またケンカがはじまった。 「馬鹿スペイン!」 「わーん!ロマぁ〜!」 父さんの作ったチュロスを食べながら、ちら、と向こうを見た。 「なー母さん、父さんずーんってしとるけど…」 「ほっとけ。」 しれ、と一言。どないしよ、と妹を見るが、ほっといて大丈夫でしょ、と言われた。…でも…。 立ち上がって、走って、ずーんってしてる父さんの肩をたたく。 「…なに…?」 落ち込んだ父さんに、手に持ったチュロスを半分に割って、ん、と渡した。 「一緒に食べへん?」 そう言ったら、一瞬固まって、それからぶわ、と涙をなじませて。 「ルキーノぉぉぉ!」 「うわぁ!」 「父さんは…父さんは幸せやでー!」 すり寄られて痛い痛い父さん痛い!と悲鳴を上げた。 上がる悲鳴に、お兄ちゃんの馬鹿、と思いながらお母さんの方を伺う。 ほら。少し寂しそう。…お兄ちゃんの馬鹿。だからほっとけばって言ったのに。 どうしよ、と思って、自分のチュロスを見る。半分に割るけど、半分にはならなくて。 大きい方を、お母さん、と呼んで、渡した。 「はい。」 お母さんは、少し目を丸くして、それから、微笑んで。 「ありがとな。」 小さい方をとっていった。 「あ…」 「大きいのはイザベルが食べろ。」 優しい俺の天使、なんて、額にキスしてくれて、嬉しくなった。 「あー!イザベルずるい〜!」 「ロマ〜俺にもキスしたって〜」 途端に駆けてきた二人に、抱きつかれて、お母さんは倒れて、おまえらな!と怒鳴っていた。 戻る . イザベル、と呼ばれた。見上げると、二階から顔を出したお父さんの姿。 「お父さん。何してるの?」 「え、えー。部屋の片づけやで〜」 …今。どもった。あからさまに。…お兄ちゃんのいたずらの手伝いだな。 じっと、わざとらしい笑顔を見上げ、おかあさーん!と叫ぼうと息を吸う。 「わ、わ!ちょっと待って!別に悪戯とかそんなんやなくて!」 「…ほんと?」 訝しげに見上げる。お父さんが、お兄ちゃんと馬鹿なことすると、たまにとんでもないことするから嫌なのだ。 「ほんまやって〜あ、じゃあ、庭行って庭」 ロマーノには見つからへんようにな、と言われて、とりあえず庭に行ってみることにした。 こそ、と倉庫の中から、道具を取り出す。母さんに見つからないように、そっと… 「何してるんだ?ルキーノ。」 ぎくん、と体を竦めた。おそるおそる振り返ると、腕を組んだ母さんの姿! 「何、してる?」 「や、あの、その、」 いいわけを探していると、言えないことなんだな、とにらまれた。…ヤバい。 「ルキーノ〜見つかったか〜」 そこに上からのんきな声が聞こえて、げ、ロマーノ。とすぐ声が変わった。 「げって何だ!スペイン!」 すぐに消えた父さんの頭を追って階段を駆け上がっていく母さんを見送って、どうしよ、と思った。ら、庭から顔が出てきた。イザベルだ。 「お兄ちゃん、早くして!お父さんが時間稼いでる間に!」 「あ、そか。わかった!」 大慌てで道具を持って、庭へと戻った。 がさがさと掘り返し、それを入れていく。イザベルがいてくれて助かった。母さんの手伝いで慣れているから、てきぱきと進めてくれる。 「待てって言ってるだろスペイン!」 「待ったら怒るやんか!」 「当たり前だちくしょー!」 頭上から、大きな声がした。二階をどたばた走り回ってた母さん達だ。開けっ放しの窓から、よく響く声。 「スペイン!」 怒鳴り声がひときわ大きく聞こえて、窓のところに父さんと母さんが見えた。 母さんと目があって、やべ、と体を竦める。 「な、…」 窓から身を乗り出した母さんは、言葉をなくしたらしい。呆然とこっちを見ている。