※神羅=独設定のお話ですので、苦手な方はご注意ください。 おまえに、言えなかった言葉が、あるんだ。 はじめてあったときから、ずっと。 名前を聞いたときは、言葉を無くした。 その名前は、誰より何より、大事な、あの子の名前。やっと会える。…やっと、会いにいける。それがうれしくて、言葉を無くした。 同時に、あまりにショックで、呼吸を無くした。 その名前を、倒すべき敵、として告げられたからだ。俺が、あの子を。倒さなければならない。その事実は、何より恐ろしかった。 即決で前線に出ることを決めた。誰より先にあの子を見つけ、守るためだ。…降伏させることが、できれば。怪我などさせずに、捕まえることが。…会うことが、できれば。 あの子は俺が守る。そう、心に誓った。 戦いは、相変わらず苦手みたいだった。簡単に進む侵攻に、これでよく今まで平気だったものだと、少し呆れた。けれど安心もした。これならば、傷を負わせることなく降伏させることが容易かもしれない。 そして、あのトマト箱を、見つけたのだ…。 最初は、驚いた。 あの子は女の子だと信じていたから。 おそるおそる確認すれば。 『俺はイタリアー』 …ま、じ、か… 絶句。…そうか、男だったのか…。 それでも、不思議と、気持ちは変わらなかった。 彼女…いや彼が、イタリアが好きだ。 ずっと、ずっと会いたかった。…彼に、彼だけに、会いたかったのだ。愛している。900年代からずっと、愛しているんだ。 死にかけても、己のすべてを代償にしても、『ドイツ』としてすべてをやり直すことになっても、誇りも何もかもすべてを捨てても、構わなかった。もう一度あの子に会うのだ。…それだけが、俺の全てだった。 だからだろうか。消え去るはずの記憶は消えていなかった。…誰にも言ったことはなかったが。心は、確かに彼を覚えていた。 その可愛らしい笑顔も、彼と過ごした日々も、全て。 愛しいと、心の底から思った、想いも、全て。 だけれど、彼は、もしかしたら迷惑だったかもしれない。男に想われて、追い回されて。第一、覚えているかどうかも、わからない。はるか昔の思い出。彼にとっては、ただの思い出の一部かも、しれない。 そう思ったら、言えなくなった。 自分が『神聖ローマ』だと。 言わないまま、イタリアを離した。本当は、離したくなかったけれど、そうしたほうが、きっと戦いに巻き込まれなくてすむだろうし。だから、イタリアを送り返した。 なのに、イタリアはまた俺のそばにやってきた。友達になろう、とそうにこにこ笑って。一緒にいようよ。その提案は、魅力的すぎた。彼とずっと一緒にいたいと心から願っていたのは、俺の方なんだから! いくら迷惑をかけられても、呆れても、叱っても、決してそばを離れることだけはしなかった。絶対に、しなかった。どんなに上司に怒鳴られても、絶対に。 イタリアは、俺が守る。それだけを心に、イタリアのそばに、立っていた。 ふとした機会に、イタリアに、『初恋の彼』の話を聞いた。『神聖ローマ』の名を、イタリアの口から!覚えてくれていた!それだけで、もううれしくてたまらなかった。その場で、言ってしまいたかった。俺はここにいる、と。 だけれど、やはり言えなかった。 イタリアの記憶の中の『神聖ローマ』は、とてもきらきらとしていた。輝く、甘酸っぱい記憶の中の人。 …勝てない、と思った。 イタリアの記憶の中の『神聖ローマ』には、俺は勝てない。勝つことができない。 だって、記憶はいくらでも美しくなってしまう。それは、もう帰ってこない過去だからこそ、美しい。 俺が、名乗り出て、もし、幻滅されて、イタリアが俺のそばから離れていったら? そう思うと恐ろしくて仕方が無かった。 『神聖ローマ』ではなく『ドイツ』として築いたイタリアとの絆は、もうすでに無くては生きていけないものとなっていた。 一緒に訓練して、イタリアがふざけて、叱って、泊まる泊まらないの押し問答をして、夕食を食べて、いつものようにベッドにもぐりこんでくるイタリアにため息をついて、一緒に眠って。 …崩すわけにはいかなかった。