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「パパ!」
ふわり、と抱きつかれた。小さい頃は軽々と抱き上げられたけれど、大きくなった娘は、鍛えた体なら抱き上げられるのだが、年頃なのだからするべきじゃない、と頭をそっとなでるにとどめる。
にこにこと見上げてくる、イタリア似の、けれどやはりどこか違う、マリア。

淡い桃色のドレスが、よく似合っているからそう言えば、ありがと!と回ってみせる。
いつも以上にふわふわとした髪が踊る。
「こら。はしたないぞ。」
「はぁい。大丈夫、パーティではおとなしくするから!」
まかせて!と胸を張るから、小さく苦笑して。

「こら姉さん!ハンドバッグ置きっぱなし!」
貴重品入ってるんだから、と部屋にガブリエルが入ってくる。
「あ、ガヴィありがと〜探してたの」
「まったく…ほら後ろ向いて。髪、留めないと邪魔だろ?」
「はあい。」
器用に髪をまとめ上げるガブリエルを見ながら、なんだか奇妙な気分になってしまった。まるで、…イタリアを世話する自分を見ているようだ。

俺と同じ金髪と蒼い瞳。昔のあなたにそっくりですよとオーストリアが評したガブリエルは、イタリアの教育の賜物か、フェミニストでコミュニケーション上手。
たまに俺も見とれちゃうんだけど、とイタリアが言うほど、美形らしい。…妬いたり、してないぞさすがに、息子相手に!

「はい、できた。…父さん、母さんは?」
「準備に時間がかかるのはいつものことだろう?」
言い返せば、困ったように笑う。
女性は準備に時間がかかる、とはいうものの…イタリアの場合は、そのレベルの比ではなく、時間がかかる。
おしゃれするなら完璧にしなきゃ!と意気込むそれはすでに、キャンパスに向かうときの表情に近い。…イタリアにしてみれば、どちらも芸術、なのだろう。
そんなに気合いを入れなくてもイタリアは美人だと思うんだが。

「先に行って、時間を稼いでおいてくれるか?…まああと10分もすれば終わると思うんだが…」

すでにパーティは始まっているのだ。ゲストとして招かれたパーティ。…外交の仕事としても重要なパーティだから。
「了解。」
「まかせて!」
二人が外交や仕事の補佐役として働き出してからと言うもの、仕事がかなり楽だ。…もともと外交とか交流とか苦手な俺にとっては、それをうまいことこなせる二人の存在は、本当に助けになる。


「じゃあ、パパ。後でね!」
「ああ。」
二人を送り出して、一人、控え室でイタリアを待つ。
待つのは、慣れてる。いつものことだ。何かに夢中になったイタリアは、なかなか帰ってこないから。
それでも、最終的には俺のところに帰ってきてくれる。ドイツ。甘く、優しい声で、名前を呼んで。

初めてあったときは本当にどうしていいのかわからなかった。わけがわからないもの、だと思った。
それが、友人に昇格して、好きな人、になって、恋人、になって、いろいろあって夫婦、で子供たちを授かって。
奇跡、に近いのだろうと、そう思う。彼女がすぐ近くにいる、しあわせ。愛しい人が、いる、しあわせ。
「…イタリアの、おかげだな。」
思い返してみても破天荒な出会いだった。
けれど、それがあったからこそ、今の俺がいるのだから。
感謝している。心から。

こつ、と足音が聞こえて、顔を上げる。
「ドイツ。」
柔らかくほほえむ姿に、思わず息を飲んだ。
マリアを天使と表すのなら、間違いなく、これは女神だ。

深紅のドレスは、とても、…イタリアのために存在していると言ってもおかしくないほど、似合っている。
長くなった髪は結い上げられ、化粧は薄い。それでも何ら問題はなかった。イタリアは美しいのだ。元から。
ああ、堕ちる。自分がどこに立っているのかわからなくなる。イタリアの前に片膝をついて、その手をとり、手袋をした手の甲に口付ける。
「ドイツ?」
どうしたの?困惑したような声を聞きながら、立ち上がり、ぐい、と手を引く。
強く抱きしめると、やっと自分がどこにいるのか、わかった気がした。
「イタリア。」
彼女の側、だ。それ以上でもそれ以下でもない。

何度目、だろう。もうわからない。くらくらと、ずっと堕ちている気がする。底なし沼に、いるようだ。
それくらい何度でもこいつは、俺を落とす。そのたびにあふれてくる愛しさに、もうこっちは溺れる寸前だというのに!

「キス、してもいいか?」
「ヴェ、口紅とれちゃうよ…」
早く行かないと、と言うイタリアに、今更、と苦笑する。
「…どうせ遅刻してるんだ。5分遅かろうが10分遅かろうが一緒だろ」
そう囁くと、彼女はくすくす笑った。
「悪いんだ〜」
そう言いながら、首に回る腕に、口の端を上げる。
「そうさせてるのは誰だ?」
そう言って、楽しげに笑ったイタリアの唇を塞いだ。


いつまでも、きっと変わらないのだろうと、そう思う。
こいつが側にいる限り、ずっと。
「イタリア」
その琥珀の瞳に、堕とされ続ける。
恋と言う名の、底なし沼に。



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スペイン家の朝は遅い。

「っきゃー!寝過ごした!」
ばたばたばた、とイザベルが降りてくる。その格好はパンツスーツ。
「あれ、イザベル今日仕事やっけ?」
「急に入ったの!お兄ちゃん!急がないと置いてくよ!」

階上に声をかけて、テーブルについて、いただきます、と手短にお祈り。
どれだけ急いでいても朝食は食べる。うちの家のルールだ。
手早く食べていく彼女に、ちゃんと噛んで食べ、とコーヒーを入れる。

