「ふらんすさん!」 舌足らずに呼ばれて、足に当たった小さな衝撃に、思わず、息をついた。 イギリスに呼び出されてカナダの家。 アメリカにかけるつもりだったという魔法がカナダに当たったのだと説明されたのは家の外。 「で、今カナダはちっちゃくなってしまってると」 「ああ、明日になったら戻るから…」 「……で。その顔どうしたの?」 猫にでも引っかかれたような傷跡をつけたイギリスに、そう尋ねる。 すると、イギリスは眉を寄せて。 「…抱き上げようとしたら引っかかれた。」 「カナに?」 「フランスさんじゃないとやだ、だと。」 そう言われて、思わず息を飲んだ。 …そんな風に言うのが、いつの時代のカナダか。俺はよく、知っている。 カナダが離れたくないとわがままを言いはじめ、俺が誰かを伝言にやっても嫌だフランスさんがいいと駄々をこねた、あの頃。 …今思えば、俺が覚悟していたのを、敏感に感じ取っていたのかもしれない。 すでにカナダを手放さなくてはいけないことが、確定した後だったから。 フランスさん!と足にしがみついたまま離さないカナダに、動けないんだけど、なーと声をかけるけれど、いやいや、らしい。顔をすり付けるように横に振られた。 「カナダ…」 「や!」 「じゃあぎゅーって出来ないな。」 残念だなあ、と言ったら、やだやだ、ぎゅーってして、とおろおろしながら離れた。 小さな体を抱き上げると、擦りよってくる。…懐かしさと切なさと愛しさが、胸を締め付ける。 「フランスさん」 見上げてくる視線は溢れる信頼と会えた嬉しさできらきらしている。 抱き寄せて、頭を撫でる。輝くさらさらとした髪は、成長したカナダと同じ手触りで。 「フランスさん、今度はずっといっしょ?」 「あ、ああ…いや、明日には帰らないと、」 そう言うとしゅん、としてしまった。その表情に胸が痛む。 「…そのかわり、今日はカナダとずーっと一緒だ。何して遊ぶ?」 「……おしごともってきてないの?」 うなずけば、ぱあ、と表情が輝いた。じゃあねーえっと、と遊ぶことを考え始めた彼がかわいらしくて、ほほえむ。 「あのねあのね、僕、ホットケーキ食べたい!」 「ホットケーキな。わかった。っと、じゃあ買い物に行こうか。」 冷蔵庫を覗いてみないとわからないが、足りないものがあるかもしれない。 「お買い物?行くー!」 笑顔になったカナダに、えっと、とクローゼットの中からきれいに置いてある昔の服を取り出して、一人で着替えできるか?できるー!と会話を交わして、台所に向かった。 どうしてクローゼットの中に昔の服が置いたままなのを知っているのか。…カナダにばれたら問いつめられそうだ。 小さく苦笑しながら、今日はとびきり甘やかしてやろうと心に決める。 少し離れるだけで不安げな表情になるあんな小さな子を自分は。…置いていったのだという罪滅ぼしには、ならないとしても。 食材やらなんやら、いろいろと買い込んだ帰り道。 「ころぶなよ」 「平気!」 そう言う彼の両手には、大きなメイプルシロップの瓶が抱えられている。重いから、と言っても自分で持つといって聞かなかったのだ。 重そうな瓶を抱えてよたよたと歩くのを少し不安に思いながら後ろを追うように歩く。 転んだりしたらすぐに手を伸ばせるようにとじっと見ながら、つい頬が緩んでしまう。 当たり前だ、危なっかしいのをのぞけば、こんなにかわいらしい光景もない。 「フランスさん、帰ったらホットケーキだからね!」 振り返って微笑む愛らしい笑顔に、小さく笑って、うなずいた。 自分が作ったものを食べてとろけるような笑みを浮かべられたらうれしくないわけがない。 「おいしい?」 「おいしい!」 ありがとうフランスさん、とにこにこ笑って食べるカナダが口の端に欠片をつけているのを見て苦笑しながら、取って自分の口に運ぶ。甘い。 「シロップかけすぎじゃないか?」 「いっぱいのほうがおいしいもん!」 