ばさり。と腕の中に飛び込んできたブーケに目を白黒させた。 「お!ロマーノええもんもらったやん。…そんなら俺と結婚する?」 スペインが冗談めかして言うから、するかちくしょー、とにらんだ。そんなこと、言わないで欲しい。…冗談で、は。無駄に期待してしまうから。 仕事に来たオーストリアと一緒に、ハンガリーがやってきた。幸せそうな様子に、いいな、と思う。 「ロマーノくんの方は、どう?」 「どう、って言っても。」 特に、何も。と返す。 だって、あの冗談めいた言葉以来、何もない。普段通りの生活だ。…おれだって、ちょっとは期待してたのに。 「ええ!せっかくブーケあげたのに」 「うるさいなあ、何もないって!」 怒鳴ってから、はっとした。悪い、と謝って、ため息をつく。最近こんなのばっかりだ。 ううん、私も、ごめんね。そう笑うハンガリーに、もう一度だけ謝ろうとして。 「…うっ!?」 せりあがってくるような吐き気に、何も言えなくなってロマーノくん!?と心配そうな声を上げるハンガリーを置いて、トイレに急いだ。 「…悪い。最近ちょっと、体調悪くて。」 部屋に戻ってそう謝ると、大丈夫?と体を支えられた。平気だ、と返して、椅子に深く座り込む。 「おかしいんだよな…すぐ吐き気するしいらいらするし…」 ため息をつくと、…まさか、と小さく声がした。 「あの、ね?…もしかして、すっぱいもの食べたくなったり、する?」 「…何でわかったんだ?」 目を丸くすると、彼女ははっと息を飲んだ。 「ちょ、び、病院行こう」 「病院、って、別に、そんな」 「ダメダメダメ行こう。今すぐ行こう。」 ぐいぐいと手を引かれて、なんかまずい病気なのか、と不安になっていると、もしかしたらそれ、と耳打ちされた。その内容に。 「な!は、ええええ!?」 思わず声を上げた。 「今日ハンガリーちゃんとどこ行ってたん?」 聞かれて、びくり、と体を震わせた。 一人で悩んでないで、ちゃんと相談しなさい、とハンガリーには言われた。でも。だけど! 「…び、病院、」 「え、なんか病気?」 不安げな顔を見て、でも言えなくて、口ごもるとロマーノ、と促された。 「…さ、三ヶ月、だって。」 やっとの思いで言うと。 「余命が!?」 馬鹿な返しにんなわけねーだろちくしょー!と怒鳴ると、ああよかった、とため息。 「やったら、何?」 平然と聞かれて、う、とつまる。 何度も口を開けて、閉じて。 「に、…妊娠。」 三ヶ月、だって。 そう、言った! 「にんし…えっちょ、待って、妊娠!?って赤ちゃんできたん!?」 がたん、と立ち上がったスペインに、小さくうなずいてみせる。…間違い、ないらしかった。おめでとうございますと医者に言われて、呆然とした。 「はー…」 すとん、と座り込んだスペインの反応が怖くて、おそるおそる、名前を呼んだ。 「…やったら、早よ式挙げなな」 にこ、と言われて、え、と固まる。 「え。」 「えって。当たり前やろ?」 こないだ言うたときは、ロマーノ嫌やって言うから、まだ早いかなぁと思ってたけど。なんて。結婚するのが当たり前みたいに言うから。 「…けっこん、して、くれる、のか?」 怖くて、でも確かめたくて尋ねると、してくれへんの?ロマーノ、と頬を撫でられた。 「俺は準備万端やねんけど。」 ずっと昔に言うたやん。あのときから、準備整えとったんやから。 ああ、こいつは、本当に! じわり、と涙があふれてきて、目を押さえた。ひく、と肩を揺らすと、抱きしめられた。幸せにしたるから。俺と結婚して、と言われて。うなずいた。ぼろぼろ泣きながら、うなずく。何度も! 「…どんな子やろうな。」 腹を撫でられて、まだわかるわけねぇだろ馬鹿、と笑った。 