手をひらひら振って、すごいやろー!と叫ぶ 「何だよこれ!」 「プレゼント〜」 そう言って、朝からがんばった庭に目を移した。 色とりどりの、花。畑の一角を改造した花畑だ。朝から父さんと、掘り返して、土を整えて、昼から参加したイザベルに色のバランスとか考えなさいよ馬鹿!と怒られながら、植えていった花。…確かにこうやってみると、赤が多すぎる。 「お兄ちゃん、次ここ。」 「うーい」 イザベルが苗を持って待っている。シャベルを担いで、土に刺して。 母さんは、よっぽど気に入ったらしい。その日は昼も夜も母さんの料理で、めちゃくちゃ豪華でおいしかった。 戻る . 部屋に入って探すと、ロマーノは、窓から庭を見ていた。 「そんなに気に入ったん?」 声をかけると、ああ。と素直な返事。 「綺麗だ。」 言葉に、彼女の後ろから外をのぞく。素朴な庭。…ロマーノがすれば、もっとうまくできるはずだ。色のバランスや、配置なんか。 それでも、彼女はうれしそうに笑った。心から。 「よかったな。」 髪をなでると、すりよってきた。…珍しい。 「ありがとな。」 「へ?」 声を上げると、ちら、と見上げてきた。 「ルキーノに聞いた。…スペインが言い出したって。」 あちゃあ、と額に手を当てる。秘密なって言ったのに。 …でも、こんなに甘えてくるロマーノは、滅多にないから、感謝しないと。 髪を撫でて、キスを落とす。 ちゅ、ちゅ、と頬や首や肩に移しても、怒らない。逆に、甘えるように耳にキスし返されて、ちょっと泣きそうになってしまった。 「ロマーノ、」 押し倒しても、すがりついてくるロマーノが、もう可愛くて可愛くて顔が緩んで仕方がなかった。 戻る . 「お父さんの馬鹿。」 「阿呆」 「どう考えてもお母さん悪くないじゃない」 「人の話最後まで聞かへんのはあかんで、って言うたん、父さんやんか」 「阿呆」 「馬鹿」 子供達にちくちく言われて、スペインはぐず、と鼻をすすった。 「ロマーノぉ…」 夫婦喧嘩。 この家ではよくあることだ。 喧嘩して、怒鳴りあって、最後はだいたい、スペインが折れて、終わる、のだが。 たまに、折れないときがある。 それがまぁロマーノ全く悪くないときに起きたものだから、ロマーノがぷっつん、と切れてしまったのだ。 「実家に帰る!」 そう怒鳴って出て行ってしまったロマーノを見て、慌てたイザベルからことの真相を聞いて、それからスペインは部屋の隅で落ち込みはじめて。 「…追いかければいいのに…」 「しゃーないなぁ…よし、俺たちで迎えにいこか!」 兄の提案に、イザベルはこくんとうなずいた。 「お兄ちゃん、そっちじゃない、こっち。」 呼び止めて、歩き出す。 「え?でも母さんの実家って、」 「あそこはもう仕事場になってるから、仕事嫌いの母さんがわざわざ行くわけないと思う。」 そう言うと、なるほど、と隣を歩き出し、じゃあどこ行くん?と尋ねられた。 「とりあえず、ベアトリクスのとこ。母さん昔住んでたし。」 あとは、ハンガリーさんとオーストリアさんが知り合いの家の中で母さんが一番嫌い・苦手でない人たちだから、だ。母さんは何に対しても好き嫌いが激しいから。 「イザベルがそう言うならそうなんやろうなあ」 母さんのこと一番理解してるのイザベルやもんな、と言われて、私よりお父さんの方が、と呟くと、わかってたらこんなことになってないって、と言われた。…ごめんお父さん、フォローできない。 こんにちわ、うちのお母さんいますか?と尋ねると、いるわよ、と苦笑された。 ハンガリーさんの後に付いていけば、ルキーノ、イザベル!とお母さんは驚いた顔をして、少しだけ、沈んだ顔をした。