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「それでね、ケイったら…!」
「あれは僕のせいじゃないですよ…」
「そんなことない!」
「エリ、フォークを人に向けるな。」

たしなめると、ごめんなさい、と手を下ろした。…まったく、外見は大きくなっても、中身は子供のままだ。鮮やかに伸びた金髪は、俺とは違って細くてさらさらしている。…日本の髪質、に近いんだろう。
一目見たら忘れられないようなエメラルドグリーンの瞳。その容姿と、その仕事の手早さと的確さ、しっかりとしたマナー。…どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だ。けれど、家にいるときはこうやってぼろを出してくれるから、ちょっとほっとする。

「ケイ、それとって〜」
「姉さん、それ、じゃ伝わりません。…ほら」
「わかってるならいいじゃない。ありがと。」

姉のエリより子供のころから大人びていたケイは、今でも変わらない。柔らかく微笑んで一歩引いた位置にたたずむその姿は、日本にそっくりだ。
ただ、表情に感情が出やすく、言いたいことは述べる性格は少し母と差があるが。

「あ、そうそう、パパ、明日朝一で聞かなきゃいけないことあるから覚悟しといてね。」
「ああ。」
「ママも、あの件、はっきりさせてよ?はっきり!」
「…はい。」

夕食の時は、こうやってエリがしゃべっていることが多い。それがうちの家の形だし、エリもしゃべるのが好きだから、聞き上手の多いうちの家の環境は楽しいようだけれど。…いや、逆か。聞き上手が多いから、よく話すようになった、のか。
にこにこと明るいエリが、そうでなかった時など無かった気がするが。


「じゃあ、明日早いから寝るね、おやすみー」
「おやすみなさい。」
「ああ。」
「おやすみなさい。」
部屋に戻っていく二人を見送って、庭の見える椅子に座る。


「…ああ、今日は月が綺麗だな。」
綺麗な三日月。…その姿を美しいと感じるようになったのは、やっぱり彼女の影響だろうか。

「本当に。」
いつのまにか、後ろに日本がいた。
振り返ると、持っていたそれを掲げて、一杯いかがですか?と笑う。
「…月見茶、か?」
「ええ。…明日の仕事に差し障らないように。」

なるほど。真面目な日本らしい回答。
だけれど、少しくらいなら酒でもいいんじゃないか、と不満に思っていたら、月見酒はまた週末にしましょう。二人きりで、と先手を打たれてしまった。

途端にうきうきとしだしてしまう自分が、日本の思うつぼすぎて、少し眉を寄せた。
それも、くすくすと柔らかい笑い声を聞いてしまったら、すぐに苦笑に変わってしまうのだけれど。

静かに二人で、茶を飲む。昔から好きだったことだ。自宅の薔薇園で、一人で。
それが、二人、になったのは、いつからだったろう。薔薇を見ながら、ではなく、月や、桜や、何でもない午後の風景を見ながら、になったのは。

穏やかな時間。時間の流れが何よりスローに感じるこの瞬間。
隣にいるのが、日本でよかったと心から思う。
ちら、と見やると、視線に気づいた日本がなんですか?と微笑んだ。…かわいい。最近伸ばし始めた髪は、肩より長くなって。

「…いや。月が綺麗だな。」
「ええ。本当に。…月が綺麗。」

耳触りのいい柔らかい声。…ずっと聞いていたい。優しくて、甘い声。
好きです、と恥ずかしながら言うのも好きなのだけれど、こういうふつうの声も好きだと思う。聞いていたい。明日も明後日も、ずっと。そう思う。

「…日本、」
「はい?」
呼んでから、この気持ちをなんと表していいのかわからなくなった。なんだろう。好き、よりもずっと深く、愛しているよりもずっと、甘い。
隣にいてほしい。名前を呼んで、優しくその声を聞かせてほしい。
優しく柔らかく。イギリスさん、と。

「イギリスさん?」
「…いや。」
何でもない。そう囁いて、お茶を飲む。
何も言わなくても、伝わる気がした。なあ、日本。同じことを思ってくれているだろ?
そういう意味をこめて見ると、柔らかく微笑まれた。
…ほら。そのオニキスの瞳には、同じ想いがこもっている。


永遠に、とは言わない。だから、永遠に近しい時間を。
「日本」
「イギリスさん」
同時に呼んで、顔を見合わせて噴き出す。…こんな風に、君と過ごしていたいんだ



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ぱたぱた、とリリーが駆け出した。
「ほら、あそこ!」
「どこよ?」
「だから、あの木!」
「……まさか、リリー?」
サラが引きつった笑みを浮かべる。小さく苦笑しながら、その様子を眺めて。
「あの木の上、とか言わないでしょうね?」
「そうよ?」
「あんたね…年頃のレディに木登りさせる気?」
「え、でもサラ登れるでしょう?」
あ。また顔がひきつった。
「…えーえー。登れますよ…どっかのだれかさんのおかげで!」
「何で怒るの…?」