この平穏を。 だから、言わないことにした。 900年代から続くこの想いに、ふたをして過ごすのは、容易なことではなかったけれど。 ひょんなことから、イタリアと恋人同士になった。 好きだと、心の中に積もってもうあふれ出しそうだったそれを、こともあろうかイタリアの前で言ってしまったのだ。目を丸くしたイタリアは、俺も大好き!両想いだね俺たち!とうれしそうに抱きついてきて、あっさり付き合うことになってしまった。 …いや、うれしくないわけじゃないんだ。決して。むしろうれしい。すごくうれしい。 ただ、言えない秘密を抱えたまま、彼のそばにいるのが、少し苦しいだけで。 何度も、言おうと決心した。 その度に、邪魔が入ったりイタリアが空気読まずに失敗を繰り返した。 その度に、言うのがだんだん怖くなっていった。 言ったら、イタリアは俺から離れていく。 それは、俺の妄想のはずだったが、だんだん膨らんで、本当なのか虚構なのかわからなくなって、たびたび夢にまで見るようになった。どうして今まで言わなかったのかと、非難し、失望した、と俺の元をイタリアが去っていく夢を。 言わない、言えない秘密があった。 それを俺は、墓場まで、今度こそ本当に消えるそのときまで、抱えて生きていくのだと、思っていた。 この間までは。 イタリアが熱を出した。 寝込んだのが、俺の家で、だったことに心底安心した。彼が俺の知らないところで苦しんでいるなんて耐えられない。 汗を拭き、少し食事をさせて、甘い薬を飲ませ、寝かせた。 夜中、寝ながら、苦しそうにうめくイタリアの額に濡れタオルを乗せる。できることなら代わってやりたい。そう願いながら、夜中まで、ずっと寝ずに看病をしていた。 気づいたら、少し眠っていたらしい。体を起こし、イタリアの方を見ると、穏やかな寝顔を見せていた。ほっと息をついて、タオルを水で冷やしてまた額に乗せ、そっと頬を撫でる。 その瞬間、つ、と一筋、涙が零れ落ちた。 「…せ…ま、…にい…の…?」 小さな呟きに、衝撃を受けた。 『神聖ローマ、どこにいるの?』 イタリアは、確かにそういった。 ああ、そうか。こいつの心の一番奥深くにいるのは、『神聖ローマ』なのか。 『ドイツ』では、たどり着けない、どうしてか感じた、壁の向こうにあったその場所に、ずっとずっと居座っているのは。 解放、してやらなくては。そう思った。その場所を、彼はずっと、『神聖ローマ』のために空席にしたままなのだ。帰ってくるはずだと、そう信じているのだ。ならば。 ここにいる、と言うべきだ。いくらイタリアが俺に失望しても。その場所に、俺以外の別の誰かを座らせても。 言わなくては。それでやっと、イタリアと、俺の、『神聖ローマ』の初恋が終わりを告げる。 前に進めるように、するんだ。そうするのが、俺の最後の仕事だ。 だから、こうしてイタリアを、待っている。 まあイタリアが遅刻するのはいつものことだ。その間に、考えもまとまった。決心も固くなった。…原稿も用意した。 それだけ用意万端にしても、ため息だけは抑えられない。 イタリア。愛しい愛しいイタリア。 彼をわざわざ俺の方から、手放さなければいけない日がくるなんて。 それでも、決心は変わらない。イタリアを、解放してやらなくてはならない。 『神聖ローマ』の呪縛から。 ぴんぽーんと、音がした。 「やっほードイツ!」 ドアの向こうからの声に、ふ、と息を吐いて、腹を括った。 一気に全てを話して、一度、唇を閉ざした。 あの『ドイツ』と『イタリア』の出会いから、さっきイタリアを家に迎え入れるまで、思っていたことを、全て話した。 「これが、俺の言えなかった事、だ。」 そう言った。 イタリアは、目を丸くしたまま、固まっている。…どうやら、頭の中で整理ができないらしい。 しばらく、何も言わず、イタリアの混乱が収まるのを待つ。 「……待って、待って、じゃあ、何、ドイツは…。」 怯えたように、口を閉ざしたイタリアは、目を閉じて深呼吸して、それからまっすぐに琥珀の瞳でこっちを見つめてきた。 