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「このお馬鹿さんが!」
ぴしゃ、と怒られて、うひゃあ、と首をすくめた。
「あなたという人は…!」
がみがみ続くオーストリアの言葉を聞き流しながら、こうやって怒られるの何年ぶりやろ、なんて考える。だいぶ前だ。きっと、まだ結婚していたころ。懐かしい。
「聞いてるんですかスペイン!?」
「聞いてマース。」
ふざけて返したら、ぐにいと、頬を引っ張られた。オーストリアはこんなことはしない。
隣にいたハンガリーだ。なにすんの、と涙目になりながら見上げると、あのね、と強い口調で言われた。

「あなたが避妊してたかしてなかったかが問題じゃないのよいや問題だけどね。けど、それより問題なのは、あなたが、ロマーノくんに選択肢を与えてなかったこと。」
せんたくし、とおうむがえしのように呟く。頬を引っ張られたままだったからへんひゃくひ、みたいになったけど。

「子供作るとか、そういう問題は、二人で解決しないといけないものでしょう。なのに、どうしてロマーノくんにそれを教えなかったの?最初からひとつしか選ぶ道がないみたいに見えてたら、その道しか進めない。他に道があっても。ロマーノくんが、そっちの方がよくても。それが問題なの。」

わかる?そう、言われた。真剣に。本当に真剣に。
そうか、と思った。俺が、ロマーノの気持ちを考えられてなかった。そういうことなのか。
「ロマーノの気持ちも考えて、ちゃんと話し合いなさい。」
オーストリアにそう、言われて、こっくりと、うなずいた。

仕事から、スペインの家に帰るなりがっばあと抱きしめられた。
「うおあ!?…な、なんだ、ちくしょー!」
「…ロマーノ、」
呼ばれて、瞬く。どうしたんだろう。なんか、すごく声が落ち込んでいる。こんなスペイン、滅多に見ない。落ち込むことなんか、ほんとうに珍しい。
どうした、と尋ねると、あの、な、と言いづらそうに、口を開いたり、閉じたり。これも珍しい。明日は雪か槍か。
「…ロマーノ、後悔、しとる…?」
「何に?」
「…赤ちゃん、できたこと。」
俺、避妊とか、せえへんかったこと。小さく呟かれて、瞬く。そういやあハンガリーが今度オーストリアさん連れて説教に来るからとか言ってたっけ。来たんだ、ほんとに。
「…おまえは、してるのかよ。」
「してるわけないやんか!」
がば、と引き剥がされた。肩をつかむ強い力。
俺は、ほんまにうれしくて!やから、けど、ロマーノの気持ちとか…と尻すぼみになっていく彼に、苦笑して、ばあか、と言ってやる。ごつん、と胸に頭をぶつけるように軽く当てて(いやごっとか音して痛い…って言ってたけど)小さく、呟く。

「…す、好きな、男、の、子供、なんだ…俺だってうれしいに決まってるだろ、ちくしょー。」

なんとか、そう言ってやったら、ぎゅーと抱きしめられた。
「ロマーノ。」
大好きやで、とそう言ったスペインの声が、ちょっと震えてて、仕方がないから背中をぽんぽんと叩いてやった。

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「おにいちゃ」
きゅう、と服の裾を掴まれて、見る。
きらきらした瞳が、見上げてきて。
「どこ、いくの?」
「おつかい。一緒に行く〜?」
ついでれっとしてしまって尋ねる。
「いくー。」
にこ、とかわいい笑顔で笑うから、かーわーえーと思う。小さな妹は、もうほんとにかわいい。美人な母さんそっくりな、この小さなレディは、うちのアイドルと化している。父さん家にいるときは離そうとしないし。
母さんに、イザベルと行ってくる、と声をかけると、ケガなんかさせるんじゃないぞ、と言われた。当たり前だ。レディを守るのは男の仕事だし、何より、兄である自分が妹を守らないわけがない!