「わからんか、やっぱ。」 「当たり前だ。…もうちょい、後にならないと。」 「男の子かな?女の子かな?」 「だからわかんねーって」 「ま、どっちでもええな。絶対かわええもん。」 な、ロマーノ。抱きしめられて、小さくうなずいた。 戻る . 「ふざけんな!」 ぱん、と平手打ちをしてから、ああ、やってしまった、と思った。なのに、口は止まらなくて。 「おまえなんか大嫌いだ!」 ばたん、と部屋のドアを閉めて、鍵を閉める。 ベッドにつっぷしたら、涙が溢れてきた。こんなつもりじゃなかった。なのに。 最近、いろいろ立て続けにあったからかもしれない。女になって、妊娠して、スペインと婚約して。だからか、心の余裕がなかった。些細なことにもいらいらして、不安になって。 今日だって、本当に些細なことだ。なのに、大丈夫やって、とへらへらしているスペインにいらっときて。 平手打ち。で、『大嫌い』。 …スペインは悪くない。俺が悪い。謝らないといけない。でも、スペインに会いたくなかった。 こんこん、とノックの音。はっと顔を上げると、ロマーノ〜…俺が悪かったから、謝るから開けて〜と声。違う。スペインは何にも悪くない! なのに口からでる言葉は、うるせー、誰が開けるか!なんてかわいげのかけらもない言葉で、泣きそうになってしまった。 しん、と静まり返るドアの向こう。 これでもう、捨てられる。そう思った。婚約指輪も、返さないと。この部屋を出て、家に帰らないと。思いはするけど、動けなくて。シーツを握りしめて、ああ、もう。 何でこんなことになったんだろう! じわ、とにじんでくる涙が、シーツに吸い込まれて。 「やっぱり俺が知らんとこで泣いとるし…」 聞こえるはずのない声がして、驚いて顔を上げた。 風が、髪を揺らす。 窓枠の上に立つスペインが、いた。 「な、なんで、」 思わず声を上げると、ロマーノが開けてくれへんから、と言いながら部屋の中に入った。そう言う問題じゃなくて! 「ほら、おいでロマーノ。」 何で泣いとるか親分に話してみ?なんて、抱き寄せられて、あまりに昔と同じすぎて、また涙が溢れてきた。 「あーもう…俺が悪かったなら謝るって」 そう言いながら髪を撫でてくれるスペインに、必死で首を横に振った。悪くない、スペインは悪くない! 「お、俺、ひどいこと言った」 「ん。」 「な、殴った。」 「ん。」 「スペイン全然悪くないのに…っ」 ひく、としゃくりあげながら、ごめんなさい、と謝ると、やっぱ悪いの俺やな、と訳の分からない言葉。 「わ、悪くな、」 「いーや。悪い。…ロマーノこんなに不安にさせたんやから、悪い。」 抱き寄せられた。温かい手。ずっと変わらない、大きな手。 ごめんな、ロマーノ。そう言われた。首を横に振って、その胸に顔を埋める。 「す、捨てられるかと、思った。」 素直に言うと、そんなんありえへん!と怒られた。 「俺に何言うてもええし、何したってええ。そのかわり、一人で悩んだり泣いたりするのは無しや。」 心配で夜もおちおち寝てられへんから。ロマーノ。約束。そう言われて、うなずいた。それだけして、あとは、スペインに抱きついていた。 何にもいらなかった。ただスペインを感じていたかった。 戻る . 心配性のスペインのせいで、今日一日フェリシアーノと日本と一緒にいることになった。 「あの馬鹿…心配し過ぎなんだよ。まだ予定日までだいぶあるのに…」 ちなみに、当の本人は会議だ。 気持ちは分かりますが今日は来てもらいますよ!とオーストリアに引きずられていった。最後まで嫌や〜と抵抗していたが。 はあ、とため息をつくと、そうでもないですよ、と日本が言った。 「予定日の前後一週間くらいは誤差の範囲だそうです。