い出しました。姫を目覚めさせるのは、王子によるキス、なのです。
人を好きになったこともなければもちろんキスなんて挨拶の頬に、しかしたことのない王子にとってはもう未知の体験です。
そう思ったら立ちすくんだまま動けなくなった王子を、埒があきませんね、と無理矢理リラの精が部屋の中に押し込みました。
「っおい!」
「がんばってくださいね。」
にこ、と笑ったリラの精の笑顔が見えて、無常にもばたん、とドアが閉まります。
逃げ道は絶たれた、と絶望しながら、おそるおそる振り返ると、淡い桃色の幕で隠れた、ベッドが見えます。
ゆっくり(けれど緊張しすぎの王子にとっては最大速度で)近づいて、そうっと、その幕に手をかけ、めくりました。

どきん、と王子の心臓が高鳴りました。
ふわりとした茶色の髪が広がり、白い肌はきらきらと輝いてまるで真珠のよう、胸の上で組まれた細い指。…これが百年前の人だと、誰が想像できるでしょう!姫は日本が魔法で映し出したそれよりずっとずっと美しい人でした。
無意識のうちに近づいていた王子は、顔にかかった髪を、そっとどけます。
近づくと甘い香りが、しました。
…この目が開いているところを見てみたい、と王子は心の底から思いました。
すう、と呼吸をしているのがかろうじてわかる赤い可愛らしい唇に、そっと、指で触れます。
「…人助けだ、これは。だから仕方がない。」
自分にそう言い聞かせて、うるさくなる心臓を深呼吸でなんとか落ち着かせて、ゆっくりと、ぎこちなく、顔を近づけて。
王子は、一瞬、本当に一瞬、触れるだけのキスを、しました。


しかし、しん、と静まり返って何も起きません。
…短すぎたのか!?と王子が慌てているとんん、と姫が眉を寄せました。
ぎく、と姫に上体を覆いかぶさるような姿勢のまま王子は固まります。
ゆっくりとひそめられた眉が元に戻り、まぶたが震え、ゆっくり、開きました。
現れるこの世で一番澄んだアンバーに、王子の驚いた姿が映ります。
「……おはよ。」
ふにゃり、と姫は微笑みました。起きたらまずおはようだと、子供の頃からずっと教えられてきた成果でした。
その可愛らしい笑顔に、王子は心臓を撃ち抜かれてしまいました。
ぱし、とその手を掴んで、寝ぼけてまだぼうっとして誰だろー…と思っている姫に告げます。
「好きだ、結婚してくれ!」
姫はくきり、と首を傾げて、わけがわからないままこくん、とうなずきました。


こうして姫は目覚め、姫が目覚めたことによって、魔法の解けた王や王妃、城の人々も目を覚まし、王はしぶったのですが、王子は国の救世主で、何より姫が彼にとてもなついてしまったために、結婚を許し、その式はとても豪勢に行われました。

そうして、王子様とお姫様は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。





「どーいつー!」
がばり、と抱きつかれて、姫、と呆れた顔で振り返る。
「さっきの突撃からまだ5分しか経ってないんだが?」
「もう5分も、経っちゃったんだよう…。」
ぐりぐりと擦り付けられる頭に、小さくため息をついて手を止めた。…今日の分はまあ終わっているし。
それに気付いた姫がやったーと膝の上に座ってくる。
「ドイツドイツーキスー。」
「…はいはい。」
唇にキスを落とすと幸せそうにえへへと笑う姫が、かわいくて仕方がないのだからもうどうしようもないんだろうな、と思った。
結婚相手を知らないまま結婚することさえよくある話だけれど、まさか自分が会って三日で結婚するとは思ってもみなかった。…後悔はしていない。姫のことが好きなのは本当だ。それに知り合った時間も何も関係ない。
こいつの方も何故か俺を気に入ったらしく、ハグキス、と突撃されることにもやっと慣れてきた。
すりすりと擦り寄ってくるのは少し、犬とかを相手にしているような気分を引き起こすけれども。

「お仕事おわった?」
「今日はとりあえず、な。」
「わーい!」
ぎゅうぎゅうと全身で抱きついてくる。構って構ってって…やっぱり犬だ。
髪を撫でる。ふわりと柔らかい感触。
「…姫。」
「やだ。」
そう言われて、一瞬黙ってすぐに気付いた。
「…イタリア。」
名前を呼べば、うれしそうな笑顔。
「名前言われるのはそんなにうれしいか?」
「うん!」
うれしいよーとじゃれついてくるから、はいはい、とくしゃくしゃと撫でる。