「…一つだけ、答えて。」 「何だ。」 「最後に会ったとき、俺は、何をあげた?」 …それは、今となっては『イタリア』と『神聖ローマ』しか知らない、事実。 ふ、と息を吐き、隣に座るイタリアの耳に口を寄せて、彼だけに聞こえるように、答えを囁いた。 それは、『イタリア』と『俺』しか知りようのない、事実。 つ、とイタリアの頬を涙が零れ落ちた。この間、風邪を引いたときに見た、それと同じ。あまりに美しい、一滴の、涙。 「………し、んせい、ろーま、なの…?」 彼は不安そうに、その名前を呼んだ。呼んだら消えてしまうと言わんばかりに。 俺は、何も言わずにうなずいた。 ひゅ、とイタリアが息を吸った。どんな非難も罵倒も受けようと、目を閉じる。 次の瞬間、力いっぱいタックルされた。 「!」 慌ててソファの肘掛に手をついて、体勢を保つ。 「う、ええええ…っ!し、んせいろーまぁ…っ!お、俺、ず、ずっと待ってたんだよ、ずっと、ずっと…ええええ…っ」 胸にしがみついて本気で泣くイタリアに、すまない、と謝って、いつものようにその頭を撫でようと手を伸ばして。 ためらった。触れる権利が、俺にあるのか? そうしたら、胸に顔をおしつけたままイタリアは首を横に振った。違うの、謝ってほしいんじゃないの、しゃくりあげながらの言葉に、困惑しながら、黙って続きを待つ。 イタリアは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、ふにゃ、と微笑んだ。 「お帰りなさい、神聖ローマ…大好きっ!」 その言葉に、堪えきれずに強く強く抱きしめた。 「…っ!イタリア…!」 愛している、そう囁く。ずっと、ずっとだ。900年代からずっと、愛してた。そういえば、俺もだよ、神聖ローマ。ずっとずっと忘れられなかった。俺の大好きな人。彼はそう言った! 「いいのか、俺は、ずっと、おまえに言えなくて、それで」 「それでも、神聖ローマはちゃんと帰って来てくれた。…俺のこと守ってくれたよ。そうでしょう?神聖ローマ…っ!」 抱きついてくるイタリアは、本当に涙でぐちゃぐちゃで見れるものじゃない顔をしていたけれど、その笑顔は、まるで女神のようだった。世界で一番綺麗な笑顔だった。 「イタリア…っ!」 ただいま。遅くなってすまない。ずっと言えなかった言葉を、やっとイタリアに伝えて、強く抱きしめた。 「お帰りなさい…っ!」 神聖ローマ、そう、呼ぶイタリアの唇を、優しく塞いだ。 「俺ね、ずっと、後ろめたかったんだ。」 「ん?」 あれから数時間後、ようやっと泣き止んで、だけれど俺のそばから離れようとしないイタリアが、そんなことを言い出した。 「俺の中での一番には、ずっと神聖ローマがいて。だけど、ドイツと出会ってからは、ドイツも一番になっちゃって。…2人も一番がいるのは、いけないことなんだってずっと思ってた。」 でもあたりまえだよね。2人とも同じ人なんだから。一番が2人、なんじゃなくて、同じ人に2回恋をしただけだったんだ。 そう言って、擦りよってくるイタリアに、そうか、と呟く。頭を撫でて、その柔らかい髪の感触を楽しんでいたら、彼は気持ちよさそうに目を細めて。 「神聖ローマ、」 「何だ。」 「……ドイツ。」 「…何だ。」 異なる名前に返事をすると、彼はくすくす笑った。幸せそうなその笑顔に、伝えてよかったと、心から思う。 「大好きだよ。」 だから、ずっと一緒にいてね。ああ。ずっと、ずっと一緒だ。 くすくすくす。吐息が混ざる距離で、笑って。 「ここから、始めよう。」 もう間違えない。もう離さない。世界で一番愛しい、俺の初恋の君。 「うん。」 うなずいた、その魅惑的な赤い唇にキスをしたら。 もう一度、君と。 初恋をしよう。 戻る 縫様からのリクエストで「神羅設定有りの独伊で、切なめの話」でした。 えと、切なめ、というか甘甘になってしまいましたすみません…!その上ちょっと特殊設定かもすみません… こんなんですが、少しでも気に入っていただけたらうれしいです! ありがとうございました! |