もちろん、それより早く生まれることもありますしね。備えあれば憂いなし。正しい判断だと思いますよ?」 「ヴェ〜、日本物知り〜」 「この間調べたところなんですよ。」 「何で?」 調べるの?と首を傾げたフェリシアーノに、日本はかっと赤くなった。 「…いえ、あの、その…ほ、欲しいなって…」 「え、赤ちゃん!?」 「へえ、日本が?」 体を乗り出すと、もう!と真っ赤な顔を隠してしまった。 「いいじゃないですか!」 「悪いなんて言ってないよ〜俺も欲しいもん!」 いいなあ赤ちゃん。そう言われて、しんどいぞ?と苦笑した。 「それでも!」 「痛いの嫌いなくせに」 「うっ…が、がんばるもん!」 一瞬痛そうな顔になったのがおもしろくて、日本と顔を見合わせて噴き出した。 瞬間に、ずきん、と痛みが走った。 …朝から、確かに体調はおかしいような気もしていた。でも、気のせいだと思っていた。…だって、まだ予定日までまだまだ、あるし。でも、日本が、言ってたし。まさか…? 「ロマーノくん?」 「兄ちゃん?」 心配げな声に、何か答えなければと思うのだけれど、何を言えばいいのかわからなくて、パニックになって頭がくらくらしだして、どうしていいのかわからなくなった。 「…イタリアくん、スペインさんと病院に電話する準備お願いします。…これは、ひょっとするかもしれません。」 「ええっ、え、わ、わかった!」 「まだ電話しちゃだめですからね!」 「は、はい!」 落ち着いてください。大丈夫ですから。抱きしめられて、背中をさすられた。 「はい、深呼吸。」 こくん、とうなずく。 日本の裾につかまるようにすると、手を握られた。 なんだかほっとする。お母さん、みたいな、感じが、した。 「ロマーノ!」 大慌てで走ってきたスペインに、遅いぞちくしょーが、とつぶやく。 聞いているのかいないのか(いないだろうな)。わあ!と歓声を上げたスペインに、苦笑する。 それから、もう一度腕の中に目を落とした。 泣き止んだ、小さな命。…この子が、自分が産んだのだと思うと、なんだか不思議な感じがする。 手を伸ばしてきたスペインに、気をつけろよ、と言って渡すと、俺よりずっと上手に抱きかかえていた。…こんなちっさくはないとはいえ、小さな子供を一人子育てしていたこともあったのだから、そりゃあそうか。その小さな子供、はもちろん俺だ。 そんなことを考えていたら、スペインの表情が、くしゃくしゃ、とゆがんだ。 「うっ、うう…。」 「おい、何で泣くんだよ!」 ぼろぼろ涙を流すスペインに、思わず言った。俺だって、泣かなかったのに。…泣きそうだったけど。 「やって〜…。」 本当にくしゃくしゃな、情けない表情に、思わず笑ってしまう。 でも気持ちはもちろんわかっていた。小さな命が、無事に生まれてきてくれたこと。これは、本当に、本当にうれしいことだ! 「うう…。」 泣くスペインから、子供を受け取って、で、どうするんだ?と尋ねる。 「どうするって、何が?」 「名前。…男だったらお前が考えるって約束だったろーが。」 「あ、男の子なん。」 そうだぞちくしょー。答えて、見上げる。 そうやな。泣き笑いみたいな、変な顔で、スペインは呟いて。 「考えてなかったのかよ。」 「ちゃんと考えてある!」 じゃあ早く教えろ、と急かすと、スペインは、そっと、手を伸ばして、子供の頬に触れて。 「ルキーノ。」 どう?と聞かれ、いい名前だな、と笑った。うれしそうにするから、おまえにしては。そう付け足すと、もー、素直やないねんから…と苦笑。 「ルキーノ。」 まだ、呼びなれない名前を、きっとこれから、毎日呼ぶようになるのだろうと。そう、思った。 ああ、この子の行く末に、幸あれ! 戻る |