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がちゃ、とドアを開けると、いい匂い!
キッチンに見える後ろ姿に、ぎゅむ、と抱き、つきに行こうとしたら、止められた。
見上げると、苦笑する背の高い。

「おはよう、パパ!」
「おはよう、マリア。…料理中は抱きついたらダメだって約束のはずだぞ?」
危ないからな。そう言われて、あ、忘れてた。と気がついた。
「ごめんなさい…」
「次から、気をつけろよ?」
はあい。と返事をすると、頭を撫でられる。パパの手は大きいから、大好き。
「あ、おはよう!マリア、ドイツ。」
キッチンにいたママが振り向く。火を止めて、ハグして頬におはようのキスをしてくれる。おはよう、と言いながらキスし返すと、今度はパパの番。

「おはようドイツ」
「ああ。おはよう」
ちゅ、と唇にキス。愛し合ってる人専用なんだって、ママが言ってた。
何度も繰り返すママを見ながら、いいな、と思っていたら、キッチンから出てくる小さな影。
あ、と駆け寄って、手に持ったお盆のうえから、自分のマグカップを取った。
「おはよ、ガヴィ」
「おはよう、姉さん」
私よりしっかりものの弟は、もう起きて、ママのお手伝いをしていたみたい。

手がふさがっているので、ちゅ、と頬にキスだけしようとしたら、ちょっと待って、と言われた。
「こぼすと危ないから。」
「…はぁい。ガヴィはほんとパパそっくりね!」
言ってることがおんなじ、と言うと、そりゃあ、パパの子供だもん、とやっとパパと朝の挨拶を終えたママが笑った。
「さ!ご飯にしよ?マリア、それ置いて、お皿運ぶの手伝って」
「はーい!」
慌ててカップをテーブルに置いて、歩き出したママの腕に抱きついた。


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む、と膨れてテーブルに顎を乗せる。
「ガブリエル。」
いつもの愛称ではなく、滅多に呼ばない名前を呼ばれてどきっとした。いつも笑顔の母さんの、真剣な顔は、めずらしい。
「どっちが悪いと思う?」
たった一言。聞かれて。

うつむいていたら、姉さんがやってきて隣に座った。
頭を撫でられた。優しい手。
「…俺」
小さくつぶやくと、じゃあ、しないといけないことは?と尋ねられた。
「…ごめんなさいって言う…」
「ん」
行っておいで。ドイツ怒ってないから。
優しく言われて、うなずいた。

それでもちょっと怖くて、姉さんがドアの前までついてきてくれたのは助かった。姉さんがノックすると、入れ、と低い声。
さっき怒鳴られた記憶が蘇って、足が竦んだ。そうしたら、頭を撫でられる。
「大丈夫。」
ね?姉さんの笑顔にうなずいて、部屋に入った。

仕事を続ける父さんに、開口一番ごめんなさい!と謝った。でないと、なにも言えなくなりそうだったから。
「…ガブリエル。」
呼ばれて、下げたままだった頭を上げる。
「俺も怒鳴ったりして悪かったな。…一時間くらいで終わらせるから、それまで待っててくれるか?」
優しい顔と、約束の言葉に、うれしくなって何度もうなずいた。
「あと…サッカーだったら、イタリアを誘ってみたらどうだ?」
「え、母さんを?」
今まで、母さんを誘ったことは、一度もない。だって母さん下手そうだ。よくこけるし。
そう思っていたら、笑われた。なに、と聞くと、誘ってみればわかる。と一言。

だから、部屋を出て、キッチンにいた母さんに声をかけてみた。サッカー?するーと走ってきた。で、こけた。
…終わったら傷だらけになってるんじゃないだろうか。

と、思っていたら。

…ものすごく強かった…
結局一回もボールを奪えなくて。寝転がって、荒く息を吐く。
「…強い…」
「へへ〜、俺、ドイツにおまえはサッカーをする運動神経だけはあるんだなって褒められたことあるんだ!」
「…それ褒めてない…」
小さく呟いて、寝ころんだまま楽しそうな母さんを見上げる。悔しい。サッカーには結構、自信あったのに。
「二人ともー!パパのクッキー!」
声をかけられて振り返ると、皿を抱えた姉さんの姿。
「えっドイツのお菓子!?」
食べるー!とがば、と母さんが立ち上がって、ほら、と手を出される。
「ガヴィも食べよう!」
うなずいて、手をつないで歩き出した。

行ってみたら、父さんが俺のためにケーキを作ってくれていた。いーなぁいーなぁと母さんと姉さんが言うから、みんなで分けた。そのあとで、ひみつな、とチョコのお菓子を、サッカーの後で父さんと二人で食べた。


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子供達が寝静まったあと、そこは俺の特等席になる。
ソファに座ったドイツの膝の上。
何にも言わないで抱きしめてくれる、俺だけの特等席。

「ドイツ、」
呼んで、体の向きを変えて、ドイツと向き合う。
「キスして」
そう言ったら、してくれるキスが、夜のものなのも、特等席のうれしいところ。
舌を離して抱きついて、肩に顔をうずめる。…ドイツのにおいだ。
「今日はやけに甘えてくるな?」
くす、と笑い声がした。そういう気分なの!と言ってすり寄る。
そうか、と苦笑するのが、見ないでもわかった。でも、呆れてたり怒ったりしてるわけじゃないみたい。強く抱きしめられた。