「ありがと、お父さん。」
「ちょ、待ってやイザベル!」
「待たない!」
ばたばた、とルキーノが降りてきた。こちらもスーツ。
座って、口の中に山のように放り込む癖は変わらない。小さい頃と同じだ。
図体だけ大きくなってまあ、と苦笑して、瞬く間に消えていく食事を見る。

「とりあえずお母さん、昨日渡した奴と赤い付箋のだけ目通してサインしてね、流し読みしちゃダメよ、ちゃんと中身読んでからね!いってきます!」
「いってきます!」
二人そろって家を飛び出して行ったのをいってらっしゃい、と見送って、立ち上がって片付ける。

突然、はあ。黙々と食べていたロマーノがため息をついた。
「どないしたん?」
「あー…いや…」
「別にって顔してへんで。」
牽制してやれば、少し口を閉ざした後、寂しいなって、と呟いた。
「寂しい?」
「…しっかりしてるのはいいことなんだけど、な…」
…ああ。子供たちのことか。
確かに、小さくて手の掛かる子供だった二人が、しっかりと社会にでて仕事をするようになって、家は静かになった。

「仕事するな、っていうつもりじゃあないんやろ?」
「そりゃあ…てか今もうイザベルいないのとか考えられないしな…」
やろうな、と思う。仕事嫌いのロマーノの代わりにばりばりのキャリアウーマンとして働くイザベル。もういなくては仕事にならないだろう。

幼い頃から、かわいいよりも美人、だったイザベルは、成長するにつれてどんどん綺麗になった。
今となっては本当に美しい女性だ。もし俺が道歩いてるの見つけたら絶対声かける。

ちょっときつい性格がネックっちゃネックだが、完璧より少々難点がある方がかわいい、と思う。まあ愛娘をどこの馬の骨ともわからんやつにはやる気なんかさらさらないけど!

ルキーノの方も、ロマーノより身長が高くなった。…まあちょっとの違いなんだけど。
図体ばかり大きくなった感が否めないが、その容貌はロマーノ譲り。モテるやろ、と言うと、父さんには負けるわとか余計なことを言うから、その発言を巡ってロマーノと一悶着あったのはついこの間のこと。


「手が掛からないのは大助かりなんだけど…」
「寂しい?」
うなずくロマーノに、俺がロマーノ手放したときみたいな気持ちなんかな、と思った。
大人になるのはうれしい。成長してくれるのは、本当にうれしいんだ。
けれど、どこか寂しくて。素直に喜べなくて。
ため息をつくロマーノに、じゃあ、と言いながら向かい側に座る。

「もう一人、がんばってみる?」
にこ、と言うと、は?と怪訝な顔。
「俺は全然かまわへんで〜ロマがその気なら、いつでも大歓迎。全力でがんばるわ」
「??…っ!?」
やっと気づいたらしい。おまえ何言ってやがる!と真っ赤になったロマーノに怒鳴られた。
「やから、子供もう1人、」
「誰がそんな話したっ!」
違うらしい。…うちの奥さんは難しいなあと、小さく笑う。

「…だいたい、おまえは寂しくないのかよちくしょー…」
ぼそ、と言われて俺?と首を傾げる。
「んー…寂しいのは寂しいけど…」
確かに、子供たちがいる時間の少なくなった家は、寂しいけれど。
「ロマーノがいてくれるんやったらそれでええわ。」
さら、とそう返す。

本心だ。心の底からそう思っている。
ずっと一緒にいた、愛しい人。幼い頃から、ずっと。子分として、育てて。こんなに美しくなるまで、成長を隣で見てきて。
もちろん、隣にいられなかったときもあった。そばにいられなくて寂しくて。
それでも、子分として、恋人として、家族として。一緒にいることができたから。…一緒にいられる、今が、あるから。

「ロマーノがずっと一緒にいてくれたら、それだけで幸せなんやで…やから、ずっと一緒にいて?」

手を伸ばして頬をなでる。
トマトみたいに真っ赤になってしまった頬は、少し熱い。なめらかで柔らかい肌。いつまでも触っていたくなるそれを撫でて、どこかに飛んでしまったらしい意識が帰ってくるのを待つ。

「…っ!おま、馬鹿…っ」
「そうやなあ。ロマーノ馬鹿やなあ俺」
「違う!何言ってんだちくしょーっ!」
がったん、と立ち上がったロマーノに、まあまあ、と笑う。
「怒ってもかわいいで〜」
「!?っ!??」
怒鳴ろうと息を吸い込んだところに言ったら、何にも言えなくなってしまったらしい。へなへな、といすに座り込んでしまった。あ、これ使える。次の喧嘩の時から使おう。
「…馬鹿、」
だいぶ勢いのなくなった声で言われて、うん。とうなずく。耳まで真っ赤にしてうつむいてしまったロマーノには見えていないだろうけど。
「病めるときも健やかなるときもって、誓ったろうがこのやろ…」
「…え。」
一瞬つまって、すぐに気づいた。…一緒にいて、の返事、だ。
落ち着かなさげに視線をうろつかせるロマーノ。
その右手は、しっかりと、左手の薬指、とそこにつけたそれを握りしめていて。
「…き、」
消え入りそうな声で言われた、自国の言葉に、思わず立ち上がって、彼女を抱きしめた。

「ロマーノ、」
もう一回、いや、何度でも。聞かせて。何でもしてあげるから、だから。
これからも、俺の一番近くに、いてください。
「…キス、したって。」
恥ずかしそうなそのリクエストを、すぐに叶えるために。


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