手をつないで、一緒に歩く。かわええね、とみんなに声をかけられて、もう自分が褒められてるみたいにうれしい!
イザベルは、ちょっと人見知りするから、近くまで来られるとおろおろして、俺の後ろに隠れてしまうのだけれど。そんなところもすごくかわいい。

買い物を終わらせ、ゆっくりと歩いて帰る。荷物は、頼まれた分より遙かに多い。…イザベル効果だ。あれもこれもとくれる、のはいいんだけれどちょっと重い!
「…おにいちゃん」
「何?」
「これ、」
差し出すのは、もらったチュロス。
「イザベル食べ?」
ええから、と笑うと、でもね、と言われた。
「みんなで食べた方が、おいしいんだよ」
ままが言ってた、まだと言われて、きょとんとしてから、笑う。母さんが父さんによく言う奴だ。よく俺はええから、と遠慮する父さんに、みんなで、の方がいいんだぞって半分に割って。
「じゃあもらう〜」
一口もらうと、なるほど、おいしかった。
「おいしい」
「ね。」
笑って、二人で歌を歌いながら帰った。

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階下から響いてくる声に、また喧嘩してる…と小さく呟いた。
「今日ぐらい仲良くすればいいのに…」
「今日なんかあったっけ?」
首を傾げるルキーノに、今日結婚記念日。と答える。
「あ、そうか〜今日やな〜」
「うん…」
ため息をついて、首を振る。仲が悪い訳じゃないのはわかってる。でも、ちょっと喧嘩しすぎじゃないかと思うのだ。あの二人は。
「んー…じゃあ。」
耳かして、と言われて、悪戯に協力はしないから。と言っておいてから、耳を寄せた。

「…これどう?」
「うわ…これどこにあった?」
イザベルが取り出してきたのは、昔スペインが買ってきたワンピース。かわいいし、本当は嬉しかったのだけれど、そうは言えなくて、着るチャンスも逃してしまいこんでいたもの。
「着てみたら?」
言われても、少し(どころじゃないかもしれない)短いそれにためらって。
えー…と言ったらあーもーいいから着て!と怒られた。

短い。落ち着かない。サイズはぴったりだったワンピースにバッグと靴をあわせ、髪にコサージュ。子供ができてからしたことないようなかわいらしい格好に戸惑う。
「お母さんかわいい…」
ほう、とため息をつかれて、そんなことない、と小さく呟いた。
途端に部屋のドアががちゃんと開いた。
「こっちも用意できたで〜」
「お兄ちゃんノックは!?」
「うわ母さん若!」
「お兄ちゃん!!」
怒る小さなレディを抱き上げ、あんま神経質になるな、こいつらはこういう人種だから、と頭を撫でる。もちろん、ら、はスペインだ。
「…人のこと言えない。お母さんだってよくお父さん怒鳴ってるじゃない。」
じい、と見上げられて、はい、その通り、としか言えなくなった。

たまには父さんと二人で出かけて来たら?と子供たちに家を追い出されるように出て、スペインの後ろを歩く。
「…なんで後ろ?」
「み、見るな、ちくしょー!」
振り返るスペインに怒鳴る。だって、やっぱり考えたらかなりスカート短い。そんな若くないのに、こんな格好。別にイザベルのせいにするつもりはないけど。でも。
「ロマーノ。」
…そう思っていたのに、スペインに手を伸ばされただけで、まるで引力でも働いたかのようにその手を掴んでしまうのはどうしてだろう。
「かわええな。」
それ、俺が買った奴やろ?そう言われて、覚えてた!と驚いた。絶対忘れてると思ったのに。
「似合ってる。かわええ。」
ちゅ、と額にキス。うれしくても素直にそうは言えない。代わりにぎゅう、と手を強く握ると、笑われる。
「わかりやすいな、ロマーノは。」
「それは嘘だ。」
でなきゃ朝からあんな怒鳴る必要はなかったはずだ。
そう言ったら、あはは、と困ったようにスペインは笑った。

商店街で買い物。テーブルクロスが欲しかったから。
「…ルキーノとイザベル、何色が好きだと思う?」
並ぶそれを見ながら尋ねると、何故か笑われた。なんだよ、と眉を寄せる。
「あんなワガママやったロマーノが他の人の意見気にするなんて…」
「当たり前だちくしょーが」
俺はあいつらの母親だぞ、と言い返すと、いやわかってるんやけど、と返事。
「小さい頃から知っとるからなぁ…」
「…悪いのかこのやろー」
む、と膨れてみせると、そんなわけないやん。と頭を撫でられた。