「ドイツ?」
どうしたの、と尋ねると、そういう気分なんだ、とさっきの俺と同じセリフ。
「そっか。」
そう言って笑って、またキスをした。

今度は、首に手を絡めて、情熱的に。
そうしてから、ドイツ、と呼べば、大人の時間の始まりの合図。苦笑した彼が抱き上げてくれて、そのまま、寝室へ。
ぱたんと閉まったドアの奥は、大人だけの、秘密。

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歌教えて、というのは、よくマリアがイタリアに言うおねだりだ。ママの声綺麗だから好き、らしい。たまに、遊びに来たオーストリアや、ロマーノにまで言って、天使のような笑顔で、その歌声を引き出している。

が。まさか。

「ねえパパ、歌教えて?」
…俺にくるとは思っていなかった。
「…あまり、うまくないから。」
そう言うのに、聞いてみなきゃわからないじゃない。ねえ歌って?と微笑まれ、ぐ、とつまる。
…さすがイタリア女。強い。
「パパ、お願い。」
腕を揺らされて、困り果てていると、俺も、聞いてみたい、かも。とガブリエルにまで言われてしまって。
「おまえら…」
「…ダメ?」
不安げな瞳に、涙がにじみ始める。ああもう!この目には昔っから弱いのに!イタリア譲りの最強の武器を使われて、勝てるわけもなく。(というか、最初から勝てる見込みなんてなかったが。)

小さくため息をついて、座り込む。
周りに座った子供たちに、何がいい?と聞くと、何でもいいよ!…父さんの好きなので、いい、と二人から言われた。だから、少しだけ考えて、童謡にした。誰でも知ってる、簡単なメロディ。
歌詞が少し不安だったが、歌い出してみれば、なんてことはない。体が覚えているものらしい。するすると出てくるメロディ。

歌っていると、高い声が一緒に歌い出した。マリアではない。顔を上げると、ドアのところに立ったイタリアの姿。
「あ、ママ」
「二人ともずるい!俺もドイツの歌聞く!」
ぷく、と膨れたイタリアも近くにすとん、と座って、子供たちと顔を見合わせて笑った。

「リクエストは?」
イタリアにも聞いてみると、んーと考えてから、手を挙げた。
「きらきら星がいいな!」
「俺の家の言葉でいいのか?」
「うん。オーストリアさんに教わったから知ってる。」
なるほど。小さく笑って、少しずつ歌い出す。
すぐに、イタリアの高い声が続いて、それから、マリアの伸びやかな声が、そして、恥ずかしげな、ガブリエルの小さな声が。

メロディは、やがて終わり、笑い声に変わった。

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「ドイツの馬鹿!」
馬鹿はおまえだろう、と少しだけ呆れている間に、ばたん!とドアが閉まった。

ドイツの馬鹿、なんで俺に構ってくれないの、って、母親のおまえが子供に焼き餅焼いてどうする。と怒ったら余計に出てこなくなって、マリアに責められた。
「もー…ダメだよそんなこと言っちゃ!」
「…はい…」
開かずの扉となったイタリアの部屋のドア。
とりあえず出てこないことには話し合いも何もできないのに、イタリアは鍵を開けない。起きてはいるらしい。時折ドイツのばか〜と聞こえてくる(誰が馬鹿だ誰が)
「母さん、出てきなよ」
ガブリエルの呼びかけにも、無言。まったく…
「…どうしよう、パパ?」
2対の目に見上げられて、小さくため息。
「…ちょっと、協力してくれるか。」
しゃがみこんで、二人に耳打ちした。


足音がして、行ってしまったのがわかった。
けど、今更でていけなくて、壁際で膝を抱えたまま、小さくドイツのバカ、と呟く。
そのとき、足音が近づいてきた。
どきっとして耳を澄ますが、何も聞こえない。
代わりに、す、と、何かがドアの下から入ってきた。白い封筒だ。
なんだろ、と近寄って、開けてみる。
中には、紙が二枚と、チケットが、二枚。…これ、前から見たかった映画のチケットだ!
紙の方は、一枚は、ガブリエルの字だった。
『明日は姉さんとマックスの家に泊まります』
首を傾げて、もう一枚を広げる。
「ドイツの字だ…」
『チケットは、好きにしろ。ちなみに俺は明日は一日空いている。それと、』

その後に続く内容に、大慌てでドアの鍵を開けて、ドアを開いた!
苦笑した、金髪蒼眼の姿。
「…っドイツ…!」
抱きついた。力の限り抱きしめて、すりよる。
「…うれしい、ありがと」
「当たり前だ、馬鹿」

「…父さん手紙になんて書いたんだろ」
マックスの家に向かう途中、母さんすごくうれしそうだったけど、とガブリエルが呟いた言葉に、マリアは笑った。
「私見たよ〜」
「えっ」
「知りたい?」
マリアが楽しそうに尋ねる。
「…あんまり知りたくない気もするけど…」
困ったように笑ったガブリエルが、教えて、と言ったから、あのね、とマリアは言った。
「『俺が世界で一番愛しているのはおまえだ。忘れるな。』って!」
きゃーパパかっこいいー!と笑うマリアに、ガブリエルは小さく苦笑した。
「今頃ママ喜んでるだろうね〜。久しぶりのデートだって言ってたし。」
「…喜びすぎて転んでそう。」
「大丈夫、パパが一緒だもの!」
くすくす笑いあう二人は、すぐに途中まで迎えに来たマックスとハンガリーを見つけ、走り出した。

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