だからもっと、とすでに皿からあふれそうなそれをまだかけようとするからこらこら、と取り上げる。 「フランスさんのいじわるー!」 膨れられた。そんな顔してもかわいいだけだぞ、と頬をつつく。 「むー!」 「だぁめ。」 そう言うと、諦めたのかまたフォークとナイフを握って食べ出した。 口に運んだ途端に、不機嫌そうな顔がとろけるのがかわいくて仕方がない! 本を読んであげていたら、眠たくなってきたらしい。うとうとしだす頭。 …当たり前だ。ホットケーキを食べた後は庭に水やりをして水で遊んではしゃいで泥まみれになって、一緒に風呂に入って、夕食を作っている間もそばにはりついて離れなくて。食べ終わったらいないな、と思ったら絵本読んで、と持ってきて。 はしゃぎすぎ、だ。こくん。と船をこいだ頭に、もう寝るか?と声をかける。 「やだ…」 首を横に振るから、どうして?と尋ねる。 「寝ちゃったら、フランスさん帰っちゃう…」 寂しそうな声に、思わず息を飲んだ。 …そうだったかもしれない。カナダが起きていると泣きそうになるのが見ていられなくて。寝ている間に帰るのは、よく使った手口だ。 …最後の、あの日も。 そっと唇を噛んで、小さな体を抱きしめる。 「大丈夫。おいて帰ったりしないから。朝おはようって言うまでここにいるから。」 「…絶対?」 「絶対。」 そう返し、彼をベッドに運んで、小さな手を握りしめる。 ここにいると、強調すると、弱い力で握り返された。 「約束、だからね…」 とろんと眠そうな目を必死に開けて言われて、うなずいた。 「おやすみ、カナダ。」 額にキスをすれば、ゆっくり閉じられるまぶた。 すぐに聞こえてきた寝息に、小さくため息をついた。 「…離せるわけ、ないだろ…」 頼り切るように握られた手を、…二度も放せるほど、強くない。 あの頃、この小さな存在にどれだけ救われていたのか改めて知った。 空いた方の手で抱き寄せて、そっと頭を撫でる。 こうやって、体を冷やすといけないからなんて言い訳して、その体温を求めていたのは、俺の方だ。 「おやすみ、カナダ。」 そっと、囁いた。 まぶしい日の光にゆっくりと目を開けた。 腕の中の金色に気付いて、無意識にぎゅ、と抱き寄せる。 「…ん…ふらんす、さん…?」 寝ぼけた声が、して、おはよう、とそう囁く。 「おはようございます…。」 青い瞳をぱちぱちと瞬くのは、カナダだ。 元の姿の、カナダだ。 明日になったら元に戻ると。そうイギリスが言っていたのを思い出しながら、朝の挨拶のキスを送る。 「昨日のこと、覚えてるか?」 尋ねると、小さくうなずいた。そうか。呟いて、抱き寄せる。 「ごめんな。」 それしか、言えない。…他には何も、言えなかった。じくじくと胸が痛む。 幼いあの子を置いていったことから、俺はまだ立ち直れていなかったようだ。 そう思いながら、強く抱きしめる。 そうしたら、腕の中からくすくすと笑い声が聞こえた。驚いて、顔を覗き込む。 「…まだ気にしてたんですか?僕はとっくに、気になんてしてませんよ。…それより、あなたといる今の方が、ずっと大事です。」 腕が伸びてきて、ちゅ、と額にキスされた。ね、フランスさん。優しい声。何だか泣きそうになってしまって、思わず力の限り抱きしめた。 背中をあやすように撫でてくれる手が愛しくてたまらない。何か言わなければと思って、口を開いて閉じて、やっとでてきたのは、愛してる、だった。 「…はい。僕も。」 愛しています、フランスさん。そう囁く唇に、キスをした。 「ところでフランスさん。」 「ん?」 「なんでクローゼットの中身知ってたんですか?」 「…やべ。」 「そういえば僕がもってるはずないような服入ってて、それで僕のこと散々からかってきたことありませんでしたっけねぇ?」 「えーいやぁその、」 「フ・ラ・ン・スさん?」 「…ごめんなさい…。」 戻る ゆと様からのリクエストで、「加が幼児化(外見、中身ともに)してしまった話」でした。 