「そうやなぁ…あの子らやったら、これ。」
スペインが指差したのは、ちょっといいなと思っていたもの。
「ロマーノ、こういうの好きやろ。」
うなずくと、あの子らも一緒やで。と笑った。
「あの子ら、ほんま好きなものとか好みとかロマーノそっくり。」
親子やなあ、と言われて、当たり前だ馬鹿と呟いた。

「…おまえも、こういうの好きだろ。」
「うん好き。」
即答に、苦笑する。
俺の好みは、長年一緒にいたからだろう。こいつとよく似ている。
そんな二人の子供なのだから、そりゃあルキーノとイザベルの好みが俺と一緒って、むしろスペインと一緒、という方が正しいのだ。みんなこいつの影響を受けているんだから。
ほらこれにしよかーなんて笑ってるスペインは、気づいていなさそうだったが。

「じゃあ、そろそろ帰るか。」
テーブルクロスも買って、そう声をかけると、スペインはえーと言った。
「何だよ、まだ行きたいとこあるのか?」
「…えーと、」
「無いんだったら、帰るぞ。」
背を向けると、いやそれはあかんねんて!と止められた。
「何がダメなんだよ?」
尋ねると、スペインはえーと…と視線をそらして。
「…おまえ何か知ってるんだな?」
「え?な、何にも?」
…あからさまに怪しい。
スペイン、と呼ぶと、知らんよ〜とか言いながら視線がうろつきだす。ため息。
「俺がおまえの嘘見抜けないとでも思ってんのか?」
何年一緒にいるとおもってやがる、そう言ってやると、う。と黙って、それから、母さんには内緒、やねんけど…とか言いながら、スペインは頬をかいて。
「あのな、」


「お兄ちゃん、そろそろだよ。」
「おー、ちょっと待って…なっと」
じゃ、とフライパンを振ってから、お兄ちゃんは私のかき回していた鍋をのぞき込んだ。
「そんなもんやね。」
「はーい。」
火を止めてふたをする。
隣でお兄ちゃんは鼻歌歌いながらトマトを湯むきしていた。その姿は、お母さんみたいだ。
「上手。」
「ん?まだまだや。父さん達に比べれば。」
そう言って、お兄ちゃんは笑う。最終目標はお母さんらしい。
「…いいな」
私はまだ小さいから、と包丁を握らせてもらえないのだ。
「大丈夫。イザベルもすぐうまくなるって。」
小さくうなずいて、時間ないから急ごう、と言った。
もうすぐ二人が帰ってくる。


家に帰ると、パーティーの準備は万端だった。
テーブルには食器が並んでいて、キッチンから流れてくるいいにおい!
『お祝いしたいって。結婚記念日の。』
そうスペインに言われて、今日がそうだと思い出した。いや、朝までは覚えていたのだ。ただまったく覚えていなかった彼に怒鳴って忘れてしまっただけで。
パーティーの準備は万端。
けれど、ひとつ、いやふたつ、絶対に足りないものがあった。
「あいつらは?」
帰ってきても姿を見せない子供たちを探していると、ロマーノ、と部屋の奥から呼ばれた。

スペインが、しい、と人差し指を立ててから、手招き。
何だよ、と思いながら行ってみると。
ソファに体を預けて眠る二人の姿。
「疲れたんやろうな。」
小さく呟いて、スペインが笑った。
すると、ぴく、と二人のまぶたが動いて。

「…父さん、母さん、おはよ…」
「…あっ!驚かせよう計画!」
「あっしまった!」
慌てて飛び起きた二人を、抱きしめる。
「…ありがとな。」

祝おうと思ってくれるその気持ちだけで十分なのに、料理まで作ってくれて。
俺の愛しい子供達、と感謝の気持ちを込めて二人の額にキスをした。二人は、顔を見合わせてから、抱きついてきて。その背を優しく撫でる。

「ロマーノ俺も〜」
後ろからうらやましそうな声がして、いつもなら怒鳴るところだったが、仕方ねーな、と振り返ってすぐそこにあった唇にキスをしてやった。
こいつにも、感謝はしているのだ。ずっと俺と一緒にいてくれる愛しい人。
言えないありがとうの代わりに、キス。
スペインは目をまん丸にして、その顔が間近で見るとちょっとおもしろくて小さく吹き出したら、いきなり抱きすくめられた。子供らごと。
「これやから俺の家族は世界一なんや!」

うれしそうな声に、笑い声が三つ上がった。


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