「ドイツの声好きだから、ドイツの声で呼んでもらうのは、格別にうれしいの。」
さらっとそんなことを言われて、一瞬、息が止まった。
思わず、ヴェ?と見上げてくる姫の頬に手を当て、口付ける。
一緒に過ごす時間が長くなればなるほどどんどんはまっていく。…まだ1週間でこれなのだ、もうどうしていいやら!
「イタリア。」
唇を離してもう一度呼んだら、とろんとした瞳が見上げてきた。


「ドイツ、」
ベッドに横たえた体は本当に綺麗だ。
触ることさえ躊躇われるような美しい肌にそっと口づけを落とす。
「ん、う…。」
滑らせると上がる声に誘われて、唇を舐めると、同じことをされた。
悪戯っぽく笑う瞳。頬に伸ばされる手は、俺のものより細くて。
裸の体を抱き寄せる。小さな体。…思わず、ため息が漏れた。

愛しい。少しでも強く抱きしめたら、折れてしまいそうな体を優しく腕の中に閉じ込める。…きゅう、としがみついてくる手の力。髪を、撫でる。花のような、けれどそれよりも甘い香りがする。

もしもあの時。…自分があそこにいなかったら。この愛しい人が他のやつのものになっていたのかと思うと、本当に耐えられない。

唇を塞いで体にゆっくりと手を這わす。
「ふ…んんっ…。」
胸や腰に手を伸ばすと、背中に回った腕に力が入る。敏感すぎるほど反応する体をしっかり閉じ込めた。
甘い声を聞きながら、弱いところを攻める。胸や背中、首筋を満足するまで愛撫して反応を楽しんだ。
「あ…あっ、ど、いつ…!」
秘部のまわりを指でなぞっただけでふあん、と甲高い声。
「どうした…?」
そう尋ねて、ひくつくそこには触れないまま周りをなぞる。
好きな子こそいじめたくなる、という感覚はまったく理解できなかったのだが。
今ぞくぞくと背筋を震わせるこの感覚こそ、そうなんじゃないか、と思う。
「は、…ん、焦らしちゃ、や…っ。」
おねがい、と腰を揺らす様子に小さく笑って、指をゆっくり入れた。
それと同時に顔を埋めて花芯に舌を這わせると捉えたままの足がびくびくと震える。

「あ…ああ…っあ!そこ…!」
震え方からそろそろ限界か、と判断して、舌を離す。
指を抜こうとすると名残惜しそうに締め付けられて、俺も限界だとそう囁く。
「ふ、え…。」
「力、抜け。」
そう告げて、緩めたそこにずぶずぶと入れると、高い声が漏れた。強く中を締め付けられて、一気にイってしまいそうな感覚に、息を吐いて耐える。
浮かんでこぼれた涙を舌で舐めとると、とろけた瞳が見上げてきた。

「…先、イくか?」
尋ねると首を横に振られた。いっしょが、いい。荒い吐息の中の言葉に、うなずいて、足を大きく広げさせて腰を動かしだす。
「あ、…あっ!んあっ!どいつ、ドイツ…っ!」
眉をしかめて甘く呼ばれる名前に、ぐらりと理性が揺れて、本気で求めて。
「…ったりあ…!」
「ドイツ、あ、あ…っ!」
奥まで突き入れた瞬間に、同時に白い世界にたどり着いたのがわかった。




意識を飛ばしてしまったイタリアの髪を撫でる。そのまま眠りについてしまった表情は、穏やかで可愛らしい。
「…愛している、イタリア。」
そう囁いて口付けると、寝ているはずなのに、とろけるような笑顔を向けてくれた。
小さく微笑んで。抱きしめる。
俺だけの、愛しい眠り姫。


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時夜 鈴様からのリクエストで「独伊で童話パロ」でした

バレエの方のストーリーで書いたのでかっこいいシーンもなにもないですが…眠り姫はとても独伊なお話だと思います。あと白雪姫。

こんなですが、少しでも気に入っていただけるとうれしいです。
ありがとうございました!