子加をもっとかわいらしく書きたいとじたばたしながらでしたが…兄ちゃんの葛藤が伝わればいいなと思ってます。 こんなですが少しでも気に入っていただけるとうれしいです。 ありがとうございました! . 「大丈夫ですか?」 「平気だって。…俺よりカナの方が泣きそうな顔してどうするんだ?」 優しい子だな。そう頭を撫でてくれるのは、いつもの右手じゃなくて、左手。 右手は、今僕の手の中、だ。 氷を包んだタオルは冷たいけれど、ちゃんと冷やさないと。痕が残ったりしたら大変だから。 あっつ!と大きな声がしたのは、本を読みながらちょっとうとうとしていた時。 どうかしたんですか、とキッチンへ行くと、あー。大丈夫大丈夫、って言いながら、フランスさんが床拭いてて。床に落ちたフライパンに、ひっくり返してしまったんだろうと気づいて。 ふと見たその右手が真っ赤になっていて、わ、冷やさないと!平気平気。それより片付け、そんなの後でいいですってば!と大騒ぎして今に至る。 「痛みます?」 「んー…ちょっとだけ、な。」 その言葉にふにゃん、と眉を下げると、だーかーら、そんな顔しなくても大丈夫だってば。とぎゅ、と抱き寄せられた。 「これくらいどうってことないよ。」 …確かにそうなんだろう。彼の経験からすれば。でも。 「…だって。」 「?」 その頬に手を伸ばす。笑ってる、つもりなんだろうけど。 「…泣きそうな顔してるんですもん、フランスさん…。」 「!」 大きく、丸くなる目。 それから、自分の頬に手をあてて。 「…マジ?」 「マジです。」 自覚、なかったらしい。悲しそうな顔してるって、僕にはすぐわかったのに。 「…あー…いや。別に泣きたいわけじゃなくて、さ。」 首をかしげると、頬に当てられていた左手がのびて来た。冷やしていた右手も。それが冷たくて首をすくめたら、ああ、ごめんって言いながら背中に回して。 「あの、手、」 「もう大丈夫だよ。ありがとう。」 …彼がそう言うなら、大丈夫なんだろう。 そう思って、その大きな体に体重を預ける。 そういえば、けがをしたのはフランスさんなのに、その膝の上に乗って治療をしていたというのはなんかおかしい。 「悔しい、かな。」 「悔しい?」 何が? おうむ返しして、考えて、ああ。泣きたいわけじゃなくて、の続きかと気づいた。 だから黙って続きを待つと、さらさらと髪を撫でられる。 「うん。…結構今日の料理は自信、あったから。」 カナに食べさせてあげたいなって思ったのに。 残念そうな声に。思い出す。床に落ちたフライパンと、色とりどりの食材。 …フランスさんの料理はいつだって、本当にいつだっておいしいから。ちょっと残念だなって思ったのも事実だ。 でも。 「…僕は、それより、フランスさんが怪我しないでいてくれる方がうれしいです。」 はっきり言って、髪を撫でる右手を取る。 痕が残らなければいい。綺麗な手。もちろん仕事をする人の手だから、あかぎれとかはあるけれど。 残ったらきっと、彼は今日のことを思い出してまた、悲しそうな顔をするだろうから。 「また、失敗しちゃったのより、おいしいのを食べさせてください。」 できませんか?と笑うと、りょーかい。と苦笑。 その表情から悲しげな、その色が消えたのに気づいてほっと、一息。 「じゃあ今日はカナの料理が食べたいなあ。」 「う。…が、がんばります!」 「けがしないように、な?」 「それフランスさんがいいます?」 くすくすくす。大丈夫。こうやって笑いあえるなら、それより素敵なことはないんだから! 戻る 神越様からのリクエストで「珍しく料理を失敗する仏と慰める加」でした ちょっとお題からそれてしまった気もするのですが… 二人でいられることが一番幸せ、って感じが伝わるといいなと思います こんなですが少しでも気に入っていただけたらうれしいです ありがとうございました! |