へにゃ、とリリーの表情が曇った。その悲しそうな表情は、俺は何もしてないのに、なんだか悪いことをしているような気分になってしまう。
「うっ…あーもう!そんなにかわいい顔してるくせになんでアウトドア派なのよリリーはっ!」
「そんなこと言われても…」
行くわよもう!そう言って、カメラの入った鞄を担ぎ直すサラ。…なんだかんだ言って、それでも登るらしい。
まあ、自分に任された仕事を、他人に任せるわけにもいかないし、というところだろうか。

カナダの家の観光事業推進用のパンフレットに使う写真を撮りに行くというサラに、家族総出で同行してきた。
「けど…僕たち来た意味あります?」
レジャーシートを敷いた上に座ったカナダの言葉に、まあまあ、と笑う。
「たまには家族団欒の時間が必要だろ?」
「…つまりはずる休み、と。」
まったくもう。困ったように笑うカナダに、だって最近仕事詰めだったし、と笑う。
「子供が仕事してる隣で、親がサボってどうするんですか…」


ちら、と見上げる。
もうすでに上の方まで登ったリリーを追って、カメラを背中に担いで、ひょいひょいと木を登っていくサラ。…今回は、一応リリーはサラのアシスタントだ。山並みを綺麗に撮影できる場所(まあ木の上だったわけだが)まで案内し、サラの撮影の手伝いをする。
だから、かわいらしいチュニック用意してたのに着てくれなかった…。今考えると、木登りをするのがわかっていたからだろう。ジーンズにパーカーというラフな姿のリリーだが、それでも十分にかっこいいのだから、少しずるい。

成長期を終えても、あまり声が低くなるわけでもなく、男の子にしては細身のリリーには、未だに女の子の格好がよく似合う。…絶世の美女、と言ってしまって間違いない。そんな彼だから、普通にしていても、美形でかっこよくて。
世の中の女の子たちがほっとかないのも当たり前か、としみじみ思う。

サラのほうは、子供の頃からの夢をさらりと叶えてプロのカメラマンに。…業界では結構有名人らしい。プラスチック縁の伊達眼鏡かけた、ちょっと不機嫌そうな写真は、たまに本屋で見かける。
そんな不機嫌そうな写真しか出回っていないのに、グラビア、とかモデル、とかいう話が出ているらしい。即答で嫌です、だったらしいが。他人のことを撮るのは好きなくせに、撮られるのは大嫌いなのだ。


登り終わった二人が、やいやいと高いところで騒ぎながら写真を撮っているのを眺めて、若いねえとつぶやく。お兄さんにはちょっとできそうにないよ。

腕を引かれた。いきなりのことに対応できずに、がさがさとしたシートの上に倒れ込んだら、くすくすと楽しそうな笑顔。
「隙あり!」
「…かーなーだー…?」
その腕を引き寄せる。きゃあ、と楽しげな悲鳴。
「このいたずらっ子!」
「ごめんなさーい」

楽しそうに笑うその笑顔は、サラにそっくり。…当たり前か。親子なのだから。優しい可愛らしい、笑顔。
愛しい笑顔。宝石のような、けれど宝石よりも輝く青い瞳。かわいい。額にキス。
「…フランスさん」
「ん?」
「ずっと、隣にいてくださいね。」
頬に触れて、少し不安そうにそんなことを言うから、当たり前だろ?と笑ってみせる。途端に、はにかんだように微笑むカナダ。…その表情があまりに綺麗で。
その体を引き寄せて、抱きしめた。

…大きくなった。当たり前だ。あの頃、から、あまりに年月が経った。
体の上に感じる重みは、小さかったカナダでは感じられなかったもの。
…今思えば、あの別れはきっと、必要だったのだと思う。そうでなければ、きっとカナダを、恋人に、なんて思えなかった。あのころの感情は、そう、今子供達に抱いている感情にとてもよく似ているから。
だから。

悲しくてつらくて仕方が無かったあのときが、今の君を手に入れるために必要だったのだとしたら。
…俺は、イギリスにありがとうと言わなきゃいけないのか…それはちょっと嫌だな…。

「…俺はもう二度と、おまえを置いていったりなんかしない。…今度どこかにいくときは、攫って行くから。」
覚悟して。そう囁くと、はあい、と楽しげに笑った。
「その代わり、ただでは攫われませんけどね?」
「対価は何が必要なのかな?」
「そうですねえ…。」
くすくすくす、と笑いあっていたら、ぱしゃぱしゃ、と音が聞こえた。

「…サ・ラ?」
「ベストショットいただきっ!」
カメラ片手に、いつのまにか降りて来ていたサラが笑う。後ろに、困った笑顔のリリー。
どちらの笑顔も、カナダのものにそっくりで。
「お安くしときますわよお父様?」
「データごといただこうかな。」
「もう、2人とも!」
顔を赤くしたカナダが怒って、みんなで笑った。


くん、と袖を引かれて振り返ると、カナダが耳元に顔を寄せてきた。
「何?」
「…さっきの、対価ですけど。」

あなたの、一生分の恋心、でどうですか?

そんなかわいらしいことを言う彼女を、がばっと抱きしめた!
「…そんなもの。」
とうの昔にカナダのものだよ!

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