…やっぱり迎えにくるの、お父さんの方が良かったのかな。 そう思って部屋に入れないでいたら、隣をお兄ちゃんが走っていった。 「母さん!なぁ、帰ってきて?俺もイザベルも父さんも、母さんいないとあかんねん〜」 ぎゅう、と抱きつく姿に、いいな、と思った。私には、あんな勢いだけの行動、できない。 動けなくて、そしたら、イザベル、とお母さんに呼ばれた。 伸ばされる腕と優しい表情に、ぱっと駆け出して、抱きつく。つむじにキス。うれしくなって、すりよる。 「心配かけてごめんな。…あの馬鹿は?」 「使い物にならへんから置いてきた。」 「部屋の隅で膝抱えてぐすぐす言ってた。ロマーノのおらへん世界なんか終わりや〜って」 素直に答えると、あの馬鹿…と困ったように笑う。 「ねえ、お母さん、帰って、くるよね?」 見上げると、当たり前だろ、と抱きしめられた。やったー!とお兄ちゃんのうれしそうな声。 「ただ…ハンガリー、今日こいつら泊めてもらっていいか?」 「もちろん。」 「えー、何で?母さんと一緒にかえ」 「お兄ちゃん!」 慌てて呼ぶと、何?とふつうに聞かれて、えーと、えーと、と考えていたら、お兄ちゃんの後ろからにゅ、と伸びてきた手。 「俺と大富豪対決決着つけるんだろ?逃げんのか?」 マックス兄ちゃんありがとう! 誰が逃げるか!とのしかかってきたマックス兄ちゃんを払い落とした兄ちゃんの興味は、もう大富豪にしか向いていなくて、二人して走っていってしまう。 「…ありがとな、イザベル。」 くしゃ、と頭をなでられた。ううん、と首を横に振って、見上げる。 「ちゃんと、仲直りしてね。喧嘩再発させたりしないでね。約束!」 「…はい。」 母さんは困ったように笑っていた。 次の日、帰ったら、めちゃくちゃ機嫌のいいお父さんの頬に真っ赤な手形。…まぁ、本人が幸せそうだからいいか。 戻る . シエスタは、だいたい四人一緒。 だけれど、子供達が遊び疲れて先に眠ってしまったときなんかは、たまに、スペインと二人になることがある。 「ロマーノ、」 どさ、とベッドに押し倒されて、おまえ、それ以外にないのか!とつっこんだ。 「最近ロマーノ冷たいし、これは夫婦の仲をよくしとかなあかんなぁと思って」 するり、と腰をなでられて、嫌?といつもより低い声で尋ねられる。ぞくん、と背筋が震えた。 「…嫌なわけ、ないだろ、ちくしょー」 ぼそ、と答えると、うれしそうにキスされた。 「かわええ」 「…おまえはそればっかだな…」 「だってほんまやもん。」 唇に落ちてくるキスに、ねっとりと舌を絡め、腕を首に回す。 唇が離れていったころにはすっかりその気になっていて、息を吐いてスペインを見上げて。 「…め、…ちょっと、お兄ちゃん!」 声と、ばたん、と音がしたのは同時だった。 見れば、ドアが開いていて、倒れ込んだルキーノと、廊下で困ったように笑ってみせるイザベルの姿! 即覆いかぶさっていたスペインを蹴り落とし、体を起こしてどうした?と笑ってみせる。 「ええと、」 「シエスタ一緒にしよ〜?」 ルキーノに眠そうな笑顔でそう言われて、いいぞ、と手を出す。 ベッドにダイブしてきた子供達をみていると、うう…今晩覚えときや、ロマーノ…と後ろで不穏な声がした。 振り返る前に、後ろからのしかかられる。 「俺もロマーノと寝る〜!」 「ぐ、重い!どけちくしょーが!」 「俺も〜」 「うわっ」 「わ、お兄ちゃん、お母さんつぶれるから、もー!」 わいわい騒ぎながらシエスタをはじめてしまえば、もうその前のことなんか忘れてしまって。 しっかり覚えていたスペインに顔をひきつらせるのは、夜のこと。 戻る |